第三麺:「神託と王冠」
神殿都市ズッパ・セントラーレ、広場の演説
神殿都市ズッパ・セントラーレ。
その中心に位置する、巨大なスープの噴水は――いま、干上がっている。
広場に集められた民衆は、誰もが不安を隠せずざわついていた。
彼らの目は、白金の祭壇に立つひとりの男に向けられる。
アルデンテ教最高司祭――ガストロ・サヴォーリオ。
その法衣は清らかに揺れ、神聖なるスープの湯気すら幻のようにまとっていた。
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ガストロ:「民よ……悲しき知らせを告げねばならぬ。
我らが敬愛する国王、ファルファッレ・アルデンテ陛下は、病により急逝された――」
沈黙。
その瞬間だけ、すべての鍋が沸騰を止めたかのようだった。
ガストロ:「だが……もう一つ、隠されていた真実がある。
…生命のスープ――あの、麺神アルデンテが注ぎ給うた“世界の味”は……すでに干上がっていたのだ」
民衆がどよめき、悲鳴すら上がる。
ガストロ:「そして……その事実を、ファルファッレ陛下は隠蔽していた!
なぜなら、干上がりは政の誤り、そして信仰の堕落による“神の裁き”だったからだ!」
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ガストロ:「陛下は、教会との対立を深め、スープの流れを乱し、
その報いとして、神により“茹でられぬ者”とされた――!」
「だが……麺神アルデンテは我らを見捨ててはいなかった。
神は、新たなる器を示された――」
ガストロが手を掲げる。
その後ろから現れたのは、黒衣に身を包んだ男。長身で、瞳は氷のように冷たい。
ヌードル卿――その名は、まだ多くの者には知られていなかった。
だが、彼の首元に刻まれた“麺の痣”を見て、老いた信者たちはざわめく。
それは、麺神の血を継ぐ者にだけ与えられる**「アルデンテの痣」**だった。
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ガストロ:「この者こそ、神の啓示によって選ばれし、新たなる王――
ヌードル・アルデンテ!」
民衆の中から、最初のひとりが叫んだ。
「神の子だ! 麺神の器だ! 王よ、導きたまえ!」
続けて、もう一人が跪き、やがて群衆の半数が膝をつく。
歓声と祈りが交錯する中、ヌードル卿は静かに視線を伏せたまま、動かない。
ヌードル卿(心の声):
「神の啓示、だと……。
笑わせるな。俺はただの“捨てられた子”……
父に憎まれ、国に忘れられた、呪われし者」
「ガストロ、お前が与えた“真実”は……どこまでが本当なのか……
それでも……俺の中の“空虚”を満たすのは、ただひとつ」
「あの男を……この王国そのものを、煮崩すことだ」
スープの枯れた泉に、乾いた王冠が捧げられる。
それは、茹で上げられることのなかったパスタと、黒鉄のフォークを編んだもの。
ガストロがその冠を掲げ、ヌードル卿の頭上に載せる。
ガストロ:「王よ――味の果てまで導き給え。
汝こそ、アルデンテの器。
汝こそ、新たなるパスタリウムの調理師なり――!」
人々は歓声を上げ、鐘が鳴り響く。
新たな王の名が、神殿の石壁に刻まれていく――
王座に腰かけるヌードル卿の横顔は、
祭壇の火に照らされてもなお、暗い影を落としていた。
「この国に、本当の“味”を思い出させてやる。
俺が知っているのは、ただ一つ……“茹で残された者”の怒りだけだ」