第41話:異常成長 その2
行きは三時間、帰りは一時間と少々。索敵を最小限にして速度優先で駆け抜ける中で俺が見たものは、この世界におけるダンジョンという場所の理不尽さだ。
先ほど通ったはずの街道になかったはずの木々が生えている。それも一ヶ所ではなく複数ヶ所で、場所によっては地面が隆起している場所さえあった。
『花コン』ではシナリオに関係する大規模ダンジョンや一部のダンジョンを除くと、ダンジョンの名前や内部構造がランダムで決定される。
その点はいわゆるローグライクゲームを踏襲し、内部構造だけでなく入手できるアイテムもランダム。モンスターだけはダンジョンの規模と種類によって大まかに傾向がある。
つまりは、ダンジョンの異常成長によって地形が変化してしまったのだろう。そうなるとアルバの町やトーグの村も地形変動に巻き込まれていそうだが、その点は大丈夫である。
ダンジョンが発生する際、人工物はそのままの形で残るからだ。その理由は『花コン』で明かされていたが、町や村がそのまま残っていればそこに住まう人々がその場から離れにくくなるからである。
もしも町や村が地形変動に巻き込まれて破壊された場合、そこに住んでいる人々はダンジョンからの脱出を決断する可能性が高いだろう。
生まれ故郷から離れたくないという者もいるだろうが、既に破壊された場所なら一時的に避難し、ダンジョンを破壊してから再建する方が安全かつ確実だからだ。
だが、ダンジョンに生まれ故郷がそのまま残っていたら? 危険なダンジョンを突破するよりもその場で守った方が生き残る可能性があるし、人によっては生まれ故郷を死守するだろう。
――それこそがダンジョンの悪意だ。
人工物は残るが、ダンジョンにとっては異物である。そのため異物を排除するべくモンスターが集まり、襲ってくるのだ。
俺やウィリアムが防衛戦を決断したのも、それが理由である。本来、広いダンジョンの中では狭いと言える面積の町や村なら襲ってくるモンスターも少ないはずなのだ。それでも防衛戦を決断しなければならない程度にはモンスターが襲ってくるのである。
その影響が今、俺の視界に映っていた。
情報を収集して方針を決定し、可能な限り急いで戻ってきても合計で二時間ほど経過している。トーグの村に向かっている途中でダンジョンから脱出できる可能性もあったわけだが、やはりというべきかトーグの村はダンジョンに取り込まれ、そして今、モンスターに襲われていた。
「歩兵の半分は住民の安全を確保しろ! 残り半分は村の周囲に散って新手のモンスターを村に入れるな! 輜重隊は住民の避難誘導と負傷者の治療だ! 村の中心部に全員集めろ! 騎兵は先行して村に入り込んだモンスターを排除する! 俺に続け!」
「えっ!? 若様!?」
馬を操り、槍を握ってトーグの村へと突貫する。ゲラルドが驚いたような声を上げるがお前も騎兵だろ。俺に続け。
槍は剣ほど習熟していないが、それでも馬に乗った状態で振るうぐらいならできる。長さが二メートルほどの片手槍のためランスチャージは難しいが、勢いを乗せて振るえば立派な凶器だ。
柵を避けて村へと突入するが、さすがにダンジョンに飲み込まれて二時間も経てば住民も避難を行う。問題はモンスター相手に避難できる場所があって、なおかつ守り切れるかだ。
家に立てこもる者、屋根に登る者、木の板や樽を使って即席のバリケードを組む者、あとは遠目に見える、村の中央にある広場で身を寄せ合う者達とそれを守る兵士らしき者達。
俺は民家の扉を破ろうとしていた野犬っぽいモンスターに向かって槍を振り、後ろ足を叩き折って先へと進む。とどめは後続に任せるとして、まずは村の指揮を掌握しなければならない。
「く、来るなっ! こっちに来るなぁっ!」
村の広場には多くの人が集まっているからか、モンスターも数が多そうだ。村の若い男性が剣を突き出し、『花コン』で見たことがあるモンスター――ホーンラビットというでかい角が生えた体長五十センチほどの兎を追い払おうとしている。
獣系モンスターの中では最弱だが、でかい角は鋭利で槍みたいに鋭い。真正面から突撃されたら胴体に風穴を開けられるだろう。
(腰が引けた状態で剣を振るなよ――っと!)
ホーンラビットが後ろ足に力を込めたのが見えたため、馬に乗ったまま勢いを乗せて槍を投擲する。それと同時に鞍を蹴って跳躍すると、腰の剣を抜いて大きく振りかぶった。
ホーンラビットは眼前の村人に意識を集中していたのか、俺が投げた槍が命中する直前になってからようやく回避行動に移った。回避行動といっても驚いてその場で跳びはねて槍を回避するという、俺にとってはありがたい避け方だったが。
スギイシ流――『二の太刀』。
必殺の意思を込め、隙だらけのホーンラビットの首を真横から両断する。そして確実に首を刎ねたことを確認しながら着地すると、一体何事かと視線を向けてくる村人達の前で剣を掲げた。
「サンデューク辺境伯名代! ミナト=ラレーテ=サンデュークである! 軍を率いて救援に来た! この村の責任者は何処か!?」
そう叫びつつ、俺を脅威と見たのか飛び掛かってきた狼っぽいモンスター――ファングウルフを真横に両断。それと同時に視線を動かしてこの場に村の責任者がいないか探す。王都から派遣されている代官がいるはずだが、代官用の屋敷に立てこもっているのだろうか?
「若様っ! 単独で突出しないでください!」
そこでようやくゲラルドが追いついてくるけど、ついてこいって言っただろ。ほら見ろ、他の騎兵は俺の指示通り動き回ってモンスターを狩っているぞ。
まあ、俺も好きで突出したわけじゃない。必要だと思ったからやっただけで、それもこれも今後を見据えてのことだ。
指揮官だから部下に先行させて安全を確保してから町に入っても良かったが、俺は十二歳の子どもである。中身はともかく、外見は子どもなのだ。
そんな子どもが真っ先に救助に駆け付けるのと、部下に全てを片づけさせてから悠々と顔を出すのと、どちらが印象に残るか。
これから指揮を執るのに、どちらの方が従わせやすいか。
「おお……サンデューク辺境伯家の……助かりました……」
残りのモンスターは騎士達に戦わせながら住民達の様子を確認していると、男性が前に出てくる。それはこの村に宿泊した際に挨拶に来た代官で、俺が探していた人物だった。
「朝方以来だな……大丈夫か?」
代官に視線を向けた俺は思わず眉を寄せた。何故なら代官は血だらけで、住民と思しき男性達に肩を借りてようやく歩けるかどうか、という有様だったのだ。
「お恥ずかし、ながら……住民を避難させているところを、襲われましてな……」
そう言って苦笑する代官の男性。外見から判断する限り年齢は四十前後といったところだが、顔から血の気が失せていて今にも倒れそうだ。
「民を守ったことを恥じる必要などないだろう。色々と聞きたいことがあるが、先にこれを」
俺は腰のベルトから中品質のポーションを取り出し、代官へと渡す。この町の責任者に死なれては色々と困ったことになるからだ。
「ありがたい……物資を置いた倉庫にも、人を向かわせるのが難しく……」
いいからまずは飲みなさいって。俺がコルクを弾いてポーションを渡すと、代官は一気に中身を飲み干す。中品質のポーションだから経口摂取でも大体は治るだろう。
「ひとまず部下達にモンスターの排除と住民の安全確保、外部への警戒を行わせている。事後になったが許可をいただきたい」
この村は王領であり、本来なら他所の貴族が容易に武力を行使して良い場所ではない。緊急事態だし、軍監もゴーサインを出してくれたけど、こういった許可のあるなしは大事だ。
「……ふぅ……もちろん許可を出しますとも。名代殿はこの状況をどこまでご存知でしょうか? 何か情報をお持ちなら教えていただきたいのですが……」
ポーションを飲んだことで体が楽になったのだろう。それまでと違って多少は落ち着いた様子で代官が尋ねてくる。
「近隣のダンジョン三つが異常成長して合体し、大きなダンジョンになったと見ている。異常成長した理由は不明だ。ダンジョンを破壊するために必要な情報も不足している」
ひとまず駆け付けただけだ、と伝え、俺は周囲の住民を安心させるように笑みを浮かべた。
「アルバの町には当家の騎士団長に必要な数の兵士と騎士を預けて送り出してある。私はこちらの村が担当というわけだ」
「そう、ですか……まさかそんなことになっているとは……」
代官の顔色が更に悪くなる。代官として管理している村がダンジョンに飲み込まれたとなると、本人に原因がなくとも責任が生じるからか、あるいは純粋に村民を慮ってか。
「ひとまず村の安全が確保できたら防衛するために色々と手を加えたい。それと並行して当家の軍役に同行していた軍監殿に護衛をつけて送り出し、救援を求めるつもりだ。これは今日中に行いたいが何か懸念はあるか?」
あっても受け入れられない場合もあるが、それを敢えて言うことはしない。特に、村を守るためには木の柵だけでは心許ないのだ。土魔法を使ってでも壁や堀が欲しいところである。
「……いえ、こちらは助けてもらう身ですし、この村の民を守るためなら後々何か問題が起きても私が責任を取ります。守りやすいよう村に手を加えていただくことに関しても問題は――」
代官が不意に言葉を失い、視線を彷徨わせ始める。一体何事かと思っていると、代官は額に冷や汗を浮かべながら口を開いた。
「村を守ることに関しては何も問題がないのですが……今朝方、名代殿達が出発された後に入れ違いでこの村を通過していった貴族の方が……」
「……この村に戻ってくる時、誰とも会わなかった。その者達は北西の街道に?」
俺が尋ねると恐縮した様子で頷く代官。いや、情報を共有してくれたのは助かるけど、思わぬところに爆弾が転がってたな。
一体どこの家だよ……入れ違いということは日が暮れるまでにトーグの村に辿り着けなくて夜営をしていたのか? いや、気にするべきはそこじゃない。
「北部貴族の方です。馬車にあった家紋は……たしか、キドニア侯爵家のものだったかと」
「…………」
俺は思わず絶句した。キドニア侯爵家ってどこの誰だっけ? なんて現実逃避したいが、そんなことをしても現実は変わらないし逃げている余裕もない。カリンの実家だ。
街道のルート的に、王都から自分の領地へ戻ろうとしていたのだろう。キドニア侯爵家の他の人間の可能性もあるが、一番まずいのはカリンが同行している場合である。
『花コン』の攻略ヒロインであるカリンが、異常成長して巨大化したダンジョンに取り残されているかもしれない――すなわち、死ぬ危険性があるってことだ。
(軍役なら兵士を大勢連れているだろうけど、普通に街道を通る分には野盗対策になる人数しかいないはず……ランドウ先生みたいな手練れの護衛を連れていたりは……ああくそっ! そんな妄想みたいな希望にすがるな!)
何故俺達の後ろについてくるような道程でトーグの村まで来たのかはわからない。軍隊が通ったあとなら安全だって考えたのかもしれないけど、重要じゃないから横に置く。
「代官殿、キドニア侯爵家の方々が護衛をどれほどつれていたかは?」
「そこまで多くはなかったかと……二十人程度だったと思います」
それなら野盗も手出しに迷うだろうし、街道を進むだけなら十分な人数といえる。中規模になったと思しきダンジョンで安全を確保できるかと問われれば、答えは否だが。
「……軍監殿」
「聞こえておりました。軍役を行う者に関して王国法では町や村、ひいては民を守る義務があります。しかし、貴族に関しては……事後を考えると助けるべき、とは思いますが」
追いついてきた軍監に話を振ってみるが、渋い顔でそう答える。
今回の件を乗り切れたとして、助けられる戦力があったのに見捨てたと思われるとまずい。状況を丁寧に説明したとしてもキドニア侯爵家が納得してくれるかは別の話である。
もっとも、『花コン』のことを考えると見捨てるという選択肢はない。取り残されているのがカリンなら死なせるわけにはいかないし、カリン以外だとしても見捨てたら印象が悪化し、カリンの婚約者候補になれなくなるかもしれないのだ。
俺はくそったれ、と叫びたいのを堪える。指揮官が取り乱せばそれだけ下の者も動揺するし、トーグの村の者達も不安を感じるだろう。そのため冷静を保って――少なくともそう見えるよう意識しつつ、モリオンへ視線を向ける。
「モリオン、村の周囲に土魔法で壁を作って防衛するのに必要な人数を割り出してくれ。それと軍監殿を王都に送るが、その護衛は君のところから選抜してくれるか?」
「それは……どういった理由からですか?」
俺が話を振ると、モリオンは困惑した様子で聞き返してきた。現状に動揺していた様子だったが、少なくとも今は冷静さを取り戻しているようだ。あくまで表面的なものかもしれないが。
「今ならダンジョンが異常成長したばかりで強いモンスターも出現していないだろうし、君は預かりものだ。護衛の指揮官として軍監殿を連れ、王都まで戻ってくれ」
カリンもそうだが、モリオンもここで死なせるわけにはいかない。ヒロインやヒーローが一人欠けるだけでも最良のエンディングは迎えられない。そんな状態では良くて『魔王』を数十年『封印』することしかできないし、最低でも数百年は『封印』したい俺としては許容できない。
そんな二人に対して俺はどうだ? 『花コン』のミナトと比べればサンデューク辺境伯家にとって重要だろうけど、世界と天秤にかけたら? 『花コン』が始まったとしても上手く事が進まなければ人類が滅ぶが、始まらない危険性と比べればまだマシだ。
「あとは……これを。俺が死んだら領地に送ってくれ」
俺は予備の武器として携行している短剣で髪を一房切り取ると、紙に包んでモリオンに渡す。死ぬつもりはないが、遺髪ってやつだ。そして遺髪を渡したところで、はたと思い出す。
「もしも遺髪を送ることになったら、王都で女の子向けの人形と質が良い短剣を買って一緒に送ってもらえるか? ついでに今から手紙を書くからそれを同封してほしい」
まだモモカとコハクのお土産を買ってないし、それも頼んでおこう。死亡フラグみたいで嫌だけど、後事を託せる相手がいるなら託しておかないと。
モリオンは目を見開いて固まっている。うん、いきなり遺髪を渡されても困るよな。でもすまん。時間がないから頼むわ。
「い、や……配下の方に指揮を任せて、ミナト様こそが退くべき……では? 辺境伯家の嫡男が死地に残るなど……」
なんとか口を開いた様子のモリオンがそんなことを言ってくる。しかしそれを聞いた俺はキョトンとした顔になった。
「おいおい、ウィリアムにあんなことを言っておいて逃げられるわけないだろ? それに俺はこの軍の指揮官で、責任者で、サンデューク辺境伯の名代だ。そんな俺が逃げる? 民を置いて? そりゃ無理ってもんさ」
何を言うんだ、と笑い飛ばす――が、今ここにいるモリオンは『花コン』の三年間を通して成長したモリオンじゃない。転生した俺と同じとは言い難いけど、十二歳の子どもだ。そう考えると、要らぬお節介を焼こうという気になってしまった。
「モリオン、最期かもしれないから一つアドバイスをしておこう。君が兄上に対して思うところがあるのは察している。だけど、そんな君の兄上も今回のようなことに直面すれば俺と同じことをするだろう。嫡男である以上はそうせざるを得ないというのもあるがね」
周りに人が多いから直接は伝えられないけど、能力的に劣っているからとモリオンが嫌っている兄も俺と同じことをやる理由があると遠回しに伝える。
モリオンは頭が良いから、いつかこれが必要なことで、命を懸ける意味があることだと理解し、その裏に何があるかを察してくれるだろう。
その頃には学園に入学しているだろうか? 召喚される――されてほしいゲームの主人公の助けになってくれれば、なんてことを思う。
「君の方が優秀だとしても、そういった心構えでは兄上の方が勝ると俺は思う。だから兄上の全てを否定するのではなく、認められる部分は認めてみるといい。それだけで君はもっと素晴らしい人間になれる。それこそ、この国の宰相ぐらいにはなれるさ。俺が保証するよ」
「さ、宰相? 子爵家の次男に過ぎない私が、この国でそんな地位に昇り詰められると? ミナト様はそこまで私を認めてくださると?」
「ああ。俺と違って君は本物の神童だ。そのぐらいできるさ」
ま、俺に保証されたからなんだって話である。『花コン』のルートによっては本当にパエオニア王国の宰相になることもあるから、嘘じゃないけどね。
伝えたいことを伝え終えると、村人の安全を確保できたのか続々と集まってきている騎士や兵士達に視線を向けた。
「マーカス! 騎士長のマーカスはいるか!?」
「はっ! 若様、お呼びですか?」
集まってきた者達の中でも、サンデューク辺境伯家が騎士として叙しているマーカスという男性を呼ぶ。既に四十代に差し掛かろうかという年齢だが、騎士として仕えてくれている者の中ではベテラン中のベテランだ。そのため騎士長を任せている人物で、俺、ウィリアムに次ぐ立場にある。
「代官殿に話を聞いたところ、ダンジョン内に他所の貴族が取り残されている可能性が高いことがわかった。そのため救出に向かう必要があるんだが……」
「それを私にお任せくださると?」
まるで望んで志願しているように言ってくれるが、その辺りは気遣われているんだろう。ベテランらしく気配り上手で頼りになるわ。
「いや、貴君にはこの村で防衛の指揮を執ってもらう。状況によっては見捨てる判断が必要になるから救出には俺と……モリオン、必要な人員の計算は終わったか? 年老いた両親がいない者、結婚したばかりでない者、幼い子どもがいない者を選抜して向かいたいんだが」
さっきまで話していたから無茶ぶりもいいところだけど、モリオンならきっと計算を終わらせている。そんな期待を込めて返答を促し――えっと、なんで俺に向かって片膝を突くんだい?
「ミナト様、私もこの場に残りたく存じます。軍監殿の護衛には当家の騎士と兵士を当てます。初陣で実績もない小僧ではありますが、微力を尽くさせていただきたく」
そう言いながら胸に手を当て、覚悟を決めた顔で最敬礼をするモリオンがそこにいた。
君はダンジョンから出ろって言ったじゃない……。




