最終麺「アルデンテの夜明け」
――その茹で加減、最後まで熱く在れ。
夜明け前の王都
王都アルデンティーナの空は、まだ重たく沈んでいた。
だがその雲の切れ間から、確かに“朝”が差し始めていた。
倒れ伏したヌードル卿は、もはや動かない。
だが、その顔は不思議なほど安らかだった。
リゾ(膝をついて):「兄さん……俺は、最後まであなたのことを兄だと思ってた」
ルーチェ(涙):「あなたは、いつだってアルデンテの名にふさわしかった……」
王都の城門が、ゆっくりと開かれる。
ガストロの神殿は崩れ落ち、グルテン教の象徴は完全に消えた。
それぞれの“夜明け”
●王妃パスタリア
玉座に戻ってきた彼女は、そのまま神殿跡に膝をつき、祈りを捧げていた。
パスタリア:「ファルファッレ、あなたの子は、よく戦いました……私たちはまだ、この国を守れるでしょうか」
彼女の静かな祈りに、民衆が一人、また一人と頭を垂れる。
パスタリアの威厳と慈愛は、今や国家の柱となっていた。
●アラビアータの墓前にて
穀倉地帯の復興を託されたアラビアータは、王都に届いた報せによってすでに“伝説”となっていた。
ルーチェ(手を合わせ):「あなたが遺した火は、必ず私たちが受け継ぎます……燃やすのではなく、灯すために」
●ペスカトーレとスコルダリア
オリーバ諸島に帰還したペスカトーレ将軍は、海辺でスコルダリアと並んで座っていた。
スコルダリア:「あんたに斬られるかと思ったけどな。命拾いだ」
ペスカトーレ:「老いた剣には、手加減もできるんだ」
かつて敵同士だった二人が、今では国を憂う友となっていた。
●ボルチーニとカルボナーラ修道士
カルボナーラ修道士は山に戻り、かつての本拠を守るための祈りに戻った。
カルボナーラ:「若い団長に全部を託せるなら、私もようやく……麺でも打つかな」
ボルチーニは黙って礼をし、新たなカルボ隊の陣営に歩いていった。
●ジェノベーゼとリゾ
王城の高台、かつて王が政を司った“スープの間”にて。
ジェノベーゼ:「あなたが私を庇ったあの日から、運命が動き出した気がするわ」
リゾ:「あの時、助けたかったのは姫だけじゃない。俺の、生き方だったんだと思う」
ジェノベーゼ(微笑して):「じゃあ今度は私が、あなたを守る番ね。リゾ・アルデンテ」
手を取るふたりに、アルデンティーナの夜明けが差し込んだ。
エピローグ:スープの再生
数日後――
かつて枯れ果てていた生命のスープの泉が、ほんのわずかに湧き始めたという報せが届く。
それは微細な泡立ちだったが、確かに温かく、希望の味がした。
「世界を満たしていたスープが失われ、麺魔が甦り、兄弟が刃を交えた」
「けれど、世界はまた煮え立ち、味を取り戻そうとしている」
「それはきっと、“ちょうど良い茹で加減”を見つけるまで続くんだ――」
そして、ある日民の前に立ったリゾ・アルデンテが言った。
リゾ:「麺神アルデンテは“均衡”を望んだ。俺たちはもう、誰か一人に世界を託さない。皆で、このスープを守ろう」
それは、王ではなく、ひとりの人間の言葉だった。
その瞬間、誰もが確かに思った――
新しい時代が始まったのだと。
『アルデンテの黄昏』
― 完 ―
場所は王都アルデンティーナの再建も進み、ようやく平穏を取り戻した頃。
ルーチェは城下の丘で、ぼんやりと遠くを見ていた。
そこに、草をかき分けていつもの調子でやってくる男が一人。
ヴェルデ:「おやおや、姫さまが黄昏てるとは珍しい。何か悩みでも?」
ルーチェ(すかさずツッコむ):「悩みの9割はあなたのせいよ。残りの1割はあなたの寝癖」
ヴェルデ:「え?そんなに俺のことで思ってくれてたのか……って、ん? それ告白?」
ルーチェ(呆れたようにため息):「はあ……だからそういうとこよ」
すると、ヴェルデは珍しくまじめな顔になり、剣を腰に差し直して、ルーチェの前に跪いた。
ヴェルデ:「姫……いや、ルーチェ。俺はずっと君を守ってきた。それは命令でも、任務でも、ましてや麺でもなく――」
ルーチェ(笑いそうになる):「“麺”って何よ」
ヴェルデ(真剣に続ける):「……愛だよ」
一瞬の静寂。風が草をなで、ルーチェの緑のマントが揺れる。
ヴェルデ:「君の風魔法で髪をボサボサにされても、君に“バカ”って言われても、君が王女だろうと、麺神の転生だろうと……俺は、君が笑ってる世界を守りたいんだ」
ルーチェ(頬を赤らめて):「……なんでこんなときだけ、かっこいいのよ」
ヴェルデ:「だって俺、普段ふざけてるのは、こういうときのギャップでモテようと思ってたからな」
ルーチェ:「……最低。で、でも……ずっと、ありがとう。あなたがいたから、私はここまで来れたの」
ルーチェはそっと手を差し出した。ヴェルデはその手を、騎士のように優しく取る。
ヴェルデ:「あーあ、これからはもう“姫”じゃなくて、“彼女”って呼んでいいんだよな?」
ルーチェ(にやりと笑って):「“ルーチェ様”って呼ばせてあげる」
ヴェルデ:「ははっ、付き合っても主従関係かよ……でも、それが君らしい」
二人は並んで座り、夕日を見つめながら笑い合った。
それは、長い戦いの果てに得た、ひとさじの幸福の味だった。




