第330話:国王暗殺未遂事件 その1
――陛下の暗殺未遂で拘束する。
そう叫ぶ兵士を前に、俺の心中は驚愕で満たされていた。
(そういう手できたか!?)
当然ではあるが、俺は国王陛下の暗殺など狙っていない。実は二重人格で知らない間に国王陛下を殺そうとした、なんてこともない。そんなことがあればカリンが言及しているだろう。
俺は国王陛下と別れた後は食堂のテラスにいたし、ここから動いていない。それだというのに国王陛下の暗殺未遂の犯人として扱われるとすれば、それは――。
(アスターが俺に化けて国王陛下を殺そうとした、か……まさか、本当に学園に潜り込んでくるとはな)
事前にオリヴィアから話を聞いてはいたが、その確率は低いと思っていた。ここはオレア教のお膝元だ。仕掛けるには危険な場所のはずである。
(それだけ自分の変化に自信があるのか? 参ったね、まったく……)
じりじりと距離を詰めてくる兵士を見ながら、俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。アスターの厄介な点は、監視カメラ等がないこの世界では犯人ではないという立証が困難な点だ。
成功の可否は別として、俺に化けて国王陛下に斬りかかり、そのまま逃げて別の人間に化けられたらお手上げだ。国王陛下もそうだが、その場にいた人間からすれば俺が犯人にしか見えないだろう。
「我が名はミナト=ラレーテ=サンデューク。この名と我が名誉に誓い、謂れのない罪によって捕まるわけにはいかん。貴殿らの職務は理解するが、拒否させていただこう」
「そ、そうですっ! ミナト様はずっとここにいらっしゃいました! 国王陛下の暗殺未遂!? 突然何を仰るのですか!」
俺の言葉を聞き、カリンが声を上げる。事前にアスターが暗躍する可能性を考慮していた俺と違って何も知らないはずだが、俺の言うことを信じてくれるらしい。
(カリンからすれば、俺は本当に何もしてないからな……ずっと一緒にいた人間がいきなり疑われたら反発もするか)
これもまた、アスターの厄介なところだ。現に、テラス周辺にいた使用人や近くを通りがかった来客はカリンの言葉に頷いている。俺がここにいたという証人になるだろう。
「なるほど……貴殿の名と名誉に敬意を払い、縄を打つことはすまい。だが、こちらも国王陛下の身を脅かされたのだ。引き下がるわけにはいかん」
だが、相手からすれば俺が犯人という点に変わりはない。それでも兵士の中でも隊長と思しき男性が前に出て、剣の柄に手を添えながらそう言ってくる。
「それは甘いのではないですか!? 国王陛下に斬りかかった逆賊にかける情けなど不要では!?」
「そうです! ネフライト男爵が止めていなければどうなっていたか!」
剣を構えた兵士の一人が言えば、他の兵士も同調するように声を上げる。
「そうは言うが、逃げた先で呑気に紅茶を飲む馬鹿がどこにいる? 逃げる素振りもなければ抵抗する素振りも見せないのだ。まずは連行……いや、同行してもらう」
そう言って目配せをしてくる隊長らしき男性。それで構わないか、という確認だ。
「それなら構いません。剣は預けた方が?」
「不要だ。『王国東部の若き英雄』の勇名は聞き及んでいる。無様な真似はするまいよ」
中々に話がわかる人らしい。俺は吐きそうになったため息を飲み込み、カリンと別れようとする――が、その直前で思い留まった。
「カリン、君にとって不快かもしれないが、俺を信じるならついてきてくれないか?」
「もちろんです。わたしはミナト様を信じていますから」
詳しい説明をせずに話を振れば、迷うことなく頷いてくれる。その瞳には言葉通り、信頼の色しかない。俺を疑う気持ちなど欠片も浮かんでおらず、それを見て取った俺は思わず破顔するのだった。
兵士に取り囲まれたものの、堂々と胸を張って歩いた先で辿り着いたのは貴族棟の一階にある予備の教室だった。入学する生徒の数が多かった場合に使用される空き教室で、今は扉の前に兵士が立ち、物々しい雰囲気で周囲に警戒の目を向けている。
「陛下、ミナト=ラレーテ=サンデューク殿をお連れしました」
「御苦労。入れ」
そんなやり取りのあと、教室へと通される。推定で犯人なのに大丈夫なのかと少し心配になったが、教室の中にネフライト男爵の姿を見付けて納得する。ネフライト男爵が凶刃を防いだと言っていたし、この人がいれば並大抵の相手はどうとでもなるだろう。
「先ほどぶりだな、ミナトよ。まさか余の首を欲していたとは知らなかったぞ」
「笑えない御冗談はおやめください、陛下」
苦笑混じりに言ってのける国王陛下と、それを苦み走った顔で咎めるネフライト男爵。命を狙われたにしては余裕綽々といった様子で、肝の太さをうかがわせる一言だった。
「なあに、冗談だ。さすがの余とて、褒美に首をやることはできんのでな……それで? 一応確認するがミナト、お主ではないのだな?」
「我が名、我が名誉に誓いまして」
右膝を突き、最敬礼を向けることで答える。すると国王陛下は顎に手を当て、困ったように眉を寄せた。
「斬りかかられた余が言うのもおかしなことだが、あり得ん話だと思っている。お主はそんな馬鹿な真似はするまい。そもそも余の首を取ってどうするというのだ? お主は余と血縁関係にあるが、王位を継承するには遠すぎる。そんな身で何をする?」
殺気だった周囲の兵士に聞かせるためなのか、国王陛下はそんなことを言う。そんな国王陛下の傍にはネフライト男爵が立っているが、万が一に備えて既に臨戦態勢だ。自然体なようでいて、いつでも迎撃できるよう剣の柄に手が乗せられている。
「だが、己の目で見たものを疑えないというのも理解できる話だ。一応聞くがミナト、余に斬りかかっていないという証拠は出せるか?」
「そのタイミングで別の場所にいたと証言できる者なら多くいますが……」
やってないことを証明しろ……それは前世でいうところの悪魔の証明ではないだろうか。
今回の場合、俺が食堂のテラスにいた証言してくれる者は多くいる。だが、それらの証人達が口裏を合わせていないことを証明しろ、なんて言われたらどうしようもないのだ。
「証人か……いや、もっと手っ取り早い確認方法がある」
「『召喚器』を見せることですか?」
とりあえず『魔王の影』ではないと証明するため、本の『召喚器』を発現してみせる。すると国王陛下は首を横に振った。
「それは斬りかかっていない証拠にはならんだろう? 余が言っているのは、もう一度斬りかかってみろという話よ」
「……失礼ながら、本気ですか?」
予想外の確認方法に、思わずそう尋ねてしまう。すると国王陛下は鷹揚に頷いた。
「無論、それで斬られるわけではない。男爵よ、お主が見極めよ。もう一度受け止めればわかるだろう?」
「御意」
国王陛下がネフライト男爵に話を振る。どうやら俺の太刀筋を見て本人か別人かを見分けるつもりらしい。
「余は男爵に全幅の信頼を置いておる。この者の判断は余の判断よ。万が一間違ったとしても後悔はない」
そう断言する国王陛下。そこにはネフライト男爵との厚い信頼関係が見て取れ、俺としては最早頷くことしかできない。
「……それでは」
「参られよ」
それはそれとして、疑いを晴らすには全力で斬りかかるしかないだろう。手を抜いて偽者だと判断されたら洒落にならないのだ。
俺は剣を抜き、ゆっくりと構える。すると、その段階で僅かに兵士から声が上がるのが聞こえた――が、それに構わず、前へと踏み込む。
天井があるため横薙ぎに一閃し、ネフライト男爵へと斬りかかる。さすがに奥義を放ったりはしない。それでも全力で斬撃を繰り出すと、剣を抜いたネフライト男爵に真っ向から受け止められる。
「っ!?」
「ぬっ!?」
威力は、こちらが劣勢。六対四、いや、見栄を張った。七対三で俺の方が押し負けた。実戦ならまた違うのだろうが、ぶつかりあった剣を通して互いの力量を感じ取る。
(やっぱり強えっ! ランドウ先生には届かないが、俺じゃあ相打ちが限度か!?)
全力で殺し合っても相打ちに持ち込めれば御の字といったところか。普通に戦ったらこちらが力負けするのがわかるほど、技量に差があるのを感じ取れる。
「どうだ?」
俺とネフライト男爵が剣をぶつけ合ったのを見て、国王陛下が尋ねた。しかしネフライト男爵はそれに答えず、俺と剣だけでなく視線をぶつけ合う。
「惜しいですな……このような状況でなければ、このまま一戦交えたいところです」
「私もです……が、さすがに勝ち目が薄いようで。引っ繰り返すとなると死力を尽くさねばならんでしょう」
こちらが不利だが、互いに賞賛しあって剣を引く。相手の奥の手次第だが、今の状況では十本立ち会って一本取れるかどうか、といったところか。
実戦だとその一本を取ればこちらの勝ちだが、模擬戦ではほとんど勝ち目がないだろう。
「全くの別人です。先ほど教室で体捌きを見ましたが、こちらが本当のミナト殿ですよ」
「なるほど……今回は相手の下手さに救われたな」
ネフライト男爵が断言すれば、国王陛下も納得したように頷きを返す。そんな二人のやり取りから、俺も内心でほっと安堵の息を吐いた。
(俺に化けたものの、技量を再現できなかったか……相手の失態に救われたな)
『魔王の影』でも剣術――それもスギイシ流の技を再現することはできなかったようだ。
「で、ですが、陛下を襲う際には手を抜いていた可能性もあるのではないでしょうか?」
国王陛下とネフライト男爵の会話を聞き、兵士の一人が疑問を呈する。
「いや、あの時は下手なりに全力での打ち込みだった。別動隊の可能性を考慮して陛下の傍を離れられなかったが、すぐに退かなければ仕留めるのも容易と思えるほどだった」
だが、すぐさまネフライト男爵が否定した。アスターは『魔王の影』の中でも最弱だが、技量という点では俺の方が勝っているらしい。
そもそも、『魔王の影』は生き物としての強度が人間とは別格だ。技術を磨く意味がないため、国王陛下を襲った際は力任せの剣だったのだろう。
『花コン』で俺に化けた際も、化けた相手の性格や能力をコピーできるわけではなかった。あくまでアスターが演じているだけなのだ。そのため、化けた相手によってはその再現が困難になるのだろう。
「な、なるほど……」
ネフライト男爵の言葉に納得したのか、疑問の声を上げた兵士が引き下がる。相手が国王陛下やネフライト男爵であろうと疑問をぶつけられるのは大したものだ、と思うのだが――。
(……なんだ、この兵士)
俺はその、疑問の声を上げた兵士にこそ、疑問を覚えた。
他の兵士と同様に、統一された金属鎧を身につけた男性である。年の頃は二十代の半ばといったところか。今回国王陛下の護衛に選出されただけあり、相応の強さがあるように見えるのだが、どうにも違和感があるのだ。
(強いのに動きが雑というか、さっきから変な違和感が……まさか……)
俺が視線に疑問の色を混ぜた――その瞬間だった。
「あれ? おかしいな、バレちゃったか。それじゃあ退かせてもらうよ」
そんなことを言うなり、その兵士が闇属性の上級魔法、『致死暗澹』を発射したのだった。




