39・白だったり黒だったり、白黒はっきりしないので、混ぜて灰色とした。
葉々のすき間から少しだけ覗く空は、ほんのりと明るくなり始めている。月の陰から太陽が抜け出し夜が明けたのだ。しかし、森の外では夜が明けたとはいえ、木々に覆われた深い森に朝の日差しが届くのはまだ先のこと、まだまだ闇の色は濃い。
普段はもう少し明るくなるまで休むのだが、昨夜、妖精たちの誘拐があった。誘拐されてしまった者を救出するためにも、なるべく早く休憩地点へ到着したいこともあり、まだ薄暗い時間ではあったが出発した。
魔物に遭うこともなく順調に車は進み、空がすっかり明るくなった頃、休憩地点に着いた。
休憩地点は、木の壁に囲まれた小さな集落だ。壁の柱には森の木が生きたまま使われている。大地深くまで根付く木を使うことで、巨大な魔物が体当たりしても倒されにくい丈夫な壁を作ることができるのだ。
休憩地点に着いてすぐにキセノンは剣を携え近くにある妖精の村へと向かうことにする。定期便は行商も兼ねているので、停車時間も長めだ。無事に救出して戻ってくるまで待ってはくれるだろうが、後の工程を考えるとあまりゆっくりもしていられない。
「ねぇ、キセノン。おいらも一緒に行ってもいい? 足手まといならここで待っているけれど」
オキシと少し離れてしまったため、魔力供給がやや薄くなってしまったのだ。今すぐに消えてしまうというほど危機迫ったものではないが、少しでも近くへ行きたいと思ってしまうのだ。ロゲンハイドはキセノンに頼み込む。
「別に構わないぞ」
妖精と対峙することは、危険なことではないのだ。
「ありがとう。……オキィシ、今助けに行くからね」
こうして、キセノンとロゲンハイドは妖精の村へ向うのだった。
妖精たちは道なき道を最短距離で己の村まで行くが、それを真似することは遭難する危険をはらんでいる。時間はかかっても、手入れのされた道を行くのが安全である。
「魔物の気配はないね」
「村の周辺は妖精たちが魔物を駆除しているから、そうそう出くわすことはない。魔物を見かけても逃げるがな」
今は魔物を相手にしている暇はないのである。
木々を避けるように作られた曲がりくねった道を進み、ついに目的である妖精たちの集落に到着した。
絶やすことなく焚かれた魔物除けの香の独特な匂いが、葉擦れの音と混じりあい風に乗って流れてくる。見上げれば、大木の枝と枝の間に草と葉で編まれた丸い籠のようなものが、いくつも見ることができる。彼らは大木にこのような巣を作るのだ。
「さて、妖精たちは、どう動くか」
隠れもぜず堂々と村へ来たので、キセノンらが村へ着いたことは妖精たちはすでに知っているだろう。だとすれば、向うから何か反応があるはずなのだ。
「きた!」
木陰がざわりと動いた。まるで草花の集団がこちらへ向かっているようだ。
「きた きた」
「やっときた」
「やっとやっと」
「おそい おそい」
二人の姿を認めると、妖精たちは次々に集まってきた。
「たすけて」
「大変なの」
目の前に現れた色とりどりな葉根を持つ妖精たちは、口々に言い、わいわい騒ぐ。彼らはただならぬ様子で、助けを求めるのだ。
「あの 黒いの どうにかして」
「あの 白いの どうにかして」
双子だろうか、同じ容姿で牡丹の花ような色の葉根を持つ妖精が同時に言う。
黒いに当てはまる人物といったら、黒髪黒目のオキシくらいしか思い浮かばない。一方の、白いに当てはまる人物というのも、おそらくオキシのことだろう。いつも白い外套を着ていて、白という印象があることも否定できない。
「あれは 黒なの」
「あれは 白なの」
双子の妖精は、お互いに服や葉根をつかみ、地面に落ちてくるくると転げまわりながら喧嘩を始めてしまった。他の妖精たちも、「白だ」「黒だ」と、煽りたてて騒ぎ始めた。
「一体、何があったんだ?」
突然のことで、キセノンは困惑に眉間に皺を寄せながらも、妖精たちに尋ねた。しかし妖精たちの騒ぎは収まらない。
「やれやれ」
見かねた亜麻色の葉根の妖精が一匹が仲裁に入った。
「黒と白 まぜまぜ 灰色」
亜麻の妖精は、大げさに葉根を挙げ、高らかにそう宣言した。
「いいね それ」
「あれ 灰色」
妖精たちの間に葉擦れのような拍手が沸き起こる。喧嘩の原因となることは解決したが、一体何が起こっているのかは未だ分からないままだ。
「ちょっと、落ち着いてよ。何があったの?」
勝手に盛り上がる妖精たちを落ち着かせようと、ロゲンハイドは声をかけた。ロゲンハイドにとって妖精たちの葉擦れのような声は、わかり辛くて仕方ないのだ。
「とにかく 大変なの」
茜色の葉根の妖精が大げさに羽ばたいた。
「タイヘン タイヘン」
体の一番小さな妖精は茜の葉根の妖精の真似をして、羽ばたいた。
「洞窟の部屋 占拠されたの」
撫子のような髪飾りを身につけた妖精が状況を説明する。
さらってきた者はいつも、洞窟に作られた部屋の一つへ入っていてもらうのだ。
「ウルサイって 吊るされた」
青い葉根の妖精が、葉を震わせそう語る。
「灰色は にょきにょき たくさん そだててる」
「このままだと 洞窟の部屋 灰色の にょきにょき だらけ なるの」
妖精の話をまとめると、どうやら灰色の育てているキノコに困っているようだ。
「にょきにょき いっぱい きもちわるい」
「きもい きもい」
「もともと にょきにょき ちょこっと あった。でも 灰色に 増やされてた」
そのキノコは食べない限り害のないことはわかっているが、オキシがあまりに大量に発生させているので、非常に不気味で、迂闊には近寄れない状態になっているのだ。
「どんどん ふえてる どんどん ふえてる」
「今も きっと 増えてる」
「ふえてる ふえてる」
妖精たちは手におえない灰色とキノコをどうにかして欲しいと懸命に訴える。
「それにアッチ行けって 吊るされた」
青い葉根を組んで震えながら妖精は語る。
「それに ごはん 食べてない」
妖精たちは知っている。定期便が野宿を始めた頃からずっと車体の下で様子を窺っていたので、オキシが昨夜の晩から何も食べていないことを。
「このままじゃ 餓死しちゃうの」
「ガシ ガシ」
「パンあげた いらない いう」
「ジャマするなって 吊るされた」
しかし、その表情は恍惚としている。
間違いない、この吊るられたという青い妖精は特殊な方面に目覚めている。
「だから 灰色が 大変なの」
「だから たすけて」
そして口々に言うのだ。「手におえない、たすけて」と。
「にょきにょき、か」
何を思っているのかは、その顔をみれば一目瞭然である。「何をやっているんだ」と、今にもため息をつきそうな、そんな表情だ。
「……とにかく急がなきゃ」
ロゲンハイドは言う。
一刻を争う事態に二人は急いで村のはずれにあるその洞窟へと向かった。