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第3話:将来は騎士。今はメイド

 ――ナズナ=ブルサ=パストリス。 


 『花コン』におけるヒロインの一人であり、主人公と同級生になる少女だ。


 立場はサンデューク辺境伯家に代々仕える重臣、パストリス子爵家の長女にしてミナトの従者。ゲームのキャラとしての性能は物理寄りの剣士かつ盾役タンクといった感じである。


 ゲームでの外見は真っすぐな緑髪を肩付近で切り揃えたミディアム、顔立ちは綺麗と凛々しいの中間といった塩梅。身長は百六十センチを少し超える程度でスタイルも悪くない。剣士らしく帯剣しているが、鞘にボロボロになった白いリボンが結ばれているのが特徴的だった。


 性格は良く言えば実直、悪く言えば猪突猛進。防具まで身に着けたその姿は立派な女騎士、といった感じだったはずだ。


 それが今は、『花コン』より十二年前だから当然だけど幼い外見である。服装もアンヌさんと似たようなデザインのメイド服を着て、緊張した様子で固まっているため微笑ましい。

 しかし、ゲームをプレイした者達がつけたあだ名がナズナの特徴というか、個別ルートの特徴を表しているのだが――。


『リボン式好感度発見器』


『女性キャラ人気投票で男とサブヒロイン全員に負けたヒロイン』


忠偽ちゅうぎ


 他にもいくつかあったけど、こんな感じで呼ばれていた。ミナトを裏切ったり、見捨てたり、主君を乗り換えたりと騎士っぽい外見に逆らうようなことをしていたからである。インターネットの掲示板で見た当時は笑ってたけど、ミナトの立場になった今となっては笑えない。


 『リボン式好感度発見器』というのも、剣の鞘に結ばれたボロボロのリボンが幼少のミナトが戯れに贈ったもので、ナズナの好感度が個別ルートに入る基準値を超えると立ち絵からリボンが消えるところからきていた。ナズナがミナトを見限り、リボンを捨てるイベントがあるのだ。


 目視で好感度がわかるのはユーザーフレンドリーだし、それまで仕えてきたミナトよりも主人公が選ばれるという、プレイヤーからすれば嬉しい要素なんだろうけど……主君からの贈り物を捨てちゃうってところがね? 贈り物だけじゃなくてその主君も捨てちゃうんだけどね? 捨てられても擁護できないことしかミナトはしないんだけどね。


「えっと……わかさま?」


 おっといかん。現実逃避をしていたらナズナから困ったような声をかけられてしまった。


 ゲームで見たような緑色の髪を肩まで伸ばし……って、リアルで見るとすごい色だな。しかも染めた色じゃなくて地毛だからか違和感がないのがすごい。コハクはその名が示す通り琥珀色の柔らかい髪色、モモカはピンク髪だったりするけどさ。


 しかし、ナズナに対してどんな反応をすればいいんだろうか?


 ゲームではこの子のルートだと確実に、他のキャラのルートでも高い確率でミナトに見切りをつけ、主君として相応しくないからと主従関係を解消していた。

 そしてゲームの主人公を新しい主君にする。ナズナルートでは主人公の性別が男性なら夫兼主君、女性なら親友兼主君といった関係になるのだ。


 ゲームと同じような展開を迎えたいのなら、俺もミナトみたいに傲慢な感じで接すれば……いや、傲慢な三歳児とか普通にまずいのでは? 性格に難ありってことで廃嫡されるのでは? もう普通に喋れるから傲慢なフリもできるけど、それはそれで死亡フラグでは?


 というか俺、いやさミナトはこんなに小さい頃から従者として仕えてくれていた子に見捨てられるのか……主人公がいなければ関係も破綻しなかったかもしれないけど、代々仕えてくれている忠臣の家の子に見捨てられるとか悲惨すぎて笑い話にもできない。

 従者とはいうけど学友兼家臣兼傍仕えみたいな、将来サンデューク辺境伯家を継ぐであろう嫡男の側近中の側近ポジションなのになぁ……とりあえず貴族の跡継ぎっぽく対応しておこう。偉そうというか、年相応な背伸びしている子どもって感じで。


「いや……すまない。突然のことだったからビックリしただけだ」


 これでいいのかな、なんて思いながら話す俺。気分は綱渡りである。ついでにナズナをこの場に連れてきたアンヌさんに視線を向けた。


 俺も三歳になり、とっくに授乳は必要ない。それでも乳母として俺の面倒を見てくれているし、教師として色々と教えてくれるのだが、こんなサプライズは初めてだ。一瞬心臓が止まったよ。


「それでアンヌ母さん、この子が従者っていうのはどういうこと? 家名がパストリスってことは娘さんだよね?」


 ローラさんが生みの母ならばアンヌさんは育ての母である。そのため母さん呼びすると、アンヌさんはナズナに対して少しばかり鋭く感じられる視線を向けた。


「不肖の娘でございますが、若様と同い年にございます。そのため将来王立学園へ通う若様の傍付きとして推薦いたしました。従者であり護衛でもある。そのように考えていただければと」

「ああ……だから性別じゃなくて年齢を優先したのか。なるほどなぁ」


 アンヌさん? とりあえず納得して頷いてみせたけど、学園に入るのって十年以上先ですよ? 気が早いってもんじゃないですよ? あと三歳児に護衛は無理だと思うんだ。


 学園はサンデューク辺境伯家が所属する国――アーノルド大陸屈指の大国であるパエオニア王国の王都に隣接している施設で、国内の貴族の子女をはじめとして多くの子どもが通う場所だ。


 ミナトはそんな学園の中でも有数の高位貴族の生まれにして嫡男。将来は大領を継ぐ可能性が高い立場であり、従者がいるのはおかしなことではなかった。


 サンデューク辺境伯家は辺境伯という名の通り国境の防衛を指揮する立場で、王国の東部を守る家である。東部の大小様々な貴族達で形成される派閥の旗頭でもあり、そんな大家の嫡男ともなれば学園だろうと従者は必須となる。

 学園は全寮制のため、貴族に生まれた者の中には実家から従者を連れてくる者がいる。しかし単純な世話ならともかく、授業や行事で一緒に行動するなら同い年の従者が無難といえるだろう。


 でも正直、従者は同性の方が面倒がなさそうだけど……思春期になったら揉めそうじゃない? ゲームで盛大に揉めるから原作に沿って行動するならセーフか。いや、普通にアウトだわ。揉めたら死ぬわ、俺。

 それにゲームだとナズナは騎士として学園に在籍していた。それなのに目の前のナズナはメイドさんっぽい格好である。これは今だけのことで後々騎士っぽい格好になるんだろうか?


 あと、ゲームでの表現という都合かもしれないけど、ナズナはミナトと常に一緒に行動している感じじゃなかった。主人公がナズナと一緒に授業を受けてもミナトの姿はなく、完全に別行動を取っていることが多々あったんだが……お互い疎み合っていたとか?


(というか三歳から他人に仕えるって……そんなことができるぐらい教育してたの?)


 アンヌさん、俺の乳母をやっていたはずなのにその裏でナズナも育てていたのか。いや、パストリス子爵の奥さんだし、乳母を雇って育ててもらっていたのかもしれないな。

 それでも三歳から他人に仕えるとか早すぎでは? 礼儀作法や仕事をよく教え込んだもんだ。それともこれが普通なのか? 他所の貴族おうちもそうなのかな?


 そこまで考えていた俺は、ふと疑問を覚える。


(原作でもナズナってこのぐらいの歳からミナトに仕えてたっけ? 幼い頃から仕えていたって設定はあったけど、具体的な年齢は出ていなかったよな……)


 幼い頃から仕えていた、という点に間違いはない。だが、さすがに三歳児を仕えさせるものだろうか? この世界に労働基準法がないとしてもさすがにまずい気がするんだが。


 今となっては原作でナズナが仕え始めた年齢を確認する方法はない。仮に誤差があっても問題は……ないだろう、多分。俺が将来見捨てられた時の絶望がより強くなるだけだ。忠臣の家の子にして乳兄弟、そこに幼馴染みっていう見捨てられたら辛すぎる要素が加わっただけだ。


「若様。ナズナについて難しく考える必要はありません。従者兼護衛とは言いましたが、()()()()()()()()()接して良いのです」


 どうしたものか、なんて考えていた俺だったが、アンヌさんが柔らかい声色でそう言ってくる。


(好きなように……ああ、なんだ。そういう感じか。従者兼護衛なんていうからもっと堅苦しいものかと……お互い三歳児だし、そりゃあガチガチに仕えてどうこうってのは無理だよな)


 むしろそれができたら本物の天才ではないだろうか。ナズナもおままごとみたいに()()()()()で立ち回って、徐々に本物の従者っぽくなっていくのだろう。


「そうか……そういうものか。よし、それじゃあナズナ、これからよろしく頼む」


 そう言って俺は右手を差し出す。従者とか護衛とか学友とか、そういった肩書きはひとまず脇に置こう。お互い三歳児ってことで、まずは気軽に友達として接していけばいいだろ。


「えっ? あ、は、はいっ! よろしくおねがいします! わかさまっ!」


 一瞬困惑したようにアンヌさんを見たナズナだったが、すぐに笑顔で握手に応えてくれる。


 うんうん、仲良くしような。ゲームの主人公と会うことがあって忠誠の対象が変わるとしても、俺を殺すことを躊躇するぐらいには仲良くしような。


「うむ。そなたの忠義に期待する……なんてな」


 最後に貴族っぽい言葉で締めつつ笑う。ついでに、原作のミナトはどんな言葉をかけたんだろうな、なんて思った俺だった。


「…………」

「ん?」


 今一瞬、アンヌさんになんとも言い難い顔で見られた気がした。そのため首を傾げてみると、普段通り柔らかい雰囲気に戻る。


「……いえ、何でもありません」


 アンヌさんはそう言って、薄っすらと微笑んだ。

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