第97話:思った以上に その3
『召喚器』というものは、きっかけさえ掴めば案外簡単に発現できるらしい。
らしい、というのは俺はきっかけを掴むことすらなく、意図せぬままにいきなり『召喚』してしまったからだ。魔法の練習を始めて魔力を感じ取るはずが、そのまま『召喚器』が出てきたためきっかけを感じ取った実感がないのである。
魂の具現とも呼ばれる『召喚器』はそう呼ばれる通り魂――自己を確立すると発現できる、と『花コン』では解説されていた。
この自己を確立するというのが厄介で、人によっては『召喚器』が中々発現できないし、逆に幼くして『召喚器』を発現できてしまう者もいる。
また、自己が確立できていないのに『召喚器』を発現してしまい、自分の意思通りに使えず暴走させてしまうパターンもごく稀にあるし、『花コン』のサブヒロインの一人がそのパターンなのだが……自分の意思通りに使えないって意味では俺も当てはまるかもしれないんだよな。
相変わらず俺の本の『召喚器』は説明書きの一つも出してくれないし、何も語らず俺の身体能力を強化するだけだ。『瞬伐悠剣』みたいに感覚だけでもいいから語りかけてくれてもいいのよ?
「起きたら普段と違う感覚がしたので試してみたら、こうして盾の『召喚器』が……えへへ……もしかして、これって若様からいただいた指輪の力だったり……」
なんて、俺が現実逃避をしている間にナズナは嬉しそうに己の『召喚器』を撫でていた。
盾の『召喚器』……うん、間違いなく盾だ。どう見ても槍じゃない。仕込み槍か何かで、形状が変化して槍になることもなさそうだ。ないか? ないかぁ……。
外見は五角形を逆さまにしたような形で、今はナズナが両手で抱えているが大きさから判断する限り片手で使う盾だ。丸くないからラウンドシールドと呼ぶのは間違いになるが、腕を通して持ち手を握るタイプの盾である。
『召喚器』のため材質は当てにならないが、ぱっと見だと金属製の盾に見える。体全体を覆うには小さく、相手の攻撃を打ち払うバックラーみたいな使い方が合いそうだ。
(『俊足の指輪』を渡したら『召喚器』を発現した……いや、そんな馬鹿な……『花コン』でもそんなイベントはなかったぞ? そもそも『召喚器』が違うなんて……あ、俺もそうだったわ)
『俊足の指輪』が原因なのか、それとも元々何かしらの影響をナズナに与えていたのだろうか? そりゃ『花コン』のミナトと違って影響がゼロとは言わないけど……うん、ここで影響が少ないって思うのはさすがに無理か。それは謙遜にもならない、ただの馬鹿だ。
(俺を守り抜いてみせる、なんて言った翌朝に盾の『召喚器』が……さすがに偶然じゃないよな。それだけナズナの決心が固かった? 与えた影響が大きかった? それとも両方?)
本当に『召喚器』が魂の具現だというのなら。本来の『召喚器』だった槍から盾に変わったのは、それだけ影響が大きかったからだろう。
「指輪の力は……速度が上がるやつだから、あんまり関係はない……と思うんだが……そ、それは横に置いておこうか」
確証が持てないから曖昧な話しぶりになってしまうが、一度横に置いて俺は気になることを尋ねる。
「『召喚器』を『召喚』したわけだけど、他に何かないか? 何ができるか盾が話しかけてくるとか、感覚で何ができるかわかる、みたいな……もしくは身体能力が強化されているとか」
「え? えーっと……す、すいません若様。そういう感覚はないです」
「あ、そうか……そうだよな。さすがに『召喚器』を出してすぐに『活性』を超えて『掌握』とか『顕現』までいったりはしないよな」
驚きすぎてあり得ないことを聞いてしまった。『花コン』のメインキャラは才能豊かだし、もしかしたらと思ったんだが……さすがに『召喚器』を発現できるようになってすぐに能力の開放まではいかないよな。
(しかし、盾の『召喚器』か。『花コン』だとタンク役だし、ナズナにピッタリな『召喚器』だな。槍の『召喚器』がおかしかったといえばそうなんだけどさ)
本当、『花コン』の製作者達は何を思ってナズナの『召喚器』を槍にしたのやら。多分、剣の『召喚器』とかは他にいるし、バリエーションを増やすためだと思うけどさ。
「朝から何を騒いでんだ……ん? 嬢ちゃん、その盾は……」
俺とナズナの会話が聞こえてしまったのか、ランドウ先生が自室用に借りている部屋から顔を覗かせる。しかしすぐにナズナの盾が『召喚器』だと気付いたのか、小さく眉を寄せた。
「起きたら発現できるようになっていたみたいで……」
「しょ、『召喚器』です!」
そう言って何故か突き出すようにしてナズナが盾を構える。ランドウ先生の攻撃も防げるっていう意思表示かな? でも盾で防げたとしても盾以外の部分を即座に斬ってくるだろうから、無茶はやめてね?
「……盾、か。嬢ちゃん、そいつはミナトを守るために生み出したのか?」
珍しいことに、ランドウ先生が何かを確かめるようにナズナへと尋ねた。その問いかけを受けたナズナは目を瞬かせたが、すぐに頷きを返す。
「はいっ! そうです!」
「……そうか」
ランドウ先生は小さく呟くと、その視線をナズナの左手の小指にはめられた指輪へと向け……あれ? 俺が指輪をはめたのって右手の小指だったよな? 左手だったっけ? いや、右手だよな?
俺が困惑していると、ランドウ先生は『もう少し寝る』とだけ言って部屋に引っ込んでしまう。たしかに普段起きる時間より少しばかり早いが、ランドウ先生らしくない行動だ。とはいえ、ランドウ先生にとってナズナは弟子でもないし、素っ気ないのも仕方ないのかもしれない。
「えっと……どうされたんでしょう?」
「さて、なぁ……」
ナズナが不思議そうな顔をしたため、俺も首を傾げておくのだった。
さて、ナズナが『召喚器』を発現して報告してきたのを見た俺は、一度部屋に引っ込んでから本の『召喚器』を発現した。昨晩はナズナとの会話もあり、普段の日課をサボっていたのだ。
「……やっぱり、増えてるな」
そしてもしや、と思ってみれば本のページが増えていた。増えたのは三ページ分で、一ページはランドウ先生、残り二ページがナズナである。日課の確認を忘れるぐらい衝撃的な何かがあると毎回のようにページを増やしてるな、なんてことも思う。
ランドウ先生のページは……昨日のダンジョン内での出来事というか、木に背中を預けて眠る俺とそれを見るランドウ先生という不思議な絵が表示されている。
いや……なんだこの絵。寝ている俺を見てランドウ先生は何を思ったんだ? 好意的に見るなら、コイツ度胸がついたなぁ、なんて思ったのか?
そう考えて絵を見てみるとランドウ先生が苦笑している……ように見える。大規模ダンジョンの中だろうと眠っている弟子の図太さを師匠として評価している絵……だといいなぁ。
まあ、ランドウ先生の絵はそういうことにしておこう。そっちの方が俺の精神衛生上助かる。
続いてナズナのページに関してたが、一枚目は俺がナズナの右手の小指に『俊足の指輪』をはめるところが絵になっていた。うん、やっぱり右手だよな? 左手じゃないよな?
そして次のページだが……ん? ナズナの左手薬指に『俊足の指輪』がはめられ、指輪を見て微笑む姿が描かれている? え? どういうことだ? 昨晩、自室に帰ってから指輪を付け替えたのか?
(俺から渡された指輪をわざわざ左手の薬指に付け替えるなんて……あー……うん……)
なんというか、見てはいけないものを見たような気になる。最近は見せていないが、ナズナには俺の『召喚器』は見せられないな。見せたらどんなことになるか。
俺は本の『召喚器』をそっと閉じ、今から朝食だがナズナとどんな顔を合わせればいいのだろうか、としばし悩むのだった。
その後、俺は頭を空っぽにしてナズナと接しつつ朝食を食べて準備を整え、今日の修行はなんだろうかと身構える。
昨日と同じくモンスター相手の実戦だろうけど、どんなモンスターと戦うかは現時点だと不明だ。蓋を開けたらドラゴン系モンスターと戦わされる、なんてことも起こり得る。さすがにないと思いたいけどさ。
そんなことを思いつつ、ナズナの見送りを受けて出発となる。いくら盾の『召喚器』を発現したとはいえ、慣らしもなしにモンスター相手の実戦とかは無理だしな。
「おい嬢ちゃん。お前さんの『召喚器』だが、まずはどんな状況でもすぐに発現できるようにしろ。要は扱いに慣れろって話だ。『召喚』して消す、消したらまた『召喚』する。それを繰り返してみろ。いいな?」
「え? あ、はい……」
すると、何故かランドウ先生がナズナにアドバイスを送り、ナズナが盛大に困惑する。まさかランドウ先生にそんなことを言われるとは、といわんばかりだ。
でもたしかに、俺の本の『召喚器』と違って盾として実際に使うなら召喚する速度は非常に大切だ。いくら頑丈な盾とはいえ、発現する前に攻撃を受ければ意味がないのだから。
かといって普段から発現しておくには邪魔になるサイズのため、瞬時に発現できるようになれ、というランドウ先生の言葉は正しいだろう。
「ランドウ先生がナズナにアドバイスをするなんて珍しいですね。いや、珍しいというか、初めてじゃないですか?」
思わずそう尋ねてみると、ランドウ先生は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら視線を逸らす。
「そういう気分だっただけだ。行くぞ。昨日と同じ場所でモンスター相手に実戦だ」
そう言ってスタスタと歩き出すランドウ先生の姿に、俺は思わず首を傾げる。それでもひとまずはナズナに出発の挨拶をしてから大規模ダンジョンに向かうと、昨日と同じように駆け足で移動を開始した。
「…………」
「…………」
その間、ランドウ先生は無言だった。普段から口数が多い人ではないが、今日は何かを考え込んでいるように感じる。そのため俺も余計なことは何も言わず、ただランドウ先生の背中を追って大規模ダンジョンの中を駆けていく。
そうして昨日と同じく狩場に到着したが、そこには二体のキマイラが屯しており、こちらに気付くなり即座に『火砕砲』を発射してくる。
「ランド――」
「邪魔だな」
ランドウ先生の名前を呼んでいる途中で、白刃が閃いた。目で追えない速度で刀が何度も振られ、飛ぶ斬撃として放たれた『一の払い』が飛来する巨大な炎の塊を瞬く間に両断し、霧散させていく。
ランドウ先生はそのまま平然と、歩いてキマイラとの間合いを詰めていくが……ライオンの頭にヤギの胴体、尻尾が蛇という外見のキマイラは、ライオンの頭と尻尾の蛇が一目でわかるほどに混乱していた。
魔法が叩き斬られたのもそうだが、歩いて距離を詰めてくるランドウ先生が恐ろしい存在だと本能で感じ取っているのだろう。
『グ……グルアアアアアアアアアアァァッ!』
それでも中級モンスターとしての意地か、あるいは恐怖を払いのけるためか。空気を震わせるような咆哮を上げながら二体のキマイラがランドウ先生へと飛び掛かっていく。
それを見た俺は、咄嗟に『瞬伐悠剣』を使おうか迷った。ランドウ先生の様子が普段と違うため、万が一があり得てしまうのではないか、と心配になったのである。
「…………」
ランドウ先生は相変わらず無言だった。ただ、迫りくる二体のキマイラを見ながら、右手だけで握った刀が掻き消える。
「……うわぁ」
キマイラの首から上が消えて、思わず俺はそんな声を漏らしていた。おそらくは普通に斬ったんだろうけど、目で追うことすらできない。怖い。
そして片方のキマイラの首から上を斬り飛ばしたと思えば、続いて迫るキマイラに向かっては刀の切っ先を向ける。まるで引き絞られた弓矢のように、狙いを定めて。
――『三の突き』。
そんな呟きが風に乗って聞こえたような気がした。続いて弾丸……いや、砲弾のような威力の突きが放たれ、飛び掛かっていたキマイラの心臓付近に綺麗な穴が開く。
(……おかしいな。突き技ってああいう風に弾丸が貫通しました、みたいな見た目になる技じゃないはずなんだけど……)
『三の突き』は『花コン』だとレベル差が五以上ある雑魚モンスターに対し、確定で即死させる技になる。レベル差がそこまでない場合、あるいはボスモンスター等が相手の場合は通常攻撃の二倍の威力かつ必ず命中という、使い勝手の良い技ではあるが。
(うん……そりゃ心臓をくり抜かれたら即死するよね……おかしいなぁ……少しは強くなった自信があるのに、全然追いついてる気がしないわ……)
俺は最早慣れた感覚だが、ランドウ先生に対する畏怖を覚えながら肩を竦める。
「すごいですね、先生。あれが『二の太刀』の次の技ですか」
いまいち覚えきれる気がしないが、それでもせっかくランドウ先生が実戦で見せてくれたんだ。これから練習しておこう、と俺は内心だけでワクワクと浮足立つ。飛ぶ斬撃も習得したいけど、斬るだけでなく突く技も習得すれば戦闘スタイルに幅を持たせることができると思ったのだ。
いや、普通に突くだけなら今でもできるんだけどさ。俺の突き技は普通の突き技で、剣で相手を突き刺すだけだからランドウ先生みたいにはならない。
「……ん? ああ、そうだな」
おや? さっきから様子がおかしいとは思っていたけど、戦闘があったにもかかわらずランドウ先生の反応が鈍い。こんなことは初めてだ。
「先生? どうかしたんですか? さっきから様子が変ですけど……」
さすがにこれはおかしい、と思って問いかける。するとランドウ先生は刀を血振るいしてから鞘に納め、普段と比べるとやや気迫に欠ける眼差しを向けてきた。
「少し……ああ、少しばかり思うところがあってな」
「……ナズナについて、何かありましたか?」
昔はナズナに対して何の感情も向けていなかったが、ここ最近のランドウ先生からはナズナを気に掛けるような素振りが感じ取れた。そのため尋ねると、ランドウ先生は大きなため息を一つ吐き出す。
「あの嬢ちゃんに対して、というより昔の俺に対して……だな。いや……そうか。いい機会ではある、か。つまらん話だが、聞くか?」
「是非とも聞かせてください」
思わぬランドウ先生の提案に、俺は力強く頷くのだった。




