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第63話:敬意

 思わぬアレクとの出会いから、明けて翌日。


 俺は王都の第二層にあるスグリの家……正確にいえばレッドカラント家が経営している錬金術の工房へと足を運んでいた。


 昨日アレクと話をした結果、ポーションの予備が欲しくなったのだ。別邸で保管されていた中品質の回復用ポーションを一本もらったが、他の分は俺達の救援に向かう際にジョージさんが持ち出したらしく、新しい分は購入しなければならない。

 ポーション自体はスグリのところじゃなくても購入できるけど、以前の縁もある。そのため家紋を隠した馬車を使い、お忍びで第二層へと向かったのだ。


(昨日はアレクに会えたし、王都で会える可能性があるのはあと四人……カリンみたいに領地から出てくるパターン込みならもう一人追加……『魔王の影』に関して情報が欲しいし、可能なら王立図書館にも行きたいな。隠しキャラの子とは会えないだろうけど……)


 ネフライト男爵の息子であるジェイドならあれこれ理由をつければ会えるだろうか? 他のキャラに関してもサブヒロインが一人とヒーローが一人。俺やカリンと同様に領地を持つ貴族の家に生まれたヒロインが一人。こっちは王都に来てないと会いようがないから望み薄か。


(会いやすさでいえばルチルの方か……でも商会に伝手も用事もないからな……)


 ヒーローの一人――ルチル=シトリン。


 彼はシトリン商会の跡取り息子で、おそらくは王都の本店にいるはずだ。そのためシトリン商会を訪ねれば会える可能性はある……のだが。


(うちの家とは取引がないし、扱っている商品もなぁ……ポーション類の扱いがあるならそっちに行っても良かったけど、日用品がメインだったはずだし……)


 残念ながらシトリン商会を訪ねる理由がなかった。そして、シトリン商会を訪ねたとしてもルチルと会う理由がない。

 王都にはサンデューク辺境伯家の御用商人がいるし、嫡男である俺がシトリン商会を狙い撃ちで訪ねると面倒なことになるだろう。


(そもそも、今の段階で会う意味がないか……アレクには相談してみたかったから向こうから来てくれて助かったけど。他の面子は……サブヒロインのエリカなら……いや、民間人だから訪ねようがないんだよな)


 サブヒロインの一人――エリカ。


 こちらは完全に民間人で、ルチルと違って会いようがない。名前は知っていても住所まで知っているわけではないのだ。そもそも同じ名前の女性は何人もいるだろうし、王都にいることは知っていてもどこにいるかはわからないのである。

 サンデューク辺境伯家の人脈を使えば見つかるかもしれないが、俺がどんな理由で王都の民間人を訪ねろというのか。錬金術の大家で本人と偶然縁があったスグリが例外なだけだ。


 サブヒーローの一人が王立学園で学園長をやっているため、学園に隣接している王立図書館に行けるなら会える可能性があるが――。


(うーん……『花コン』の主人公ならともかく、俺が会っても仕方がないんだよなぁ……)


 それに俺の立場で今、会いに行く理由がない。この世界に実在しているかどうかを確認できるが、俺の『召喚器』に関して推測が正しければ隠しキャラ以外は既にページに記載されている。

 周囲に怪しまれてまで確認しに行く理由がないし、怪しまれないような理由を捻り出せるほど俺の頭は良くない。怪しまれてもいいから会いに行くというのも一つの手だが、それで会えなかったら完全に無意味な行動になってしまう。


(結局、こうして相手と面識があって、どこにいるかもわかっている相手に会うぐらいが精々か)


 乗っていた馬車が止まり、御者が到着を知らせてくる。騒がれると面倒だから護衛は最小限で、従者もゲラルドだけだ。中規模相当のダンジョンでボスモンスターを倒したこともあり、王都の中なら最小限の数の護衛でも良いとレオンさんから認められたのである。


 ちなみにモリオンはいない。なんで軍役が終わったのに俺の従者をやっているんだとユナカイト子爵にツッコミをくらい、『父を説得してきます』と不満そうに帰っていった。まあ、モリオンのことだから本当に説得して帰ってくるだろう。


 さて、そんなわけで到着したスグリの家だが、代々錬金術師として王都で重用されてきただけあり、中々に立派な外観だった。


 うちの別邸みたいに広い庭や敷地を囲う石壁なんかはさすがにないが、ただの民間人が住むものとは異なる二階建ての家屋である。

 立地も王都第二層の大通りにほど近く、道路に面した一階は店舗を兼ねた錬金術の工房、二階は生活用の住居といった外観だ。

 工房の入口には錬金術師の工房であることを示すよう、錬金用の釜をデフォルメしたような絵が書かれた突き出し看板が掲げられている。


 他の店と違って店先に客寄せの人員が配置されているわけでもなく、現代日本の店のようにガラス張りのショーウインドウで店内を覗けるわけでもない。俺の場合は軍役に出発する前にポーションを買いに来たから知っているが、ここがレッドカラント家の錬金工房だと知らなければ見逃してしまいそうだ。


「失礼する」


 貴族相手というわけでもなく、一応はお店ということで先触れの使者は出さなかった。それでも断りの言葉を口にしながら工房の扉を開けると非常に独特な香りが鼻を突く。様々な錬金の素材を扱う工房ならではの、一言では形容しにくい香りだ。


(なんだろうな、この……青臭いような、苦みがあるような、それでいてハーブみたいな清涼感も混ざった独特な匂いは……嫌いじゃないけどさ)


 苦手な人はとことん苦手な香りだろうが、俺としては特に嫌いってわけでもない。供をしているゲラルドは苦手なのか、明らかに表情が変わっているが。


「ポーションならうちじゃなくて()()()()()へ――おや?」


 扉につけられていたドアベルが音を鳴らし、それに気付いたスグリのおばあさんがつっけんどんな反応をしようとしたが、俺を見るなり目を丸くする。


 店内は思ったよりも広く、前世のコンビニを思い出すぐらいの広さだ。ただし店舗として使われているのは十畳程度で、商品を置く棚や机が所狭しと並んでいる。

 スグリのおばあさんは木製のカウンターを挟んで座っており、何か作業をしていたのか手元に乳鉢らしきものが見えた。


「これはこれは、サンデュークの若様でしたか。大変な目に遭われたと王都で噂になっておりましたが……ご無事なようでこの老骨も嬉しく思いますぞ」

「お久しぶりです。いやぁ、酷い目に遭いましたよ」


 お世辞ではなく本心で安堵したように見えるスグリのおばあさんに、俺は苦笑しながら世間話のように返す。


「この店でポーションを買ってなかったらもっと死人が出てましたよ。ポーションを使い切ったので寄らせていただきましたが……品薄ですか?」


 最初の反応からそう尋ねてみると、おばあさんは困ったように笑う。


「品薄どころか売り切れでして。半月ほど前、急に大量に必要になったとかで騎士団が買い上げていきましてのう」

「ああ、それは俺も無関係じゃないですね……」


 というか『王国北部ダンジョン異常成長事件』の援軍が持ってきたポーションがそうだったのだろう。金はあっても商品がないんじゃ買いようがない。


「ポーションを錬金するのに使う素材もほとんど出回っていない状態でしてな。うちの娘も得意先に断りの謝罪をしに出払っている状態で……もうしばらくは今の状況が続くかと」


 どうやら以前馬車にはねられたスグリの母親が謝罪行脚しゃざいあんぎゃをしないといけないぐらいには大変な状況らしい。


「それはそれは……困りましたね。『白』の家、たしかホワイトレース家でしたか。そちらならポーションの在庫がありますか?」


 『花コン』の知識から家名を引っ張り出してきて尋ねる。使用した実績があるからスグリの家から買いたかったけど、命綱の代わりは早急に欲しいのだ。

 そう思って尋ねた俺だったが、スグリのおばあさんは何やら背後へと振り返る。それに釣られて視線を向けてみるが、どうやらカウンターの奥が工房になっているようだ。


「スグリ! こっちに来な!」

「えっ!? わっ!? わわわっ!」


 そして工房に向かって叫ぶと、なにやら焦ったような声が聞こえてくる。おそらくはスグリの声だろうけど、続いてガッシャーンと甲高い音が響く。金属製の物体を蹴倒したような音だった。


「お、おばあちゃん……集中してるんだから急に大声で呼ばな――」


 それでもスグリは顔を覗かせ、俺と目が合うなり言葉が途切れて固まる。以前会った時は祖母をおばあさまって呼んでいたのに、家だとおばあちゃんなんだな、なんてことを思った。


「ホワイトレース家はうち以上に注文が殺到しているでしょうし、素材がなければ錬金はできません。そこでこの子です」


 スグリのおばあさんはスグリの反応を流し、先ほどの俺の質問に答える。


 大丈夫ですか? あなたのお孫さん、俺とあなたを交互に見ながら目を丸くしてますよ?


「スグリや、お前が完成させたポーションを持っておいで。初めて作れたって喜んでいたのがあっただろう?」

「えっ? えっ? あ、あの、おばあちゃん? なんでミナト様が……」

「早くしな! 『ミナト様、これで喜んでくれるかな?』って言ってたやつだよ!」

「お、おばあちゃん!?」


 顔を赤くしながらあたふたと工房へと姿を消すスグリ。どう反応したものかと迷っていた俺だったが、スグリのおばあさんはどこか満足そうな様子で俺を見る。 


「と、いうわけでして」


 どういうわけです? いや、本当にどういうわけです?


 俺が困惑していると、なにやら瓶に入ったポーションを持ったスグリが戻ってきた。会話の流れからスグリが作ったポーションなら在庫があったんだろうけど、わざわざ俺のために作った?


(俺がポーションを使い切ると見越して用意しておいてくれた……そんな予想ができるほどスグリは戦闘や軍役について詳しくないはず……つまり、純粋に俺が心配だったか、以前の話を聞いてポーション作りに励んだ結果か?)


 俺の『召喚器』にもスグリが何かを祈っている姿が描かれていたしな。そうなると、純粋にスグリが努力した結果の産物かもしれない。


「あの……み、ミナト様? おばあちゃ、ううん、おばあさまの言ったことは、その、えっと……ぽ、ポーションですっ!」


 何かを言おうとして、結局は諦めたのかポーションを差し出してくるスグリ。髪に隠れているが少しだけ見えている耳が真っ赤に染まっている。


「この子の祖母ではなく、錬金術の師として保証いたします。常に作れるわけではなく、初めて作ることに成功した代物ですが……たしかな効果がある中品質の回復用ポーションで、私が作るものと比べても遜色のない出来だと」


 そして差し出されたポーションが低品質のものではなく、中品質のものだとスグリのおばあさんが保証する。錬金術師として何十年と生きてきたであろう、熟練の人物が自分の作ったものと同等の出来だと認めたのだ。


 そんなスグリのおばあさんの言葉を聞いた俺は、思わず遠くを見るように目を細めてしまった。


(中品質のポーション……うちで雇っている錬金術師でも作れないんだけどな……そっか、スグリはもう作れたのか……)


 これが才能の差か。俺からすれば低品質のポーションですらどう作れば良いかわからないのに、十二歳で中品質のポーション……。


(いや、才能の差なんて言葉で片付けたらスグリに失礼だよな)


 俺は差し出されたポーションを受け取る――その前に、僅かに膝を折ってスグリと目線の高さを合わせた。


「スグリ嬢、貴女の努力に敬意を」

「――えっ?」


 俺が言ったことを理解できなかったのか、不意打ち過ぎたのか、スグリは虚を突かれたように目を見開く。


「最初は素晴らしい才能だと思った。だが、才能というものはそれだけで花開くものではないはずだ。だからこそ俺は貴女の努力に敬意を表する。もちろん、その優れた才能自体にもね」


 『花コン』では錬金術を学ぶと錬金に関するレベルが伸びていく。その錬金レベルによって主人公が作れるアイテムが増えていくのだが、中品質のポーションは錬金レベルが五は必要だ。


 錬金レベルの上限は三十で、その内の五レベルと思えばそこまで高くないように思える。しかし主人公の錬金レベルを限界の三十まで上げようと思えば周回プレイが必須だし、レベルの上限まで育てられるのもゲームだからこそだ。


「あ……わ、わた、し……才能なんか……」

「あるとも。君がないと言っても、俺はあると信じるよ」


 錬金術師としての才能がないっていうのは、恵まれた環境に置かれたのに年単位で努力しても低品質のポーションの前段階、更にその手前にすらたどり着けていない奴のことをいうんだ。


 『花コン』で優れた才能があることは知っていた。だが、この世界のスグリは今の段階で才能の花を開かせた――いや、()()()()()()()のだ。


(十二歳で中品質のポーション……それならこの子はどこまで伸びる? 一体どれほどの錬金術師に……あっ)


 スグリの思わぬ成長を目の当たりにしてワクワクと、素晴らしいものを見たと内心で興奮していた俺だったが、そこでふと気付いた。


(あまり育ち過ぎると、『花コン』の主人公との関わりが……でもスグリルートに入られると詰むし、ある程度は育ってくれた方が……)


 そう自分に言い聞かせつつ、俺は差し出された中品質のポーションを受け取る。そして、以前スグリに伝えなければと考えていたことを思い出した。


「君が以前贈ってくれた低品質のポーション……あれのおかげでうちの兵士も死なずに済んだんだ。俺も助かった。だから誇ってくれよ、スグリ。君は立派な、すごい錬金術師だ」


 スグリの母親を助けた礼とはいえ、もらったポーションがなければどうなっていたことか。下手すればもらった十本分、死人が出ていたかもしれない。


 そう思って俺はスグリを褒め称えた。女性を褒めるのは貴族としてのマナーみたいなもので、反射的な部分もある。もちろん、本音も多分に含んでいたが。


「わ……ぁ、は、い……あ、あまり、その、ほ、褒めないで、くださいぃ……」


 スグリは、顔を真っ赤にして恥ずかしそうだった。


 スグリのおばあさんは、首を横に振りながらため息を吐いていた。


「サンデュークの若様……たしかにこの子は成長しましたが、あまり褒め過ぎないでくだされ。毒になります」

「俺は剣の先生に褒められた時、嬉しかったものですがねぇ……」


 自信が持てない子を成長させるには、しっかりと褒めるのも一つの手段だと思うんだが。


 だけど止められた以上は仕方がない。俺はスグリにもう一度しっかりと礼をいうと、ポーションの代金を払ってから工房を後にするのだった。






「若様は……ああいう大人しそうな子が好みなんですか?」


 そして、馬車に乗るなり工房では大人しく控えていたゲラルドからそんなことを聞かれた。


「なんだよ藪から棒に」

「いえ、先ほどの会話を聞いていたらそう思えたもので」


 まさかの恋バナか? でも『花コン』の世界で恋バナって言って通じるのか? さすがに従者としての真面目な話だろうけどさ。 


「うーん……自分にできないことをできる人ってさ、尊敬するだろ? スグリ嬢に対してはそんな感じだなぁ」


 でも、さすがに褒め過ぎた気もする。そう思って本の『召喚器』を発現してページをめくる……めくる……うん。


(……褒め過ぎた、かな?)


 三十三ページ目。

 そこには、顔を真っ赤にして俯きながらも、どこか嬉しそうに笑うスグリの姿が描かれていたのだった。

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― 新着の感想 ―
母親を助けてくれて、よくわからないけどダンジョンを破壊した英雄で、カッコいい紳士的な男の子がお礼とベタ褒めを浴びせてくる……堕ちたな。ミナトくんは責任を取らないとね。有用なアイテムがジャンジャン作られ…
依存癖があるチョロくてヤンデレと自分で解説してたのにこれ 他者からの評価を低く見積りすぎているんだよな
スグリに加えて後はカリンと婚約出来れば ポーション生産体制の目処が立つと ヒーラーいないしはよなんとかしたいよねと
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