第60話:切に願う。説明書をくれ
『花コン』に登場する『召喚器』というものは、使用者の魂の具現とも呼ばれる存在だ。そのため外見や能力を馬鹿にしたり侮ったりすると、即座に決闘に発展するぐらい大切にするべき代物である。
『召喚器』は実体として発現させる『召喚』、ある程度『召喚器』の能力を使える『活性』、『召喚器』の能力を全て引き出せる『掌握』、俗に言う必殺技が使える『顕現』の四段階に分けられており、『花コン』だと各キャラのレベルを上げたり特定のイベントを発生させたり好感度を上げたりすると上の段階へと成長していく。
あくまで『花コン』を基準として考えると、『召喚器』の名前がおおまかにわかるのが『掌握』の段階で、完全にわかるのが『顕現』の段階になる。キャラによっては『召喚』の時点で『召喚器』の名前がわかったりするがそれは例外だ。
『召喚器』の名前がわかったキャラはそのキャラ独自の必殺技が使えるようになり、派手な演出と共に必殺技をぶちかまして……いや、ここにも例外がいたわ。ランドウ先生は『召喚器』じゃなくて己の剣術ととある『召喚器』の合わせ技が必殺技になる特殊なタイプだったわ。
『花コン』では一応『召喚器』にも魔法やモンスターと同じように等級があり、下級、中級、上級、最上級にわかれていた。
下級だと頑丈な武器や防具として使えるぐらいだが、中級だとちょっとした効果や能力、上級になるとかなり強力な効果や能力が付与されている。なんともアバウトだが『花コン』でもその辺りはぼかしてあった。
最上級は強力というより特殊な能力を発揮する『召喚器』が該当する。当然ながら強力で特殊なものもあるが、アイリスの『鏡天導地』や性別を問わず主人公の『召喚器』、あとは隠しキャラの『召喚器』が最上級に分類されていた。
ちなみに『花コン』でミナトが使う『召喚器』、『陰我押法』は剣かつ斬るとデバフを与えるという能力から中級の『召喚器』だ。中級はミナトだけではなく、メインキャラの複数が該当するからそんなに悪いものではない。
メインキャラの中には自分の『召喚器』が強力過ぎて振り回されている子もいるし、等級が高いから強いというわけではなかった。その最たる存在のランドウ先生も本人の『召喚器』は中級で、特殊なルートに入ると上級の『召喚器』を使うぐらいである。
それらの情報から俺の『召喚器』を見た場合、中級に分類されるのではないか、と考えていた。
あくまで推測だが、俺の『召喚器』は『花コン』のヒロインやヒーローに何かしらの影響を与えるとそれが画像として表示される代物である。
その際に身体能力が強化されることから下級ではなく、かといって上級と呼ぶには身体能力の強化幅が小さい。どこまで強化可能なのかわからないが、現状だとモリオンに使ってもらった『疾風』や『金剛』といった下級魔法による強化の方が強いだろう。
それらの情報から中級だと判断した。特殊性というか、謎過ぎる点では最上級に分類してもいいのかもしれないが……現状だとやっぱり中級ぐらいだよなって。
魔力の消耗もなしに常時強化されていると考えれば便利な『召喚器』だが、俺がランドウ先生に弟子入りしていなければ用途に困っていたところだ。今でこそ俺の戦い方に噛み合っているが、剣術を学んでいなかったらと思うとゾッとする。
能力に関する説明書はないし『召喚器』が自分から説明してくれるわけでもない。これまで本のページが更新された際の情報からの推測だ。確証はないが大きく外れていることもないと思う。
ページに何かしらの画像が表示されようとも、今まで出会っていない者に関しては詳しいことはわからない。
以前、初陣の際に野盗の首領を仕留めた光景が何枚も連続して描かれていたが、モリオンやアイリス、カリンに出会ってからはページの内容が変化したように。逆に一度でも会っていれば離れていようと『召喚器』のページが更新されるあたり、我が『召喚器』ながら不思議すぎる。
今回の『王国北部ダンジョン異常成長事件』に関しては、途中でスグリとモリオン、カリンのページが増えていた。しかしその後に追加で増えたのが十四枚にも及ぶページである。
十八ページから三十一ページにかけて増えたわけだが、その一枚目はアイリスの画像だ。
以前増えたスグリの画像のように、何かに祈るような姿が描かれている。スグリの時は俺の無事を祈ってくれているのでは、なんて思えたがアイリスの場合はどうだろうか? 一応はとこの間柄として心配してくれているのかもしれない。
二枚目、十九ページにあたるページにはコハクの姿が描かれている。不安そうに、心配そうに、拳を握り締めて俯く姿が描かれている。おそらくだが、王都からサンデューク辺境伯家の屋敷へと飛んだ竜騎士から『王国北部ダンジョン異常成長事件』の速報を聞いた時の絵だろう。
なんでそれがわかるかというと、三枚目の絵に描かれたのがモモカだからだ。
竜騎士の乗騎と思しき、背中に鞍がついているドラゴンに何故かよじ登ろうとしている。多分、俺が置かれた状況を聞いて助けに向かおうとしたんじゃないかなって……ドレスでよじ登ろうとするのははしたないからやめなさいね?
続いて四枚目、民家の屋根に登ったモリオンの姿が描かれている。これは俺がデュラハンと戦っていた時のモリオンか。目を輝かせるようにして何かを見ている姿が描かれている。もしそうなら少しばかり恥ずかしいが、俺がデュラハンを倒したところをこんな感じで見ていたんだろうか?
五枚目はカリンだ。多分、俺がデュラハンを倒したって宣言したタイミングの画像で、胸に手を当てながら安心したように微笑んでいる。
六枚目はスグリだ。口元を両手で覆い、驚いたように目を見開いている。それでいてどことなく嬉しそうな感じだから、母親の恩人である俺の無事を喜んでくれている……といいなぁって。
そして七枚目は俺がデュラハンを袈裟懸けに斬った瞬間の絵だ。同様のページが複数存在するため、これは俺が会ったことがない原作キャラの誰かのページだろう。
というか七枚目から十一枚目にかけて、そして十三枚目の六ページ分は同様の画像が連続している。俺が会ったことがない者達に何かしらの影響を与えた、と思うと怖い。
(六人……以前野盗のボスを斬った時の絵が二人分残ってるんだよな。残ったヒロインやヒーローの人数から考えると、この六人のうち二人は以前から何かしらの影響を与えている可能性があるのか……)
俺は指折り数えるが、『花コン』におけるヒロインとヒーローは五人ずつだ。そこにサブヒロイン、サブヒーローが二人ずつ。あとは隠しキャラが一人。合計十五人が何かしらのエンディングがあるキャラである。
俺の『召喚器』に表示されていないのはヒロインが一人、サブヒロインが一人、ヒーローが三人、サブヒーローが一人。隠しキャラも含めれば七人だが、隠しキャラの子は『花コン』の主人公以外には興味をほとんど示さないから今回の更新分からは除外していいだろう。
つまり、『花コン』における主要な登場人物のほとんどに何かしらの影響を与えたと考えられるわけで。
(っ……胃が痛ぇ……ポーションでも飲んで……あ、全部使い切ったんだった)
ランドウ先生からもらったポーションは品質を問わず全て使い切ってしまった。別邸にあった中品質のポーションを一本譲り受けたけど、今度スグリのところに顔を出して低品質のポーションでも良いから買わないといけないだろう。今回の件で命綱の本数の大切さをよく学んだし。
そんなことを思いながら『召喚器』のページをめくる。
増えたページの十二枚目。そこに描かれていたのはナズナだ。久しぶりに顔を見ることができたが、その表情は驚愕で歪んでいる。一体何があったのか、信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。
そして最後の十四枚目。それはランドウ先生の画像だ。
何かに腰掛けた状態で手紙を読み、どことなく満足そうな顔をしているが……その椅子代わりにしているのってドラゴンじゃないですかね?
今いるのは東の大規模ダンジョンのはずだから、俺が倒したデュラハンと同等以上の強さを持つドラゴンを叩き斬って椅子にしているようだ。
(うーん……相変わらずすぎて逆に落ち着くわ……)
俺も異常成長したとはいえ初めてのダンジョンで初めて防衛戦を行ったが、だからこそランドウ先生の異常さが理解できる。なんであの人、下手したらリッチが最低限レベルの魔境に長期間潜り続けているんだろうな。
いや、今回の防衛戦みたいに大人数でいるより、ランドウ先生みたいに単独でダンジョンに潜る方がモンスターも寄ってこないのか。大規模ダンジョンに単独で挑むこと自体正気の沙汰とは思えなくなってしまったけど、ランドウ先生の技量なら単独の方が楽なのかもしれない。
「…………ふぅ」
己の『召喚器』を見返し、大きく息を吐く。
軍役に向かう前、俺の『召喚器』は十四ページまでしか画像が描かれていなかった。それが軍役を、『王国北部ダンジョン異常成長事件』を乗り越えたと思えば全部で三十一ページ、つまりは倍以上にページ数が増えている。
それが何をもたらすかと言えば、俺の身体能力の更なる強化である。強化の倍率はページ数から換算すると二倍以上で、勘違いでは済まされないほどに俺の身体能力は向上している。
(ダンジョンの中で今ぐらいの力があれば……)
モリオンに援護の魔法を使ってもらった時と比べれば、まだ劣るだろう。それでもボスモンスターのデュラハンを相手にしてももう少しマシな戦いになったはずだ。
仮に――あくまで仮にだが、ボスモンスターが死霊系モンスター以外だったらどうなっていたか。
相手が死霊系モンスターだからこそポーションを攻撃に使うことで勝ちを拾えたが、死霊系以外だったらきっと――。
「運が良かっただけ……か」
今しがた見た己の『召喚器』に載っていた、ドラゴンがボスモンスターだったなら。他の種類のモンスターがボスだったとしてもきっと、ここまで被害を抑えることはできなかった。
(……剣を振ってくるか)
気分が落ち込みそうになったため、それを誤魔化すために俺は立ち上がる。そして今まで見ていた『召喚器』を閉じると、消す前に見下ろして呟いた。
「俺は強化魔法が使えないし、助かるけどさ……本なら最初に説明書きぐらいしてくれよ……」
そんなことを言ってみるが、『召喚器』が応えるようなことはなかった。
明けて翌日。
『王国北部ダンジョン異常成長事件』に関しては昨日の内に王城に報告し、これまで働き詰めだったこともあって今日は一日休みの予定だ。
そのため俺は別邸の庭で剣を振っていた。昨晩も頭を空っぽにするために剣を振ったが、向上した身体能力の感覚に慣らすためだ。休みとは一体? と疑問を覚えそうになるものの、休みの日にまとまった時間を取らなければろくに訓練もできないのである。
本の『召喚器』のページ数が倍以上増え、強化幅も倍以上増えた感じがするが、何もしないままに使いこなすことはできない。力や速さがどれだけ向上したか、剣を振る時の感覚はどうか、何かを斬った時の手応えはどうか。様々なことを実際に行いながら確認していく。
本当はページが増えてからすぐにやりたかったが、トーグ村やアルバの町の後始末に追われ続けてしっかりと時間をかけて検証することができなかったのだ。
今まではページの増え方が緩やかだったし、ページが増えても様子を見に来たランドウ先生指導のもとですぐに修正することができた。しかし王都ではそれは望めず、時間をかけて自力で感覚の修正をしていくしかない。そのための訓練だ。
「話には聞いていましたが、身体能力の強化に特化しているのでしょうか……私の『召喚器』が魔法の強化に特化していると思えば、そういった能力があるのも当然かもしれませんね」
剣を振る俺を見ながらそう話すのはモリオンだ。素振りをする俺と同じように動きやすい服装で軽くストレッチをしている。その隣にはゲラルドもいて、ストレッチをするモリオンにアドバイスを送っていた。
そもそも、何故モリオンがこのサンデューク辺境伯家の別邸にいるのか。それはモリオンが家臣の騎士や兵士達と合流し、ユナカイト子爵とも顔を合わせて『王国北部ダンジョン異常成長事件』に関する報告を終え、ゲラルド同様俺の従者に戻るために別邸へと来たのだ。
……いや、モリオンは俺の正式な従者じゃないからおかしいんだけどね? ユナカイト子爵から軍役の際に傍付きとして預かっていたけど、軍役自体は『王国北部ダンジョン異常成長事件』で完了扱いだ。ユナカイト子爵本人も王都に来たし、俺の傍から離れていいんだけども。
俺が別邸の庭で体を動かすと聞き、それなら自分もとついてきたのである。どうやら俺がデュラハンを倒した後に、体を鍛えた方が良いと言ったのを真に受けたらしい。まあ、体は鍛えておいて損はないし、別に構わないけどさ。
そんなわけで剣を振る俺、体を鍛えるモリオン、モリオンの補助につくゲラルドと、ダンジョンで肩を並べて戦った三人で訓練を始めた。
別邸の庭はそれなりに広く、魔法を打ったり、全力で駆け回って斬り合うようなことさえしなければ十分なぐらい面積がある。そのため今日は訓練漬けだ――なんて思っていたのだが。
「っ?」
剣を振っていた俺だったが、不意に視線を感じた。敵意も殺意もなく、ただ見られていると感覚が告げてきたのだ。
そのため即座に視線を感じた方へと向き直り。
「――まあ、すごいわねぇ。アタシの視線だけで気付いたのかしら?」
いつの間に侵入してきたのか、そこには道化師メイクかつ男性ながら女性口調で喋る不審者が立っていた。




