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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第11章

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第295話:『朽ちた玄帝のダンジョン』 その6

 ――みずが落ちてくる。


 玄武の巨体から放たれた『水竜ノ波濤』は空一面を覆い、周囲一帯を押し潰さんと迫ってくる。


 前世で聞いた話だが、高所から水に落下するとコンクリートに叩きつけられるのと変わらない衝撃があるそうだ。もちろん実際には誤差というか、詳細が異なり、たとえ話みたいなものなのかもしれないが。


 だが、空を覆う『水竜ノ波濤』を見た時、俺の脳裏に浮かんだのはその話だった。


 以前『魔王の影』のバリスシアと交戦した際、木属性の最上級魔法である『木竜ノ嵐霹』を受けたことがある。その時も大概だったが、今回は更にスケールが増している。まさに()()()()だ。


(範囲が広すぎるっ!)


 『一の払い』を使えば魔法を斬って霧散させることができる――が、さすがにコレは無理だ。即座にそう思えるほど、攻撃の範囲が広い。二手に別れて的を散らすどころの話じゃない。周囲一帯全てが攻撃範囲だ。


 二手に別れたのは下策だったか? いや、一ヶ所に固まっていた場合、これほどの規模の水で集中的に狙われていた。だからこそ二手にわけたのだ。

 予想を超えてきたのは玄武の行動である。『花コン』でどんな攻撃方法があるかはわかっていたが、まさか高々と跳躍し、眼下目掛けて最上級魔法をぶっ放してくるとは。


「俺が可能な限り斬る! その後に魔法を!」


 判断は一瞬だった。何もせずにいれば圧死する。それなら凌ぐしかない。


 同じことを考えたのだろう。透輝達の方はモリオンが中心となって迎撃するつもりらしく、得意な上級魔法である『風食轟雷』を先に撃ち込んで威力を軽減させるようだ。あとは透輝が『一の払い』で可能な限り斬り、ナズナの『召喚器』でバリアを張れば防ぎきれるだろう。


 そうなると、問題はこっちである。


 メリアやリリィが得意とする光属性魔法は死霊系モンスター等に特効となるが、放たれた属性魔法が相手だとどうか? 有利不利なしか、そもそも効果がないか。メリアは他の属性魔法も使えるが、精々中級魔法まで。それでどれだけ削れるか。


(それなら――)


 可能な限りと言ったが、俺が斬るしかないだろう。バリスシアと戦った時は『瞬伐悠剣』が手元になく、短剣で斬る羽目になったが今は違う。


 バリスシアに負けた()()()とは違うのだ。


「おおおおぉぉっ!」


 剣に魔力を乗せ、降り注ぐ水の塊に向かって魔力の刃を飛ばす。それも一度ではない。二度、三度と全力で刃を繰り出し、水の壁を切り刻んでいく。


「わたしもっ!」


 リリィもそれに加勢し、『一の払い』で魔力を飛ばす。


 空から降り注ぐ水の壁が着弾するまで、ほんの数秒。その間に放つことができた魔力の刃は十を超え――水の壁はいまだ健在。


「メリア!」

「んっ!」


 そこにメリアが『生新光明』を撃ち込むと、頭上に迫っていた水の壁が全て霧散した。切り刻んだ上で魔法を叩きつけたことで突破できたのだ。


 見れば透輝達の方も凌いでいるらしく、薄くなって降り注いだ水の中でナズナがバリアを張り、防いでいるのが見えた。向こうもダメージはないようだ。


(なんとか凌げたが……って、まずいっ!)


 僅かに安堵する暇もなく、今度は玄武の巨体が降ってくる。俺達が()()()()()()()()水の上に、派手な音を立てながら着地する。


 それは前世を含めて聞いたことがないような、爆発するような音だった。大量の水によってぬかるんだ土の上に、玄武という大質量が叩きつけられれば何が起きるか?


 ――答えは、眼前に迫る泥の津波である。


「メリア! リリィ!」


 俺は瞬時に剣を鞘に納めて二人を両脇に抱え、近くにあった木の幹を蹴りつけて駆け上がる。泥の津波は『水竜ノ波濤』を受けても無事だった木々を飲み込み、薙ぎ倒していく。


(マジかよっ!? 攻撃のスケールが違い過ぎる!)


 俺は駆け上がった木を蹴りつけて大きく跳躍すると、迫りくる泥津波を跳び越えた。眼下で泥津波に飲み込まれた木々がバキバキと音を立てており、仮に飲み込まれていたら圧死か溺死か、ロクな目に遭わなかっただろう。


(透輝達は……モリオンが防いだか。さすがだな)


 空中で確認するが、モリオンが更に『風食轟雷』を撃って泥津波に風穴をあけているのが見えた。上級魔法を連射した形になるが、モリオンならばそれも可能だろう、と安堵する。


「おとっ……ミナトさん!」

「っ!?」


 俺が視線を逸らしたのは、ほんの数瞬だった。リリィの焦ったような声によって反射的に視界が捉えたのは、着地した玄武の尻尾がこちらに向かって振るわれる光景である。


「チィッ!」


 蛇の尾が空気を切り裂きながら振るわれる。元々の重量に遠心力と勢いを乗せたその一撃は、直撃すればどれほどの威力となるか。少なくとも並の人間が耐えられるものではないだろう。


「――『瞬伐悠剣』!」


 その名前を叫び、腰に差した剣の能力を解放する。それと同時に両脇に抱えた二人を地面へと投げ、蛇の尾の()()()から強引に離脱させた。


 二人を投げた反動で俺は上下逆さまになる。それにあわせて『瞬伐悠剣』を抜き、迫りくる蛇の尾へと強引に刃を合わせる。


 空中で尻尾が斬れないのは先ほど試した。今回も同じ結果になるだろう。だが、それでいい。


 俺は剣先にぶつかった感触を軸に体を跳ね上げ、蛇の尾をギリギリのところで回避する。体のすぐ真下を必死の一撃が通過していくのを全身が感じ取り、冷や汗を流す。

 それでも蛇の尾を回避し切った俺は地面へと落下し、空中で姿勢を整えて足から着地した。


(あぶねぇ……死ぬところだった……)


 もしくは、蛇の尾が直撃して数百メートル、あるいはキロ単位で空を飛ぶことになっていただろう。その場合、どちらにせよ死んでいたか。


 泥津波が通過したことにより、地表はところどころが沼地のように泥水が溜まっている。そんな中に着地した俺は『瞬伐悠剣』のおかげで骨折もせず、泥に塗れるだけで済んだ。


 泥津波の影響は足場が悪くなっただけではない。周辺の木々のほとんどが薙ぎ倒され、先ほどまでは直径二百メートル程度だった平地が倍近くまで広がっている。


 つまり、隠れる場所がなくなってしまったというわけだ。


(良いところを無理矢理探すなら、他のモンスターが近付いてきたらすぐに目視できるってことぐらいか……仮に近くにモンスターがいたとしても、今の泥の津波で遠くまで運ばれてそうだけどな)


 あるいは、巻き込まれて死んでいるか。たとえヴァンパイアだろうと圧死している可能性があるほど、危険な範囲攻撃だった。


(一撃でこれか……大規模ダンジョンのボスモンスターを舐めていたってわけじゃないんだが……)


 足場が悪くなったが、スギイシ流の剣士である俺やリリィ、透輝は問題なく動ける。しかしモリオンやナズナ、メリアはこれまで通りの移動は無理だろう。


 どれぐらい足を取られるかわからないが、この場からの撤退が難しくなったということはたしかだ。


(魔法で攻撃して仕留めきれるか? かといって斬って倒すには……)


 俺は玄武の巨体を改めて見る。ゾンビ化しているとはいえ、急所は普通の生き物と一緒だろう。そうなると首を落とすか、心臓や頭を潰すか。


(……亀なら頭を引っ込めることができるよな。というか、亀の心臓ってどこだよ……)


 人間なら正中線に沿って急所が並んでいるが、亀もそうなのだろうか。尻尾の蛇の分も含め、急所が微妙にずれていたりしないだろうか。


 剣の刃渡りで考えた場合、心臓付近を刺しても心臓まで届かない可能性もある。そうなると狙うのは首や頭になるが、見た目通り亀のように引っ込めることができるのなら急所が狙いにくい。


 頭を引っ込めた場合、周囲が見えなくなりそうだからその間に一時撤退するというのもアリだが――。


(木が生えている場所まで距離がある……逃げる間、ずっと頭を引っ込めているか? さすがにそれは希望的観測が過ぎるか)


 逃げるにしても一気には無理だ。少しずつ移動し、木々に隠れながら逃げるしかない。ただ、逃げている最中に再び『水竜ノ波濤』を撃たれた場合、木々や土砂に飲み込まれて全滅する危険性がある。迎撃しても良いが、その抵抗によって居場所がバレて追われたらアウトだ。


(……ここで仕留めるしかないな)


 俺はそう判断する。そして仕留めるには何が必要かを瞬時に考える。


 まずは――足だ。


(跳ばせるとまずい。それに足を潰しておけば逃げるとしても追ってきにくいだろ)


 相手がもっと小柄なら最初から勝負を決めに行くが、玄武の場合巨体すぎてそれも難しい。それならば一手ずつ積み重ねるしかないだろう。


 それに、泥津波で周囲が薙ぎ払われた今こそがある意味チャンスだ。俺は本当は他のモンスターが襲ってきた時の護衛だったが、今なら他のモンスターも泥津波で近寄ることができない。


 それならまずは足を潰す。再び跳躍して『水竜ノ波濤』を撃たれたら回避が困難だ。もちろん跳ばない状態で撃たれても危険だが、先ほどみたいに回避が困難になるよりマシだろう。


(跳ばせない、撃たせない、自由に行動させない……そうするには……)


 予定とは異なるが、このまま魔法の撃ち合いを演じるのは不可能。そう判断した俺は泥まみれの地面を蹴り、『瞬伐悠剣』の力を利用して一気に加速する。


「リリィはメリアの護衛と援護! メリアは魔法を頼む! 俺はあいつの足をどうにかする!」

「んっ!」

「任せて!」


 俺の声に対して即座に返事があった。それらの声を背後に、俺は泥の上を滑るようにして駆けていく。


『アアアアアアアアアアア』


 そんな俺の動きに、玄武も即座に手を打つ。右の前肢を泥に突っ込んだかと思うと、そのまま畳を引っ繰り返すようにして地面ごと泥の塊をこちらへと飛ばしてきた。


「っ!」


 俺は即座に進路を変える。足場は悪いが『瞬伐悠剣』のおかげでそれが可能なほど、速度が出せる。最早土石流としか言い様がない泥の壁を回避し、左の前肢へ向かって一気に距離を詰める。


 大きく踏み込むには足場が悪い。そのためすれ違うようにして剣を一閃し、左の前肢の筋を両断する――そのつもりだったのだが。


(硬いっ!)


 剥き出しの前肢を斬りつけたというのに、手の中に返ってきた感触は非常に硬かった。それでいて衝撃を吸収するような柔らかさもあり、その感触を確認した俺の脳裏に、『魔王の影』であるバリスシアの顔が浮かぶ。


(あの男と同じ……いや、こっちの方が()()()()()()()か?)


 体が巨体の分、密度が低いのだろうか。その巨体を支えるだけあって玄武の足はその全てが巨木のようで、太さは十メートル近い。その太さを両断するのは困難なため、筋でも斬れればと思ったのだが刃が途中までしか入らなかった。


(バリスシアよりは斬りやすい……が、太さがある分、互角ぐらいか? つまり、だ)


 玄武こいつを斬ることができれば、バリスシアも斬れる。


 そう思えば心が奮い立つ。()()()とは違うのだと、自らの成長を証明する。


 玄武の前肢を斬りつけてから駆け抜けた俺は、()()()()勝つのだ、と自らに気合いを入れ直すのだった。

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