第327話:二年目の文化祭 その2
オリヴィアから聞いたアスターに関する情報は翌日になるとすぐさま共有し、それぞれに警戒を促すこととなった。
俺が伝えた相手はオリヴィアの言う通り、北の大規模ダンジョンを破壊したメンバーとランドウ先生である。
あとは独断で『魔王の影』に関して知っている者――アレクにも警戒を促している。
他にもカリンに伝えようか迷ったものの、『魔王の影』に関しては知らせていてももしもの際に対処できないと判断し、伝える方が危険だと判断した。文化祭の最中は俺が傍にいるし、何かあれば俺が守るつもりだ。
ただ、あくまで『花コン』での情報でだが、アスターは自身が『魔王の影』の中では戦闘能力が低いことを自覚しており、他者に化けてのスパイ活動を率先して行うものの、直接的な戦闘はなるべく避ける傾向にあった。
それでいて愉快犯的な思考も持ち合わせており、場をかき乱すことにかけては『魔王の影』随一と言えるだろう。というか、アスター以外の『魔王の影』はそういう傾向がないから自然と随一になってしまうんだが。
それらの情報を妄信するわけではないが、アスターは情報の収集こそ行うとしてもこちらを害してくる可能性は低いと見ている。
仮に襲ってくることがあれば撃退するチャンスだ。そう思えるぐらいアスターは戦闘能力が低い。並の兵士よりは遥かに強いだろうが、北の大規模ダンジョンを破壊したメンバーなら十分に戦いになるはずだ。
――と、そう考えること自体が油断かもしれないから、透輝達には常に複数でいてもらう。
特に、俺達の中でも近接戦闘の腕が劣るモリオンなどは危険だろう。そのため透輝やナズナと一緒にいてもらい、メリアはリリィと一緒に行動してもらう。
逆に俺は一人……カリンと一緒に見て回るから二人だが、透輝達とは別れて行動する。手前味噌だが、アスターの注目を引くとすればリーダーを務めた俺だろう。つまりは囮みたいなものである。
(アスターが侵入してこない可能性もあるが、油断は禁物だな……その上でカリンのエスコートもしないと……)
大変だが仕方ない。カリンと見て回る際に邪魔されれば腹が立つだろうが、『魔王の影』の排除も重要なのだ。
そう自分に言い聞かせ、文化祭の当日を迎えるのだった。
文化祭は去年と同じく、アイリスが開会の挨拶を行うことから始まった。
続いてコーラル学園長から手短に『羽目を外し過ぎないように』と注意が促されたが、去年も同じことを言っていたから毎年のことなのだろう。
そして去年にはなかったことだが、今年は国王陛下や来賓の貴族が多数訪れていること、それに伴って護衛の兵士などもいるから変なことはしないように、という注意の言葉がかけられた。
あくまで客の一人として振る舞うためなのか国王陛下からの言葉はなく、他の貴族が紹介されることもない。これは本来おかしなことなのだが、オリヴィアから聞いた話と照らし合わせると納得も出来た。
(学生時代の思い出を振り返るだけなら、肩書きとかは邪魔だもんな……)
『魔王』の発生に備えてのことではあるが、遠方の貴族が学園を訪れる機会など滅多にないのだ。学生の頃の気持ちに戻り、思い出の校舎を見て回りたいと思うのは人情だろう。もちろん、単純に文化祭を楽しむという面もあるだろうが。
そんなことを考えている内に、開会式が終了となる。生徒達が我先にと大ホールから出ていくのを尻目に、俺は隣に立つカリンへ視線を向けた。
(うーむ……去年と同じで気合いが入ってるな……)
着ている制服はいつも通りのものだというのに、皴一つ、汚れ一つついていない。腰まで伸びた深紅の髪は艶やかに輝いており、こちらも手入れバッチリって感じだ。化粧もナチュラルメイクだが気合いが入っており、肌が綺麗に整えられている。
「ミナト様? どうかされましたか?」
そんな俺の視線をどう思ったのか、カリンが首を傾げて聞いてくる。
「いや……さっきも褒めたが、いつも以上に綺麗で見惚れていただけさ」
そのため俺は口が動くままに感想を伝えた。顔を合わせた時に褒めていたが、くどくならない程度には褒め続けて良いのだ。
「も、もう……ミナト様ったら……」
褒めるとカリンは照れたように、それでいて嬉しそうにはにかむ。そんなカリンの反応に俺も笑って返すと、カリンを促して歩き出した。
「…………」
すると、どこからともなく不満そうな視線が飛んでくる。敵意はない……というか、あったら困るんだが、ナズナからの視線だ。表情は取り繕っているが、俺とカリンを見て視線で不満を訴えてくる。
「ナズナ殿、今日のところは」
「あ、俺、ちょっとアイリスのところに行ってくるな? すぐに戻るから……なっ?」
そんなナズナの様子に気付いたのか、モリオンがすぐさま注意を促してくれた。
そして透輝はその場から逃げ出した。いやまあ、モリオンとナズナが近くにいる形になるけど、去年みたいに一緒に見て回るために呼びに行ったんだろうけどさ。
「……ミナト様」
それらのやり取りが聞こえなかった、なんてことはないだろう。カリンが俺の名前を呼んだかと思うと、そっと右腕に手を添えてくる。腕を組みたいというサインだ。
(右手が塞がるのは困るが……そんなことを言ってる場合じゃないか)
俺が軽く右肘を張ると、カリンが嬉しそうに腕を組んでくる。そして俺の右隣に立ち、なんとも言えない、幸せそうな顔で微笑み――。
「あらあら……まあまあまあ……」
なんか、聞き覚えがある声が聞こえた。大ホールを出たところで、何やらいくつもの視線が飛んでくる。
「ミナトちゃん達に会えるかと思っていたら、素敵な光景に出会ってしまったわ」
「駄目ですわ、お母様。せっかくの逢瀬を邪魔しては」
「……どうするべきだと思う?」
「このまま眺めている方が無難では?」
続いて、いくつもの聞き覚えのある声が聞こえてきた。そのためそちらへ視線を向けてみると、楽しそうにこちらを見るアイヴィさんとローラさん、それにどこか気まずそうな顔をしているジョージさんとレオンさんと、身内が集合している。
「父上に母上、それにお爺様にお婆様も……」
遠方の貴族が来るとは聞いていたが、レオンさん達まで来るとは……俺の呟きを聞いて、カリンは石像のように動きを止めている。見れば、首筋から徐々に赤みがさしつつあった。将来の義理の両親、祖父母に見られて恥ずかしがっているらしい。
「や、やあ、ミナト。久しぶりだね」
結局、集団を代表してレオンさんが声をかけてくる。その表情はどことなく気まずそうで、すまなそうでもあった。『デートの邪魔してごめんね?』なんて内心の声が聞こえてきそうである。
「お久しぶりです、父上。それに母上達も」
そう言いつつ、俺はさりげなくカリンの背中を軽く叩く。落ち着いてくれ、というサインだ。
「知人から遠方の貴族が来校するとは聞いていましたが、父上達も来られたのですね」
「ああ。せっかくの機会だからミナト達の顔とかつての学び舎を見ておきたくてね。あとは今後の件について王都で色々と打ち合わせさ」
時間稼ぎの会話に乗ってくれるレオンさん。そしてカリンの様子が落ち着いたと見るや、穏やかに微笑みながら口を開く。
「ところでミナト、そちらのお嬢さんは? 紹介してくれないか」
「はい。こちら、婚約者候補のカリン嬢です。カリン」
俺が名前を呼ぶと、カリンは貴族としての仮面を被って薄く微笑み、スカートを摘まんで一礼する。
「お初にお目にかかります。キドニア侯爵家の次女、カリン=プセウド=キドニアと申します。ミナト様の婚約者候補でございます」
「丁寧な挨拶、ありがとう。ミナトの父、レオン=ラレーテ=サンデュークだ。なるほど、君が……」
カリンの名乗りにそう返し、失礼にならない程度にカリンを観察するレオンさん。その眼差しは辺境伯というより父親としてのもので、俺はなんとなく気恥ずかしく思ってしまう。
「……うん、どうなることかと思ったが、お似合いのお嬢さんだな」
レオンさんの口から出てきた感想は、そんなものだった。どことなくほっとしたような、安堵がこもった声色である。
「カリンさん、この子の傍にいるのは大変だと思うが、見捨てずに仲良くしてくれると嬉しい」
「あ……は、はいっ! もちろんです!」
そして続いたレオンさんの言葉を聞き、カリンが勢い良く返事をする。
「父上? さすがに恥ずかしいのでご勘弁を……」
俺はといえば、なんとも言えない恥ずかしさを感じて苦笑を浮かべるしかなかった。なんだろうね、この気恥ずかしさ。他の誰かにからかわれても気にならないが、両親に言及されるだけで恥ずかしく感じてしまう。
特に、ローラさんとアイヴィさんがキラキラとした目でこちらを見ているのが恥ずかしい。カリンに対して話をしたい、と表情が語っている。申し訳なさそうにしているジョージさんだけが癒しだ。
レオンさん達は大ホールの出入り口で待ち構えていればすれ違うこともないと判断したのだろう。他にも同じことを考えたと思しき貴族達が複数いるため、俺達だけが目立っているわけでもない。あちらこちらで再会の挨拶をしているのが見て取れる。
(来年の文化祭の時期だと、下手したら『魔王』が発生しているかもって思ったのかね……そう考えると今年は来賓が多いわけだ)
レオンさんの口振りから察するに、『魔王』の発生に備えての会議もあるみたいだ。その重要性を思えば竜騎士を派遣するのも妥当といったところか。
そんなことを考えて、軽く現実逃避をする。とうとう我慢できなくなったのか、カリンがローラさんやアイヴィさんに挟まれてアレコレと話しかけられているのを見て、そっと視線を逸らす。
なんだこれ、本当に気まずいし気恥ずかしい。
「なあ、モモカ。俺と一緒に文化祭を回ろうぜ?」
「モモカさん、是非とも僕と文化祭を見て回りましょう」
そうやって俺が内心で悶えていると、何やらそんな会話が聞こえてくる。
そのため視線を向けてみると、ジェイドやルチルに声をかけられているモモカの姿があった。しかもモモカを誘うのはジェイドやルチルだけではないようで、二人の後ろに複数の男子生徒の姿が見える。二人ほど積極的に声をかけられないが、隙があれば誘おうと狙っているようだ。
「それではその、カトレア先輩。お手をどうぞ」
「ありがとう、コハク君」
更にその向こうでは、生徒会の仕事が終わったのかコハクにエスコートされているカトレア先輩の姿もあった。初々しい感じでやり取りをしているのが見える。
「……ミナト? コハクやモモカについて手紙で報告はあったが……詳しく聞かせてくれるね?」
「はい……」
それまでの気まずそうな表情はどこにいったのか。真剣な顔で尋ねてくるレオンさんに対し、俺もまた、真剣な表情で頷くのだった。




