第344話:達成
毎日のように王都へ出向き、兵士達にスギイシ流の技を教え始めて三ヶ月の時が流れた。
その結果、程度の差こそあれ二十人の兵士全員が『一の払い』を習得し、王城からの依頼を達成することができた。
中には『二の太刀』の習得に着手した者もいたが、とりあえずは依頼の達成である。全員がそうとは言えないが、『一の払い』の発展形でもある飛ぶ斬撃を習得した者もちらほらといた。
そして今日。王城に兵士達と出向き、中庭に用意された巻き藁を相手にその成果を披露することとなったが、偶々暇だったのか時間を作ったのか、ネフライト男爵だけでなく国王陛下も立ち合うこととなった。
「ほう……これは中々……」
教えた兵士の中でも一番優秀だった者が斬撃を飛ばし、巻き藁を両断するのを見て国王陛下が感心したように呟く。
飛ぶ斬撃といっても射程は五メートル程度で、斬れるのは下級魔法程度だ。連射もまだできないし、極めたとは言い難い水準である。
だが、巻き藁を斬れるぐらいの威力はあるのだ。そのため見た目も派手だからと実演させ、他の兵士に関してもネフライト男爵が用意した魔法使い相手に剣を振るい、下級魔法を両断して霧散させている。
(なんとか形になったな……)
三ヶ月という時間がかかったが、一応は形になったのを見て俺は内心で安堵の息を吐く。
俺や透輝にとっては指導の訓練にもなったが、ある程度剣士として完成している者達にスギイシ流の技を教えていくのは存外、骨だったのだ。
もしもまた教える機会があるとすれば、今度は魔力が一定以上あって魔法が苦手で、なおかつ剣の修行をしたことがないような新兵に教えたい。そう思えるぐらい大変だった。
「他人に剣を教えるのがここまで大変だとは思わなかったよ……俺、ミナトに感謝しかねえわ……」
それは透輝も同意見だったのか、『一の払い』を披露する兵士達を見ながらそんなことを呟く。
いやいや、お前に教えるのは滅茶苦茶楽だったからな? 一を教えたら十を覚え、そこから追加で見て盗んで二十を習得するような天才だったし。俺が教える立場で良いのかと悩むことはあったが、教えること自体に悩んだ記憶はそこまでないぞ。
むしろ、教えたことをどんどん吸収して成長していく透輝の姿を見ると、教えるのが楽しいとすら思えた。苦労もあったが、それ以上に楽しさの方が強かったのだ。
「わたしは良い勉強になりました」
満足げにそう言うのは、ナズナである。
己の『召喚器』を『掌握』してからというもの、兵士相手に動く的の役を買って出たのだが、様々な剣筋の斬撃を盾一つで防御し、己の訓練に昇華してしまったのだ。
そのため盾での防御術に磨きがかかり、技術面でもう一段階強くなっている。『召喚器』を『掌握』したことで強くなったと思ったが、更に腕を上げたのだ。
(透輝が突出しているから地味に見えるけど、ナズナも『花コン』のヒロインらしい成長力だな……俺としても指導するのは勉強になったけど、成長って意味だと微妙な感じだし……)
スギイシ流の技を教えるのは基礎に立ち返るという意味でも有用だったが、劇的に強くなったかと言われれば答えは否だ。
透輝の時もそうだったが、他人に教えることで基礎を固め直し、振るう剣をより強固な、鋭いものへと鍛えるきっかけにはなったが……他人に教えながら自分も急成長する透輝と比べれば誤差である。
俺の場合は成長のきっかけになった程度だが、透輝の場合は兵士に教えることで自分の足りない部分に気付き、どんどん成長していた。才能の暴力というか、天才ってどんなきっかけでも成長するんだなぁ、といっそ感心したぐらいである。
あと、途中でランドウ先生が俺達の指導を見に来たが、何も問題がないからと手を出すことなく帰っていった。認められたようで嬉しいが、本当に何もないのかと不安にもなったものである。
「個人差があるようだが、全員が予定通り『一の払い』を習得できたか……感謝するぞ、ミナト殿。これで陛下をお守りすることができるだろう」
そう言ってこちらに感謝の念を伝えてくるのはネフライト男爵だ。国王陛下に同行し、兵士達の『一の払い』を見ていたが、どことなく安堵した様子で話しかけてくる。
「これでアスターが化けていても魔力の違和感に気付けると思いますが……実際に見抜けるかはまだわかりません。感謝は結果が出てから受け取りたく思います」
ここ三ヶ月ほど、ネフライト男爵を始めとしたパエオニア王国でも屈指の強者達が持ち回りで国王陛下の護衛をしていたようで、他の業務に差し障りが出ていたらしい。
もちろん国王陛下を暗殺されるとそれ以上の問題に発展するため文句もなかったが、さすがにそろそろ無視できない問題になりつつあったようだ。
ただ、ランドウ先生の見立てだし俺も納得したが、今回鍛えた兵士達が本当にアスターの変化を見抜けるかは実際に遭遇してみないとわからない。
俺がアスターと遭遇した際に覚えた違和感、普通の人間との差異などを教え込んではいるが、それが俺やランドウ先生だから気付けたのか、『一の払い』を使える程度の魔力操作の技量で気付けるのか、それはわからないのだ。
あと単純に、気を抜いていて気付けなかった、なんてパターンも十分にあり得る。そのため慣れるまでは常に複数で行動させ、国王陛下や他の王族を守るしかないだろう。
「そうなると……王都の各方面の門に二人ずつ。城の出入り口にも二人ずつ。あとは陛下に四人、殿下達に二人ずつといった塩梅か……アイリス殿下が一番安全そうだな……」
「学園には俺や透輝だけでなく、ランドウ先生もいますからね……」
あれほどランドウ先生を煽り、怒りを買ったんだ。仮にアスターが学園へ侵入してきたとしても、一分と経たずに捕捉されて殺される未来が見える。いや、一分もいるかな? 秒かな?
(というか、ネフライト男爵が言った配置だと予備の戦力がゼロじゃないか……休日は? いやまあ、週休二日なんて概念はないけどさ……)
『魔王』をどうにかするまでの緊急シフトみたいな感じだろうか。それでも今から一年近くあるんだが……その辺りは他の兵士と連携するか、新たに『一の払い』を使える兵士を育てる形になるのだろう。
ランドウ先生もスギイシ流が広まること、誰かが他人に教えることを制限するつもりはないらしく、覚えるなら勝手に覚えろというスタンスだ。
もちろん、俺みたいに正式な弟子が相手だと手ずから教えるし、孫弟子である透輝の面倒も見てくれる面倒見の良さがある。
だが、今回俺が教えた兵士は孫弟子ではなく、孫弟子である透輝の弟子――曾孫弟子でいいのだろうか? そういった身内扱いではない。
ランドウ先生なりの基準があるのか、あるいは気分的な問題なのか、そこまで積極的にかかわるつもりはないようだった。
もしかするとパエオニア王国での俺の立場を気にしてのことかもしれないが……『王国東部の若き英雄』なんて名前負けのあだ名もあるし、俺を矢面に立たせて面倒事を回避した可能性もゼロではない。あとはパエオニア王国という大国と深くかかわることを危惧したのか。
俺がそんなことを考えていると、隣に立つネフライト男爵から意味深な視線が飛んでくる。
「ところで、以前国王陛下が仰った剣術指南役という役職についてだが……本当にやってみる気はないかね? 三ヶ月という短期間であれほどまでに兵士を鍛えられるんだ。もっと本格的に兵士の面倒を見てもらいたいのだが」
「……いえ、あの、男爵閣下。私はサンデューク辺境伯家の嫡男なのですが……」
あれ? レオンさんの先輩だし、ちゃんとその辺は知ってるよね? なんて思いながら尋ねると、ネフライト男爵は残念そうな顔をする。
「知ってはいるが、国王陛下や王族の方々をお守りするとなると手練れは何人いてもいいからな。レオンの家の跡継ぎだというのは理解しているが、君ぐらいの若さでそこまでの手練れというのは貴重なんだ。是非、王城に欲しい」
「その提案自体は光栄ですが、例の件が上手く片付いたなら実家を継ぐつもりですから……」
「弟と妹がいたと記憶しているが、そちらはどうだね? 家を継がせて君は王国中央で腕を揮うというのは」
「弟は結婚相手が決まりそうですし、妹は領主を継がせるにはちょっと……」
『魔王』をどうにかできたらサンデューク辺境伯家を継ぐから、という真っ当な理由を口にしているはずなのだが、ネフライト男爵は心底残念そうだ。それだけ評価されていると思えば嬉しさもあるが、同時に、少し怖くもある。
「閣下、話ついでに尋ねますが、中央は辺境伯家の嫡男を引き抜かないといけないぐらい人材の層が薄いんですか?」
一応、身分保障を兼ねて透輝がアイリスの傍にいると思うんだが。竜騎士か別の道を選ぶかはわからないが、学園を卒業する頃になれば一個の戦力として俺を超えていると思う。
「いや、めぼしい人材もそれなりにいるんだが……君ほど突出した者がいなくてね。私としてはテンカワ殿よりも君の方を評価しているし……」
「それは……光栄ですが、なんでまた」
透輝より評価していると聞き、俺は首を傾げる。ネフライト男爵ほどの腕があれば、透輝の才能も容易に見抜けるだろうに。
「テンカワ殿の才能は評価しているとも。あれほどの才能を持つ者は私も見たことがない。だが、どうにも浮世離れしているというか、地に足がついていないというか……アイリス殿下が召喚したという話だが、余程平和な場所から来たんだろうな」
「……なるほど」
透輝もこの世界に馴染んでいるし、常識や知識を勉強しているが、元々は平和な日本から転移してきた。その辺りの緩さを感じ取り、評価が下がっているのだろう。
逆に、俺はこの世界に転生してきた身だが、生まれた頃から培ってきた知識や経験を買われて高い評価を得ているということか。ただまあ、評価は良くてもサンデューク辺境伯家の嫡男という立場がある以上、どうにもならないが。
「学園を卒業する頃になれば透輝はもっと強くなっているでしょうし、精神的にも一皮も二皮も剥けてますよ、きっと」
そのため俺としては透輝を勧めるしかない。面倒事を押し付ける気持ちは欠片もなく、単純に出来の良い弟子の就職先を……正確に言えば進路の一つを確保しておこう、という親心のつもりだった。
「ちょっ、ししょー!? なんか微妙に聞こえたけど、俺を売り飛ばしてない!?」
「売り飛ばしてないから聞き間違いだな。可愛い弟子を売り込んでいるだけだよ」
人聞きが悪い。俺はただ、最近アイリスと仲が良い君が将来困らないよう、手を回しているだけだよ。本当だよ。ほら、俺達の会話が聞こえていたからか、国王陛下も興味ありそうな目で見ているだろ?
(『魔王』の発生まで、あと一年と少し、か……)
来年の今頃はどうなっているのか。不安がないとは言わないが、今の俺にはできることを一つ一つこなしていくしかない。
そんなこんなで、兵士達を鍛えるという依頼をなんとか達成した俺だった。




