メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】④
地下へと続く道を足早に歩む。彼らは其処にいるはずだ。
突き当りに佇む扉の前で、深呼吸を一つする。恐れている訳も、怯えている訳でもない。もはや怒りもない。
疑念を確証にするための裏付けを求めるため、俺は扉を開いた。
「おやおや、わざわざこんな所になんのようでしょうか?主任サマは業務で忙しいハズでは?油を売っている時間があるとは、あやかりたいですなぁ」
部屋に入ると、一人の男が居た。机に足を乗せて腕組みをし、気崩れた衣服をそのままに、俺を睨みつけてくる。
「貴方と不毛な会話をするつもりはありません」
暗に、聞きたいことを聞けたら退散する旨を示唆するが、男は逆に歪んだ笑みを浮かべてくる。
「そう言わないで欲しいですなぁ。こちとら開店休業でして。本日はワタシのみのシフトなので、会話に飢えているんですよ」
気崩れていたのは、衣服だけでは無い。よく見れば無精髭も目立つ。
心身ともに、現在進行形で持ち崩しているのだろう。
俺は大きく息を吐き、不承不承ながら、男の対面の椅子に腰をかける。
男の戯言をあしらうより、付き合った方が生産性があると判断したためだ。
「流石主任サマは話がわかる。このような所にいると、気が滅入りましてね」
自分の思い道理に事が進んで、多少気が済んだのだろうか。
男、元経理課主任は、歪んだ笑みを消し、敵意の籠もった鋭い視線を飛ばしてきたのだった。
「前置きはしません。単刀直入に聞きます。あなたには、ノルマが課せられていましたか?」
俺は疑念をそのまま元主任にぶつけた。
ビリーとの会話で浮上した疑念。それは、何故長期間に渡り監査が行われず、不正がまかり通っていたのか、につきる。
俺に仕向けられた不正のように、不正と言うものは、分かる人間が調べれば明るみに出るものなのだ。
にも関わらず、長期間に渡って表沙汰にされず、逆に横行している。
このことから、不正を監査するのではなく、推奨とまではいかないが、見逃されていた節か゚其処かしこに見受けられる。
では、何故見逃されていたのか。考えられるのは凡そ二つのパターンになる。
一つは、皆甘い汁を吸っているのだから、自分も吸うと言う能動型のパターン。
そしてもう一つは、自分より上の立場の人間に強請られていたと言う受動型のパターン。
ギルド長や部長が禊を行ったことで、前者のパターンだけではないことが考えられる。
では、後者のパターンとなると、誰が、何の目的で強請って来るのか、ということになる。
餅は餅屋に聞け。蛇の道は蛇。不正の事は不正を行った者に聞くのが早い。
俺は、後者パターンの裏付けを取るために、この史料編纂室にやってきたのだ。
「くっくっくっ…ノルマねぇ」
元主任は、軽く俯きながら体を震わせる。はち切れそうな感情を抑え込むように。
「何が可笑しいんですか」
体を震わせ続ける元主任に問いかける。
「いやいやいや、『古今無双の金庫番』と謳われたお前でも、分からないことがあるんだな」
元主任は俯いていた顔を上げ、俺を小馬鹿にするように言葉を紡ぐ。
「何故俺がノルマの有無を知っていると思う?仮にノルマが課せられていたとして、俺がそれを言うことに、どんなメリットがある?」
試すような視線を向けられる。俺は瞳を青に染め、カロリーコンバータ・ライトを起動する。
元主任は、何かネタを持っている。俺に高値で売りつける為に、思わせぶりな態度を取っている。
考えろ。相手の情報を吐き出させつつ、こちらの手札を切らない方法を。元主任の欲しいものはなんだ?金か?自由か?女か?
「…何が望みですか」
駄目だ、情報が少なすぎて検討がつかない。俺は無難な返事をするしか無かった。
元主任は、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべて、ゆっくりと言葉を並べてきたのだった。
「そうだなぁ・・・美味い酒に食い物、それに女も抱きたいなぁ」
下劣な奴め。そう蔑んだ視線を向けようとすると、元主任は俺の視線を受け、 発言を翻してきた。
「冗談だよ、冗談。本気にするなって。この場所から離れることが出来るのならば、それで良いさ。お前の顔を見ない場所なら、なお良いがな」
おや?何故翻す?
俺が怪訝な表情を浮かべていると、元主任は敵意の籠った視線を消し、倦怠感が滲み出るような表情に移り変えた。
「こんな場所に押し込められて、やることも無けりゃ、色々考えるさ。いままでのこととか、 これからのこととか、な」
元主任は視線を虚空に這わし、独白を続ける。
「俺の知る限りのことは教えてやる。但し、この場所から解放することが条件だ」
出された条件としては、史料編墓室から異動、または冒険者ギルド以外の就労斡旋といったところか。
瞳を青のまま、メリットとデメリットを瞬時に計算し、秤にかける。
メリットとしては、元主任が持っている情報取得が出来ること。今回の『根』を把握するためには是非とも欲しい情報となる。
デメリットとしては、違反者が異動または他所に就労することにより、見せしめとしての効果が薄れてしまうこととなる。
また、給与からの減給によって賄う予定としていた罰金が、未徴収になることになる。
但し、対象が元主任のみで、元陽長を元課長はこの場所で問い段し続けることになる為、影愛は最小限に食い止められるだろう。
情報の内容次第だが、デメリットを呑み込む必要アリか…
俺は元主任に条件次第で表稼業である新たな職場への就労斡旋をすることを約束する。但し、就労を確約するのではなく飽くまで口添えレベルであることと、勤続出来るかは本人の資質次第であることも付け加えて、になるが。
俺の回答に満足したのか、元主任は軽く頷くと、神妙な顔付きになりゆっくりと語りだし始めていった。
「まず、前提としてだが。お前の知らないだろう、裏側としての事情がいくつかある」
元主任は右手で拳を作り、人差し指を立てる。
「一つ目。ギルド職員としての派閥構成だ。お前はそういう政治力学を好んでいないだろうが、 ここでは当地出身派と行政出向派として派閥が形成されている」
当地出身派に対しても、行政出向派に対しても、建前上は同じ業務を割り振ることになっているが、行政出向派に対する忖度が行われているらしい。
また、役職就任においても、余程のことが無い限り、行政出向派が優先されるとのことだ。
続いて中指を立てる。
「二つ目。行政出向派の帰任についてだ。建前上は一定期間の労務が終了したタイミングで行政側へと復帰になるが、あることをすることで労務内容を水増しが出来たり、労務期間を短くしたりして、復帰元でのポスト確保を行っている」
あること、つまり賄賂、裏金だ。
行政出向派は冒険者ギルドでの業務を一時的な腰掛としか見ていない為、一刻も早い帰任を望んでいるらしい。
その為、賄賂によって、功績の水増しや労務期間の短縮などの工作を行い、規定よりも短い期間で復帰を果たしているとのことだ。賄賂の受け渡し先は、言わずもがな、になるが。
最後に薬指を立てる。
「三つ目。当地出身派の一部も、行政出向派に与している。行政出向派からの強要、 共犯関係になり甘い蜜を吸う。理由は様々だろうがな」
行政出向派の狡猾な所は、一部の当地出身派を巻き込むことだ。
行政出向派のみの行動ならば、不正が明るみになった際に自身のみが糾弾されるが、当地出身派を巻き込むことで、糾弾の矛先を向けさせないようにしていることなのだろう。
立場や性格が弱い者が、不正協力を強要され、一度行ってしまった不正協力の事実をネタに、 継続して不正協力を強要される者や、甘美な誘惑に軽い気持ちで乗ってしまったが為に、抜け出せなくなってしまった者などがいるとのことだ。
俺は主任の立てた三本の指を見つめて、微かに体を震わせる。
何故気付かなかったのか。いや、気付こうとしていなかったのか。
目の前の業務を効率化出来れば、と考えていただけで、俺はギルド内に蔓延る開を見ようとしていなかったのか。
震える俺を見て、元主任は滔々と言葉を紡ぐ。
「この三つの前提を踏まえたうえで、最初の質問に答えよう。俺に対してノルマが課せられていたか?だったな。答えは『課せられていた』になる」
主任は真剣な眼差しのまま、俺を見据えてくる。
「この事実を把握し、お前はどう動こうとする?」
主任の回答は、想定していた方向ではあったが、想像以上に重く、俺の背に伸し掛かってきたのだった。




