表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
微生物を愛でたいのだよ!  作者: まいまいഊ
2-a『森の中で妖精と出会う』
41/59

41・生きて出られた者はいない……という洞窟。

 集落の外れに、木々に覆われた小高い丘がある。木々は高くそびえ、そのため周囲一帯は非常に日当たりが悪い。

 木の幹や、根の浮き出る大地には、毛足の短い絨毯のような苔が生し、常盤緑に覆われていた。鬱蒼という言葉が似合うその深い色の中に、目的の洞窟が口をあけている。

 キセノンとロゲンハイドは妖精に案内され、洞窟の前に到着した。

 洞窟の入り口の左右には、怪しげな木彫りの置物が置かれている。全身の三分の二はあろうかという巨大な顔を持ち、牙の生えた口を大きく開けていた。単なる穴である瞳は埴色や群青の染料で化粧され、虚空を見つめているにも関わらず、射抜く鋭い眼光を向けていた。いかにも侵入者を取って食おうとせんばかりの雰囲気である。


「ここに はいって いきて かえったものは いない」

 竜胆色の妖精は不気味な置物の前で振り返り、声色を変えて語る。


「こんなのに 食べられちゃうかも」

 追い打ちをかけるように、茜色の妖精はいかに恐ろしい洞窟かを語る。そして置物の前にいた橙の妖精を、怪物の大きく開かれた口へ押しこんだ。

「な、なにを するー」

「がぶ がぶ」

「うわー」

 ついに橙の妖精は置物の中で静かになった。どうやら中で死んだふりをしているようだ。


「くわれた」

「きゃぁ。しんだぁ」

 木彫りから出てこないのを見て、妖精たちは嘆き悲しみ、上を下への大騒ぎを始めた。


「こ、この洞窟、おいらが入っても大丈夫かな」

 大げさな小芝居ではあったが、入り口の置物の迫力も相まって、ロゲンハイドは洞窟へ立ち入ることを躊躇してしまう。ロゲンハイドは町生まれ町育ちの、いわゆる温室育ちの精霊だ。町の周辺へ出ることはあっても、せいぜい散歩というのがいいところ、冒険や探索といったことは経験が無いのである。


「妖精の言葉を真に受けるな。そういう設定の洞窟なだけだ」

 キセノンは身も蓋もないことを言う。

 以前、この集落の妖精によるいたずらに巻き込まれたことのある仲間からの情報によると、この集落にある洞窟は一本道の迷いようがない単純な構造をしているらしい。主に倉庫として使っているので、大掛かりなことはできない、ということであった。

 しかし、妖精は「惑わす者」と悪名高い。言葉だけではなく、魔法とは異なる不思議な術を使い撹乱させることを得意とする。

 そういう性質を持つ種族なので、命の危険は少ない妖精たちの遊びとはいえ油断をしてはいけない。


「あー。みどり よけいなこと 言うなー」

 妖精は葉根でキセノンの胸をポカポカと叩く。「みどり」と言うのは、緑系の髪を持つキセノンのことである。妖精たちは、見た目や感覚で何でもかんでも名前をつけてしまう習性がある。

 ちなみにロゲンハイドのことは「そらいろ」と呼んでいる。


「わるいわるい。なんと言うか、怖がらず楽しむことが大事だ」

 規模は小さいとはいえ、妖精たちの作り上げたものはそれなりに凝っている。しかも、分かりやすい作りなので、探索慣れしていなくともまったく問題はなかった。


「みどり イイこと いう」

「たのしむ いちばん だいじ」

「こわくない こわくない」

 彼らも怖がらせることが目的ではない。ただ純粋に楽しみたいだけなのである。ただし、それは求められて作るのではなく、ただ一方的に押し付けるという迷惑なことであるが。


「さ、いくぞ!」

 いつまでも入り口に留まり、雑談をしているわけにはいかない。気合を入れなおし、オキシが捕えられている洞窟へ足を踏み入れた。


 あまり風通しは良くないのだろう、一歩洞窟に入っただけで、立ちこめる土の湿気が強くなる。

「ちょっとカビ臭いけれど、悪い感じはしない……」

 水を司る精霊のロゲンハイドは洞窟を見渡し、そう感想を述べる。洞窟内の水分中に含まれる情報から、内部の性質を読み取ったのだ。

 悪い空気が淀んでいたり、凶暴な生物が出入りしていたり、そういった危険は内部から漂う湿気の中からは感じられなかった。この洞窟は妖精たちの手によって管理されていることが伺え、ロゲンハイドはひとまず安心する。

 どこに危険が潜んでいるか分からない天然の洞窟と異なり、人の手によって管理された洞窟ならば、そういった危険はある程度排除されているだろう。

 妖精たちによって仕組まれたものはあるだろうが、命の危険になるようなものは設置していない。それだけが、この救出おける唯一の救いではある。


「ちょっと暗いね」

 洞窟を入って数歩のうちは、まだ入り口からの光が射しており、土の壁がほのかに照らされているのだが、奥の方はだんだんと暗闇の色が濃くなっていた。夜目のまったく利かないロゲンハイドには、洞窟の奥はすっかり闇にしか見えなかった。


「何か明かりがほしいね……って、奥から、何か来る!」

 ロゲンハイドのその言葉を待っていたかのように、通路の奥から淡い光を放つ何かがひとつ、低い声を発しながらゆらりゆらりと現れた。

 ロゲンハイドは洞窟の奥から現れた不気味な光に驚いて思わずキセノンの足に絡み付いた。一方のキセノンは動じることなく、しかし、何が起きても対応できるように構えた。


 光は二人の前でゆらゆらゆっくりと止まると、光の向うから今までの異様な雰囲気に似つかわしくない明るい声が聞こえてきた。

「これ あかるい。このさき いく べんり。ほしい?」


 怪しげな光の正体は、この森に住む光る虫をいれた(ランプ)であった。魔法の使えない彼らが昔から使っている伝統的な道具である。

 この妖精はこの光る虫を入れた明かりの貸し出しをするのが仕事らしい。


「やることがいちいち大げさ過ぎ」

 説明の一つ一つに雰囲気を出す妖精たちの演出に対し、ロゲンハイドは困惑を隠せない。


「そういう風に仕組まれているのだから、仕方がないな」

 どこか諦めているかのように、キセノンは言う。

 慣れていない者にとって妖精の娯楽は多少刺激が強いのである。


「あかり、いるの? いらないの? はやく きめて。かえっちゃうよ」

 妖精は気が短い。必要なのか、必要ないのか、その返答をなかなかよこさない二人に、これ以上は待てないとばかりに詰め寄った。


「では、ひとつ貰おう」

「おいらにも」

 明かりが無くてはこの先を進むのは難しいだろう。二人は妖精から明かりをもらうことにした。


 薄明るい灯が固い土の壁を照らす。

 厳密な探索には心もとない明かりを頼りに、周囲に注意を払いながら奥へと進んでいく。


「よっと」

 ふいにキセノンは勢いよく地を蹴り、不自然なほどきれいに均された地面を飛び越えた。


「わな みやぶられた!」

 キセノンが飛び越えた場所には、落とし穴が掘ってあったのだ。

 罠にかからなかったので、妖精は悔しそうに葉根を打ち地団駄を踏む。


 キセノンは洞窟に仕掛けられた罠を次々に見つけ、確実に避けて通っていく。そんなキセノンに、妖精たちは悔しがるのもそこそこに、拍手喝采で称え始めた。

「うー。また みやぶられた」

「みどりは じょうきゅうしゃ ぽい」

「みどり てだれだ」

「すげー」

 葉根を揺らし音を立てながら、すごい喜びようの妖精たちは賛辞の声をあげる。


「キセノンは、すごいね」

 妖精たちと同じ感想を持ったロゲンハイドは尊敬のまなざしをキセノンへ向ける。


「急いでつくるから、作りが甘いんだ」

 罠探知を得意としなくとも、ある程度の経験のある者なら、妖精の作る雑な罠を見破ることは容易なのである。


「それは そうと。そらいろ あるかない なぜ?」

「楽してるー ずるいー」

「おとしあな おちて~」

 キセノンの足に絡み付いたまま移動するロゲンハイドに、妖精たちの避難の声が集まる。


「お、おいら歩くの遅いから。きゅ、救出は急がなきゃいけないでしょ?」

 というのは方便で、本当は仕掛けられた罠が怖いからである。ロゲンハイドにはどこが怪しいのか、さっぱり分からなかったのだ。


「そうか、のろのろ なのか」

「いそいでいる時 のろのろは よくない」

「ごうりてき」

 苦し紛れなその説明(いいわけ)で、妖精たちは納得はしたようだ。これで迂闊に罠にはまらずに済むと、ロゲンハイドは安堵した。



 暗闇の洞窟は、まだまだ続いている。道こそ単純な一本道ではあったが、妖精の手によって何が仕掛けられているかわからない。そのため慎重にならざるを得ず、進む速度は遅くなってしまっていた。


「ん、何かあるな」

 通路の向こう、暗がりの中に黒く大きな何かが道を塞いでいた。

「あれは どうくつの ぬし だ」

 通路を塞ぐそれは入り口の置物にそっくりなものであった。大きな目玉がギョロリと動き、鋭い牙が並ぶ大きな口は大きく開かれ、ガチガチと固い音を立てている。


「ぐるるるるるるるるぅ……」

 低い鳴き声が洞窟内に響く。

「こわい こわい」

 いかにも怯えているかのように、妖精たちは振る舞う。キセノンは身構え、それの出方を窺う。


「ばりばりばりぃ。たべちゃう、ぞぉー」

 緊張感のない妖精の声が、その怪物の背後からする。

 よく見てみれば、それは板に描かれた単なる絵であった。頼りない明かりのせいで粗が目立たず、そのせいで本当に怪物が存在するように見えてしまったのだ。

 怪物の姿が見えた瞬間、ロゲンハイドは少し怯えてしまったが、裏で操るのが妖精であると知り、すぐに落ち着くことができた。


「たたかう やっつけて!」

「はやく こうげきして」

 妖精が作り物の怪物と、戦うよう催促する。


「こ、攻撃って言われても……どうしよう」

 相手はハリボテの怪物であるが、ロゲンハイドは武器を持っていない。唯一の攻撃手段である魔法もこの地方ではうまく発動せず、効果は期待できない。ロゲンハイドはキセノンに助けを求めた。


「これは遊びだ。攻撃はフリでいいんだ」

 そう言ってキセノンは片手をあげた。

「激しい炎よ、すべてを焼きつくせ!」

 そう高らかに宣言する。そして、手の平を怪物の方へ向け、大きく円を描く動作をする。

 魔法こそ発動はしなかったが、いかにもそれっぽく全身を使って動作をしたので、それなりに様になって見えた。


「次は剣で攻撃いくぞ! ていや!」

 続いてキセノンは剣を抜き振るう。もちろん本気では斬りつけてはいない。加減でもしないと、怪物の描かれた板切れをまっぷたつにしてしまうのだ。


「おおー、いけー、やれー」

「かっこいい」

 キセノンの迫真の演技に妖精たちは湧いた。


「ちなみに少し演技かかっている方が、妖精たちには受けがいいぞ。恥ずかしさを捨てれば、何とでもなる。次の攻撃は頼んだぞ」

 手本を見せたので、キセノンは次の攻撃をロゲンハイドに譲る。


「そ、それなら……魔法使うよ。いでよ、水!」

 ロゲンハイドは自分の得意魔法を繰り出すマネをした。

「そんな、ジミなのイヤー」

「ばくはつ どっかーん ほしい」

 ほとんど動きのないロゲンハイドに、妖精たちは不満だった。

 魔法のない地方に住む彼らにとって、魔法といえば派手で攻撃的なものという思いが強い。しかも、それを演技で表現せねばならないので、より大げさな動作が求められた。動きに欠けたロゲンハイドの攻撃は、妖精たちのお気に召さなかったのである。


「フリだから、何でもありだぞ」

 自分が扱えない魔法も、法則を無視した実現不可能な攻撃も、物語にしか登場しないようなことでも、やりたい放題なのだ。


「じゃ、じゃあ……すごい爆発する魔法、くらえー」

 ぎこちない動きになってしまったが、ロゲンハイドは液体の体を細く伸ばし、回転させながら板の怪物に向けて降り下した。


「ばくはつ 音 ほしい!」

「ぎおん ぎおん」

「ど……どっかーん……」

 気恥ずかしさもあり、声は小さくなってしまう。それに対して妖精たちは「声が小さい」とダメだしをする。


「うぅ、もうどうにでもなれ。……ばーん、どどーん、どかーん!」

 ロゲンハイドは半ばやけになり、爆発の音を叫んだ。

「きゃー すごい まほう だー」

「ばくふう ばくふう」

 妖精たちはロゲンハイドの未熟な演技でも、精一杯頑張る者には惜しみのない称賛を贈る。


「かいぶつ ばくふうで ひるんだ」

「チャンス! もう一回、こうげきだ!」

 妖精たちは、状況を解説する。そして、次の攻撃を催促した。


「つ、次は……」

 ロゲンハイドは自在に変えることができる液体の体を生かし、体から伸ばす腕を複数にして鞭のように振う。無論、その攻撃の威力はほとんどなく、木の板に当たった時に「ぺちり」と良い音を立てるのが関の山だ。しかし、攻撃力よりも見た目を重視する妖精たちには効果的面であり、変幻自在に形を変えるロゲンハイドに大喜びするのであった。


「そらいろ やるぅ」

「つぎは? つぎは?」

 妖精たちの惜しみない声援のおかげでロゲンハイドは固さが取れ、ノリノリになって怪物との戦闘を楽しみ始める。


「次は、鋭いツララで串刺しだ!」

 ロゲンハイドは氷の魔法を使うフリをした。放たれた攻撃は、成功したかに思えた、しかし、怪物は怪物は不気味に笑う。


「くっくっく。この しゃくねつの ほのおの まえでは こおり きかない」

 怪物の口から火炎が溢れ、辺りは炎に包まれる。と、妖精たちは解説した。


「うわー」

 ロゲンハイドは悲鳴あげる。

 逃げ場のない洞窟の中、このままでは為す術もなく燃やし尽くされてしまう。


「炎から身を守る壁よ、いでよ」

 慌てるロゲンハイドの横で、キセノンは冷静に炎に抵抗する防御の魔法を唱えた。これで炎はもう怖くはない。


「なかま 守る たいせつ」

 適切な協力プレイは得点が高い。攻撃だけでは駄目なのだ。防御もこなしてこそ、戦いはより白熱し面白くなるのだ。


 炎を防がれた怪物は次なる行動を起こした。

「そのカベ こわす ツメ!」

 怪物は魔法壁を破壊するべく、己の巨大な爪を振り上げた。


「させるか!」

 キセノンはその爪を切り落とす攻撃を仕掛けた。キセノンと怪物がぶつかり合う。どちらも譲らない、その力は拮抗している。

 これが現実であったのなら、この小さな狭い洞窟はこの世界から消えているだろう。それほどまで派手で激しい攻防が繰り広げられていた。


「そらいろ ガンバレ!」

 妖精が攻撃を催促してくる。

「うー、どうしよう」

 しかし、何か良い攻撃はないかと考えてはいるものの、慣れていないロゲンハイドは、なかなか思いつかなかった。


「町の子供らの遊びを思いだせ。参考になるぞ」

 キセノンはそう助言する。

 これは子供の遊びのようなものなのだ。ロゲンハイドは、彼の助言に従い、町の子供達が広場で遊んでいる時の様子を浮かべる。そして、ひとつの技を思いだし攻撃を放った。


「この攻撃を受けてみよ! びびびびびー」

 液体の体で二股に分かれた杖のような形を作り、勢い良く振るう。杖の先を怪物に向け、いかにも何か出しているように全体を震わせた。


「みどりが かいぶつと たたかって 時間かせぎしている間に そらいろが すごい攻撃 準備してた」

「ナニもしてないように みえたけれど このコウゲキのため チカラを タメテいたのか!」

 妖精たちのこじつけ解説が冴えわたる。

 このような妖精たちの煽る言葉は、より心を揺さぶる。知らず知らずのうちに調子に乗ってしまい、時間も目的を忘れてしまうほど夢中になってしまう。

 ロゲンハイドは、妖精の言葉にすっかり惑わされていた。この状態を作り出すことは、妖精の思惑通りなのである。



「さて、遊びはここまでにして……そろそろトドメを刺すか」

 目的を見失って遊びに興じすぎてもいられない。頃合を見て決着をつけなければならないのだ。キセノンは戦闘に興じているロゲンハイドに声をかけた。


「え? あ、ああ……」

 ハタと我に返ったロゲンハイドは現実に引き戻された。すっかり妖精の術中にはまって、戦闘ごっこを楽しんでしまっていた。

 妖精たちのあしらいに慣れていないロゲンハイドが深みにはまってしまうのは仕方のないことだった。


「でも、どうやって?」

 この遊びを終わらせるのは難しそうだと、ロゲンハイドにはそうに思えた。どうしたらいいのだろうとキセノンを見上げた。

 彼は笑みを浮かべると深く息を吸い、そして鞘から剣を抜いた。


「これだけは使いたくなかったんだが……」

 そう一呼吸置いて、剣を天高くに構える。

「この剣は混沌の剣。古に終焉をもたらした魔の者の共の魂を、火と硫黄との燃える中で溶かし剣としたもの。

 立ちはだかる者の受ける分は燃え盛る剣の中に。そして、勝利は我が手中に。宿るすべてを開放し、今ここに封印された剣は復活する。

 爆ぜろ! 混沌の業火よ!」

 風を切るかのように勢いよく剣は振るわれ、板をまっぷたつにした。

 本当に必殺技を使ったわけではない。今回は斬る真似ではなく、力を乗せ板に向けて剣を振るっただけである。


「や、やられたー」

 そして、斬られた怪物は動かなくなった。


「こんとん すごい!」

「ごうか はぜた!」

 妖精は意味ありげで格好良い難しい言葉の羅列が大好きだ。

 頃合を見て、このような決め台詞ともに決着をつければ妖精も満足し、戦いごっこは終了するのだ。


「キセノン、それ格好いいね。おいら、感動しちゃった」

 ロゲンハイドも、妖精たちに混じってキセノンに感嘆の言葉を伝える。


「ありがとう、と言いたいところだが……あれはちょっと恥ずかしくてな。褒められても素直には喜べない」

 神話に出てくる言葉を参考にしたとはいえ、実際に口に出して言うのは少し抵抗があったのだ。あまり深く追及はしないでほしいと、キセノンは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「そういうものなんだ」

 キセノンはあまり触れてほしくなさそうであったのが、ロゲンハイドはすっかり感化されてしまった。心の中でこっそりとあの格好いいセリフを復唱した。



「せんとう おしまい!」

「てっきょー」

 その掛け声と共に、二つに割れた板の怪物は片づけられていく。

 板が去った後には、過剰装飾気味な木の箱が置いてあった。


「あ、箱がある」

 箱の外見に釣られ、中身の豪華さの期待が膨らむ。

 美しい花に誘われる蝶のようにロゲンハイドは箱に近づき、開けようと手をかけた。そんなロゲンハイドをキセノンは、慌てて制した。

「まず間違いなく罠が仕掛けられているぞ」

 妖精が物を盗っていった場合はこういう宝箱に入っていることも稀にあるが、今回は人がさらわれたので、この小さな箱の中には碌なものが入っていないことが、容易に想像できる。


「あれー、あけないのー?」

「おたから だよ」

「なかみ おもしろいよ」

「いいもの いれたのにね」

「ねー」

「あけてー あけてー。いますぐ あけてー」

「ハコは あけるために そんざいする のにぃ」

「だよねー」

 箱の前に集い、妖精たちは「開けろ開けろ」と催促する。


「怪しいところがないか、調べてからだ」

 キセノンは慎重な姿勢を崩さない。

 妖精たちの用意した物という性質上、中身が不要なものだと分かっていても、開けないという選択肢は無いのである。開けなければ、先へと進めないのである。


「つまんなーい。ここは オトコらしく ゴーカイに がばっと」

「なにも おそれる ことは ない」

「とっても いいもの」

「あけて あけて」

 しかし、そんな妖精の囁きをもろともせず、キセノンは箱を調べ始めた。

 罠に関する専門の者と比べれば技術は劣るが、妖精の仕掛けるのは子供が作るような簡単なものだ。その程度の小細工であるなら、落ち着いて作業すれば安全に対処することができるのだ。


「……ところで コレ 何 入っている?」

 箱の中身を知らないらしい妖精は、調査するキセノンの邪魔にならぬよう箱の上にちょこんと座り、葉根で箱を軽く叩く。


「しらないの?」

「ココ 担当 ちがう」

「そっかー」

「あのね、あのね。すっごく イイもの いれたの」

「何? 何? いいもの、何?」

「しっ、いわない いわない。ひみつ ひみつ」

 この箱を準備した妖精は、葉根で口を覆う。答えるかどうかは担当者次第なのだ。


「うふふ。あけての おたのしみー」

「うー。みどりが あけるまで まつのか」

 そわそわとキセノンと箱の周りを回りだす。数歩、歩いては「まだ?」と、しつこく尋ねるので、キセノンは気が散って仕方がなかった。


「ええい、あけちゃえ!」

 中身が気になりすぎて我慢できない妖精が、箱を調べているキセノンを押しのけて、箱を開けてしまう。

 蓋が開かれると、その妖精の姿がふいに消えた。


「な、何?」

 成り行きを見守っていたロゲンハイドは、一瞬のことで何が何やらわからなかった。すばやく動く何かが妖精を箱の中へ引きずり込んだことだけは分かったのだが。


「だれだー。こんなもの いれたのー」

 箱の中から声がする。

 そうっと遠巻きに覗きこめば、二枚貝のような形をした器官を持つ植物が妖精を捕らえていた。閉じられた捕食器の縁には睫毛のように深紅の刺が多く並んでおり、挟んだ獲物の脱出を阻んでいた。


「魔物、ではなさそうだけれど……」

 気配に魔物特有のおぞましさは感じられなかったが、褐色と紫と白の斑模様を持つこの植物は魔物とはまた違う意味で不気味な造形をしている。「環境が異なれば、そこに住まう生物も異なる」と、そう言っていたオキシの言葉をロゲンハイドはふと思い出していた。


「これ ぞょろぞょろびょーん」

 妖精たちは、その生物をそう呼んでいる。

「ながいの しゅ、しゅーんって のびる」

「びゅーんびょーん すばやい うごき」

「はやい はやい」

 それは知覚範囲に動くものが来ると、反射的に捕らえる植物だ。

 捕えたのが食べられそうな物なら消化液を分泌して吸収し、そうでなければ拘束を解き再び身を潜める、ただそれだけの生き物である。

 樹洞(ウロ)や岩と岩の隙間など狭い場所に根を下し、獲物が通りかかるのを待ち構えている。

 繰り出される攻撃は恐ろしく速い。音速は超えないまでも目にも止まらぬ速さを持ち、すばやい妖精をも捕らえることができるほどなのだ。

 基本的には昆虫や小動物など小さな生物を引きずりこんで食べるので、体の大きなヒトにとっては大した脅威ではない。とはいえ、森を探索している時、この植物に足を取られると、転んでしまうことがある程度の被害は被る。

 危険ではないが少しばかり厄介な生物なのである。


「どれくらい もつと おもう?」

「いきがいいの いれた。なかなか はなさない おもう」

「見てないで タスケテー。とかされてー。食われるー」

 危機迫る声が洞窟に響く。

 閉じられた捕食器はしつこく、妖精を離さない。もがけども、もがけども、抜け出せないでいた。


「た、助けなくていいの?」

 のんきに雑談をしている妖精たちは、助ける気などさらさらないようであった。捕まった妖精を心配するそぶりさえ見せていない。

 実を言えば、この「ぞょろぞょろびょーん」は妖精を捕らえることができるが、捕食対象(えさ)ではない。何もしなくとも勝手に解放することが、彼らには分かっていたのだ。

 無論、そんなことは知らないロゲンハイドは、捕まった妖精を本気で心配していた。ロゲンハイドは、唯一戦闘が可能なキセノンを見上げる。しかし、彼は少し困った表情はしていたが、すぐに何か行動を取る様子はなかった。

 妖精について多少の知識がある彼もまた、知っていたのだ。妖精たちの遊びで使用するものに、彼らが対処できないものは用意しないということを。

 罠にかかったのは自業自得であるが、この事態について、どうにかしない限り、先に進むことはできないだろう。妖精が解放されれるまで、どれくらいかかるかも分からない。


「……仕方ない」

 しばし思案したキセノンは重い腰をあげ、妖精を捕らえて離さない生物の根元を突き刺した。捕食する能力に優れてはいるが、根を張る植物故に回避については皆無である。攻撃は簡単に成功した。

 捕らえる力を失ったのを、すぐさま妖精は感じ取り、箱の外へ飛び出した。


「あー。ひどい目にあった」

 そして、自由になった妖精は、箱を用意した者を攻め立てる。

「どうして あれを いれた?」

 箱を開けた瞬間に飛び出す性質はびっくり箱としてはなかなか優秀な中身だが、ぞょろぞょろびょーんはどちらかといえば、仲間内で遊ぶときに使うもの、つまり対妖精の罠である。


「うひひひ。どうほう ワナ かけちゃ ダメ。だれが きめた? だれか 気になる。あけるかも おもった」

 どうだ、といわんばかりに得意げに胸を張る。

 仲間が引っ掛かれば儲けもの程度ではあるが、それを期待していたことも事実。思惑通りに事が進んだので、それだけで満足だった。

 その堂々たる様子の様子に、他の妖精たちは瞳を輝かせ英雄を見るかのような羨望のまなざしを向ける。

「まんまと はめられたのか。やられたー」

 理由を知り、皆と一緒に笑顔になる妖精。


「……それで納得するんだ」

 妖精にとって、このようないたずらは日常茶飯事、あいさつのようなものなのだ。いちいち目くじらを立てていては、精神的に身が持たない。

 おおらかなのか、寛容なのか、妖精の性質が少しだけ分かったような気がするロゲンハイドなのであった。


 ちなみに、ぞょろぞょろびょーんは妖精たちの手によって運び出されたあと、鮮やかな刺は装飾に、身はすりつぶし染料に、余す所なく有効活用される。

 彼らは奪った命を無駄にはしないのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ