第二麺:「兄妹の夜」
王の間、崩れた静寂
その涙は、血ではなく、塩気を帯びたスープのように頬を伝った。
リゾ・アルデンテは、父の亡骸を前に動けずにいた。
王都の祭りの余韻は遠く、窓の外の花火はとうに消えている。
そんな沈黙を破って、扉が静かに開いた。
緑のローブに身を包み、金糸の髪を三つ編みに束ねた少女が灯火を手に現れる。
ルーチェ・アルデンテ――王女、そしてリゾの妹。
その背後に、鉄の足音とともに現れた男――
ヴェルデ・トルテリーニ。王宮直属の近衛にして、彼女の専属騎士。
堂々たる体格と威圧感を持ち、幼少期からルーチェと育った幼なじみでもある。
ルーチェは父の亡骸に目をやり、兄の姿を確認すると、すぐに口を開いた。
ルーチェ:「……兄上、急いで。ここにいては危険よ」
リゾ:「ルーチェ……父上が……っ!」
ルーチェは静かに王のそばに膝をつき、目を閉じた。祈りは短く、言葉は冷静だった。
ルーチェ:「父上は、教会との対立が危ういとは感じていた……でも、暗殺されるなんて、最後まで思ってなかったはずよ」
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ヴェルデが周囲を警戒しながら進み出る。
ヴェルデ:「教団の騎士が裏門と主廊を封鎖し始めてる。
このままじゃ、王家の血は――すべて粛清される」
ルーチェ:「兄上、聞いて。今夜、ただ事じゃない。
あのガストロは、王家の正統を抹消するつもりなのよ。あなたも、私も」
リゾ:「なんでだ……!? 父は王だったんだぞ……!」
ルーチェ:「“だった”のよ、兄上。もう、あの椅子には別の者が座っている」
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ヴェルデ(笑いながら):「まったく……幼いころから、変わらないなルーチェ。
頭が切れすぎて、自分がいちばん大人だと思ってる」
ルーチェ(眉をひそめて):「またそうやって馬鹿にする……! 真面目な話してるのに!」
ヴェルデ:「ああ、わかってるよ。だからこそ、俺がここにいる。
ルーチェが泣きながら“護って”って言った日から、俺の剣は君のためのものだ」
リゾはふたりのやり取りを見つめながら、ふと胸が温かくなるのを感じた。
ルーチェ:「兄上、脱出しましょう。地下の“香料庫”から非常路へ。父上が残してくれた最後の道よ」
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リゾは、父の冷たい手を握り、頷いた。
リゾ:「……ああ。生きて、すべてを暴こう。
そして、父の想いを……取り戻す」
ルーチェは香料壺から取り出した鍵を握りしめ、
ヴェルデはすでに剣に手をかけていた。
夜の城を抜けて
地下の抜け道を抜けて、三つの影が夜の王都へと消えていった。
•父を失った若き王子・リゾ
•聡明にして未熟さも残す王女・ルーチェ
•冗談まじりに剣を振るう最強の騎士・ヴェルデ
火の手はまだない。
だが、この夜から――パスタリウム王国の味は、変わってしまったのだ。