ある沖縄の昔話
陽太の人生
芳雄という夫を持つ千代子は20歳でした。千代子が浜を散歩しているとき米軍に襲われて意図せずその米軍との間に子供ができてしまいました。千代子はとても怖かったし辛かったし、芳雄の存在だけがすべての救いでしたが、芳雄は千代子を疑い、離婚しました。米軍は千代子を襲ったあとに逃走し行方不明になりました。千代子に残されたのは名も無いあいの子の赤ん坊だけでした。近所の人に千代子は噂が立ち、土地を追い出されてしまいました。千代子は泣いて夫にすがりましたが、芳雄にはもう新しい妻がいたようで、千代子はもうどうしようもありませんでした。千代子に残された判断は自殺でした。
捨て子のなった赤ん坊は武という男に拾われました。 武は赤ん坊に陽太という名前をつけました。武は最初こそ優しかったものの、陽太が小学校に上がってからは毎日きつく働かせました。毎日なく陽太を武は鞭でピシャリとはねつけました。陽太は自分は生きているだけでつらい思いをしなければいけない人間だと悟りました。少しあとに、武に妻ができました。妻の名前は洋子です。洋子は麻薬中毒者で精神が不安定だったため、毎日陽太に暴力をふるいました。ある日、武は米軍の軍事訓練場に迷い込み、射殺されました。洋子は特段悲しんでおりませんでした。それは陽太も同じです。母子家庭となった陽太の家族は貧しすぎて、毎日ろくに飲み物も飲めませんでした。ある日、洋子が詐欺師であることが判明し陽子は刑務所に行きました。洋子は陽太に優しくはしなかったため、陽太は別になんとも思っていませんでした。陽太は他人からの愛情もなく、他人がどうなろうと何も感じることができなかったのです。
またしても一人になった陽太はすでに14歳でした。たいして教育を受けていない陽太は働き方も知っていませんでした。陽太は落ちている小銭を集め、泥水をすすって生きていました。陽太がゴミ箱から集めた腐った米を陽太は泣いて食べました。
陽太が20歳になった頃、彼を雇ってやるという人が現れました。その人の名前は次郎です。陽太は泣いて喜び、自分の人生に初めて光が差したかと思いました。実は次郎は多くの借金を抱えていました。陽太の頭が悪いと知った次郎は陽太にお金を払えと説得し、それを真に受けた陽太はさらなる辛い生活を強いられました。陽太はとても辛かったです。雇ってもらえると思ってすがった次郎にに、彼は見返りも何もなく虐げられていました。その時陽太は27歳でした。陽太が借金を返し終わったとき、次郎は借金が帰ったことを彼の妻に報告し、幸せな生活を送っていました。陽太は自分が騙されていたことを悟り、次郎を殺害しました。陽太は怒りののあまりパイプを振り回し、次郎の頭を打ち付けました。長い長い搾取の終わりでした。
陽太は刑務所に連行されました。そこで彼は詐欺師の義理の母親である洋子に再会しました。洋子は痩せこけていて、くまだらけの目で陽太を見て、棒切のような手で陽太に食料を一部分けてあげました。彼らは脱獄を企みました。しかし脱獄の途中陽太は洋子を裏切り、脱獄のあと一歩手前のところで陽太は洋子の頭を石で打ち付け、洋子の私物をあるだけ盗みました。陽太は洋子のことなどやはりどうでも良かったのです。陽太は脱獄に成功しました。陽太は洋子がこっそりためていた刑務所での食事をありったけ食べました。陽太は美味しくて涙が出てきました。その時陽太は30歳でした。
陽太は中国に行く船にこっそり侵入して、中国に行きました。彼は日本にいるといつか必ず居場所が知られてしまうと考えたからです。彼がたどり着いたのは大連でした。とても貧しい中国でとても貧しい陽太は生きていました。
大連で、陽太はワンという男に出会いました。ワンは中国人でしたが日本語が話せるらしく、陽太の話し相手になりました。陽太は自分の辛い境遇をワンに話し、初めて自分に友だちができたと感じました。ワンはどうやら大連の不良に目をつけられて家族を皆殺しにされたらしく、陽太は自分以外にもつらい思いをする人がいると知ってとても安心しました。しばらく、陽太はワンと一緒に宿で生活をしました。ワンこそ、心の底から愛してくれる初めての人でした。ある冬の寒い日、ワンは殺されました。毒殺でした。井戸の水を飲んだワンの体は紫色に腫れ上がり死にました。陽太はこれはきっと不良の仕業に違いないと考えましたが、彼らがどこにいるかがわからなかったため、彼はワンの死体のそばでひたすらに悲しみに暮れることしかできませんでした。自分は生まれてこなかったほうが良かったと知った陽太は大連の港の寒い海で自殺しようと考えました。このとき陽太はもう37歳でした。発展し始めた市街地を横切り、陽太は港に到着しました。
そこで、ある女性に声をかけられました。彼女の名前はジヒョンというらしく、北朝鮮からの脱北者だと言いました。たどたどしい日本語でなんとか陽太に話しかけました。彼女もまたつらい思いをしているらしく、自殺をしようとしていた陽太を見て、仲間になれると悟ったそうです。陽太はジヒョンにワンのことを話し、彼らのつらみを共有しました。2人は安宿でしばらく生活していました。彼らはお互いに愛し合い、二人の子供ができました。その子供の名前は聡太と実です。聡太は、賢く生きてほしいという、実は努力が実り成功するという思いから陽太が名付けました。そこから貧しくも平穏な生活が続き、1年が立ちました。実はそのとき、ジヒョンには陽太よりも好きな男がいました。その男の名前はウリヒョンでした。それを陽太は知りませんでした。ある日、飛行機に乗りたいとジヒョンは言いました。陽太はなけなしのお金と盗んだお金、そして拾ったお金をすべてジヒョンに渡しました。その夜、ジヒョンは宿代も払わずに逃げました。そして、ジヒョンはウリヒョンのところへ行って姿を消しました。陽太はこの世のすべてを信じられなくなりました。子供まで一緒に作った初めての恋人にまでこんな仕打ちを受けるなんてと思い、陽太は声が出ませんでした。宿主に陽太は痛めつけられ、もう動く気力もなくなっていました。陽太に残されたのは彼の幼い聡太と実だけでした。陽太は聡太のことを養うことができるはずもなく、聡太を飼葉桶に入れて海へ流しました。実は大連の道端に捨てました。なぜなら、ふたりを別の環境に捨てることでどちらか1人は誰かに拾われるだろうと考えたからです。誰かが聡太か実を拾うことを陽太は少し望んでいました。聡太を実を捨てた陽太は港へ逃げてただひたすら海を眺めました。それから2年が経ちました。彼は腐った小動物の死体を食べてなんとか食いつなぎ、頑張って生きていました。彼は結核になりました。毎日血を吐いていましたが、彼はそれでも生きました。
それから20年が経ちました。彼はもう60歳でした。彼の前には大人になった聡太が現れました。陽太は忘れかけていた聡太のことを思い出しました。惨めな姿の陽太の前には高いスーツを上手に着こなした聡太がいました。学習院大学を卒業してから投資家となり成功したことを聡太は伝えました。聡太は有り余る金で世界中を飛び回ってついに陽太を見つけました。聡太は陽太に日本に戻らないかと提案をしました。陽太が日本に行くことを決断しようとしたとき、ジヒョンがそれを阻止しようとしました。ジヒョンは陽太の次の男に騙されていたらしく、金をすべて失ってしまったため、陽太に再びよりついたのです。陽太は聡太にすべてを話しました。陽太は聡太がしっかりと父親のことを思うことができる息子であることを期待しました。陽太は聡太がジヒョンを殴り倒すことを期待しましたが、聡太はジヒョンに大金を渡し「これでいいだろう。もう父さんに近づくな。」と言いました。ジヒョンは泣いて喜び、逃げていきました。陽太は聡太になぜ殺さなかったかを尋ねると、聡太は「かわいそうだからだ。」と答えました。陽太は金があり心まで成熟している聡太を妬みました。陽太は「調子に乗るな!お前のその財力もお前の育て親のおかげなんだからな!死ね!」と言って聡太に飛びかかりました。聡太は「父さんが日本に帰ったら養うつもり...」と言いかけた途端に陽太に刺されました。陽太は独り言を言いました。「優しくなれとは思っていない!賢く生きろ!他人に幸せを与えるな!」と言いました。
陽太は港から市街地を抜けてワンと過ごした安宿に行きました。陽太はここが「一番落ち着くな」と言ってそこでしばらく過ごしました。
そこから2年が過ぎた頃、陽太と似た顔のホームレスがうろついていました。そのホームレスの後ろにはヘビやうさぎなどがいました。陽太はまさかと思い、「実!」と叫びました。「若い頃の俺に似ているぞ!実!」と陽太は叫びました。実は少し振り向きましたが、無視しました。正確には、答える元気がありませんでした。陽太は実に近づいていき、実のを軽く叩きました。その途端、実は倒れて死にました。餓死でした。実の死体をヘビ、犬、猫、うさぎ、カエルが囲んで動かなくなりました。陽太は動物たちが悲しんでいるということを察しました。陽太は自分よりずっと早く死んだ実は、自分よりずっと愛されていたことを悟りました。陽太は歯ぎしりをしてその場をさりました。
陽太は行き先もなく中国をさまよいました。それから3年が立ちました。陽太は寿命が来そうだと感じて最後はワンと過ごした安宿で死のうと思って大連に戻りました。実の死体はまだ底にあり、周りにはきれいな草木が茂っていました。そこに、シワだらけで痩せこけたジヒョンが現れました。ジヒョンはそうたからもらった金を誰かに燃やされたことを陽太に言いました。ジヒョンは陽太に「ありがとう」と言って倒れました。ジヒョンもまた、餓死でした。陽太はジヒョンを惨めだと思い、同情しました。陽太は安宿の前で寿命を待ちました。それから2ヶ月が立って陽太は死にました。長かった彼の人生は終わりました。果たして彼はどれくらいの愛情を与え、貰ったのでしょうか。
吉村陽太 1946~2012
どうでしたか




