メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㉑
「確認させてほしいことがあります」
静かに、だがそこには、誰にも、何に対しても、有無をも言わさぬ圧力が込められていた。
――カロリーコンバータ起動、論理決済発動――
リストを確認し終えた俺は、密かにスキル起動する。瞳は青を経て、緑に染め上がる。
高速思考の中、無数に浮かぶ不明点、疑問点を整理・統合する。
そして、問うべき矢を番え、放った。
『灰咳』の治療薬の生成、精製について。
一の矢、必要な素材は、治療薬の分量に関わらず、等倍になるのか?
二の矢、必要な時間は?
三の矢、必要な手順は?
四の矢、必要な人数は?
終の矢、責任を取れるのか?
論理は風を切り、確かにハルトの胸元を射抜くのだった。
ハルトへ放った矢は、こちらが望んでいない、悪い方向で予想していた答えを導き出してくれた。
一の矢について。
一一等倍だったと思いますが…すいません、断言出来ません。今回のように、大容量の指示は初めてでして、等倍で計算していました。
――類似するケースで鑑みると、全て等倍で計算する必要はありません。むしろ精製に必要となる『月涙水』がより多く必要になると思います。
二の矢について。
――通常の手順で実施するのであれば、一回分の生成、精製には24時間かかる見込みです。
――今回は大量生成、精製になるので、手順を分業化し、一回分の分量も増やすことを想定しています。
――なので、指示されたポーション分量ならば、72時間、つまり三日後には出来上がる見込みです。
三の矢について。
――いえ、これは薬師ギルド内の機密になるので、外部公開は出来ないんです。
――ちょっ、ジェイルさん、簡単に言わないでください。
――…わかりました。ここだけの話にしておいてくださいね。
――『太陽草』と『銀星花』を共に粉末状になるまで磨り潰します。
――粉末状になったそれらを、別々に『常温』の『月涙水』に溶かして成分を抽出します。
――成分抽出が完了した『月涙水』を、決められた分量、一対一で混ぜ合わせ、効能が定着するまで冷暗所で保管します。
――『太陽草』の効能である、発熱による免疫力上昇を示す「赤」、『銀星花』の効能である、鎮痛を示す「青」が混ざり合い。「紫」を示していれば『灰咳』への対処になると言われています。
―――免疫力向上で硬直を遅らせ、鎮痛により苦痛を和らげる。対処療法としての手段以外、確立されていません。
――…いえ、私も文献と講義で知っただけです。実際に生成、精製をした経験はありません。
――成分抽出の分量や、混合の分量を変える?伝承を逸脱することは不敬ですし、第一そんなことしたら望んでいた効能は得られませんよ。
四の矢について。
――指示のあったポーションの量から逆算すると、少なくても5人以上の作業者が必要になると思います。
――『月涙水』で成分抽出するにしても、定められた分量を正確に計上しないと、求められる効能が得られない訳ですから。
――量が量ですから、作業分担すると思います。工程ごとに作業者を割り振り、全ての工程を一作業者が担うとは思えません。
そして、終の矢について。
――わかりません。おそらくサンプルが渡されて、それ通りに生成、精製するよう指示があると思いますが、サンプル自体が意図して改変されていれば、その通りに作業されると思います。
――いや、でも、そんな…私は、職責に準じて、リストに計上しただけですよ?
――それが、何故…違う…わた…し…は…
膝をつき、項垂れるハルトを見て、僅かに胸が痛む。
彼を苦しめる為に、ここに来た訳ではない。
俺は齧りかけの石パンの残りを無理矢理に飲み込み、兵站管理を行う。
考えろ、ハルトはなんと言った?
導き出せ、行き詰った袋小路を打破する新たな道筋を!
今!ここで!!
ありったけを!!!
身体が熱くなり、全身より汗が滲む。酷い頭痛に襲われ、鼻血が滴り、床を赤く染め上げる。
――カロリーコンバータ・オーバーロード起動!――
熱くなる身体を他所に、頭の奥底より、どこかで聞いた覚えのある声が響く。
――それが、君の望んだ答えなんだね?
――君自身の為としてではなく、君以外の大切な人を守る為として。
――大丈夫、君は一人じゃない。君が何を想い、何を成してきたのかは、知っているから。
――惰眠を貪っていた「彼」も、力になってくれるらしいよ?
――思う存分暴れてきなよ、満ち溢れている不条理を蹴っ飛ばすためにさ!
声の主は、優しく微笑みを浮かべているような気がした。
緑に染まった瞳は、深紅に変わってゆく。
酷い頭痛は治まり、通常のスキル行使とは比較にならないほどの万能感に満ちているのが分かる。
まるで、未来を見通すことさえも出来るような…
体内に貯蔵されたカロリーを、尋常ではない速度で消費することを代償に、【カロリーコンバータ】を超えた演算能力が発露したのだった。
「おいっレオン!お前鼻血がっ!」
唐突に滴る鼻血に慌てたか、駆け寄ろうとするジェイルを手で制する。大丈夫だ、と視線を送りながら。
項垂れ、何かを呟いているハルトに、俺は道を指し示す。
「ハルトさん、貴方の前には分岐した道があります」
「一つは、このまま利用され、悪意無き殺人を行う道」
「自己の責任を放棄し、見なかったことにすれば平地で安易な歩みになる道でしょう」
「もう一つは、見えない意思に抗い、症例者を救おうとする道」
「全ての症例者が教えるとは限りません。しかし、可能性を、望みを捨てず、最後まで抗うことを辞めなければ、あなたの進む一歩一歩が、灯火となり、篝火となり、闇を照らしてくれるでしょう」
「困難で、険しい道となるでしょう。そして、必ず報われるとも限りません。待つのは絶望かも知れませんが、歩みは道となるのです。誰もに恥じぬ、正道として」
「悪意無き殺人と、症例者の救済。…ハルトさん、貴方はどちらを選びますか?」
ハルトは徐々に顔を上げ、救いを求めるよう、問い掛けてくる。
「わ、わた、私が、で、で、できるので、すか?」
呂律が回らず、視線も定かではない。だが、正道を歩みたい、という意思は残っている。
「出来る、出来ない、ではないのです。やるか、やらないか、です」
俺は、まっすぐハルトと向き合い、視線を交わす。
「ハルトさん、どちらを選びますか?」
ハルトの目に光が灯る。
「…やります!やらせてください!」
真っ直ぐで、断固たる決意が込められた目だった。
「結構。では始めましょう」
「ハルトさん、貴方は『灰咳』の対処薬が記載された文献を用意してください。私なりの懸念点と解釈を申しますので、それによりどうなるかを教えてください」
「ジェイルさん、鼻血を掃除している暇はありませんよ。お使いを頼むようで申し訳ありませんが、このメモに記載されたモノを用意してきてください。私の要件と言えば、伝わると思いますので」
「さぁ、時間との勝負です。全力で抗い、不条理を蹴っ飛ばしましょう!」
俺の号令で二人は動き出す。ハルトは使命感を漲らせ、力強く。ジェイルは釈然としないままも、なぜか嬉しそうに。
空腹に耐えながら、俺は思考を走らせ続けるのだった。




