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メインエピソード0【はじまりのものがたり】①

喧騒に包まれる冒険者ギルドの受付で、男の怒声が一際大きく響き渡る。

査定内容に満足出来なかった壮年の冒険者は、カウンターを叩き唾を飛ばす。

受付は新人らしく、冒険者への対応に苦慮している。

カウンターの遥か後ろに男がいる。滑らせていたペンを止め、灰色で見栄えの悪いパンを一口齧り、受付を一瞥する。

ますます大きくなる怒声に眉を(しか)め、咀嚼していたパンを飲み込み、受付に向かう。

冒険者は近付いてきた男を見ると、露骨に嫌な表情を浮かべた。

新人の受付より説明を受け、査定内容を確認する。

男の瞳の色が黒から青色に変わる。査定内容を記した書類の文字を追う速度が尋常でない。まるで男の周りだけ、時間の流れが遅くなるように見える。

男は、査定内容が、冒険者瑕疵であることを事務的に冒険者に伝えた。

ギルドでは、各種クエストを発行した際に、期限や納品物の質などに応じて、達成ランクというものを設けている。

指定期限よりも早く完了した、納品物の品質がギルド規定に沿って良好である、などの要素が揃えば、予定している報酬に加え、追加報酬が支払われることもある。

逆に、期限を超過した、雑に納品したなどの要素が含まれた場合、報酬額は下がることになる。

この冒険者は、期限が超過し、かつ納品物の質が悪かったと査定されたため、報酬額が大幅に減額されていた。

男は報酬額の減額は適切であることを冒険者に伝える。

査定に納得出来ない冒険者は、怒りに顔を朱に染め上げると、周囲に響き渡るように怒鳴る。

「お前たち事務屋に何がわかるってんだ!」

冒険者の怒声に、ギルド内が静まりかえる。

男は冒険者を一瞥すると、静かに、しかしはっきりと査定内容の詳細を伝えた。

「以前にも類似したご意見を頂きましたが、結果に変更はございません」

「本日納品頂きました素材の相場に致しましては、今回査定させて頂いた金額よりも、低い価格となっていたため、最低保証額で査定させて頂いております」

「さらに、納品素材の質も宜しくない。採取方法、保存方法、もとにギルド推奨の手順に沿っていないことが判っています」

「また、当該クエストの期日は三日前となっております。そちらについてはギルド規定通り、減額対象となっております」

男は冒険者に向かって慇懃に言い放つ。

「ご理解、頂けましたか?」

冒険者は納得出来ないようで、言い訳がましくなおも言い募る。

「お前たち事務屋は、安全な場所で、俺達が獲ってきたものを捌くだけじゃないか!俺達の苦労や辛さが分かるのか!」

冒険者が起こした騒動に、周囲の耳目をさらに集める。

周囲の視線を受け切り、男の瞳の色が青から緑に変わる。

男の雰囲気に、圧倒するような力強さが加わる。男は騒ぐ冒険者を見据え、毅然とした態度で宣言する。

「誰に対しても公正な報酬を支払うことがギルドの役割です」

「その為に、査定内容を厳格にすることが、職員の誇りです」

「貴方たち冒険者の方々が、命を掛けて素材を納品してくれるのと同様に、私たちも公正な報酬を支払えるよう、命を掛けていることを、ご理解願います」

冒険者は男の言葉に慄いて、一歩下がる。

そして、男は静かに言葉を紡いだ。


「数字は嘘をつきません」


勝ち目が無いと悟った冒険者は、カウンターに置かれた報酬を乱暴に引っ掴み、逃げるように立ち去って行った。

新人の受付は、そっと息を吐く。

瞳の色を黒に戻した男は、そんな受付の肩を軽く叩き、静かに微笑んだ。

安堵と羨望の眼差しを新人が向けると、別の新人より男に呼び出しがあった旨を伝える。「お客様より、316番の件お話がある」と連絡がありました、と。

男は一瞬身を震わせた後、何事も無かったかのように、カウンター越しの野次馬たちに一礼し、その場を後にした。

人通りが少なくなった通路を歩きながら、男は呟く。

「もう気付いたか。奴らも数字の信徒。ならば逃げる訳には行かない」

男は鉄のような硬い表情のまま、再度見栄えの悪いパンを(かじ)り、震える足で呼び出した男の元に向かっていった。


これは、剣と魔法の世界における、剣を振るい魔法で蹴散らす勇敢な物語では無く、ペンで記録し、数字で戦う論理(ロジック)的な物語である。


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