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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第2章

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第40話:異常成長 その1

 戻ってきた斥候達の報告を聞き、ここが中規模ダンジョンの中だと確定した。俺は斥候達を労い、三名ほど負傷者が出たため治療を指示してから今後に関する話し合いを始める。


「斥候の報告では獣系モンスターが多い、か……軍監殿、ダンジョンに取り込まれた町や村の防衛、あるいは住民の避難を行うという話だったが、防衛はまだしも住民を避難させるというのは我々の判断で行って問題はないのか?」

「陛下より軍監としての権限を与えられた私と、名代殿との連名で判断する形になります。ですが、住民全員を連れてダンジョンから抜け出すというのは……」

「無理がある、か」


 正確にいえば無理ではないだろうが、犠牲者なしでとなると難易度が一気に跳ね上がる。うちの軍にモリオン達を足し、輜重隊まで入れて三百人に届くかどうか。その人数で住民を守りながらダンジョンを抜けるのは無理だろう。


 ダンジョン外縁部までの距離を測り、住民を連れた状態でどの程度時間をかければ脱出できるか確認する必要があるが、この世界におけるダンジョンは小規模でもかなり広い。


 日中に抜けられるならいいが、途中で日が暮れたら目も当てられない。ダンジョンの中で大勢の民間人を連れて一夜を明かすなんて無理だ。闇夜に乗じてモンスターが襲ってきたら、朝を待つまでもなく恐慌状態に陥って住民が四散しそうである。


 大人数で移動すればそれだけ音が立つし、獣系モンスターは獣らしく鼻が利くため匂いでバレる。つまり、住民を連れての移動は犠牲が出ることが前提だ。いくらうちの兵士が精鋭でも波状攻撃を受ければ守り切れない。

 逆にいえば、犠牲を許容するなら住民を連れて脱出することも可能である。あくまで可能ってだけで、全滅する危険性もゼロじゃない。そうなると素直に外からの援軍を待つ方が無難だ。


「一応の確認だが、我々が対処するべき町と村はいくつだ?」

「既存の三つのダンジョンが合体したと仮定して、今朝出発したトーグの村、目的地だったアルバの町の二つかと。他の町や村は取り込まれていてもダンジョンの外縁部ギリギリでしょう」


 そっちは自力でなんとかしてもらうってことか。でも、仮に守るとしても守るべき場所が二ヶ所はあるわけで。


「アルバの町の情報が欲しい。大きさと人口と兵力、城壁などの防衛設備があるかわかるか?」

「大きさは直径一キロ程度の円形で、人口は約二千人です。兵力は兵士が八十ほどで、冒険者と引退した兵士を集めれば更に五十人は確保できると思われます。町は高さ三メートルほどの壁で囲んでありますが、堀は外周の三分の一ほどだったかと」


 おお、打てば響くとはこのことか。予想外の頼もしさが嬉しい。


「住民の内、荒事に耐え得る若い男は?」

「二百から三百。老人までいれれば更に二百といったところでしょう」


 なるほど、希望的観測で五百ちょい。まともに訓練されているのが百五十人に届かない程度で、若者からまだそれなりに動ける年齢の男性を加えればまとまった数が確保できるわけだ。

 子どもや老人、それと女性を除いて……いや、ある程度の手伝いぐらいならできるだろうし、女性だから戦えないなんてことはないか。『召喚器』や魔法を使えるのなら戦力になる。


「トーグの村はそこまで大きくないが、防衛設備は木の柵だけだったな。抱えている兵力は?」

「……二十人に満たないかと。冒険者の数が不明ですが、住民の中から動けそうな男性を全て駆り出したとしても二百人に届くかどうか……」


 俺と軍監の話をウィリアム達は黙って聞いている。ウィリアムは情報を吟味するように目を細め、ゲラルドは動揺しているのか若干挙動不審、モリオンは何かを考え込んでいるようだ。


「なるほど……そうなると、だ。我々が取れる手段は五つか」


 お飾りではあるが、一応は総指揮官として方針を定めなくてはならない。そのためこれまでの情報から五つ案を出すことにする。


「町と村の両方を防衛する。どちらか片方にだけ兵力を集めて防衛する。どちらも防衛せずに最短でダンジョンの破壊を目指す。町と村を防衛しつつダンジョンの破壊を目指す。防衛もダンジョンの破壊もせずに撤退する……この五つだ」


 俺はそう言ってから苦笑する。明らかに二つ、選べない選択肢があるからだ。


「撤退は無理だがな。我々が退けば町も村も大きな被害を受けて、最悪全滅するだろう。それに、町と村を守りつつダンジョンの破壊を目指すのも現実的じゃない」


 町と村、人口は合わせて二千五百人といったところか。それだけの人間をダンジョンに残して撤退すれば、どれほどの負の感情が発生するか。

 そして防衛とダンジョンの破壊を同時進行するというどっちつかずな案は、こちら側の犠牲者を悪戯に増やすだけだろう。


「その二つは()()()()()な」


 ウィリアムが同意し、軍監も頷く。ウィリアムは当然だが、軍監も『魔王』の発生メカニズムに関して知っているっぽいな。


「そうなると残りは三つ。最短でダンジョンの破壊を目指すとして、軍監殿、過去に三度あったというダンジョンの異常成長の際、ダンジョンを破壊するために必要だったものは?」

基点コアの破壊が一件、特定のモンスターの討伐が二件です」

「今いる場所が中規模ダンジョンとして、攻略するのに必要となる最低日数の予測は?」

「……輜重隊含めて全員を動かし、運良く近隣に基点コアがあれば今日中に。わかり辛い場所、遠い場所に基点があれば最低一週間、下手すれば一ヶ月ほどかと」


 うん、これも現実的じゃないな。運が良ければというけど、こんな事態に巻き込まれた自分の運を信じられるほど楽観的じゃない。


「基点ではなく特定のモンスターを倒す必要があった場合、まずはそのモンスターを探す必要があります。なおかつそのモンスターが倒せるかどうかが……倒せなければ最悪は……」

「全てが運次第、と。次だ。町か村、あるいは両方を防衛する案。これの懸念点を挙げてくれ」


 数百、あるいは二千を超える人々が負の感情を大量に発生させればどうなるか? 人類全体から見れば誤差かもしれないが、それだけの数となると『魔王』の発生が確実に早まるだろう。


 それは何日だ? あるいは何週間? 下手すると年単位で早まるか? そうなった場合、『花コン』を待つまでもなく『魔王』が発生して人類が滅ぶ危険性がある。


 ウィリアムや軍監が人の負の感情が『魔王』を発生させると知っていても、それがいつ頃かを知るのは俺だけだ。『花コン』通りになれば、と頭につくが俺はそれを前提として動くしかない。


「片方を防衛するだけならアルバの町に全軍でこもれば長期間でも守り抜けましょう。その間に外部へ救援を求め、援軍が到着するまで耐えきるのは容易かと」


 ウィリアムが堅実な案を口にする。人数が多く、なおかつ防衛設備も多少は整っているアルバの町で籠城すれば二千人は救えるだろう。その代わり、トーグの村は見捨てることになるが。


(五百人を見殺し……大を取って小を切り捨てるのなら正しい、か。いや、待てよ……)


 そこまで考えた俺は、先ほど思考を打ち切ったダンジョンの異常成長に関して思い起こす。


(村を見捨てたとして、『魔王の影』が絡んでいたらあっさり滅ぼすか? じわじわと攻めて長い間生かさず殺さず、みたいな状態を維持しないか? ……あり得そうだな……)


 『魔王』の発生を目論む『魔王の影』は『花コン』でも色々と暗躍していた。オレア教とやり合いつつ、パエオニア王国各地で不穏な行動をしつつ、王立ペオノール学園でも暗躍して、と勤勉かつ人類にとって傍迷惑な存在なのだ。


 『魔王の影』は『魔王』ほど強くない。だが、並の人間よりは遥かに強いし狡猾で悪辣だ。現状、俺が知っている人間だと……ランドウ先生が一対一で戦えれば勝てるか、って感じである。


 一対一。そう、一対一で戦えれば、だ。


 『魔王の影』は単独ではなく、複数存在する。あくまで『花コン』での話のため確実とはいえないし、現時点で数が揃っているかはわからないが、俺が知る『魔王の影』は四人だ。

 そして『魔王の影』は大なり小なりダンジョンやモンスターを操る力を持っていて、中にはダンジョンの操作が得意な『魔王の影』がいるのだ。


 そいつが絡んでいた場合、片方だけを守っても意味はない。残った方をじっくりと、負の感情が大量発生するように攻め立てるだろう。


(でも、俺達がいる状態でダンジョンを異常成長させるっていうのは……やっぱり偶然巻き込まれただけか? 『魔王の影』は絡んでないって考えても大丈夫か?)


 今回の件で一番厄介なパターンは俺達がこの場におらず、ダンジョンに取り込まれた町や村の者達だけでどうにかしなければならない場合だろう。抵抗できる、防衛できる戦力があるというのは『魔王の影』としても痛いはずだ。


(こちらの戦力を磨り潰せるだけのモンスターを用意している可能性もあるけど、オレア教に勘付かれる危険を冒してまでやるか? あと五年ぐらいで『魔王』が発生するこの時期に?)


 『魔王の影』は『花コン』でも『魔王』の発生時期を理解した上で行動していた。そうなると今回の件は偶然である可能性が高い――が、断言もできない。


 僅かとはいえ、『魔王』が発生するまでの時間を短縮するために行動した可能性も否定できないからだ。


 それでも、どちらにせよ行動しなくてはならない。そのため俺としてはアルバの町とトーグの村の両方を防衛する方向で話を進めたいのだが。


(その場合、軍をわけるとして人数はどうする? 指揮官は……片方をウィリアムに任せるとして、もう片方は? ……俺か)


 指揮官なら騎士達もいるが、兵士を預けて町や村を防衛させるのは無理だ。犠牲前提で囮として使うならまだしも、防衛戦の指揮を執らせるには()()()()()()()

 全軍を指揮できて、なおかつ責任を取れる立場に在るのは俺かウィリアムかの二択。そしてウィリアムと別れる以上、俺が責任者兼指揮官になる。なって、しまう。


 初陣の時みたいな小規模の戦いではなく、決断とその責任を完全に俺が背負うことになる。その事実を前に、口の中が急速に乾いていくのを感じた。


 だが、ここで躊躇している暇はない。一刻も早く防衛態勢を整えなければならない。


「……ウィリアム」

「はっ」


 俺が名前を呼ぶと、ウィリアムは真剣な表情で応える。


 俺とウィリアムのどちらがアルバの町を守るべきか。ダンジョンの中を突破してアルバの町まで辿り着くために必要な兵の数は? 防衛戦をするのに必要な兵の数は? アルバの町で兵士や冒険者や住民を徴発するとして、指揮を取るなら騎士もつける必要があるがその数は?


(トーグの村は防衛設備がほとんどないし、住民も兵士も少ない……守り切るのに何人必要だ? それに外部に救援を求めるために送り出す人員も必要で……)


 俺は必死に計算する。防衛能力や住民の数、それらの情報から適切な数を算出しようとする。


「若様」


 そうやって俺が考え込んでいると、いっそ穏やかと感じるような声色でウィリアムが声をかけてきた。何事かと思っていると、ウィリアムは薄く笑っている。


「私がアルバの町に向かいます。兵は五十、騎士は五人いれば十分です。それなりに大きい町ですからオレア教の助力も得られましょう。あとは町の者を上手く使って守り抜きます。その代わり、若様には救援を呼ぶことも含めて動いていただきたく」

「そうか、オレア教があったか……だが、兵士はそれだけで足りるか? 俺としては兵士の数が多い方が助かるが……」


 オレア教の教会は町ぐらいの規模があるのなら大抵の場所にある。彼ら、彼女らに助力を乞えば相当な助けになるだろう。


 しかし、いくらアルバの町の方が防衛に向いているとしても、向こうは中規模になりかけていたダンジョンがあったのだ。トーグの村付近と比べればモンスターが強い可能性もある。

 そう思った俺だったが、不思議なことにウィリアムは自信ありげに笑っていた。


「もう何年も前になりますか……若様が私をどう評価してくださったか、覚えていますか?」


 そして、穏やかな声色でそんなことを言う。それを聞いた俺は首を傾げたが、ウィリアムは口の端を吊り上げて笑う。


「私はサンデューク辺境伯家の騎士団長です。この国でも五指に入る指揮官で、兵士や騎士はたとえ『魔王』が相手だろうと食い止める忠勇無双たる者達……ならば、()()()()の苦境は容易く乗り越えてみせましょう」

「――――」


 それは、たしかに俺がウィリアムに対して言ったことだった。『花コン』で主人公達が駆け付けるまで『魔王』を防いだ『名もなき英雄』ならば、そう評価するだけの能力があるだろう、と。


 ウィリアムならできる。きっと守り通せる。むしろ、不安があるとすれば俺の方だ。


 守るべき者の数は少ないが、トーグの村は防衛に向いていない。そんな場所で防衛戦を行うには兵士の数が重要で――だからこそ、ウィリアムは必要最小限の数だけ兵士を連れて行くのだ。


 そしてこれは、兵士の数が十分なら俺の指揮でも守り切れるというウィリアムからの信頼でもある。


 故に、俺が言うべきことは決まっていた。


「サンデューク辺境伯の名代たるミナト=ラレーテ=サンデュークがウィリアム=ブルサ=パストリス子爵へ命ずる。兵士五十人、騎士五人を以てアルバの町を守り抜け」

「――はっ! しかと拝命いたしました!」


 俺の()()に対し、その場に膝を突いて応えるウィリアム。実際は兵士と騎士だけでなくアルバの町にいる者、町にある物資の全てを使っての防衛戦になるだろうが。


「名代殿、物資の徴発および人員を動員するための許可証です。こちらにサインを」


 何やら紙を広げ、手早く筆を走らせていた軍監が書いたばかりの書状を俺へと渡してくる。俺は内容を確認すると自分の名前を書き、軍監へと返した。


「パストリス子爵殿、これを町にいる代官へ渡してください」

「たしかに受け取りました」

「それと、我々はトーグの村へ移動しますが、そこからは私が救援を求めに走ります。ダンジョンの規模次第ですが、アルバの町を救援するには十日近くかかると思います。ダンジョンを抜けた先にどこかの貴族の軍が偶々通りかかればその限りではないですが」

「ははは、それでは軍監殿の運に期待しましょう。なに、十日でも二十日でも、一ヶ月でも守ってみせますとも」


 そう言って笑って見せるウィリアムだが、おそらく、言葉にした一ヶ月というのが限界のラインだと考えているのだろう。

 だが、ここに来るまで片道三日ほどで、王都まで助けを求めに行ったとしても往復で一週間弱。援軍を組織するのに三日かかったら合計で十日というのは現実的なラインだ。


「町の規模的に食料や薬、ポーションもある程度は備蓄があるでしょう。運んできた物資は若様達が使ってください」

「……わかった。武運を祈る」

「ええ。若様も」


 互いに武運を祈り合い、すぐさま動き出す。方針が決まった以上、この場に留まっている暇はないのだ。


「こちらに残った者は駆け足! ここまでの半分の時間でトーグの村まで戻るぞ!」


 そんな命令を下し、俺はトーグの村へと戻っていくのだった。

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― 新着の感想 ―
何かあると思ってたけどかなりハードな状況ですね。 ここまでずっと面白かったです。 これからも楽しみにしています。
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