悪役王子と追放された魔女のお話
王都の中心に立つ王城は既に攻め落とされた後で、ほとんど廃墟と化していた。
そんな廃墟の前にある大広場には沢山の人々が集まっている。
国王の言葉を聞きに来たわけではない。そもそも、もうこの国の主はいない。
彼らが注目しているのは中央に置かれたギロチン台の上に立つ、鎖に繋がれたみすぼらしい格好をした青年だ。
集まった者らは彼へと敵意と憎悪、あるいは憐憫と同情の視線を送っている。
それを少し離れた場所で、やたらと豪奢な椅子に座った華美な服を着た男が高らかに宣言した。
「これより民を貧困にあえがせ、国を傾けた元凶の一人である王子の処刑を始める!」
その宣言を受けて一斉にワアアと歓声が上がった。
彼は隣国の帝国の皇太子の一人であった。
実際に軍の指揮を執っていた皇子は彼の兄に当たる者だったはずだが、おそらくは少しでも功を得ようと代わってもらったのだろう。
一方で、みすぼらしい青年……この国の第一王子であった者は諦めきった表情で処刑台から彼らを見下ろしていた。
実際、この国は腐っていた。
異常気象による不作、大量発生した魔物による被害、だというのに王族や貴族は知った事ではないとばかりに民から好き勝手に税収を吸い上げ贅沢三昧。
隣国である帝国に目をつけられ押し潰されるのも無理もないだろう。
もっとも、青年だけは違った。
懸命に貴族や役人たちを説得して回り、不慣れな内政にも必死で食らいついて、民や国の負担を軽減しようと奮闘した。
――まあ、その結果がこれなのだが。
他の連中が逃げ出すか、寝返る中で、最後までこの国の王族たろうとした彼はこうして終わりを迎えようとしていた。
「最後に言い残す言葉はあるか?」
皇太子の言葉に青年は小さくかぶりを振った。
それに対し、つまらなさそうに鼻を鳴らした皇太子は処刑人に合図を送る。
「フン。刑を執行せよ」
頷いた処刑人は持った斧でギロチンの刃の縄を断ち切ろうとかぶりを振る。
寸前、青年は口を開き小さく何かを呟いた。
それは当然ながら、誰にも気付かない。
――群衆の紛れて彼の顔をずっと見ていた私以外は。
内容は幼き頃の他愛のない小さな悔恨と懺悔。しかし、その言葉は私を動かすには十分だった。
私はパチンと指を鳴らす。
「な――アぁ!?」
すると、処刑人は持っていた斧は一瞬で腕ごと氷漬けとなって、バランスを崩して倒れてしまった。
「うわぁあああ! 化け物ぉ!」
「た、助けてくれぇええええ!」
さらに同時に、広場の周辺から魔物が現れ、一転して阿鼻叫喚の地獄となる。
「な、何だこれは……! 何が起こっている⁉」
パニックを起こす皇太子をよそに、周囲の帝国兵たちは剣を抜き応戦する。
しかし、斬りつけられた魔物たちはあっさりと倒されていく。
あまりのもあっけなさに、騎士たちもすぐに違和感に気付いた。
斬りつけた傷口には、血肉の代わりに真綿が詰め込まれていたのだ。
それはそうだ。それは私が人形を媒介に作った即席の使い魔なのだから。
そして彼らは充分に役目を果たしてくれた。
「しまった! 狙いは向こうだ!」
帝国兵の一人が気付いたようだが、もう遅い。
既に処刑台は破壊され、青年は私が抱え込んでいた。
ついでに、ギロチンの刃は風で飛ばして、あのいけすかない皇太子のまん前の地面に突き刺す。
「なあああああぁあ⁉」
悲鳴をあげる皇太子は腰を抜かして動けないでいた。
「お久しぶりで御座います、殿下」
「き、君は……」
今までの無表情は崩れ、青年……王子は困惑した表情で、フードの下の私の顔を覗き込んでいた。
懐かしいなあ。
最後に会ったのが、七年も前だったし、正直忘れられてると思ったので嬉しい。
「な、何をしに来たんだ……」
――と思ったら、一転して沈痛な表情で怒り出す殿下。
「君はもうこの国とは無関係だろう! どうしてこんな馬鹿な真似を――!」
「はあ……、友達を助けるのに理由なんていりますでしょうか?」
代々、宮廷魔導師を輩出してきた我が一族は年が同じという事もあり、殿下の遊び相手に選ばれた。
しかし、そんな日々も長くは続かなかった。
当時から国王と貴族の腐敗は酷いもので、真面目な祖父や父は何度も国王たちに諫言を続けるも、当然ながら王含めた周囲からは疎まれてしまい、最終的には貴族連中から冤罪をかけられ、家族ごと国から追放されてしまった。
ちなみに、どっかの誰かからの刺客を送られたりもしたが、余裕で撃退してしておいた。
……そう、これでも我々は一家のほとんどが優秀な魔力持ちだったり魔法使いだったりする家系。
そこらの戦士よりも強いし、魔法が使える分、どこで生活するにしても、それほど不便ではなかった。
数年後には、父や叔父は他国の魔法を教える学校で教鞭を振るったり、祖父は魔法の研究をしながら隠遁暮らし、兄や姉は冒険者として名を馳せるなど、割とそれぞれ気侭に順応していた。
そんな中でも、王国の事は風の噂で聞いていた。
あの後、国王は流行り病で亡くなり、貴族連中らはこぞって逃げ出すか、隣国の帝国におもねるか、鬱憤を溜め込んだ民衆が遂に暴動を起こしたり。
話を聞く度に、私は昔遊んだあの少年の顔を思い出した。
あの優しくも真面目だった男の子は今どうしているだろう?
調べると、若くして即位した彼は必死で国を立て直そうと踏ん張っているという話を聞いて、私は彼が何も変わってはいないと思った。
そして帝国との戦争が始まり、王国はあっさりと敗北。
生き残った第一王子が処刑されるという話を聞いて、我慢できずにこうしてやって来てしまったのが今という状況であった。
「に、逃がすなぁ! なんとしてでも捕らえるのだぁ!」
持ち直した皇太子の叫ぶ声がこちらまで聞こえる。
まあ、こんな大衆の面前で罪人の身柄を奪われては向こうの面目丸潰れだよね。
「……炎よ、燃え盛れ」
私の言葉と共に、広場一帯に火柱が舞い踊る。
再びパニックになる群衆に、帝国兵も巻き込まれて思うように動けないようだ。
これも見た目だけの虚仮脅しの火であるが、これでしばらくは時間を稼げるだろう。
あとはこの頑固な王子様を口説くだけだ
「だめだ。私は……この国は君を見捨てた。今さら共に行けるわけがないだろう」
「国はともかく、幼い子供であったあなたに何もできなかったでしょう」
正直、腹が立っていないと言えば嘘になるが、それはあくまで国だ。
そして、その国も滅んだ。罰は充分に下っただろう。
まあ、私らをハメた貴族連中はまだどこかで生き延びてる可能性もあるが、そっちもいずれはバチが当たるだろう。……主にウチの家族たちとかの手で。
「どうせここで捨てられるはずだった命です。だったら私がいただいてしまっても構わないでしょう?」
「しかし……」
いまだにグチグチとゴネる王子様。本当に面倒くさいなこの人。
私は彼の顔の両頬を両手で掴み上げる。
私と彼の視線が交差する。
「いいですか? あなたは悪い魔女に捕らえられた可哀想な王子です! だから、さっさとさらわれてください!」
耳を澄ませば群衆の悲鳴と帝国兵の怒号が聞こえてくる。
それをバックにやがて観念したように王子は苦笑する。
「……ああ、わかった。もう何もない搾りカスのような男でよければ、好きにするといい」
決心した、というより諦めた彼はようやく私の手を取ってくれた。
なんだか、しばらく見ない間に少しネガティブになってるな。……いや無理もないか。
目標を達成した私はもう一度指を鳴らす。
それを合図とばかりに、使い魔は全て消えて、火も収まった中、一気に私たちは空へと舞い上がる。
民衆たちはポカンとした表情でこちらを見上げていた。
「それでは皆様ごきげんよう」
私たちは夜空の流れ星のように、その場から飛び去っていった。
「まずはどこへ行きますか殿下」
「君の家がいい。そこで聞かせてくれ、これまで君たちにどんな事があったのか」
彼は昔のように穏やかな顔で笑い返した。