メインエピソード1【汚名返上、名誉挽回、雪冤晴恥】③
自席戻ると俺は直属の部下数人に対し、矢継ぎ早に指示を出す。
指示により、部下たち大きく目を見開き、体を震わせる。
その後、小さく頷き足早に駆けていった。
部下たちへの指示を終えると、少し落ち着いてきた。急ぐ必要はあるが、焦って失敗する訳には行かない。
ちょうど主任たちが戻ってきた。
「まだいたのか?私物整理早く済ませて、引き継ぎしとけよ」
そう嫌味ったらしく言うと、主任は在席者に視線を向ける。
「レオン・クラーク君は、一身上の都合により退職することになった。三日後にはここから居なくなるため、しっかり引き継ぎを行うように」
まるで死刑を告知するような言い分だった。
途端にざわめきだす。
「レオンさんが退職?」
「さっき会議室に行ったのはそのため?」
「嘘だろ?あの人、仕事嫌がってる素振り無かったぜ?」
「いつも金欠って言ってたし、給料良いところに転職かしら?」
「石パン食べ過ぎて、おかしくなったのかも?」
おい、聞こえてるぞ。特に最後のは何だ。
俺だって好き好んで石パンを食べている訳じゃないんだぞ。カロリー摂取のパフォーマンスが優れているから、食べているだけだ。
ざわめきは収まらない。幾人かは不安気な表情を浮かべ、俺を伺っている。
俺は数回深呼吸し、落ち着いた声で周囲に指示を出す。まずは今日の通常業務を行うようにと。
冒険者からの納品物においては、年鑑の確認を忘れずに行うことと、誤字、数量誤りが無いかを必ず確認すること。
指示すると、皆納得はしないが渋々と業務に戻り始めた。
それを確認した俺は、主任のもとに向かい、先の発言を問い質した。
「先程言っただろう?三日後には部長を経由してギルド長に報告すると。最終的な進退はギルド長が決定することになるが、何せ横領だ。クビになることは間違えようが無いからね。事前に周知しておいてあげたんだよ。ほら、君の大好きな『効率化』」ってやつだよ」
嫌らしい笑みを浮かべてくる。
怒るな。焦るな。ここで行うべきことをするんだ。
俺は数回深呼吸をする。怒りに身を任せて目の前の敵をブチのめしても、結果は変わらない。それよりもやることがあるのだから。
「書類を確認したい?許可出来る訳ないだろう。キミが再改竄する恐れがあるのに、何故見せて貰えるとおもうんだい?」
捏造したと思われる書類を確認したいと言うと、主任は待ってましたとばかりに却下する。これは、やはり計画的な行動だな。
仮にそのような改竄の痕跡があるのであれば、当事者に確認させ、真偽を露わにする必要がある。
しかし、今回の件に至っては、俺が確認することを拒むばかりか、改竄して横領したと決めつけ、書類に触らせようとしない。
部長などには、本人は認めているし今までの功績に免じて、とか言って俺の反論など無かった事にするつもりなのだろう。
「書類は部長たちが確認を終えるまで、保管することになっている。早く私物整理と引き継ぎに戻りなさい」
主任側の魂胆が見えた俺は、一礼すると体を震わせながら、自席に戻っていった。
終業の鐘が鳴る。
主任は足早に席を立つと、係長や課長と共に帰って行った。
俺は作成していた書類にサインをして、封字を施し、懐にしまう。
いつものように作業を切り上げるよう声をかけようとすると、声かけを遮って集まってくる。
「辞めるって本当ですか!」
「辞めないでくださいよ!主任補佐に辞められたら業務回らないですって!」
「嘘ですよね?辞めるなんて嘘ですよね!?」
「やっぱり石パンの常食で、ストレス溜まってるんですか?」
おい、最後!聞こえてるからな!
厳しいことも言っていた自覚はあるが、こうやって心配してくれるのは素直に嬉しい。だが、石パンに絡めて俺を貶すな!
俺は努めて平然とし、辞めるつもりも無いし、辞めされられる謂れも無いと言う。俺の仕事ぶりを知っているだろうとも。
不安が残る皆を無理やり帰らせ、俺もギルドから出る。
そして少し離れた場所で立ち止まり、壁を背にし、瞼を閉じて石パンを齧る。
しばらくすると、声がかかる。
「お待たせしました。レオンさんですね」
俺は瞼を開き、声をかけて来たフードで身を包んだ人物に視線を向けた。
「話はわかりました」
ギルドから場末の酒場に移動した俺は、事の顛末を掻い摘んで説明した。
頼んだお茶をゆっくり飲みながら、フードの人物はこちらを覗き込む。
「やるとなると、こちらにもリスクが発生します。そのため、多少リターンを多めに貰う必要がありますが、宜しいですか?」
その言葉に頷き、持ってきた書類を渡す。これを渡せばリターンを得られるだろうと伝える。
「…わかりました」
静かに席を立ち、俺たちは再度ギルドに向かう。
フードの人物は、ギルド内に冒険者として所属している斥候職の人間となる。
斥候職は、冒険における進行ルートの確立、モンスターやアイテムの情報収集などが挙げられる。
勿論戦闘力も求められることもあるが優先度は低くなっており、優先度が低い能力の中に、鍵開け技術というものが存在する。
冒険先の洞窟や遺跡に隠されていた宝物や、ならず者たちが集めた財宝などには、大半が鍵が掛けられた箱に収められている。その場で開けることが出来なければ、持ち帰りでもしない限り、次に訪れた他者に奪われてしまう。その為、斥候職による鍵開けにて、宝物、財宝を得ようとするのである。
しかし、冒険先に必ず宝物があるとは限らない。むしろ、無い方が多い。宝箱があったとしても、空箱であることがほとんどだ。
結果、鍵開け技術を身に着けている者は減少傾向になっていた。
俺は部下の一人に命じて、鍵開け技術を持つ人物にアポイントメントを取るよう指示を出していた。
俺を計画的に陥れようとする人間が、捏造資料を見せることも、放置することも無いことは、想定出来ていた。
だから俺は正攻法以外のやり方で捏造を暴くため、閉じられた会議室を開けるための手を講じた。
鍵を掛けられて、開けるための鍵がないのなら、別の鍵を使えばいいじゃない。
公的施設の鍵を鍵開け技術により無断で開けることには罰則があるが、今はそれを気にする時間は無い。
俺たちは先に呼び出された会議室の前に立つ。フードの人物は緊張した面持ちでしゃがみ込み、様々な工具を取り出し、慎重に鍵開けを行った。
どれくらい時間がたっただろう。
時間が経つのが速いのか、遅いのか。わからないくらい集中している。
フードの人物が小さく息を吐き、立ち上がる。そして、俺の方に振り向き、小さく頷く。鍵開けは見事成功したようだ。
フードの人物は静かに壁に背を向け、瞼を閉じる。
俺が会議室から出る時、再度鍵をかけてもらうため、残っていてもらう必要があるからだ。
さぁ此処からは俺の戦いだ。時は金なり。
俺は石パンを齧り、瞳を青に変え、静かに会議室に入室した。




