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メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㉓

『言うは易く行うは難し』という言葉がある。言うのは簡単だが、言ったことを実行するのは難しい、という意味だ。

次に、『千里の道も一歩より』という言葉がある。どんなに長い道のりでも、最初の一歩から始まる、という意味だ。

最後に、『為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり』という言葉がある。

何事も強い意志を持って行動すれば達成できる、という意味だ。

…何が言いたいかと言うと。375パターンを網羅分析することは、果てしない労力を伴う、ということだ。

そして、それは困難で難解な道程になるが、決して到達することが出来ない場所ではない、ということだ。


瞳の色を黒に戻し、スキル行使を停止する。

未来を見通せるような万能感が消失し、反動として胃を締め付けるような空腹感が襲い掛かってくる。

襲い掛かってくる(空腹感)を、岩パンの追加摂取で追い払う。

味覚、嗅覚、触覚を犠牲に、兵站を整え、作業準備に取り掛かる。

むせかえり、えずきながら。涙目になって纏めた考えをハルトに示す。

「375のパターン網羅を、最初の組み合わせから実施することは効率的ではありません」

「パターンに対し、高、中、低で優先順位をつけて作業をしましょう」

「パターン網羅させるためには、素材生成する必要がありますよね」

「新解釈の対処薬と、現在の対処薬の効能比較を行う必要もあります」

「現在の対処薬の在庫はありますか?あればそれをサンプルとして用いましょう」

「そのサンブルに対し、新解釈における中央パターン、つまり全ての条件が真ん中となっているパターンで比較を行いましょう」

「高い確率で、効能に差分が出るでしょう。その結果に基づき、優先順位が高いパターンより、精製を行っていきましょう」

指示内容を伝えた後、簡単に面条書きにしたメモを渡す。

メモを受け取ったハルトは、力強く頷く。

「私は冒険者ギルドへの根回しに向かいます。一括納入が可能な在庫が有ったとしても、納入を遅らせるか、分割納入するよう、調整してみます」

「作業量が膨大で、時間が少ないことは事実です」

「ですが、作業内容を拙速に過ぎて、(おろそ)かにして、精製条件を整えられなければ、意味が有りません」

「素早く、正しく、かつ丁寧に。これを心がけて作業願います」

ハルトに対し、闇夜に提灯(ちょうちん)を説くことになるが、念のために伝えておいた。

「では、失礼します」

たった数日。されど数日。

数日時間を稼ぐことで、パターン網羅数が増え、より優れた効能を見つけられることが出来るはずだ。

ハルトの返事を待たず、部屋を飛び出す。薬師ギルドを出た俺は、一目散に冒険者ギルドへと向かうのだった。


不穏な空気が街のそこかしこに漂っている。

商人と消費者の喧騒に包まれていた市場も、普段の6割程度の賑わいになっている。

微かに咳をするものならば、問い詰めるような視線が瞬時に向けられている。

誰も彼もが疑心暗鬼になっている。緊急事態宣言の影響は、じわりじわりと浸透し出していた。


冒険者ギルドに戻った俺は、自部署である経理課へと向かう。

部下の一人を捕まえ、定例会議の結果、つまり監査チーム発足の是非を尋ねる。突然現れた俺に、部下は驚きながらも会議の結果を報告してくれた。

結果は、「保留」となった。

説得は成功しなかったが、約束通り棄権票として投じてくれたのであろう。

経理部長には後程報告に行く旨を伝えるよう部下に指示すると、その足で今度は資材管理部へと向かう。

定例会議の結果と、素材調達の件を、ビリーと相談する為だ。

しかし。逸る心とは裏腹に、足取りは重くなる。

資材管理部の説得後、施療院、薬師ギルドと休みなく動いてきた身体は、意思に反して休息を求めてくる。

一旦立ち止まり、深呼吸をする。

途中で補給した石パンを(かじ)り、兵站を確保する。

岩パンに比べれば対象マシと思われるそれを飲み込み、嫌がる足腰を宥めるよう、ゆっくりと歩み出す。

そうだ、落ち着け。今慌てていても、結果は変わらない。

情報を正確に伝える為には、私情を挟んで歪めてはいけない。

歪曲した情報は、巡り巡って己の首を絞めることになるのだから。


「レオンさんっ!」

資材管理部についた俺を、ビリーはいち早く気付き、駆け寄ってくる。

部長の説得後、時間に換算すれば数時間しか経っていない。

しかし、起きたこと、分かったことが、時間に比例せずに濃すぎた為、疲労困憊になっていた。

「…時間が惜しいです。部長とお話しさせて頂いて良いですか?ビリーさん、貴方にも同席頂きたい」

小さく、とだが決意を込めて発する。

ビリーは何かを言おうと口を開ける。だが、何かを察したのか、結局は何も言わず小さくいてくれた。

そして、俺に肩を貸し、部長の居室まで同道してくれた。

「…ありがとう、ございます…」

俺の言葉に、ビリーは黙って頷く。


さして遠くない距離を、ゆっくりと進む。そして扉を叩く。再び戦を行う為に。

但し、今度は対決ではない。部長を巻き込んでの共闘だ。

石パンを(かじ)る。兵站を整える。

呆れるほど繰り返し、もはやルーチンと化した行為でカロリーをエネルギーに変換させる。

瞳の色を青に染め上げ、俺は力を込め、扉を開くのだった。


「…ちょっと待ってくれ、整理しきれない」

「それは、本当なのか?」

「…すまない、今更君が嘘をつく必要性は無いな」

「だが、それが事実ならば、関与しているレベルが…」


ビリーと共に入室し、扉を閉める。

中には俺とビリー、そして部長のみであることを確認する。…草が紛れ込んでいないことを忘れずに。

そして、(はや)る心を極力抑え付け、判明した事実を事実のままに伝える。余計な脚色を加えて『個人の真実』にする必要は無い。

ビリーは内容の大きさに言葉を発することが出来ず、部長は呟くような小さな声で声帯を震わせる。

「是、としか言えません。再度周知致しますが、施療院、薬師ギルドを巡り得た、確かな情報になります」

この一言を受け取ると、部長は自分の椅子に倒れるように座り込んでしまった。

座り込んだ部長は縮こまり、朝に見た覇気が見受けられなかった。自身の子供が生贄になるかもしれないという危機感が、彼の心を擦り減らしてしまっていたのであろう。

…が、やはり傑物であった。縮こまっていた身体が一瞬震えたかと思うと、気力に満ちた視線を向けてきた。それは、朝の覇気を遥かに凌駕する。

「…レオン君」

部長の呼びかけに居住まいを正す。

「君のプランでは、どれくらいの時間があれば達成出来そうかね?」

「…ふむ、未知数か。ならば仕方ない」

「ビリー君、各素材の在庫は如何程になるかね?」

「何?それはおかしいな。たしか先日の棚卸で、極端に古くなった物や、状態が悪化した物については、廃棄するよう指示したと思っていたが、私の記憶違いか?」

「思い出してみたまえ。『太陽草』、『銀星花』、『月涙水』に関しては品質を求められる為、常に状態の良い物を管理する必要があると指示したはずだが?」

「劣化した素材を薬師ギルドに納品するとなれば、経理部にも文句を言われるだろう?何のために高額な素材買取をしているのか、とね」

「現在資材管理部には在庫が薄い。望む数量を納入するには、最低でも一週間という時間が必要になる」

「これが資材管理部としての答えとなるが、ビリー君、異論はあるかね?」

「そうそう、本日、どこからかは分からんが、素材の要請があったようだね。それは誤りで、帳薄上記載する必要はないぞ」

「…という訳だよ、レオン君。これで戦えそうかね?」

部長は片目を瞑り、似合わないウィンクを向けてくれた。

最高の支援だ!石パンや岩パンでは得られない、最も欲しかった時間を稼ぐことが出来た!

それに、ジェイルに頼んでいた素材調達の件にまで目を瞑ってくれた!帳簿上に記載されなければ記録にならず、足がつくことはない!

「…だが、これより先は、冒険者達にクエスト発注することなる。分かっているとは思うが、帳簿の改竄は行えないぞ」

俺は黙って頷く。稼いでもらった時間を無駄にする訳には行かない。

部長は続けて口を開く。

「あぁ、経理部部長へは、私から話を通しておく。レオン君、君は君が成すべきことを成しなさい」

「ビリー君、薬師ギルドとの調整は君が担当しなさい」

「良いかね、レオン君のプランでは薬師ギルドの調達担当も、わかっているはずだ。あくまで在庫不足になるので納入が遅れる、という(てい)を為すのだよ?」

「…私たちが気付いている、目論んでいる、と言うことを知られたら…いや、悲観的観測はよそう」

「さぁ行きなさい。在庫枯渇までの責任は私が持とう。後は君たち次第になるのだからね」

部長の言葉に頭を下げる。ビリーも同様に。

そして、向かう。新たな戦場へと。

俺は再度薬師ギルドへと走り出すのだった。


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