第331話:国王暗殺未遂事件 その2
至近距離からの『致死暗澹』。
それを目視した俺は即座に傍のカリンを抱き寄せつつ国王陛下との間に割って入り、片手で剣を振るう。
スギイシ流――『一の払い』。
直撃すれば即死もあり得る闇属性魔法と剣の切っ先が衝突し、瞬く間に切り裂いていく。手応えはそこまで重くない。上級魔法にしては軽いとすら言えるだろう。威力を犠牲にして速度優先で撃ったと考えるべきか。
「うわっ、本当に魔法を斬れるんだ。この時代の人間にしては化け物じゃん」
両断する魔法の向こうから、そんな声が聞こえてくる。その声色は軽く、へらへらと笑ってすらいるようだった。
「貴様!」
「各員、奴を仕留めよ!」
俺が国王陛下を守ったのを見て、周囲の兵士が即座に動き出す。しかし男性の兵士――アスターを捕らえるには遅かった。
「いったん退かせてもらうよ。またね?」
そう言うなり教室の壁を突き破り、アスターが廊下へと飛び出す。それを見た俺は追おうとするが、この場には国王陛下がいるのだ。迂闊には離れることができない。
「陛下はこちらで守る! 貴殿は奴を!」
「カリンを頼みます!」
だが、ネフライト男爵の言葉で俺は動き出す。さすがにカリンをついてこさせるわけにはいかず、この場に残していくことになるが、ネフライト男爵がいれば大丈夫だろう。
(よりにもよって文化祭で暴れやがって!)
アスターが突き破った穴から飛び出し、廊下に出る。そしてすぐさま周囲に視線を向けるが、先ほどの兵士の姿はなかった。
「飛び出してきた兵士はどっちに行った!?」
「あ、あっちですっ!」
廊下で警護をしていた兵士が指をさす。その兵士に違和感はなく、アスターではないと判断した俺は即座に駆け出した。
(くそっ! 人が多すぎる!)
兵士が駆けていけば周囲も疑問に思い、そちらを見るだろう。そんな視線の動きから追跡していく俺だが、人が多いと気付かない者も出てくる。それに何より動きにくくて仕方がない。
そのため俺は廊下の壁や天井を足場に、来客の頭上を飛び越える形で移動していく。
(視線の動きが途切れた……チッ、別の人間に化けたか!)
廊下を抜けて貴族棟の外に出ると、それまで兵士に向けられていた視線が途切れてしまった。おそらくは別の人間に化けたと判断して地面に着地すると、周囲からは一体何事かと疑問の視線を向けられる。
文化祭ということもあり、貴賤を問わず老若男女が集まっていた。数で言えば四十から五十人といったところで、その中にアスターが紛れ込んだらしい。
(いきなり魔法を撃ちやがって……でも、なんであんなにあっさりと正体をバラした? こっちが気付いたからか?)
その原因となった違和感は――ある。来客の数が多いためすぐには見付けられないが、薄っすらと違和感が漂っている。
何故アスターの気配が掴めるのか、その確証はない。おそらく、同じ『魔王の影』であるバリスシアと交戦し、生き残ったことから俺の剣士としての勘が訴えているのではないか、なんて思う。見落とすと殺されかねないという危機感がそうさせるのではないか。
あるいは、人間と異なる微細な違いが違和感となって俺に警鐘を鳴らさせているのかもしれないが――。
(いたっ!)
違和感を辿り、アスターを見つけ出す。一体どんな技術なのか、今度は腰が曲がった老婆に化けているようだった。
「ほほっ、おかしいのう……どうやって気付いているんじゃ? のう?」
俺が気付いたことに、向こうも気付いた。そして俺が距離を詰めるよりも先に、周囲の人影に向かって指を向ける。
「――『致死暗澹』」
「させるかっ!」
俺は魔法の射線に割って入り、再び『一の払い』で両断していく。しかしその間に老婆の姿をしたアスターが、外見に見合わぬ機敏さで人混みへと飛び込んで姿を隠してしまう。
俺が魔法から庇ったのは、おそらく王都の民だ。普段、王都という安全な場所で生活しているからか、危険が迫っているというのに理解が追い付いていないらしくキョトンとしている。あるいは、闇属性の魔法を見たことがないから危険だとわからないのか。
(こうなったら来場者を訓練場の方に誘導して……いや、それが狙いの可能性もあるか? まとめてズドンってやられたら一気に被害が出る……ええい、面倒な!)
アスターを追う前に周囲を確認するが、戦力になりそうな者は一人もいない。まだ本格的な騒ぎになっていないからだろう。ランドウ先生がいてくれれば楽だったんだが。
「透輝! モリオン! ナズナ! メリア! リリィ! ランドウ先生! いたら来てくれ!」
俺は声を張り上げながらアスターを追う。呼びかけたのはアスターが魔法を撃った際に対応できそうなメンバーだ。
化ける能力は厄介だが、取り囲めば仕留められる。そう思えるほどにアスターから感じ取れる威圧感は薄い。少なくともバリスシアと比べれば倒しやすそうだ。
そんなことを考えつつ、人波を掻き分けて進む。アスターは見失ったが、違和感はずっと覚えている。その感覚に従って視線を向ければ、視線の先には幼い少女が立っていた。どうやら化けられる対象は老若男女問わないらしい。
「うわぁー! またきづかれたっ! ねえねえ、どうやってアタシにきづいてるの? ふっしぎー!」
俺の視線から気付かれていると判断したのだろう。少女が手を叩きながら喜ぶようにして言う。声色も仕草もたしかに幼い少女のものだ。大した化けっぷりだと言えるだろう。
もっとも、幼い少女の外見に惑わされて剣が鈍るほど俺も甘くない。この場で仕留めるべく踏み込み、真っ向から剣を振り下ろす――が、思いのほか機敏な動きで回避され、大きく距離を取られた。
(速い……体捌きは上手くない……というか、下手な部類だ。だが、単純に速い……)
武術の心得がある動きではない。だが、俺の動きに追従できる――いや、速度だけで見れば上回るほどの身体能力があるらしい。
「あははっ! こわーい! こーんなかわいらしいおんなのこにおそいかかるなんて、いいしゅみしてるねー?」
舌足らずにこちらを煽ってくるアスター。外見に合わせた演技をしているようだが、なんとも苛立つ言葉遣いだ。
(コイツの目的はなんだ? なんでこんなことをする? 俺が気付いたから逃げ出したにしては余裕がある……俺を軽く見ている……いや、違うな)
この状況を切り抜けられる実力があるからふざけているのではない。俺と一対一でまともに戦えば分が悪いとわかっていても、それを気にした様子もない。なんというか、戦う者としては異質な基準と感覚で動いているようにしか見えなかった。
「お、おい、君。あんな小さな子に何を……」
そうやってアスターと相対する俺を見てどう思ったのか、王都の民らしき男性が割り込むようにして注意をしてくる。
傍目から見れば剣を持った学生が幼い少女を斬ろうとしているのだ。勇気がある者なら割って入り、止めようとするだろう。
「うんうん、えらいよねー。そのままでいてね――『火砕砲』」
男性が俺の視線を遮った瞬間、アスターが『火砕砲』を撃ってくる。火属性の中級魔法だが、直撃すれば人ひとり容易に焼き払える火力だ。この人混みで爆発すればどれだけの被害が出るか。
「チッ!」
俺は男性をすり抜け、剣を振るって『火砕砲』を両断して掻き消す。するとアスターはこちらから視線を外し、まるで躍るようにしてその場でクルクルと回り始めていた。
「――『火炎旋封』」
「っ!? 下がれ!」
わざわざ使う魔法を口にしているのは余裕か、あるいはこちらを焦らせるためか。アスターは自分の周囲を囲うよう、竜巻状に炎の渦を発生させる。
俺は近くにいた者を突き飛ばして下がらせつつ、剣を振るって『一の払い』を繰り出す。炎の渦が周囲の人間を飲み込むよりも早く、確実かつ正確に魔法を切り裂いて霧散させていく。
(ええい! いちいち周囲を巻き込むように魔法を使いやがって!)
こちらを動揺させるためか、あるいは庇わせることで動きを制限しようとしているのか。立場上無辜の民を見捨てるわけにもいかない俺としては、アスターの行動は実に厄介だ。
それでも『火炎旋封』を切り裂いて無効化した俺は、そのままアスターへと踏み込み――。
「ミナト様」
消えた炎の先から、慣れ親しんだ声が飛んできた。その声は間違いなくカリンのもので。そうだと理解した脳が動きを止め。
「――しゃらくせえっ!」
それよりも早く、剣士としての本能が体を動かしていた。残っていた炎の壁ごとアスターを両断するべく斬撃を繰り出す。
「あら……婚約者候補を斬ろうとするなんて、酷い人」
だが、こちらの動きに驚きつつもアスターは再度斬撃を回避した。相変わらず雑な動きで、速度任せの回避である。重力を無視したように水平に跳び、強引に回避してみせたのだ。
「酷いです、ミナト様……なんでそんなに酷いことができるのですか……?」
そして、俺から距離を取ったアスターがそんなことを言ってくる。両手を目元に当て、嘘泣きをしながら声を震わせている。
「偽者とわかっているのに剣を鈍らせる馬鹿がいるかよ」
俺は苛立ち混じりにそう吐き捨てた。敵を前に剣を鈍らせれば、ランドウ先生に何と言われるか。それも今の状況で、目の前で化けられたのに剣を止めればどうなるか。
「ふふっ、ざぁんねん……見た目が変わるだけで斬れなくなる人間も多いのに、その程度で止まるような腕じゃないかぁ」
そう言ってカリンそのものの姿でクスクスと笑い、アスターは言う。
「バリスシアがずいぶんと気に入ったようだから、わたしも見に来たけど……ねえ、ミナト様。誰に化ければ剣が鈍りますか?」
「……誰であろうと、斬るまでだ」
からかうようなアスターの言葉に応じつつ、俺は内心で僅かに焦りの声を上げる。
(バリスシア経由で俺のことを知った? それで確認に来るほど興味を持たれたのか? 大規模ダンジョンを破壊したメンバーの一人だし、興味をひいてもおかしくはないが……)
わざわざ俺を見るためだけに学園に乗り込んできたというのか、あるいはブラフか。そう思考する俺を見ながら、アスターは首を傾げる。
「成人男性も老婆も少女も婚約者候補も駄目……他は? 特定の人間なら鈍る? ねえねえ、教えてよ」
そう言いつつ、先ほど化けていた兵士の男性、老婆、少女、カリンと姿を変えていくアスター。まるでそれが当然と言わんばかりに、瞬時に姿が切り替わるのはある意味見事ではある。
他にもいくらでも化けられる、と言わんばかりに姿を切り替えていくアスターを見て、ようやく周囲も異常を悟ったのだろう。慌てた様子で逃げ出すのが視界の端に見えた。
(……あっ)
逃げ出す民衆の中から一人、こちらへと歩み寄ってくる者が一人いた。それを見た俺は思わず内心で声を零し、安堵する。
「ねえ、どんな風に化ければ」
姿は見えても、気配は消えていた。だからこそ、アスターも気付かなかったのだろう。
「その程度で剣が鈍るものか――間抜けめ」
足音さえも完全に消していたランドウ先生がアスターの背後を取り、抜く手も見せずに抜いた刀がアスターの首を刎ね飛ばすのだった。




