メインエピソード0【はじまりのものがたり】②
316番を済ませた俺は自席戻り、机の上に重なる決済待ちの書類の束を見つめ、静かにため息を吐く。
灰色で見栄えの悪いパン(通称石パン。正式名称簡易携帯糧食1型。極めて高い栄養価と、高カロリーが含まれている。恐ろしく不味い)を口にし、瞳を青色に染めて仕事に取り掛かる。
ペンを走らせながら、先程の冒険者の言葉を思い起こす。
「事務屋に何がわかるか」か…
18歳で冒険者ギルドに勤めて、7年で会計課主任補佐。
15歳で成人と見なされることを考えれば、俺の立場はエリートなのだろうな。
自嘲で口元を歪ませるが、それでも石パンの咀嚼とペンの速度は止まらない。
今日も俺はペンでこの世界と戦っている。
俺はレオン・クラーク。
25歳のギルド勤めの正規職員。肩書は経理課主任補佐。
良く言えば精悍な顔つき。
悪く言えば常に険しい表情を浮かべている。
効率を愛し、無駄を嫌悪している。
エリートのように見えるが、俺も幸運の糸を掴む事が出来なければ、あの冒険者と同じ立場だったかもしれない。
この世界はシビアだ。15歳で成人と見なされるし、後ろ盾や縁故がなければ真っ当な職に就くことは難しい。
街を囲む壁の外には、モンスターが闊歩しており、常に命の危険にさらされる生活を余儀なくされている…
そんな中、レオンは孤児院で育ち、慣例に従い15歳で退所した。
体が周りに比べて丈夫だったお陰で、しばらく肉体労働で食いつないでいた。
日々のストレスと若さ故の食欲で、レオンは入った給料のうち、生活費と孤児院への仕送りを除き、全てを飲食に費やしていた。
そんな、明日をも知れぬ日々を過ごすうち、薄給にも関わらず自堕落な生活を続けていれば、金も無くなる。無くなれば借りて使う。少し返してまた借りて。気付けば借金が積み上がっていた。
ある日、いつもの飯屋で同年代と思われる男と知り合った。
話を聞けば、冒険者ギルドに勤めているそうで、納品物の解体作業員が足りないことを嘆いていた。
何でも新人が入ったら、まず最初に必ず解体作業を行わせて、現場の空気を強制的に覚えさせるらしいのだが、今年の新人は全員辞めてしまい、解体作業が滞っているらしい。
明日は自分も行かなければならないかもと嘆いていた為、
レオンはそれならアルバイトとして紹介してくれよ、と頼み込んでいた。
驚いた男にレオンは今の仕事では先が見えないことを必死に伝え、
見かねた男はならばお試しとしてアルバイト出来るよう話してくれることになった。
幸運にも面接は通り、即作業に取り掛かることになった。
解体作業はきつかったが、肉体労働をしていたせいか、飲み込みは早かった為、現場にはすぐに溶け込めた。
試用期間が過ぎた頃、臨時職員ならば雇っても構わない旨の連絡を受けた為、先の職を辞めて冒険者ギルドに飛び込んだ
新しい環境で、覚えることは沢山あり、そのストレスでまた食に走る。
美味い飯を食べることが、何よりの楽しみであり、給料も増えたので返済を少し増やせば、また金は貸してくれたので、どんどん借りていたが、総額については何も考えていなかった。
仕事を覚えてしばらくし、飯を食おうといつもの飯屋に入るとため息をつきながら杯を傾ける女が視界に入った。
これも縁だろうと思い、軽い感じで声をかけ、飯に誘う。
女は少し驚いた後、疲れたように笑ってレオンと飯を食った。
話を聞いて行くと、何やら金に困っているらしい。
そこでレオンは仕事で身に着けた知識を利用し、女に提案してみた。
女は小馬鹿にした笑みを浮かべていたが、段々と真剣な表情に変わり、ついには身を乗り出す程になっていった。
乗り出したことより強調される胸元に鼻の下を伸ばしながらも説明を続けると、急に女は席を立ち、宵闇に消えていった。
レオンはいいおっぱいだったと余韻に浸りながら、飯を再開した。
それからしばらくすると、また女は飯屋に現れ、その度にレオンと飯を食い、借金の話をして出ていく、ということが数回続いた。
流石に2回目からは、女からレオンに飯を奢ってくれたのと、相変わらずいいおっぱいだったので、レオンは満足していた。
最後の逢瀬の際、女からお礼よ、と言って豊満な胸で腕を挟み、レオンの胸元にしなやかな指を這わせて来た。
本能により熱くなった体に、僅かに残った理性がこの女から借金の話があったんだぞ、と冷水をかけられた為、また今度な、と言ってあっけに取られた女を残して自宅に帰り、もったいなかった!と滝のような涙を流し、擦り減るような歯ぎしりをして後悔していた。
そして、机の上で乱雑に置かれている借用書の束を見つめて、ま、なんとかなるか!と思い寝床についた。
ここまでがレオンの記録になる。
気づくと、俺はレオンの身体になっていた。
現代日本で働いていたはずが、知らない場所で、しかも20歳以上も若返っているのだから、パニックになるのも仕方ない。
何でとか、ここは、とか考えると、レオンの記憶を映像記録のように見ることが出来た為、混乱は最小限に抑えられたが、それでも不安は晴れなかった。
そして、机の上に置いてある借用書の束を見て、膝から崩れ落ちた。
何だこの金額は。何だこの利息は。何だこの期限は。法律はどうなっているんだ。どうやって返済すればいいんだ!
そんなことを考えていると、いつの間にか朝になっており、レオンとしてギルドに出勤した。
しばらくは仕事に精を出すが、仕事のやり方が理解出来ない。
いや、内容は分かる。日本に居た時は経理をしていた為、業務内容が経理ということは理解出来る。しかし、圧倒的に効率が悪い。
なぜ書類のフォーマットが統一されていない?
量を示す単位がすごいとか、たくさんという抽象的な説明になる?
俺がおかしいのか?ここではこの説明でなりたつのか?
そう思っていると、同僚も疑問点をメモし、詳細を確認しに席を立っていた。
非効率な作業に悩み、借金の利息返済に追われ、口に出来るのは非常食扱いの石パンのみ。
今の臨時職員としての給料ではどうしようも無いことに悩む
そんな鬱屈した毎日を過ごすなか、ある時ギルド内に監査が入ることが判り、書類を整理する必要が出てきた。
現代日本にいた時の経理畑としての経験により、なんとか迷惑を掛けずに作業を行うことが出来ていたが、量が大きすぎる為、何日も徹夜することになった。
ようやく目処が立とうとした際に、上司の悪意ある失敗(基本となる報酬基準を著しく間違えているなど)により、すべてが御破算になりかけた。
呆然とした俺は、突如空腹を覚える。しばらく食事出来て居なかったことを思い出し、苛立ち紛れに常備していた石パンを貪るように口にした。
すると、時間が遅くなるような感覚になり、整理済みの書類に対し、上司の失敗により訂正が必要になった個所が浮かびあがるようにわかった。後で同僚に聞くと、瞳の色が変わったらしい。
訂正が必要な書類を掴み、皆が驚くような速さで作業を行い、上司の悪意ある失敗を、リカバリー可能で、上司のみに影響するような形に落とし込むことが出来た。
書類を提出し、無事監査に臨むことが出来た俺は、安堵と疲労と空腹によってへたり込み、石パンをほそぼそと齧りついていた。
この時、瞳の色は黒に戻っていたらしい。
周囲の正規職員から、何をしたんだ?今のは何なんだ?と問われるが、自分でも良く分からなかった為、曖昧な返事をして誤魔化していた。
監査後、ギルド長よりことの顛末を聞かれた為、書類に悪意のある不備があったこと、訂正を自分が中心になって行ったことを報告した。
悪意ある失敗を盛り込もうとした上司は、自分のみ影響するようになって居た為、俺が改竄したんだ!と騒ぎ、俺を陥れようとした。
連日の徹夜による恨みと、数字を騙そうとしたことによる怒りにより、何かスイッチが入り、瞳が緑に染まった。
監査時に整理した情報により、なぜ不備があったのか、その不備の原因が何だったのか、そもそも監査まで何故報告がされなかったのかなどを上司に対して徹底的に追及し、完璧な論破を果たしていた。
上司は顔を朱に染めて怒り狂っていたが、理は俺にあると判断したギルド長より、謹慎が申し付けられ、退室を余儀なくされた。
恨みの込められた視線を尻目に、俺はこの機会を利用し、臨時職員から正規職員への格上げと、臨時業務時は内容に見合ったボーナス支給を取り付けることに成功した。
このことから、俺には「古今無双の金庫番」という二つ名がつけられるようになり、給料も増えたが、同僚よりも数倍の業務が割り振られることになったのだった。




