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微生物を愛でたいのだよ!  作者: まいまいഊ
2-a『森の中で妖精と出会う』
42/59

42・そこに落とし穴があるのは、誰もが知っているはずなのだが。

 洞窟の探索は、概ね順調であった。

 確かに洞窟内部は障害(わな)だらけであったが、数が多いだけで単純なものばかりである。そのような罠などキセノンにかかれば何も難しいことはなく、順調に歩みを進めていった。

 同行者のロゲンハイドは仕掛けられた罠の類は見破れない。なので、慣れているキセノンにすべてを任せていた。

 さらに先の宝箱の事例もあるので、通路に何気なく、ときに、わざとらしく置かれた怪しげな壺や樽を見つけても不用意には近づくこともしなかった。ロゲンハイドはキセノンの肩にしがみつき悠々と道程を見守っていた。


 そして、いくつもの罠を乗り越えた先、ついに洞窟の最奥にある部屋の扉が見えてきた。


「この むこう はいいろ いるよ」

 妖精たちは羽ばたいて、扉の前に待機する。


「もう着いたのか」

 もっと時間がかかるものかと思っていたが、意外に短い行程だったと、ロゲンハイドは感じた。

 最もこの洞窟は所詮妖精の倉庫、もともと複雑な構造はしていない。実際には妖精の仕掛けた罠がなければ、洞窟の奥までは数分もかからないのだ。


「さいしゅう かんもん! きょうふ にょきにょきの へや」

「にょきにょき いっぱい。気をつけて」

「さぁ、さぁ。はやく とびら あけてー」

「けんとう いのる!」

 妖精は大げさに葉根を広げ、部屋へ誘いかける。

 彼らの指示す扉を開ければ、その先にオキシがいる。しかもキノコと共に。ロゲンハイドには扉を開ける前からオキシがどのような状態にあるか想像がついていた。


「おいら、行ってくるね」

 道中はまったくといっていいほど役に立たなかったが、この扉の先にある戦いは自分の役目だ。

 妖精のいたずらにも負けない、最大の理不尽な戦い(わがまま)が待っている。これから行うであろう攻防を思いロゲンハイドは気合を入れ、キセノンの肩から飛び降りた。


「ん、ちょっと待て。扉の前に落とし穴があるから気をつけろ」

 キセノンは扉の方へ無防備に向かうロゲンハイドに注意を促す。それはオキシが昨晩落ちた穴のあった場所である。オキシがその罠に引っ掛かった後、妖精たちは罠を修復したので、穴はすっかり塞がれ罠としての機能を取り戻していた。


「うー。ひっかからなかったー」

「ゴールまぎわ ユダン ねらったのに。ミドリ みやぶる すごい!」

「だっそう こころみた はいいろ ひっかっかたのに」

「ねー」

「そのせいで とじこもっちゃった けどねー」

「ねー」

「もっと いっしょ あそびたかった。けれど ジャマだーって おいだされたよねー」

「おこらせちゃった」

「ねー」

 妖精たちの雑談で発覚する、オキシが妖精を追い出して閉じこもってしまった経緯。


「……それで閉じこもっちゃったんだ」

 落とし穴のことがなくとも、妖精の相手をするのが面倒になれば、同じことが起こる可能性は高いだろう。ロゲンハイドは容易に想像がついてしまった。


「それでも下手に歩き回られるよりはマシだ」

 もしそうなった場合、村の中を探しまわることになる。狭い集落とはいえ、妖精たちの意図的で強制的な誘導によってうまい具合にすれ違い、なかなか合流できないということになる。

 それはそれで、なかなかに歯痒い思いをすることになるだろう。


「それから扉を開けるのは怪しいところがないか調べてからだ」

 慎重すぎるに超したことはない。落とし穴を踏まぬよう気をつけながらキセノンは扉を調べる。


 一通り確認し「良し」と判断すると、ロゲンハイドに道を譲った。

「今度こそ行ってくる」

 ロゲンハイドは落とし穴を避け扉を押した。扉は軋みをあげながらゆっくりと開いた。

 扉が開いたからといって、オキシが様子を見に来るといった気配はまったくもってない。

 部屋を恐る恐る覗けば、出入り口のすぐそばに、キノコがびっしりと密集して生えているボールが5つほど置いてあった。まるで水入りペットボトルで作った猫除けのように、一列に並べてある。


「た、確かにキノコがたくさんだ」

 ロゲンハイドの液体の身体が強張った。

 ほとんどのキノコは何らかの毒を持っている。初めて見るキノコだったとしても、それがキノコであるというだけで、他のキノコと同様に毒を持っている可能性は非常に高いのだ。

 そんなキノコが大量に目の前にある、情報として事前に分かっていても実際に遭遇してみると、反射的に萎縮してしまう。


(それにしても……あれで気がつかないんだから、さすがだよ)

 防音効果の低い洞窟の中で、真似事とはいえ派手な戦闘をして騒いでいた。普通ならば助けが来たことに、気が付いてもおかしくはない。

 いや、騒ぎについては間違いなく気が付いているはずだ。気づいていながら無視し続けているのだろう。そうでなければ、わざわざ扉に背を向け、いかにも「自分は無関係」というような態度は取らないだろう。


 ロゲンハイドは変幻自在な体を細く伸ばし、入り口のキノコをそろそろと避けながら、オキシの元へ向う。

 オキシはキノコを眺めつつ、いつものように絵を描いていた。繊細で写実的なその絵は、描かれた対象がキノコでなければ、多くの人が絶賛したであろう。


(どうせなら妖精を描けばいいのに)

 性格はアレであるが、鮮やかな草花を思わせる外見だけは良いのだから。そのようなことを思いながら、ロゲンハイドは白衣の裾を引っ張り、オキシの気を引いた。


「ちょっとまってもう少し……」

 これまた普段通りの反応を示しつつも、オキシはスケッチの手を止める。


「ん、ロゲンか。ちょうどいいところに。水を出して欲しい」

 今どのような状況であるのか、まるですっかり忘れているような、そんないつもの調子で、オキシはロゲンハイドに頼み事をする。

 水を求めたのは、もちろん喉が乾いたわけではない。水を使って検証したいことがあったのだ。

 オキシはキノコを観察しつつ、片手間に培地代わりに使ったものをいくつか乾燥させていた。不純物を取り除いてはいないので純粋な寒天とは言いがたいのだが、培地に使えそうな素材を見過せなかったのである。


「水だけでゲル状に戻るのか、寒天と同じようにお湯に溶かすといった何らかの手間を挟まなくてはいけないのか、それとも乾燥させてしまったもう戻らなくなるのか……」

 ぶつぶつと仮説を呪文のように唱える。

「だから検証するために、水が欲しい」

 乾燥させたはいいものの、肝心の水がなかったのだ。だが、水の精霊であるロゲンハイドが来た今、水の入手が叶う。オキシは今すぐにでもその性質を調べたかった。


『……それはとにかく。まずは、ここから出ようよ』

 お楽しみなのは結構なのだが、今は悠長に実験をする時間はない。何をするにも話はそれからだ。


「今、ここで、すぐに、欲しい」

 保湿の魔法がかかった保存容器にも、いくつか入れたので、ある程度の期間の保存は可能ではある。だが、水分を含んだそれは数個も入れれば容器一杯になってしまう。乾燥させても元に戻すことが可能な性質を持つならば、質量も体積も減らすことができ、保管も持ち運びも楽になるのだ。


『本来の目的はそれじゃないでしょ』

 ロゲンハイドは、陰気で気分も沈みそうな暗く湿気の多いこの場所から早く離れたかった。

「それはそうなんだけれど」

 移動するなんて、その時間がもったいない。それにロゲンハイドとは異なりオキシにとっては顕微鏡で覗く世界がある限り、どのような場所でも楽園だ。

 じめりと臭いのこもる部屋であったとしても、居心地良いかもしれないと錯覚に陥るほどに。


『子供じゃないんだから、我慢できるでしょ?』

 子供扱いされることをそこはかとなく嫌うオキシには「もう子供ではないのだから」という言葉が効果覿面であることをロゲンハイドは知っている。


「ううう、分かっているけれど」

 そう、分かっているけれども、湧き上がる観察欲は抑えられない。我慢できなくはないが、無理やり抑え込むと胸の辺りがうずうずして仕方がないのだ。

 それでも観察していたいという欲望に打ち勝ち、しぶしぶと重い腰をあげた。

 未練がましくキノコの入った瓶を抱えたままであったが。



 オキシは部屋から出るために敷居をまたいだ――が、そこには地面はなく、オキシの足は地面に沈み込んだのである。

「あ……あぁ、忘れてた」

 部屋を出てすぐの場所に落とし穴があることなど、すっかり記憶から抜け落ちていた。


「やったー」

「また ひっかかってくれた」

「アイしてるぅ」

 穴に落ちたことでオキシは妖精たちの喝采を浴びる。


「お前は……。周りを見なさすぎるな」

 相変わらず注意力が足りなさすぎる、とキセノンは呆れ顔だ。


「返す言葉もない……」

 一度掛かった罠に再び引っ掛かる、素人でもそうそう起こさないことである。それはさすがに恥ずかしいことだ。

 物理的に片足は穴の中にあるが、気分的には穴があったら入りたいと思ってしまう。

 喜びに湧き立つ妖精たちと、呆れ果てたキセノンの視線から逃れるように目を逸らしながら、オキシは足を地面から引き抜いた。


「さて……この先には罠がたくさんある」

 来た道を引き返す、つまりあの罠地帯を再び通り抜けるということだ。仕掛けられているのは命の危険がない罠ばかりではあったが、行きの時にはなかった不安要素がある。


「場所は俺が教えるから、引っ掛からないようにちゃんと避けるんだぞ」

 キセノンはオキシを見つめた。

「わ、わかってるよ!」

 さすがに教えられた直後に引っ掛かるはずはない――そう、思いたかった。



 キセノンは罠が仕掛けられた場所を通る度、それを避けようとするオキシをハラハラと見ていた。難易度の高い罠は設置されていないのだが、オキシは身体能力があまり高くはない。

 地面に生えた小さなでっぱりや、見えにくいだけの糸という非常に分かりやすい罠であっても、うっかりと引っ掛かってしまわないかと不安になったのだ。場合によっては、剣の先などを使い罠を作動させ使えなくしてから通らせた。

 甘やかしているつもりはないのだが、実際問題、膝丈ほどの高さに張られた糸をまたいだ時に、オキシは白衣の裾を糸にかすらせた。その時キセノンは息を飲んだが、本人に気がついた様子はなく、「どうしたの?」というような表情を浮かべ、きょとんとしていた。

 そのような様子を見てしまうと、ついつい過剰とも言えるほどに手を貸してしまうのだ。

 

「どこに何が仕掛けられているのか分からないから、本当に油断はならないな」

 あまりの罠の多さに、一人で脱走を試みなくて良かった、とオキシは思う。しかも妖精は誘い込んだり隙を突いたりするのが得意なので、なおさらだ。どんなに用心していても、すべての罠にかかり、妖精を喜ばせてしまう結果が思い浮かんでしまう。



「もうすぐ出口だ」

 曲がりくねった道を進み、いくつかの急な角を曲がると、微かに明るくなったように感じた。視線を上げれば外から注ぐ光が通路の先に見えた。洞窟の出口は近いようだ。


「くくくくく」

 その時である。洞窟の出口の方から笑い声が聞こえてきた。


「ダレだ! すがた みせろ!」

 いつの間にか現れた草緑の妖精がそう叫ぶ。

 その声が合図だったのだろうか、何か大きな陰が出口を塞ぐように現れた。


「あ、あれは」

 嫌な予感があった。出口を塞ぐ大きな影。それは逆光の中にあり、姿は明らかではなかったが、確認するまでもない。

 ロゲンハイドはそれに見覚えのあった。


 忘れるはずがない、あれは間違いなく、木の板に描かれた化け物だ。


「い、いきていたのか!」

 茜色の葉根の妖精は白々しいまでに驚きを隠さない声で叫ぶ。


「ふははは。おまえらに ふくしゅー するため じごく の そこから よみがえったのだ!」

 描かれた化け物は、一枚の板として一応の体をなしてはいたが、樹液で接着したとおぼしき修復の跡が痛々しく見えた。


「ふくしゅー だって」

「こわーい」

「あの かいぶつ たおさないと ダメ」

「出られない」

「さあさあ、せんとう かいし!」

 そうして、戦いの幕は切って落とされた。


「たたかう? あれと? どうやって?」

 疑問、というよりは困惑の言葉がオキシの口から出る。

 まず武器を持っていない、戦うための技術も経験もない、そもそも木の板相手に何をすればいいのか分からなかった。


「こうやって攻撃の振りをするんだ。いでよ、火炎!」

 オキシの背中にしがみついていたロゲンハイドは、飛び降りた。そして、液体の体を伸ばし、振り回し、いかにも魔法を繰り出しているかのような動作をする。

「次は千の刃が切り裂くぞ!」

 続けてロゲンハイドは物理的な攻撃を繰り出した。

 戦闘経験はないに等しいが、口で言うだけならば、百戦練磨の強豪にも引けを取らない技を繰り出すことは容易である。

 ロゲンハイドは身ぶり手ぶりを交えながら、この戦いがどういった趣向のものかを説明する。


「なんて……厄介な」

 通路に仕掛けられた罠でさえ迷惑極まりないのに、突破に時間がかかりそうなごっこ遊びにまで付き合うのは面倒で仕方がない。

 これは出口を目の前にしての最大級の障害である。


「するどいツメ きりさきまくる!」

「おいらは華麗に攻撃を避けたよ!」

「おおきな くちで がぶり!」

「まるのみ まるのみ」

「おいらの体は、液体だから牙の間から逃げるのだ!」

 ロゲンハイドは妖精の操る板の怪物と激しい攻防をしているように、見える。

 動きこそ無駄が多いが、液体の体は変幻自在で、だからこそ荒唐無稽な動作でおかしなことになっている。

 形を変えゆくロゲンハイドを、妖精たちは褒め称え、その気にさせていく。そんな彼らを一歩引いた様子で、オキシは見ていた。


「はいいろ ぼうっと しない」

「はやく たたかう。はやく たたかう」

 見学に徹しようとしたのだが、それが許されるほど甘くはない。妖精は静観するだけのオキシを煽り立てる。


「え。ぼ、僕も参加しろと?」

「そうそう」

「はやく はやく」

「みずいろ と みどり がんばって たたかっている」

 見ればキセノンも参戦している。意気揚々なロゲンハイドとは異なり、彼は仕方ないという感じで、淡々とこなしているようだが。


「たたかう、ねぇ」

 見ている分には一向に構わないのだが、自分もあの中に身を投じなくてはならないと思うと気が重い。が、そう言ってもいられない。遊びに混ざらなければ通してもらえなさそうな雰囲気だ。


 オキシはため息をつきながら、「……フ、ファイア?」と無難な言葉(じゅもん)を口にした。

「ふふぁいあ って ナニ?」

「がいこく ことば?」

「よくわからないけど もっと ばーんって うごくー」

 先ほどのロゲンハイドと同じように妖精からダメ出しをされる。


「すごいの ちょうだい」

「すごい こうげき しないと たたかい おわらない」

「そうしよう。ごうげき してね」

「がんばれ がんばれ」

「えー」

 オキシが1回でも妖精たちを納得させる攻撃をしない限り、あの板切れの敵は倒れることはない、ということになってしまったらしい。

「どうしよう……」

 オキシは敵と戦うようなごっこ遊びの類は、あまりやったことがない。

 幼少期、男の子たちがそうやって遊んでいたのを覚えているくらいだ。しかも、もう十年以上も前のことで、彼らがどのように遊んでいたのか、ほとんど記憶に残っていないといっていい。

 それに加えて、魔物や野生動物の脅威などもなく、戦うという行為自体が身近にない環境にいたこともあり、どう行動したらよいのか、イメージがわかなかった。

 オキシは、ロゲンハイドとキセノンを観察する。ロゲンハイドは魔法と体を使った鞭のような攻撃を使い、キセノンは主に剣を振るっている。彼らの動きを見ていると、接近して戦うよりは後方から攻撃をする方が動かなくても良いように思えた。


(やるなら魔法系統だな)

 そこそこ見栄えがして、楽な攻撃方法はと考えたところで、ふと名案が浮かんだ。

「よし、僕は召喚をしよう」

 これならばちょっとした動作でも、納得してもらえるだろう。

 オキシは落ちている小石を拾い、地面に大きく円を描き始めた。


「この召喚魔法で、すべてを終わらせてやる」

 オキシは、魔法陣をあっという間に書き終える。魔法陣といっても、二重円の中に一筆書きの星を描いただけの単純な図形であったが。


「おお。しょうかん かっこいー」

「ナニ でる? ナニ でる?」

 地面に図形を描くという行為は妖精たちに好評であった。魔法陣を囲み興味津々に覗きこんでいる。

 そんな妖精たちのうち、刈安色の葉根の妖精は何か思い付いたように陣の中央に立つ。


「きゃー。いけにえ ささげられるー」

「あ! まほうの ずけいが かがやきだした!」

「あぁ、きみのこと わすれない」

 もはやお約束となった妖精の実況が入る。


「いーやぁぁ。でられない」

 魔法陣の淵で立ちどまり、まるで壁が存在するかのような動作をする。地面に書かれた単なる(ずけい)の魔法陣であるにも関わらず、彼らにかかればそれなりの雰囲気が出るから不思議でならない。


「な、なんだ。この まがまがしい けはいは! ふういん している みぎめ が はんのう してるー」

「これが わすれさられた さとに だいだい つたわる しょうかんのまほう!」

 オキシは妖精の妄想解説に唖然となる。

 背中がむず痒くなるような台詞を受けながら召喚術師という役を演じ続けるのは、非常に恥ずかしいものがある。


「ナニ 出る?」

「ぼぅっと しない。それ わるい くせ」

「あ、ああ……」

 オキシは気を強く持ち、召喚したものの名を告げる。


「今、ここに、巨大キノコが召喚された!」


 両手を広げ、空宙にキノコ傘の形をなぞり、その大きさを示す。


「でっかいね」

「でも なんで にょきにょき(きのこ)?」

「にょきにょき でも ぞょろぞょろびょーん でも なんでもいいじゃない」

「どんな こうげき する?」

「わくわく」

 妖精たちの期待を受け、非常にやりにくそうな表情を浮かべつつも、オキシは板の怪物を指さした。

 そして、この面倒な戦闘(あそび)を終わらせる言葉を高らかに宣言する。


「即死の胞子攻撃。怪物はキノコの猛毒で死んでしまいました!」

「!」

「!!」

「!!?」

「なし、なしー。いまの なしー」

「おわるの はやい!」

「にょきにょき そんなに つよくない」


 召喚したキノコに攻撃させるという面白い攻撃ではあったのだが、それは凶悪そのもの。戦闘(あそび)を終わらせてしまうほどの攻撃に文句を言う妖精たち。その妖精の文句を受けてオキシは反論する。


「おおきいキノコだから、それだけ強力な毒を持っているんだ」

「それでも すぐは しなない」

「特に、板切れの怪物に効果抜群な毒だ」

「いたきれ チガウ チガウ」

「じゃあ、魔物しか住めないような魔界から呼び寄せたから、ものすごい毒を持っている」

「このカイブツ マモノ。どく ヘイキ ヘイキ」

「魔物でさえ、五分で肺が腐る猛毒が……」

「どんどん きょうあく なっていく」

 妖精とオキシの言い訳と言い分合戦が始まる。そして、口論とも言えない子供の口喧嘩の末、物理的に手を出そうとしたのはオキシの方だった。微生物に関することであれば何時間でも飽くことなく相手にすることができるオキシであったが、それ以外の事柄は悠長に付き合うことができないのだ。


「振りじゃなくて、本物を投げた方が良い?」

 ずっと大事に抱えていたキノコ入りの瓶を、妖精たちによく見えるように掲げてみせる。魔界の猛毒巨大キノコとは程遠いが、それなりの毒を持っているのだ。

 もちろん「投げる」と言ったものの、それは口だけで大切なキノコを本当に投げるつもりはない。微生物(きのこ)を愛するオキシには、その出来のいい標本を、このようなどうでもいいことでフイにしてしまう愚行を犯せるはずが無いのだから。


「きゃー」

「まって まって。おちつく おちつく」

 キノコを趣味のために保管していると知らない妖精たちは、そのキノコが持つ毒に恐れをなす。

 そのキノコの中毒症状は、体が熱を持ち、発汗、鼻水、よだれ、頻尿と、あらゆる水分が体から出ようとし、脱水症状を起こすことだ。キノコ本体はもちろん、胞子にもその毒が少し含まれている。

 水分を含んだキノコの胞子は遠くへは飛びにくい。もともとキノコ自体も水分が多いところを好むこともあり、そのため無闇に触れず放っておけば、胞子を危険な量吸ってしまうことも避けられるのだ。

 しかし、洞窟のような限られた広さの場所で、たくさんの胞子が意図的に撒き散らされれば惨事は免れないだろう。


「むむむ ほんもの にょきにょき さいあくだ」

「おとなげないー」

「きょうはく きょうはく」

「おうぼう だ」

「何とでも言え。ほうら、胞子たっぷりのキノコだよ。たくさんあるよ」

 キノコが入った瓶を見せびらかす。

 有無を言わさず終わらせるには、十分な脅迫(こうげき)であった。


「にょきにょき いやー」

「おぼえてろー」

 板の裏から複数の声が聞こえ、化け物は洞窟の外へ逃げていった。この場において、キノコは最強の武器であった。


「こんな じみな まくひき はじめてだ」

「ほんと ほんと」

「かたりつごう」

「森じゅうに 知らせよう」

「はいいろの にょきにょき むそう でんせつ!」

「でんせつ でんせつ」

「しらせてくる」

 妖精たちは噂が好きだ。

 彼らは独自の情報網を持っており、一人の妖精が知ったことは、三日後には森中に広まっているとまで言われている。


「……やめてください」

 オキシがそう言おうとも、すでに遅い。妖精が思いついた時点で「キノコ無双伝説」の詳細は、この場にいない他の妖精にも伝わり始めている。

 少なくとも、この集落に住む妖精はすべて知る事となるだろう。



 通路をふさいでいた板の怪物が去ったので、三人は無事に洞窟から出ることができた。

「だっしゅつ おめでとう」

「くすくす。たのしかったよ」

「たくさん ありがとう」

 洞窟の外には、集落中の者が集まったのではないかというほどに、埋め尽くさんばかりの妖精たちが詰めかけていた。洞窟から出てくる者を一目見ようと、押しかけたのである。まるで飛行場で有名人を待つ集団のような、そんな何とも騒がしい出迎えだった。

 その群衆のざわめきの中に「無双だ」とか「伝説だ」とか、そういった単語が聞こえる。妖精の噂は早い、話はすでに集落中に広まっており、もはや知らぬものなどいないほどになっていた。

 見分けがつかない同じような顔が、わらわらとオキシの元に集まってくる。


「ずいぶんと気に入られたな」

「……なんか嬉しくない」

 誰かから好感を持たれる、というのは本来ならば嬉しいことだ。しかし、妖精に気に入られることは果たして、手放しで喜んでもいいものか。

 妖精に囲まれているオキシの表情は、もちろん明るくはない。


「こっち みて」

「さわっちゃった」

 何かありがたいもののように、腕に足に背中にと体に触れてくる妖精たち。体の大部分を占める植物でできた葉根(はね)が、オキシの柔肌にちくちくと刺激を与える。それにうんざりしたのだろう。とうとうオキシは実力行使に出た。


「いいかげん僕から離れろ……キノコ、投げるよ」

 本当に投げるつもりはないが、キノコ入りの瓶をちらりと見せる。それだけで十分であった。


「きゃー こわぁーい わーい」

「きもい きもいぃー」

「あれが うわさの……かんげき。でも にげる。またね」

「さよならー」

「ばいばーい」

「また 来て」

「きて きて」

「こんどは べつの あそび しようね」

「しよう しよう」

「ありがとー」

 逃げまどいつつ、別れのあいさつはかかさない。きゃはは、と笑いながら解散していく。まったく懲りた様子のない妖精たちであった。


 妖精たちの去った後は、静寂そのもの。木々のざわめきしか残らなかった。


「妖精、苦手になりそう」

 戦闘には勝ったが、結果的には負けた気分であった。

「妖精は最強だからな、いろんな意味で」

 キセノンは慰めることもできなかった。


「そういえば……あの部屋に、だいぶキノコを置いてきちゃったけど、本当にそのままでよかったのかなぁ」

 さすがにキノコは全部を持ち帰るのは無理だったので、ほとんど置いてきたのだ。

 調子に乗って増やしすぎた手前、後片づけもせず、ごっそりと放置して去るのは、後ろめたい気分だった。欲張っても仕方ないのはわかっていても、本音は育てたキノコは全部持っていきたかった。

 彼らは「片づけ やっておく」とは言っていたが、「きもい きもい」と言いながらキノコを処分していくのだろうか。そう、オキシは想像して、やはり残念に思う。


「妖精たちはあんなに騒いでいたが、あのキノコは奴らにとっては生活必需品だ」

 妖精は魔法とは異なる術を使うとされているが、それは彼らの調合する薬の作用なのだ。

 オキシの増やしたあのキノコは乾燥させ粉にして、いくつかの材料と調合すると有用な薬になる。オキシの置き土産(きのこ)は、妖精たちに有効活用されることだろう。


「……困らせるどころか喜ばせていたか」

 やたらお礼を言われた意味をオキシは理解した。キノコもただ処分されるより、有効に利用してもらえるならば浮かばれるだろうか。そう思うと、少しだけ気が楽になったが、最後まで妖精にはしてやられたような、そんな気分がでてきてしまう。


「妖精には勝てる気がしない」

「おいらもそう思う」


 かくして、誘拐事件は解決し、三人は定期便が待つ休憩地点(むら)へ向かう。

 木々に囲まれた妖精たちの集落は、森の中に消え、すぐに見えなくなった。




「……行っちゃったね」

「それじゃ。はじめよう」

 三人を見送った妖精たちは、仕掛けた罠の片づけや洞窟内の清掃を始める。

 次回はこうするだとか、ああするだとか、そのような会話に花を咲かせながら。


 片付けよりも雑談が弾む中、皆に指示を出していたリーダー格の妖精は、仲間が一人足りないことに気がついた。

「あれ? あお どこにも いない?」

 普段であれば指示するまでもなく率先して紐を使い廃材を束ねているはずなのだが、今その姿は見えなかった。


「ここ いるよ」

 穴を埋めるための土を運んでいた妖精が葉根()をあげる。

「はいはい、はーい」

 別の作業をしていたもう一人の妖精も同じように返事をする。

「ここ ここ」

「いるよーいるよー」

 同じように、あちらこちらで葉根があがっていた。

 彼らには細かく個人を特定する名前は無い。主に体色を呼ぶのみなので、このようなことは頻繁に起こっている。


「君たち ちがーう」

「わかってるよ」

「だよねー」

 このやり取りは彼らにとって、お約束なのである。


「あお やっぱり いない」

「さぼり?」

 周囲を見渡してみても、話題にあがっている青い葉根の妖精はいないようであった。


「あのね、あのね。あお むら いない。でていった」

 青い妖精と同じ株から生まれた兄弟の妖精がそう語る。

 彼ら妖精は植物を祖とするヒトであり、彼らを生んだ親ともいえるモノたちは森の広範囲に「根」を張っている。彼らは個としての独立した身体はあるものの、森を網羅するその根(ネットワーク)を通じてすべて繋がっているのだ。特に血族間の絆は深く、血が近ければ近いほど早く情報の共有ができる。

 妖精たちのする噂話が広まる速度が異常に早いのも、この根を通した共有能力によるもので、根の届くかぎり彼らは個であり群(ひとつ)なのである。


「そうだいな さぼり だ」

「だねー」

「まー、そのうち かえってくる おもう」

「あお だものねー」

 妖精がひとり無断で村を出ていった程度のことは、彼らにとって些細なこと。

 妖精という種は勝手気ままに好きなように生きている。どこでどのようになろうとも、それはそういう運命であったというだけのこと。

 彼らは気にしない。

 群であり個としてある彼らの結束は強いが、一人一人のあり方は非常に淡泊なのである。



 ――一方、妖精の集落を後にしたオキシたちは何事もなく無事に定期便の車と合流し、次の地点へ向け出発した。


 彼らの乗る定期便の幌には、青い小さな花が一輪、そうっと咲いていた。土の上でもないのに立派な花を咲かせ、意思のあるようにじっと幌の一角にしがみついていた。

 車は走っているのに風になびいていないことに気がつけば、それが単なる植物ではないことがわかるだろう。その生物は妖精、植物からなるヒトである。

 妖精には手足がなく、代わりに五枚の葉根が体から伸びている。じっとしていると、まるで草花のようで見分けるのが難しいのだ。


 青い葉根の妖精は花に擬態しつつ、車内の様子を伺っていた。もちろん妖精が潜んでいる、それに気がつくものは、誰一人としていない。

 車内には数名の客と休憩中の護衛、そして水たまりのような精霊がいた。仮眠を取ったり、読書をしていたり、各々がそれぞれの方法で移動時間をつぶしていた。


「また、にょきにょき、見てる」

 青の妖精は目的の人物をみつけた。かの者はキノコや植物が入った容器を床に並べ、じっくりと眺めていた。


「そんなに、好きなのか?」

 妖精は、細かい葉で覆われた身体に引っ掛けてある鞄から、小箱をそうっと取り出す。その中には乾燥したキノコが入っていた。

 それはオキシが妖精の集落へ涙をのんで置いてきた、氷結乾燥(フリーズドライ)で作り出した標本のひとつである。

 このキノコこそが、青い葉根の妖精が集落を離れた理由である。


「にょきにょき増える秘密、カラカラな秘密。ゼッタイ、あばく」

 オキシが集落を去った後、洞窟の部屋の片付けをしようとした時に、その乾燥キノコを見つけたのだ。

 それはカラカラに乾燥しているにも関わらず、萎びている様子はなく、色も形も変形していなかった。そんなキノコが数本転がっていたのだ。

 はじめは乾燥して脆くなっているとは思わず、いつもの調子で触ってしまい、崩してしまった。

 このキノコは乾燥させ粉状に加工しようとしても、それなりの道具と労力がいる。しかし、そのキノコは信じられないほど簡単に砕くことができたのだ。これは非常にいいものだ。


「こなごな、らくらく。フシギ」

 青の妖精は聞き耳を立て、機会を伺っていた。彼らの前に姿を表す時期を見極めるために。――そして、どうせなら印象的な登場をしたいと企んでいる。そう、今はまだ潜んでいるべき時なのだ。


「のんびり、楽しむ、たび。すてき」

 そう、青色の葉根を持つ妖精の冒険は始まったばかりだった。

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