第310話:二年目の武闘祭 その5
準決勝の第二試合、開始直前。
審判が開始の宣言をするよりも先に、透輝とモリオンの口元が動くのが見えた。
『試合前に聞くのもなんだけどさ、魔法使いがこの距離から試合を開始して大丈夫なのかよ?』
『へぇ……私の心配かい? あの未熟だったテンカワが一人前の口を利くようになったものだ』
『いやだって、いくらモリオンでもこの距離はさ……』
どうやら透輝がモリオンの心配をしているらしい。たしかに魔法使いにとって十メートル程度の距離から試合を開始するのは不利な要素だが、相手はあのモリオンだ。透輝の心配はもっともだが、モリオン相手に心配するのは少しばかり早いだろう。
『気にすることはない。ミナト様が相手なら私も距離を取った状態から始めるところだが、君が相手なら丁度良いハンデさ』
『そうか? モリオンがそう言うのならいいけど……』
下手すれば挑発になりそうなモリオンの言葉に対し、透輝は納得した様子で引き下がる。なんだかんだでモリオンの実力が高いものだと知っているからだろう。
「それでは学年不問! 条件不問! 準決勝第二回戦! 貴族科二年のトウキ=テンカワ君対貴族科二年のモリオン=ロライナ=ユナカイト君の試合を開始する! 両者構えて――試合開始っ!」
そうこうしている内に、試合が始まった。
透輝とモリオンは十メートル程度の距離を挟んで向き合い、開始の合図と共に動き出す。
「それじゃあいくぜぇっ! ってええぇっ!?」
透輝が観客席に届くほどに気合いの声を上げて駆け出した瞬間、視界を塞ぐように地面がせり出す。モリオンが繰り出した『土槍』だ。『土槍』を攻撃ではなく目くらましに使用したのだ。
その間にモリオンはバックステップで透輝から距離を取り始める。その手には『召喚器』である『五剋放杖』が発現して握られ、透輝が『土槍』を避けて再度駆け出すよりも先に何度も杖先が振るわれた。
「ちょっ!? うおっ!? マジかよ!」
モリオンが繰り出すのは火属性下級魔法の『火球』だ。それを透輝に向かって連射し、透輝が足を止めて剣で切り裂くよう上手く配置しながら更に距離を取っていく。
(透輝……モリオンが言った通りになってるじゃないか……)
俺は愛弟子の姿に思わず苦笑を零してしまった。十メートルしか距離が離れていないというのは魔法使いにとっては不利な要素だが、モリオンにとっては十メートルも距離があるのだ。
俺なら試合開始と共に駆け出し、『土槍』が出現しようがその瞬間に切り裂いて距離を詰め、勝負を決める。十メートル程度しか距離がないのならそれができる自信があった。
(『土槍』で目くらまし、『火球』をわざと斬らせて時間稼ぎ。そして稼いだ時間で距離を取り、大技でズドン、と)
三十メートルほど距離を開けたモリオンは杖を大きく掲げ、透輝に向かって振り下ろす。それはこれまで使っていなかった中級魔法の『火砕砲』だ。
「――ハァッ!」
だが、今の透輝には通じない。『火砕砲』が飛んでくるのを見るなり足を止め、両手で『鋭業廻器』をしっかりと握って巨大な火球を両断する。
(……まあ、それも時間稼ぎだけどさ)
『火砕砲』の発現をわざと見せて、大仰に発射して迎撃の時間を作らせる。その間にモリオンが何をするかといえば、更に距離を取りながら次なる魔法の準備だ。
『大したものだよ、テンカワ……いくら師匠がミナト様で教えが良かったとはいえ、剣を握って一年半程度の人間とは思えない。その才能、騎士科の人間が見れば嫉妬するだろうね』
『な、なんだよ急に褒めて……褒めても手加減はしないからな?』
『不要だとも。本心ではあるけれど、時間稼ぎのための会話だからね』
距離があるが、わざと風魔法で透輝に声を届けたのだろう。モリオン達の唇の動きから会話を読んだ俺は思わず苦笑を深めてしまう。
(うーん……モリオンの言う通り強くはなったけど、戦いの最中の駆け引きはまだまだだなぁ。今後はその辺りを重点的に教えていくか?)
モリオンが時間稼ぎで仕掛けた会話にしっかりと乗ってしまった透輝の姿に、今後の教育方針をやや修正する俺。そういった戦闘時の駆け引きは教えが浅かったなぁ、と反省する。
『……卑怯とは言わないけど、手加減なさすぎじゃね? え? そこまで本気で勝ちに来る?』
『勝ちに行くとも。君は私の弟子でもあるし、優勝すればミナト様と戦う機会でもある。手を抜く理由がないね』
『うわぁ……ま、まあ、モリオンの本気を引き出せてるってことで、前向きに考えとくよ』
そう言って透輝は剣を構え直す。今から距離を詰めるのは無理だと判断し、モリオンの魔法を迎撃する構えだ。
『今の君なら仮に直撃しても死にはすまい。魔法の師としてはもっと魔法を使って戦え、と言いたいところだけど、君には剣もあるからね。どんな手段でもいい。コレを破ってくれ』
『いや、あの、俺、ミナトじゃないんで……今から撃つの、上級魔法だろ? 直撃したら死ぬって』
戦いの最中にしては呑気な会話をしている二人だが、その間にもモリオンは魔力を高め、透輝は剣に魔力を集中させている。互いに真っ向勝負ってわけだ。
『ミナト様は十二歳の頃、一週間を超える防衛戦で疲労困憊にもかかわらず闇属性の上級魔法を破った……万全の君ならこの程度、余裕を持って斬れるはずだ』
『だから、俺と師匠を一緒にしないでくれよ……ええい! こいっ!』
『ああ、いくぞ。これが木属性の上級魔法――『風食轟雷』だ』
そう言って放たれる、『風食轟雷』。名前の通り風と雷を合わせたモリオンの得意魔法だ。それを魔法に特化したステータスを持つモリオンが撃てば、並の上級魔法を上回る威力となる。
「おおおおおおおおおおぉぉぉっ!」
そんな『風食轟雷』を前に、透輝が吼えた。『鋭業廻器』を三度振るって魔力の刃を飛ばしたかと思うと、上段に構えて前へと踏み込む。
そして、迫りくる風と雷の暴威に真っ向から斬り込んだ。
スギイシ流――『一の払い』。
習い始めた頃と比べれば洗練され、最早別物となった太刀筋で透輝が刃を繰り出す。魔力を纏った刃が魔法に食い込み、物理的な重さはないはずだというのに『風食轟雷』と押し合い、徐々に刃を食い込ませていく。
「――りゃあああぁっ!」
数秒の拮抗の後、透輝が剣を振り切った。それによって『風食轟雷』が両断され、糸が解けるように空中で霧散していく。
(ほう……斬撃を飛ばして減衰させたとはいえ、モリオンの上級魔法を斬ったか)
モリオンは俺が『王国北部ダンジョン異常成長事件』で闇属性の上級魔法、『致死暗澹』を斬ったといったが、あの時はモリオンの援護もあってのことだ。
今、透輝が見せた太刀筋と同程度まで俺が至ったのはいつの頃だったか。東の大規模ダンジョンで修行をしていた頃の俺と同等か、それ以上に至ったか。
『へ、へへ……どうだよ、モリオン。お前が一番得意な魔法、斬ってやったぜ』
剣を振り下ろした透輝が少しばかり嬉しそうに言う。それと同時にどこか誇らしげでもあるが……たしかに誇っても良いだろう。モリオンの『風食轟雷』は並の人間が相殺できる魔法ではない。
『見事、と言うほかない。ああ、賞賛するよテンカワ……いや、透輝』
ここで初めて、モリオンが透輝を名前で呼んだ。それまで苗字で呼び続けたモリオンが、まるで透輝のことを心の底から認めるように。
(っと……モリオンが主人公を名前呼びするのは、好感度がかなり高くなった証拠のはずだが……)
俺は透輝が握る『鋭業廻器』へ視線を向ける。『花コン』ならモリオンが主人公を名前呼びするのは『絆』状態の一歩手前だ。そのため確認するが、まだ『絆石』が光る様子はない。
『上級魔法を斬れるようになった……つまりモリオン、俺の勝ちだ。降参してくれ』
俺が確認をしていると、透輝がモリオンへ降伏を促す。たしかに、モリオンが一番得意な『風食轟雷』が斬られた以上、勝ち目はないだろう。そう判断して降伏を促すのは間違ってはいない。
『ふふっ……降参してくれ、か。本当に成長したな、透輝――だが、私とてミナト様の臣としての意地がある!』
そう言って獰猛に笑うモリオン。それと同時に『風食轟雷』を撃った直後にもかかわらず、モリオンの身に集まる魔力が更に膨れ上がり、昂っていく。
(おいおい……まさか、嘘だろ……)
俺は思わず立ち上がってモリオンを見る。
『花コン』において、モリオンが使える魔法は上級まで。その代わり光と闇を除く全属性で上級魔法を使えるという、魔法に関する天才がモリオンだったのだが――。
『私も限界を超える! お前がコレを斬れれば勝ち。無理なら負け……単純だろう? 受けて立つか!?』
『ハハッ……そういうの、嫌いじゃないぜ』
モリオンが杖を掲げ、魔力を更に高めていく。それを見た透輝はモリオンに応えるように笑い、剣を構えて大きく腰を落とした。
モリオンは必死に魔力を操り、これから放つであろう魔法を制御しようとする。しかしそれは人類が扱い得る魔法の最高峰だ。並の人間なら発現どころか挑戦すら不可能な魔法だ。
事実、さすがのモリオンでも完全に制御するのは不可能だった。魔法は苦手だが魔力の扱いに関してはそれなりに自信がある俺の目から見て、六割から七割程度の完成度で。
『いくぞ』
『ああ』
交わす言葉は短く、モリオンが掲げた杖を振り下ろす。
木属性最上級魔法――『木竜ノ嵐霹』。
『風食轟雷』を超える轟音と共に、風と雷による破壊の嵐が放たれる。不完全とはいえ並の人間が放てる魔法ではなく、常人が受ければ粉々になりそうな威力の魔法だ。
もしも透輝が相殺し損ねたら甚大な被害が出る。そう判断した俺が観客席から飛び出そうとしたが、いつの間にかランドウ先生が客席の最前列に陣取っているのを見て足を止めた。アレなら万が一もないだろう。
(モリオン……)
その代わりに、俺は必死の形相で魔法を制御するモリオンを見た。さすがのモリオンでも制御が間に合っていないのか、自身の腕がところどころ風で切り裂かれ、雷で焼かれながらも魔法を放ち続けている。
「う――おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!」
そんなモリオンに応えるように、透輝が咆哮する。迫りくる『木竜ノ嵐霹』に向かって『一の払い』で斬撃を飛ばし、少しでも威力を減衰させようと足掻いている。
しかし不完全とはいえ最上級魔法の名は伊達ではない。減衰できた威力は極僅かで――それを察した透輝の瞳に決意の色が宿る。
透輝が『鋭業廻器』を上段へと構えた。そしてありったけの魔力を込め、迫りくる破壊の嵐に向かって怯むことなく踏み込んでいく。
踏み込みは完璧で、直撃すれば死もあり得る恐怖を飲み込み、一片の迷いもよどみもない太刀筋で剣を振り下ろし――ソレは成った。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
モリオンの全身全霊に対し、透輝もまた応えた。窮地を前に大きく羽化する。以前は未完成だった『閃刃』を、この場で完成へと導く。
繰り出した刃は破壊の嵐を真っ向から切り裂き、左右に割断する。しかし完全な無効化は無理だったのか、僅かに炸裂した風と雷が炸裂して透輝の体を大きく吹き飛ばした。
それでも最上級魔法を前にしたと思えばほんの僅かな傷である。透輝は受け身を取って立ち上がると、剣を構えて駆け出す。
向かう先は当然、モリオンだ。モリオンもまた、向かってくる透輝に向かって震える手で杖を突き出し、何かしらの魔法を放とうとしている。
だが、それだけで限界だったのだろう。迫りくる透輝に魔法を放つことはなく、最後にはどこか満足に微笑み、透輝が振るった刃がモリオンの杖を弾き飛ばした。
「――そこまで! 勝者! トウキ=テンカワ君!」
『木竜ノ嵐霹』を見て避難していた審判が大きな声でそう宣言し、透輝の勝利が決まったのだった。




