第82話:一時の別れ
トーグ村やアルバの町に置いていた軍勢が戻り、俺の勲章の授与式も終わり、軍役も王都で行うべきことも全て完了となった。
目的の一つだったカリンと婚約者候補の関係になるという目標も達成できたし、『花コン』のメインキャラ達の中でも王都で会える者達に会うという目標もおおよそ達成だ。
簡単な軍役のはずが『王国北部ダンジョン異常成長事件』と呼ばれるほどの大事件になったり、王都に侵入していた『魔王の影』のリンネと戦ったりと、予定どころか予想すらしていなかった事態が発生してしまったが……まあ、乗り切れたから良しとしよう。
そんなわけで軍役が完全に片付いたため、サンデューク辺境伯家の領地へと帰還することになるのだが。
「領地に戻るにしても準備がいるし、防衛戦で苦労を掛けた騎士達、兵士達も少しは休ませてやらないとな」
そんなレオンさんの一声により、出発は三日後となった。
そのため俺も暇ができた――なんてことは当然ないのである。
レオンさんと手分けして知り合いの貴族の家を挨拶周りして王都を離れる旨を伝え、王城にも何日後にどんな予定で帰還するか書面で報告を行い、一度別邸に帰るか、と思ったら国王陛下に呼び出されて王城三階の応接室へと移動。
帰還の報告だし、忙しいだろうから直接顔を合わせる必要はないはずだが、国王陛下に呼び出しを受けては断ることもできなかった。
「陛下、お呼びと聞き参上いたしました」
多忙の合間を縫って俺を呼んだのか、陛下はどことなく疲れた様子である。それでも俺の顔を見ると笑みを浮かべた。
「おお、ミナトか。呼び出してすまんな。領地への帰還に関する申請書を出しに登城していると聞き、呼ばせてもらったぞ」
「それは構いませんが……お疲れのご様子ですね」
「なに、忙しい時はこんなものだ。お前達が出発する時はさすがに予定が確保できなくてな。今の内に顔を見ておこうと思ったのだ」
そう言って笑う国王陛下だが、その隣にはアイリスの姿もあった。
「お久しぶりです、アイリス殿下。王家の花たる殿下の御顔を拝見でき、恐悦至極でございます」
とりあえず形式張った挨拶を一つ。しかし国王陛下が苦笑しながら止めるよう手で合図してきたため、すぐに一礼を解く。
「よろしいので?」
「構わんとも。私的に親族の出立前に顔を見ようと思った……それだけのことで堅苦しい挨拶も礼儀も求めん」
そんな陛下の反応に、本当に疲れているんだろうなぁ、なんて思う。疲れている時に堅苦しい態度で接すると煩わしいっていうのもよく理解できるからだ。
「ミナト様におかれましては、東部貴族の英雄として見事なご活躍を……お慶び申し上げます」
おっと、俺と陛下の会話を聞いた上でアイリスに堅苦しい挨拶をされてしまった。
「固いです、殿下。いや、はとこ殿と呼んだ方が砕けてくれますかね?」
国王陛下の許可も出ているし、俺の方から多少言葉を崩して笑いかける。するとアイリスは国王陛下をチラリと見た後、少し固さの残る笑みを浮かべた。
「同年代の殿方を相手に言葉を崩すというのが難しいのです。それが同年代でありながら勲功を立てられた方となると尚更でして」
そう述べるアイリスだが、初めて会った時よりも距離を感じるような……。
(うーん……でもたしかに、アイリスが多少なり砕けた喋り方をする相手って『花コン』の女性主人公か、好感度をかなり稼いだ男性主人公ぐらいなんだよな。このぐらいの距離は仕方ないのか?)
あまり馴れ馴れしくしすぎるのも問題だし、加減が難しい。そのためある程度は気を遣いつつ、領地へ帰還する挨拶を済ませる俺だった。
「まあ……国王陛下とアイリス殿下がお会いに?」
「ああ。帰ろうと思ったら呼び出されてね。ビックリしたよ」
王城での挨拶を済ませたら、今度はカリンのところである。婚約者候補だし、先日一緒に戦った仲だし、王城よりは気楽に会いに行くことができた。
するとカリンもこれまでと違い、多少なりリラックスした様子で俺と会話をしてくれる。応接室に通してもらって一緒に椅子に座り、割と気安い挨拶をしてから思いつくままに言葉を交わしていく。
「カリンはどうするんだ? さすがにこのままずっと王都にいるってわけじゃないだろ?」
「わたしは……その、ミナト様の出立に合わせて領地に帰ろうと思っています」
あ、そうなんだ。でもわざわざ同じ日にする理由が何かあるのかね? なんて思う俺だったが、カリンは頬を朱色に染めつつ、恥ずかしそうに言う。
「こ、婚約者候補……の、ミナト様がいないのなら、王都にいる意味はないかな、と」
婚約者候補と言葉にするのが恥ずかしいのか、カリンはもじもじとしてしまう。それを見た俺は『花コン』のカリンとのギャップを強く感じつつも、眼前のカリンこそが本当のカリンだと自分に言い聞かせた。
「それは……あー、そっか。しかし、アレだな。せっかく一緒に外出したのにあんなことがあったし、どこかで時間を作ってもう一度」
「い、いえっ! ミナト様もお忙しいでしょうし、大丈夫ですっ!」
もう一度一緒に外出するか、と提案しようとしたら遮るようにして断られてしまった。一緒に外出するのが嫌なのかと思ってしまったが、カリンを見る限りこちらの時間的な都合を配慮してのことらしい。
それでもあまり遠慮はしてほしくなんだが、なんて思っていると、カリンは一度咳払いをしてから真剣な表情を浮かべる。
「先日の件……訓練もろくに受けていない身で何を、と思われるかもしれませんが、ミナト様が身を置かれている戦いという場の空気を僅かなりとも知ることができました」
そう言って僅かに目を伏せるカリン。実際、侯爵という上から数えた方が早い家に生まれたお姫様が体験するようなことじゃないし、アレクにも言ったけど初陣の相手が『魔王の影』というのはとんでもないことだ。
いきなり戦いの場に放り込まれ、錯乱して逃げ出さなかっただけでも十分上等だと俺は思う。
「将来の辺境伯の婚約者候補に……つ、妻に、なる……かも、ということは、ああいったことも知っておく必要があるのだと……思いました」
だが、続いた言葉に少しだけ困ってしまった。言っていることは正しいし、俺と結婚した場合、俺が領地を離れている時なんかに有事があれば妻であるカリンが動き、責任者として騎士や兵士達の上に立つこともあり得るのだから。
そしてそこまで考えつつも、途中で照れたようにはにかむカリンを見ると反応に困ってしまう。認識の変化はけっこうなことだが、まだまだ十二歳の子どもらしい一面もあるということか。
カリンは真剣な表情を浮かべたまま、俺を真っすぐ見つめてくる。
「次にお会いできる日まで、わたしもミナト様に負けないよう頑張ります。貴方の隣に立てるように、立っても不相応だと思われないように……きっと、なっています」
それは、カリンなりの宣誓だった。俺の隣に立つに相応しい人間になると、なってみせるという決意の表明だった。
「それはそれは……それじゃあ、俺もカリンの隣に立つに相応しい人間にならないとな」
その宣誓が眩しくて、思わずそんなことを言ってしまう。いや、咄嗟に口から出てきたってことは本音なんだろうけどさ。
「えっ? そ、その、今以上に何かされますと、追いついて隣に立つのが難しくなって……」
俺の返答が予想外だったのか、カリンは初めて出会った時のようにオドオドとした態度に戻ってしまった。
「はははっ、俺も立ち止まっているわけにはいかなくてね。ま、お互い頑張ろうか」
そう言って笑って、今回の別れの挨拶とするのだった。
そうやって挨拶回りをして休憩がてら別邸に戻った俺だったが、三人ほど挨拶をするべきか迷う相手がいる。
一人はオリヴィアだ。
挨拶回りの合間に王立図書館に顔を出してみたのだが、影も形もなかったのである。おそらくは『魔王の影』が王都に侵入していた件で大忙しなのだろう。
そのため次に会えたら聞こうと思っていたメリアに関しても聞けずじまいだ。
一人はスグリだ。
向こうから訪ねてくるには身分差を気にするだろうから、こちらから出向かなければ会うことができない。ただし、ポーションをまた使ってしまったため買いに行くついでに挨拶をすれば良いのだろうが。
(俺の『召喚器』のページ、スグリが一番多いんだよな……挨拶をしないのは不義理な気がするけど、ポーションの売り手と顧客の関係だと思えばわざわざ帰還の挨拶をしに行くのもおかしい気がするし……顔を合わせてまたページが増えたらなぁ……)
スグリの母親を助けた件に関しては十本ものポーションをもらったし、それらのポーションが『王国北部ダンジョン異常成長事件』で兵士達の命をつないだ。そのため貸し借りは既に清算されている。
そのためポーションの買い手として足を運ぶのも……うん、やっぱり本の『召喚器』のことが気になるし、止めておくか。
さて、そうなると残った一人に関してだが……まあ、誰かというとアレクだ。挨拶するかを迷うというより、どうやって会えば良いか迷うと言った方が正しい相手である。
(王都に屋敷があるけど、道化師として動き回るからか意外と会えないんだよな……)
最初出会った時でさえ、アレクがうちに立ち寄らなければどうなっていたか。会おうと思っても今回の滞在中に会えたかどうかもわからない。
とりあえずアレクの家に使者を出して会えないか打診してみるか、なんて思った時のことだ。部屋付きのメイドさんが扉をノックしてから顔を覗かせ、俺への来客を知らせてきたのである。それも、どうやって会おうか考えていたアレクが来たというのだ。
そのため俺はすぐに応接室へと向かう。向こうから来てくれるなんて実に助かるなぁ、なんて思いながら。
「待たせたな、アレク。君の方から来てくれるなんて嬉しいし助かるよ」
そして応接室まで移動した俺はアレクに笑顔で話しかける。うん、相変わらずの道化師メイクで本物のアレクだ。
「あら、もしかしてアタシに会いにくるつもりだったのかしら?」
「ああ。王都を出発する前に挨拶をしたいと思っていたんだ。いやぁ、本当に助かった。君の屋敷に使者を出しても会えるかわからないし、不安だったんだよ」
というか、よく考えたらオブシディアン家の屋敷がどこにあるか知らないわ。別邸の執事やメイドさんに尋ねたら誰かしら知っているとは思うけど、オブシディアン家は領主貴族ってわけじゃないから王都の東西南北のどこに屋敷があるのやら。
俺がそんなことを考えていると、アレクがどこかポカンとした顔をしていることに気付く。
「ん? どうした?」
「いえ……アタシと会ってそこまで素直に喜ぶ人っていうのは珍しくてつい、ね」
「え? そうなのか?」
なんでよ、と思ったが道化師っていう役職上、忠告や諫言が多いから煙たがる人もいるっちゃいるのか。遠回しに伝えるんだろうけど、それを煩わしく思う人もいそうだ。あとはやっぱり見た目が不審者だからか。
「ええ。だから、アナタが笑顔で部屋に入ってきたのを見てビックリしたのよ?」
「友達がわざわざ訪ねてきたんだ。そりゃ喜んで迎えるさ」
そこまで言って、俺はふと気付く。
「というかただの友達じゃなかったな。戦友と呼ぶべきか。一緒に『魔王の影』相手に戦った戦友……相手が相手だし、この関係性は希少すぎる気もするな」
なんか他の家だと扱いが悪いみたいだけど、少なくとも俺は大歓迎だと軽口を叩く。『魔王の影』と遭遇すること自体珍しいだろうし、本当に希少な関係性だ。
『魔王の影』相手に一緒に戦ったと言えばカリンもそうなるけど、どちらかというと守ったっていう方が適切な気もするし……アレクは一緒に戦ったって断言できるんだけどな。
俺がそんなことを考えていると、アレクは口元を押さえるようにしてくすくすと笑う。
「ふふっ、戦友……戦友、ね。素敵な関係だわぁ」
どうやら俺の軽口を気に入ってくれたらしい。そのため俺も自分の軽口に乗り、軽く右こぶしを握ってアレクの方へと突き出す。
「本当に助かったよ、戦友。俺は領地に戻るけど、君のこれからの活躍を祈らせてくれ」
「どういたしまして、戦友。学園でまた会いましょう? そして、それまでの無事を祈らせてちょうだい」
俺の意図が伝わったのか、アレクも右こぶしを握って軽くコツンとぶつけてくる。
そして互いに顔を見合わせ、間を置いて同時に噴き出した。何の隔意もなく、意味すらもないように、ケラケラと笑い合う。
こうして、長いようで短かった王都での滞在も終わりを迎えるのだった。




