第328話:二年目の文化祭 その3
さすがに大ホールの出入り口で話をするのは邪魔になるということで場所を変え、俺達は大勢で連れ立って食堂のテラスに移動した。
ぞろぞろと大人数で周囲の注目を浴びているが、今回ばかりは仕方がない。
俺とカリンだけならまだしも、コハクとカトレア先輩の件は先日速達で報せたばかりだし、モモカに至っては複数人から求婚されているような状況だ。特にモモカはレオンさんとしても放っておけないだろう。
「ミナト……たしかに手紙で報告は受けていた……受けていたが、実際に目の当たりにすると聞かざるを得ないよ。どうしてこんなことになっているんだい?」
「どうしてでしょうねぇ……」
とぼけるわけではなく、本心からそう答える。いやぁ、モモカに関しては本当、どうしてこんなことになっているのか……魔性の女と呼ぶには腕白すぎるが、その腕白ぶりが原因でモテているというあたり、世界は不思議に満ちている。
あとはジェイドやルチルといったコンプレックス持ちに対し、モモカの口撃がクリティカルヒットした結果というか……あれ? これって俺は関係なくない? 兄だから監督責任がある? ですよね……。
「サンデューク辺境伯殿」
そうやって俺がレオンさんと話をしていると、何やらジェイドが声を上げた。そしてレオンさんに向かって片膝を突き、胸に手を当てて最敬礼を向ける。
「ネフライト男爵の次男、ジェイド=ネフライトでございます。あなたのご息女、モモカ=ラレーテ=サンデューク殿に惚れました。つきましては、婚約者候補として認めていただきたく存じます」
「あ、ず、ずるいぞ先輩! 閣下! 私、シトリン商会の跡取り、ルチル=シトリンと申します! モモカさんに対し、結婚を前提としたお付き合いを申し込みたく!」
ジェイドに続き、ルチルまでそんなことを言い出した。するとレオンさんは辺境伯としての仮面を被り切れなかったのか、額に手を当て、テラス席から空を仰ぐ。
「……ミナト、説明をしてくれ」
「モモカがジェイド先輩を拳で殴り飛ばし、ルチルは口で殴り飛ばしました。その結果がコレです」
手紙でも報せたことを改めて端的に説明するが、これ以上の説明のしようがない。本当、うちの妹は何をやっているんだろうね? 大物になるとは思ったけど、これは予想外だよ。
「ふぅ……それで、ネフライト男爵の息子さんか……先輩の息子がこんな……いや、そもそも男爵はこの件を御存知なのかな?」
「はっ! かのサンデューク辺境伯のご息女を口説き落とせるのなら、それはそれで、とのことで!」
「先輩……」
学生時代の先輩後輩という関係だからか、レオンさんが遠い目をしている。
(国の中枢に伝手を作るって意味なら、アリといえばアリな選択肢なんだよな……ただ、ジェイド先輩は次男だ。ネフライト男爵の地位を継ぐとしたら長男の方だし、王国騎士団にでも入って自力で出世する必要があるが……)
そうでなければ辺境伯家の娘を嫁がせるなんて無理だろう。逆にいえば、王国騎士団で出世できれば嫁がせても良いと思える立場とも言える。
「そちらの君は……シトリン商会の跡取りとのことだが、それは確定なのかな? それに、現在の商会長殿が承知している話かい?」
「はい。かの大領、王国東部にて精強を謳われるサンデューク辺境伯家のご息女ならば、むしろこちらからお願いしたいぐらいだと。こちら、商会長よりの手紙となっております」
そう言って恭しく手紙を差し出すルチル。どうやら今回レオンさんが訪れると予想し、事前に話を通して用意していたらしい。
「……娘の婚約者候補にするかは別として、王都での用件が増えたな」
ぽつり、とレオンさんが呟く。どうやらネフライト男爵やシトリン商会に対して色々とお話をするつもりになったようだ。そのためジェイド先輩達への返答は一旦保留である。
(ネフライト男爵なら国王陛下の護衛でついてきているはずだが……さすがに立ち話ってわけにもいかないか)
レオンさんに話が届いていないということは、あくまでジェイドやルチル達がモモカを口説ければ正式な話にする、ということだろう。そして現時点で話が届いていない点から考えるに、親からは期待薄と見られているのだと思う。
「……ふぅ……それで、コハク? そちらの女性は?」
小さく息を吐き、レオンさんがコハクへと水を向ける。安心してくれ、父さん。モモカと違ってそっちは胃に優しいよ。
「お初にお目にかかります、辺境伯閣下。ラビアータ伯爵の長女、カトレア=リンド=ラビアータと申します」
「ふむ……ラビアータ伯爵の。ミナトから報告は受けていたが、そういうことでいいのかな?」
綺麗に一礼してみせたカトレア先輩に対し、レオンさんの反応は割と好意的だった。モモカの周辺と比べたのかもしれない。
「コハク君とは仲を深めている段階ではありますが、ゆくゆくは……と考えております」
「なるほど。コハクは少し引っ込み思案なところがあってね。君のように引っ張っていけそうな女性が合うとは思っていたが、まさかそのままに選ぶとは……」
父親としての顔を覗かせつつ、レオンさんは二度、三度と頷く。
「コハク。手放したくないと思ったのなら彼女の手をしっかりと握っておくことだ。いいね?」
「わかっております、父上。絶対に手放しません」
コハクが力強く断言し、それを聞いたカトレア先輩の頬がにわかに朱色を帯びる。うーん……甘酸っぱいわ。どうなるかと思ったけど、この分だと確定かな? モモカの方が大変な分、コハクの方は落ち着いていて助かるよ。
「ミナト」
俺がそんなことを考えていると、レオンさんが俺の名前を呼ぶ。そこに真剣なものを感じ取った俺はレオンさんの目線に従い、カリン達をその場に残してみんなから距離を取った。
そうして一対一で向き合うと、レオンさんは酷く心配そうな顔を俺に向けてくる。
「色々と言いたいことがあるが……まずは無事で何よりだ。お前が北の大規模ダンジョンを破壊したと聞いた時、何をやっているんだと驚いたものだが……」
「申し訳ございません。ただ、必要なことでしたから」
心配をかけたことに対して謝罪はするが、必要以上に謝らない。北の大規模ダンジョンを破壊したことに関し、後悔は一切ないのだ。むしろ破壊できて安心したぐらいである。
「必要なこと、か……当家の嫡男としては、もう少し大人しくしておいてほしいところだがなぁ」
俺の返答を聞いたレオンさんは苦笑を浮かべる。
サンデューク辺境伯家も東の大規模ダンジョンに接している以上、その危険度はよくわかっているはずだ。そんな大規模ダンジョンに学生ながら乗り込み、ボスモンスターを倒して破壊した。
それを聞けば驚くのも当然だし、安全な場所で大人しくしてほしいと願うのも当然だろう。
だが、サンデューク辺境伯家の嫡男ではなく、この世界でハッピーエンドの未来を目指す身としては頷けない。そのためレオンさんの言葉にも苦笑を返すに留める。
「そう、か……やるべき理由があるんだな。お前には何度も驚かされてきたが……」
そう言ってレオンさんは俺をじっと見る。頭から爪先まで、しっかりと。
「強くなったな、ミナト。今のお前を見ていると、昔、初めて会った頃のランドウを思い出すよ」
「……それはさすがに褒め過ぎですよ、父上」
「いや、親の欲目込みだけどな。少なくとも俺じゃあもう勝てないだろう。こうも早くに息子に超えられると、嬉しいやら悲しいやら、複雑な心境だよ」
レオンさんが初めてランドウ先生に会ったのは、だいぶ昔のことだろう。その頃のランドウ先生を思い出す強さと言われてもいまいちピンとこないが、褒め過ぎだろうとは思ってしまう。
(でも、昔のランドウ先生だったとしても、その強さに並んだって言われたらなんか嬉しいな……)
ランドウ先生は自力でスギイシ流という戦い方を編み出し、手探りで強くなってきた人だ。俺の場合は凡才ながらもランドウ先生に手を引いてもらって強くなったため、昔のランドウ先生と比べれば成長力で勝っているのかもしれない。
「……そのランドウ先生も今は学園にいるんで、良ければ会ってあげてくださいね」
俺は逃げるようにしてそう言う。他に何と答えれば良いかわからなかったのだ。
「そうするとしよう……しかし」
レオンさんは一つ頷き、視線を横へ向ける。その視線の先には、興味津々といった様子でローラさんやアイヴィさんに話しかけられているカリンやカトレア先輩の姿があった。モモカはジェイド先輩達を差し置いてジョージさんに甘えている。
「久しぶりにこの学園を見て回るのを楽しみにしていたが、ミナト達の婚約者候補とも会えるとはな……期待しなかったかと言えば嘘になるが、会えて良かったよ」
「そう言われると照れますね……なんというか、むずがゆいです」
抵抗のしようがないし、ほどほどで勘弁してほしいところだ。そんな意思を込めて苦笑を深めると、レオンさんはなんとも言い難い、苦み走った顔をする。
「結婚相手に関して、お前とコハクは何の心配もしていないが、モモカはなんであんな……遠巻きに見ている生徒が複数いるし、ジェイド君とルチル君だけではないのだろう?」
「はい……えー、なんと言いますか、モモカ、滅茶苦茶モテてまして……」
この件に関しても、俺はなんといえば良いのかわからない。何がどうなってモモカはあんな風に育ってしまったのか……『花コン』の性格と全然違うし、俺のせいだろうか? 俺のせいか……。
東部派閥の生徒からもモモカの婚約者候補に関する問い合わせは増える一方だし、ここは一つ、婚約者候補を決めてしまう方が収まるのも早いかもしれない。
(じゃあ、誰をモモカの婚約者候補にするのかって問題が……多数に求婚されてても、コレだって生徒がいないんだよな)
将来性等を考慮して考えると、やはりジェイド先輩かルチルの二択だろうか。ただ、この二人にモモカを託せるかと言われると、兄としては駄目だと拒否してしまう。
(アレクやモリオンがモモカに求婚したっていうのなら、俺も安心して託せるんだが……)
さすがにあり得ないか、と頭を振る。するとそんな俺の仕草を見てどう思ったのか、レオンさんも首を横に振る。
「ネフライト男爵やシトリン商会には私の方からも話をしてみるが……何かあれば、すぐに手紙で連絡するように……いいね? 他に何か報告や相談はあるかい?」
「…………」
疲れたように頼んでくるレオンさんに対し、俺は思わず沈黙を返してしまった。脳裏に浮かんだのはスグリの顔である。
「報告というか、相談というか……将来、当家で雇いたいと思っている人材がいまして。俺の同級生なんですが」
「おや、一体どんな子かな?」
話題が変わったからか、興味深そうな顔をするレオンさん。
「スグリ=レッドカラントという名前の錬金術師です」
「ほう……レッドカラント……あの?」
しかし、俺の報告を聞いて表情が一変した。下手するとモモカのモテっぷりを聞いた時よりも変化したかもしれない。
「四大家の一つじゃないか……一体どうやってそんな……」
「以前から縁がありまして……親しくしている内に、当家に、と……」
「そういえば、王都で親子を助けたと言っていたか……なるほど」
嘘は言っていないが、本当のことも言っていない。状況的に報告したが、これ以上の騒動は勘弁してほしかった。
「まさか……いや、そういうことか。だからミナト、君はカリン嬢を……」
何やら納得した様子で呟くレオンさん。そして辺境伯としての顔付きになると、俺に真剣な視線を向けてくる。
「その縁は大事にしなさい。いいね?」
「はい」
真剣な声色での言葉に、俺もまた、真剣な顔で頷きを返すのだった。




