メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】⑥
報告書、及び再精査した監査計画書を部長宛に提出して数日、回答を待つ俺は通常業務に勤しんでいた。
部下に指示を出していた市場流通量の実態調査と、OJT計画については順調だ。
市場流通量の実態調査は、定期的に実施する必要がある為、今後のルーチンワークとして組み込む必要がある。逆に言うと、ルーチンワークになるからこそ、手抜きや不正が蔓延る隙が無いよう、粗を無くす必要がある。
情報源の明確化、連続して同じ者に担当させない、複数人でチェックさせるなど、現代日本で培った経験を活かし、考えられる対策を纏めてマニュアル化する。
勿論、マニュアル化したとしても不都合が出ることはあるだろうが、そこに関してはケースバイケースで対応していくことで十分だろう。
最初から重箱の隅を楊枝でほじくるような細かい事例を想定し、辞典のような用例集を作成するよりは、大枠を作成し、都度更新していく方がコストパフォーマンスに優れているだろう。
OJT計画は、初年度の新人に対し、前年度にOJTを受けた者が対応する、という形式を取る。
役職者が新人を集めて、あれこれ口に出すより、経験値が近い先輩が直近の経験を元に、そのまま指導する方が、親近感もあって伝わりやすいだろう。勿論侮られないよう、一定の線引きを行って指導するよう、指導要綱の作成は必要になるが。
こちらについても。マニュアル化を進める。
いずれにしても、技術継承というか、ノウハウの継承が行われていなかったのが、こちら側の常識であったのが悔やまれる。逆に言うと、ノウハウの継承が無かったからこそ、隠れて不正を働こうという考えも生まれるのだろう。
業務手順をマニュアル化により雁字搦めにして融通が利かないようにする気は無い。だが、ある程度の手順や方針を設けることで、正しいやり方、嫌らしく言うならば不正を行い難いやり方を作ることが出来る。
行政出向派や当地出身派のように、派閥で分けられることなく、公正な業務が行える環境を作りたいと思うことは理想論なのだろうか。
今回の監査チーム作りが、その分水嶺になる気がしている。
記載内容に不備が無いことを確認すると、ペンを走らせて承認を示すサインを記す。通常業務としての承認作業を熟していると、部長からの呼び出しを受けた。 ついに来たか、と軽く息を吐く。内容は恐らく監査チームの件になるだろう。
タフ・ネゴシエイトになることが想定出来るため、俺は事前に石パンを齧り、カロリーを摂取しておくことにした。
呼び出し先である部長の執務室で、提出した監査計画書について、再度概要を説明する。
改めて一通り概要の説明を受けた部長の顔色は優れない。改定案の計画書でも、監査の主導権を当地出身派にすることは難しいのだろうか?
部長は視線を書類に落としたまま、問い掛けてくる。
「レオン君、率直に聞こう。君の計画書で、私たち以外の合意が取れると思うか?」
部長の言葉からは、ある種の覚悟が感じ取れた。改定案を見てある程度の手応えは感じているのだろうが、それでも不安が残るのだろう。
一度賛同を得られなかった案件について、もう一度審議を促すというからには、自身の進退をかけて臨む決意があるからなのだろう。
そも、冒険者ギルドにおいて、所轄に跨る案件については、関連部署の部長、及びギルド長による決議が行われ、過半数の賛同が得られない場合においては、案件は採用されない仕組みになっている。
ギルド長という最高責任者の専横にならない為の抑止機能となっているが、今回の監査チーム発足については、この抑止機能が逆に足を引っ張ることになっている。
冒険者ギルドについては、四つの部署があり、その部署を束ねる立場としてギルド長が存在する。
ギルド長と四部署の部長の計五人で決議を取り、ギルド長と目の前の部長、つまり経理部部長を除く三人の部長が監査チーム発足に賛同しなかったことで、当初の案が骨抜きにされたのであろう。
「賛同を得られなかった各部長全てに対して賛同を得るとした場合、短期間で事を成すことは難しいと考えます」
俺は一旦言葉を区切る。
「ですが、いずれかの一人をこちら側に引き込むことで、決議票が2対3から3対2となり、こちらが過半数になることになります。説得の対象を一人に絞り込むのだとすれば、比較的短い時間で賛同を得られる見込みとなります」
俺の言葉を受け、部長は顔を上げ、俺と視線を交わす。
「次回の定例会議時までに、いずれかの部長に対して賛同を得られる目途がつくようであれば、本案件を再提案しよう」
部長は俺を真っ直ぐ見据え、再提案を約束してくれた。
「定例会議は三日後になる。とてつもなく期限が短いが、やるかね?やらない場合は、当初の回答に沿った内容で監査に取り組んでもらうことになるがね」
部長の視線をしっかりと受け止め、力強く答える。
「経理課主任レオン・クラーク。全力で取り組み、結果にて答えさせて頂きます」
そういうと、俺は執務室を後にする。瞳は決意を示すよう、緑色に輝いていた。




