第34話:謁見 その1
王都に到着して一晩を明かした俺だったが、立場上のんびりしてもいられない。
王城に使者を派遣して入城の許可を申請し、許可が下りれば軍役の責任者として国王陛下へ挨拶したり、軍役に関して手続きをしたりしなければならないのだ。
もっとも、国王陛下は多忙な立場だから申請をしてすぐに会えるわけではない。俺は辺境伯の名代だから優先的に会ってもらえるだろうけど、許可が下りるのは早くて明日か明後日ぐらいになるだろうか。
俺も長旅で疲れたし、使者を出したら今日ぐらいはゆっくりしたい。可能なら王都を観光してみたいしな。でも自主訓練はしっかりしておかないと、後が怖いか。
そんなことを考えて、俺はのんびりと構えていた。ジョージさんと話したり、孫に構いたいアイヴィさんに王都のことを聞いたりしてもいいかな、なんて思っていた。
「若様、王城に申請をしたところすぐさま入城許可が下りました。本日の午後、国王陛下がお会いになるそうです」
思っていたんだけど、使者として送った騎士が帰ってくるなりそんなことを知らせてくる。
「……ずいぶんと早いな」
いや、早すぎじゃない? いくら辺境伯の名代っていっても、俺自身は爵位を持ってないんだぞ? 名代だから扱いは辺境伯に準ずるのかもしれないけど、許可が下りる早さといい国王陛下が会おうと決断する早さといい、予想外だわ。
使者を出して帰ってくるまで一時間とかかってない。それを思えば、申請があればすぐに許可を出すよう事前に決められたのかもしれない。
「ウィリアムに伝令を頼む。今日の午後に登城することを伝えて俺の補佐についてもらいたい」
「はっ!」
従者としてはゲラルドがいるけど、さすがに補佐を頼むのは荷が重いだろう。そう判断して兵士に伝令を頼むと、持ってきていた礼装を引っ張り出す。王城に行くし、パーティに参加することもあるからと持ってきた一張羅だ。
(うーん……礼儀作法は大丈夫だと思うけど、許可が下りるのが早すぎて怖いな。何か緊急の案件があるとか? 可能性は低いけど偶然時間が空いていた、なんてこともあり得るけど……)
こればかりは実際に登城してみないとわからないだろう。登城してもその辺りの事情を教えてもらえる保証はないけどね?
そんなわけで俺は軽く食事を取ってから礼装に着替える。
礼装は前世でいうところのモーニングコートに近いデザインになっており、乗馬できるよう前裾が斜めにカットされ、それでいて後部はロングコートのように長くなっている。その内側にはウエストコートを着ているが金糸や銀糸を使った刺繡が施されており少々派手だ。
王城は帯剣したまま入城して良いことになっているためズボンを穿いて剣帯で留めているが、どちらも頑丈な作りになっている。
帯剣したまま入城して良いのかと思ったが剣も礼装の一つだし、魔法や『召喚器』と比べると脅威にならない。もちろん、理由もなく城中で剣を抜いたら一発アウトで死罪もあり得るが。
「まあ……似合っているわよミナトちゃん! 素敵だわ……今から絵師を呼んでこの姿を描いてもらおうかしら?」
「そんなことをしていたら謁見に遅れるだろう。まあ、似合っているのはたしかだがな」
礼装に着替えた俺の姿を見てアイヴィさんが大喜びだったが、ジョージさんのいう通り謁見に間に合わないから勘弁してほしい。
謁見の時間は午後――なんともアバウトな時間指定だが、相手が相手だけに早めに向かって待機しなければならない。
「お褒め頂きありがとうございます。絵師はまた今度の機会ということで……お爺様、馬車をお借りしても?」
「もちろんだ。既に準備をさせてあるからウィリアムが来たら乗っていくといい」
馬でもいいけど服装が服装だけに素直に馬車に乗ることにする。車体にはサンデューク辺境伯家の家紋が刻まれているため、王城に乗り入れても咎められることはないだろう。
「パストリス子爵様がいらっしゃいました」
そうやって服装をチェックしたり感想を聞いたりしていると、思ったよりも早くウィリアムがやってきた。伝令が到着してからすぐさま移動してきたのだろう。
「ジョージ様、アイヴィ様、お久しぶりでございます。お元気そうでなによりでございます」
ウィリアムは真っ先にジョージさんとアイヴィさんに挨拶をするが、急いで駆け付けたからかまだ着替えていない。それを見たジョージさんは苦笑すると、二階へと視線を向けた。
「久しぶりだな、ウィリアム。孫が世話になっているし、色々と話したいこともあるが時間がないだろう。二階の客室が空いているから好きに使いなさい」
「時間ができたら顔を出してちょうだいね? お茶を飲みながらゆっくりとお話しましょう?」
「はっ! 必ずやお伺いいたします!」
知己だからか、親しげに話しかけるジョージさん達。ウィリアムも慣れた様子で返答するものの、すぐさま案内のメイドさんに先導されて二階へと歩いていく。
そうして俺は、ウィリアムが着替えるのを待ってから王城へと向かうのだった。
『花コン』の世界において、城は防衛よりも権力を誇示するために造られる面が大きい。前世ほど火器が発達していなくとも、魔法が相手では防衛の難易度が高いからだ。
また、『召喚器』の中には魔法を超える非常に強力なものも存在する。局所的に地震を起こしたり台風や竜巻を発生させたりと、洒落にならない威力を発揮するものもあるのだ。
それだというのに何故城壁で町を囲い、城を建てるのか? それは先ほどの話に矛盾するようだが、強力な魔法の使い手、強力な『召喚器』の持ち主は数が少なく、城壁や堀といった防衛設備の効果がゼロではないからだ。
城壁や堀があれば外部からの侵入者を防ぎやすく、町に住む者達も安心して生活できる。仮に攻城戦になっても城壁の上に配置した兵士達が高所を取ることができ、飛んでくる魔法を相殺しやすくなるというメリットがあった。
あとは見栄である。城は特にその傾向があるが、建てる費用、維持する費用も馬鹿にならないものの、訪れた者を圧倒するべく見栄を張って豪華絢爛に造られるのだ。
王族を戴く貴族や民にとっても、自分達の頭が寂びれてこじんまりとした廃屋みたいな場所に住んでいたらどう思うか。他所の国の人間に見られたらどう思われるか。
だからこそ、城というものは美麗かつ荘厳に造られる――のだが。
「これは……すごいな」
ウィリアムを供にして馬車で王城に向かった俺だったが、間近で見上げたその威容を前にしてそんな呟きを漏らしていた。
遠目にも見えていたため立派な建物だとは思っていたが、いざ近付いてみるとすごい。もう、すごいとしか出てこない。
城の周りは城壁に囲まれている上に水堀になっていて、入城するには跳ね橋を渡る必要があり、跳ね橋の先には巨大な城門が聳え立っている。防衛設備としても使うのか、城壁のところどころに側防塔が築かれているのも見えた。
今は開いているが城門は金属製で分厚く、人力でこじ開けるのは不可能だろう。というか、分厚過ぎて魔法すら防ぎそうだ。門には王家の証である芍薬の絵が彫られている。
城門を通るとこの国でも屈指であろう庭師達が丹精込めて作り上げた庭が出迎える。煉瓦が敷かれた道と、その左右に作られた花壇、色とりどりの花をつける樹木が並び、季節によってその装いを変えることがうかがえた。
庭を進めば城が近付いてくるが、均一の大きさに整えられた石材を土台や柱に使い、壁はコンクリートで固めて白く染められている。建物全体が大きく、サンデュークの屋敷の数倍大きい。
三階建ての城の上部には見張り塔を含め、高さが違う塔がいくつも作られているため左右対称ではないものの、全体のバランスを考えてデザインされているのが伝わってくる。
城は全体的に白く、まさに白亜の城と呼ぶべき建造物だった。
(うちの屋敷も大概だったけど、こりゃすごい……)
すごい、やばい、と語彙力を失ったように軽く感動する。ちなみにすごいのはお城で、やばいのは城の守備兵達だ。いや、守備兵というよりは王城に詰めている王国騎士団か。
何がやばいって? 明らかに全員練度が高い手練れだってことだ。歩哨としてその辺を歩いている末端の兵士がサンデューク辺境伯家の騎士並に強そうである。
国王陛下や王族を守護するため、と考えると当然かもしれない。この国の中でもエリート中のエリートが王国騎士団として選抜され、厳しい訓練や実戦を乗り越え、実力と王国への忠誠が優れていると判断されたからこそこの場に在るのだろう。
(『花コン』でも騎士科で上位の成績を修めると王国騎士団に配属されてどうこうって話があったっけ。こんなに強そうな人達を雇っているなら軍役も任せて……って、そうもいかないか)
それだけコストと時間をかけて育てた王国騎士団を、言い方は悪いが治安維持や街道の巡回などの雑事に回すのはもったいない。
危険なダンジョンの破壊、国内の貴族に対する備え、他国との戦争など、国を存続させるため、国王陛下や王族を守る盾であり剣となるのが王国騎士団なのだから。
もっとも、王国騎士団って名前だけど団長や副団長は爵位を持つ貴族だし、全員が全員騎士ってわけじゃない。サンデューク辺境伯家みたいに一番数が多いのが兵士で、その上に指揮官として騎士を置き、騎士を束ねる団長達がいる。
王国騎士団は数も相応に多いが、パエオニア王国全体を守るには到底数が足りない。だからこそ各地の領主には軍役が課されているのだし、王国騎士団がまとまった数で出撃するとすれば相当な異常事態だ。
あとは多分、毎年軍役をさせることで王家の方が立場が上だと浸透させたいのかな? さすがに江戸時代の参勤交代みたいに財政負担を負わせてどうこうって意図はないはずだ。
そんなわけで、歩哨や立哨の兵士にチラ見されつつ王城に足を踏み入れる。城の中はサンデュークの屋敷と似たような作りで、一階に応接室や広間や食堂などを作り、二階が政務関係、三階が居住スペースになっているようだ。謁見の間は一階にあるらしい。
床にはふかふかのカーペットが敷かれ、壁際の棚にはお高そうな壷や工芸品が並び、壁には国内の景勝地を描いたと思しき絵が飾られている。中にはどこぞの家から献上されたのか、来歴が記されているものもあった。
「国王陛下がお会いになられるそうです。ご準備はよろしいでしょうか?」
そうやって城内に足を踏み入れ、周囲を観察すること数分程度。待機のために応接室へ通されるよりも早く、謁見の準備が整ったと知らされる。
いや、早くない? ウィリアムとお互いに服装のチェックをするけど、心の準備ができてないぞ。それでも国王陛下を待たせるわけにもいかず、俺はすぐさま頷いた。
「構わない。案内を頼む」
緊張で心臓が早鐘を打つものの、初陣での不意打ち一騎打ちと比べればまだマシだ。なにせ直接殺し合うわけではない。うっかり無礼な言動を仕出かしたとしても、最悪の場合実家に被害がいったり打ち首になったりするだけなのだ。普通に酷いか。
そんな内心を隠し、背筋を伸ばしてしっかりと前を向く。堂々とした足取りで、そう見えるよう気を張って進んで行く。
そうして到着したのは、謁見が行われる玉座の間である。明らかに手練れの騎士が守る扉が開き、床に敷かれた赤い絨毯の上をゆっくりと歩いていく。その先には段差があって高くなっており、豪華な装飾が施された椅子――玉座が置いてあるのが見えた。
玉座の間に足を踏み入れたものの、妙に人が多い。絨毯に沿う形で武装した騎士が十人ほど整列しているのはいいとして、壁際には老若男女問わず多くの人が整列してこっちを見ている。
観察するように、値踏みするように、俺の一挙手一投足をじっと見ているのが伝わってきた。
そうやって周囲から飛んでくる視線を俺は極力意識しないようにしつつ、斜め後ろにウィリアムを従えながら歩き、ある程度玉座に近付いたところで片膝を突いて最敬礼をしながら軽く顔を伏せる。あとは国王陛下が入室してくるのを待つだけだ。
時代劇のように『国王陛下の御成り』みたいな声がかかることはない。顔を伏せていても足音や衣擦れの音で玉座に歩み寄る気配を感じ取れるからだ。
「――顔を上げよ」
待つことしばし。そんな声をかけられてから顔を上げる。すると先ほどまで誰もいなかった玉座に一人の男性が座っており、その背後には鎧を着た男性が二人控えているのが見えた。
(ただの騎士じゃないな……鎧が上等だし、他の騎士と比べても滅茶苦茶強そうだ)
そんなことを考えつつ俺が意識したのは、片方の騎士である。濃い緑色の髪を短く刈り揃え、顔立ちは精悍。その立ち姿には微塵も隙がなく、仮に俺やウィリアムが妙な動きをすれば即座に国王陛下を守れるよう僅かに重心が前に寄っていた。
あと、顔立ちにどこか既視感があるような?
「国王陛下の御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます。此度サンデューク辺境伯の名代として軍役の任を賜りました、ミナト=ラレーテ=サンデュークで御座います」
気にはなるが、国王陛下を放置するわけにもいかない。俺は顔を上げてから僅かな間を置き、畏まった挨拶を行う。まあ、こういう時の定型文だ。
「余がこの国の王、クラウス=パエオニア=ピオニーである。遠路遥々よくぞ王都まで来た」
そう言って重々しく頷く国王陛下。決まりきった定番のやり取りだが……印象は悪くない感じがする。俺を見る目が少し柔らかい気がした。
国王陛下はレオンさんと似たような年齢なのだろう。外見は三十歳を僅かに超える程度で、綺麗に撫で付けられたブロンドヘアと口ひげ、そして王様らしい豪奢な衣服が特徴的だった。
顔立ちは整っているが、なんだろうか? 不思議な魅力というか、カリスマ性を感じる。上に立つ者としての気概も気品も感じ取れるし、この国の王だと言われればなるほど、という納得しか浮かんでこない。
なお、俺の付き添いであるウィリアムは顔も上げず、名乗ることもない。国王陛下にとっては陪臣のため、発言を求められないと何もできないのだ。
「サンデュークの神童の名、この王都まで届いておる。会える日を楽しみに待っておったぞ」
名乗りが終わるなり、穏やかに微笑みながらそんなことを言ってくる国王陛下。
ちょっと待ってほしい。その恥ずかしいあだ名、王様の耳にまで届いてるの? 俺の胃がキュッと音を立てて締まった気がする。いや、多分王様なりのリップサービスだろう。きっとそうだ。
「未熟なこの身に過ぎたる評価、お耳汚しではございますが……陛下のお気に留めていただけたのなら望外の喜びでございます」
俺は謙遜の体を取って本音を告げるけど、謁見する者の情報は家臣から挙げられているだろう。その中から相手の懐に入りやすい話題を選んだんだと思う。
「謙遜を申すな。齢十二で初陣を飾り、野盗の頭目を一騎打ちで破ったのだろう? さすがはサンデューク辺境伯家の嫡男よ。次代が安泰でレオンも喜んでいるだろう」
俺が謙遜の体を取ったからか、口調を親しげなものに変えてきたな。公的な場なのにレオンさんをサンデューク辺境伯じゃなくて名前で呼んだし、距離を詰めようとしている?
「陛下にお褒めいただけるとは、身に余る光栄で御座います。しかも父を名前で呼んでくださるとは……聞けば喜ぶことでしょう」
流すわけにもいかないし、発言に沿う形で受け答えをする。レオンさんは王国の東部を守る辺境伯だから顔も名前も知っているだろうが、話の流れを絶つわけにもいかない。
そうして軽い雑談を挟み、話題が軍役へと移る。もっとも、国王陛下が詳細に説明することはなく、今回の軍役の内容が書かれた指令書――巻物のように巻かれた上等な紙に王家の印を押して封蝋した物を文官と思しき男性が運んできた。
「北部にある王領のうち、小規模ダンジョンに接している町から陳情があってな。今回の軍役は町までの治安維持を行いつつ、巨大化しつつある小規模ダンジョンを破壊してきてほしいのだ」
おっと、要件に関して直接教えてくれるらしい。しかし国王陛下が軽く説明しただけでも見物人が僅かにざわめくのが聞こえたから、ちょっとばかり異例なことなのかな?
「サンデュークの家名にかけて、見事ダンジョンを破壊してみせましょう」
そのため俺も見栄を張った言い方で答える。頑張ります、なんて言葉は意味がないのだ。達成するのは最低条件で、あとはどれぐらい短期間で破壊できて、なおかつ被害を減らせるか。
(小規模ダンジョンの攻略なら軍役としては簡単な部類だよな。問題は巨大化しつつあるっていう点だけど……連れてきた兵数的にも問題はないか)
仮に中規模ダンジョンに成長したとしても、時間をかければ比較的安全に攻略できるだろう。王領にあるダンジョンだと報酬が渋いこともあって冒険者が寄り付きにくいが、ある程度は情報も揃っているだろうし。
そんな考えを抱きながら俺は玉座の間を後にする。どうなるかと不安だったけど定型的なやり取りだけで済んだから楽だったなぁ、なんて思いながら。
「サンデューク辺境伯名代様、パストリス子爵様、国王陛下がお呼び出しでございます」
で、玉座の間を出て廊下を歩いていたら、待ち構えていた執事の男性にそんなことを言われた。俺は思わず振り返って玉座の間を見るけど、さすがに退室直後に呼び戻すことはないだろう。
(えぇ……謁見が終わった直後に呼び出しって……何かやらかしたか?)
おかしい、きちんと手順通りにやったのに。でも相手が相手だけに断る選択肢はない。俺は内心ビクビクしながら執事の男性の後についていく……けども。
(一階の応接室じゃなくて三階? 王族のプライベートスペースってそう簡単に足を踏み入れて良い場所じゃないはずなんだけど……)
えっちらおっちら歩いていき、階段を登って首を傾げ、更にもう一回階段を登って三階に到達した時点で俺は背中に冷や汗が浮かぶのを感じた。
この国の王族が住まう、私的な空間へのご案内だ。重臣や王国騎士団の中でも特に選抜された忠誠心溢れた者ぐらいしか足を踏み入れられない場所に案内されてしまったのだ。
「こちらでございます」
そう言って一室に案内され、執事の男性が扉を開ける。俺は促されるがまま部屋に足を踏み入れるが……なんで国王陛下とその背後にいた護衛二人がいるんですかね?
「…………」
そして、部屋の中にはもう一人いた。無言でこちらを見つめる少女が一人、複雑な感情を瞳に宿しながら。
「謁見直後に呼び出す形になってすまんな。おっと、先に紹介しておこう。娘のアイリスだ」
「はじめまして。アイリス=パエオニア=ピオニーでございます」
――『花コン』のメインヒロインたるお姫様が、そこにいた。




