第293話:『朽ちた玄帝のダンジョン』 その4
思わぬ雨による足止めはあったが、予定を三時間ほどずらし、改めて行動を開始する頃になると雨天は曇天へと変わっていた。
その結果、というべきか。余分に眠ることができたというのもあるだろうが、リリィが絶好調というか非常にご機嫌になっている。全身から明るさ、嬉しさといった感情が光を放たんばかりに放出されているのだ。
(バレちゃうからやめてほしいけど、リリィの気持ちもわかるから何も言えねえ……)
そんなリリィの様子に内心で苦笑しつつ、表面は真剣な表情を浮かべてパーティの先頭を進む。
雨によって足止めを受けたが、その分、余計に休むことができたからか他のメンバーの足取りも軽い。休んだ分の遅れを取り戻そうと少し早めのペースで歩いても平然とついてくる。
「モリオン、太陽はほとんど見えないが問題は?」
「ありません。進路も方角もしっかりと割り出せています」
時折尋ねてみるが、その度に頼もしい答えが返ってくる。魔法もそうだが、こういった面でも頼りになるわ。
『花コン』ではロールプレイングゲームに出てくる盗賊みたいな立ち回りができる者がいない。ダンジョンでも宝箱に鍵がかかっていないし、トラップもミミックぐらいしか存在しないから必要がないのだ。
サンデューク辺境伯家の騎士団みたいに、斥候として先行偵察する立場の者はいる。しかしながら今のモリオンみたいにマッピングしてどうこう、なんて者は『花コン』でもいなかった。
(ま、描いてもらっている地図も今回ボスモンスターを倒せれば無駄になるんだが……撤退しないとも限らないしな。むしろ今回でボスモンスターのところまで行けるとは思わない方がいいだろ)
比較的足場が良い場所を進むようにしている俺だが、一度通ったことがわかるよう、地面の草などは踏みつけて圧し折っている。獣道程度にしかならないが、次回通る際にわかりやすいようにしているのだ。
移動速度と両立させる関係上、本当に最低限である。次回訪れた際には元に戻っている可能性もあるが、しないよりはマシだろう。足元と並行して木に傷をつけているし、少しは目安になるはずだ。
「うん……そろそろだな。モリオン」
「お任せください」
そうしてある程度進んだら、俺はモリオンに声をかける。するとすぐさま頷き、『土槍』を使って高所から周囲の確認を始めた。
現状、まだ三日目のため早いとは思うが、高所から見渡せばボスモンスターを発見できる可能性がある。そのため一定時間移動したらモリオンに頼み、高所から周囲を確認してもらうのだ。ついでに言うと、この『土槍』で盛り上げた土の塊も今後の目印になる。
こうして三日目は明け方の雨以外のアクシデントもなく、時折モンスターを仕留めながら先へと進む形になったのだった。
――『朽ちた玄帝のダンジョン』に挑み、四日日。
昨日の雨が嘘のように好天に恵まれ、早朝から明るい日差しが地表に降り注ぎ、視界をはっきりとさせてくれる。
これなら予定よりも先に進めるかもしれない、なんて思うが、同時に思うこともある。
(今日で四日目か……みんなのコンディションは思ったよりも良い。でも、そろそろ撤退を意識しないとな)
さすがに今日で折り返すわけではないが、ダンジョンの中に居続けている以上、疲労はどうしても溜まってしまう。
片道五日間かけて移動したとして、帰りも五日間でダンジョンを抜けられる保証はないのだ。通った道には印をつけているためそれを辿れば良いが、疲労で鈍った足ではどうしても移動速度が遅くなる。
食料の関係もあるため、撤退の判断はきちんとしなければならない。水は魔力がある限り出せるため餓死するよりも先に脱出することはできると思うし、最悪、キュラスを呼ぶこともできるが。
(ただ、ここまで本当に順調だからな……このままボスモンスターを発見できれば良いんだが)
今のところリリィの『召喚器』の力もあって、こちらに被害らしい被害は出ていない。本来は苦戦するヴァンパイアも背後からの一撃で仕留められているし、中級モンスターは普通に倒せている。そもそもモンスターとの遭遇自体、予定より少なめだ。
雨で数時間足止めを食らったが、仮に撤退するとして、二回目以降にここまでスムーズに進むことができる保証はない。それを思えば今回で仕留めてしまいたい。
そのため俺はモリオンによる周辺の確認を少し多めにしつつ、先へと進んでいく。出会った中級モンスターは両断し、ヴァンパイアは『相埋模個』で意識を逸らして暗殺し、どんどん進む。
もちろん、合間合間に休憩を取ることも忘れない。ボスモンスターを発見したものの、疲労が溜まっていて戦えそうになかった、なんてのは笑い話にもならないからだ。
そうやって進み続けた俺達だが、夕方が迫り出して空が茜色に染まり始める。それを確認した俺は一度だけため息を吐くと、どこか野営に適した場所がないかを確認しつつ口を開く。
「モリオン、周辺の確認を頼む。他の皆は野営に良さそうな場所を探しつつ、周辺の警戒だ」
そう指示を出せば、各自がすぐさま動き出す。モリオンが『土槍』を使ってエレベーターのように自分の体を持ち上げるのを見つつ、俺はリュックを背負い直してその重さを確認した。
(ここに来た時と比べて、軽くなってきてるな……これで見つからなければ撤退か。いや、明日の正午ぐらいまでは粘れるか? 撤退する時の移動速度がどこまで低下するかによるが……道に迷った時のことも考えると、やっぱり明日の正午が最終ラインか?)
溜まった疲労も考慮し、四日半かけて進んだ道を五日半の日程で戻ることとする。正確な距離さえわかるのなら、このまま進み続けて北部諸国連合の方まで抜けるのもアリといえばアリなのだが。
(それで食料が尽きるまでに抜けられなかったら洒落にならん……竜笛も聞こえないかもしれないしな)
こちらの計測ではもう少しでダンジョンの半分といったところまで進んでいるはずだが、あくまで未完成の地図と歩測による推測である。誤差はあると考えるべきだろう。
俺がそんなことを考えつつ周囲を索敵していた――その時だった。
「っ……ミナト様、北東方向に巨大な……アレがボスモンスター……?」
『土槍』で高所を作り出したモリオンが、そんな声を上げる。それはモリオンらしくない、どこか呆然とした響きを滲ませた声色だった。
「なに? 本当か、モリオン」
「ええ。少しお待ちを」
モリオンが再び『土槍』を使い、俺の体を地面から徐々に持ち上げていく。そうしてモリオンと同じ高さまで持ち上げてもらうと、指をさした方角へと視線を向ける。
(アレが……)
目を凝らして確認し、明らかに木でも岩でもない、巨体の生き物を目視する。
高所から見える水平線の手前。直線距離で五キロから六キロメートルといったところだろうか。
「でけぇ……」
思わず、そう呟いてしまう。え? 本当にデカくない? 距離があるから正確には測れないけど、火竜よりも更にデカいぞ、アレ。三十……いや、四十、下手すると五十メートルぐらいあるか?
大きいというのは、それだけで一種の脅威だ。あのサイズなら移動するだけで地面が揺れるし、人間も踏み潰せる。こちらの攻撃もどこまで通じるか。
――『朽ちた玄帝のダンジョン』。
そのボスモンスターは、ダンジョンの名前の由来となっているように玄帝――つまりは玄武だ。しかも頭に『朽ちた』とついている通り死んでいる、ゾンビ化した玄武である、
前世では北の方角を守り、四神の一体だとか言われていたはずだ。その外見は『花コン』で描写されたものと変わらないようで、巨大な亀に長い蛇の尻尾が巻き付いている。
(あのデカさだと斬ろうと思っても刃渡りが足りん、か……そうなるとやっぱり、光属性の魔法が鍵になるか?)
大規模ダンジョンを攻略するにあたり、俺が北の大規模ダンジョンを選んだ理由。
それは『魔王』が発生した際に死霊系モンスターが大量発生したらまずいというのもあるが、こちら側の戦力との相性の良さを考慮した結果でもある。
ゾンビ化した玄武――つまり、光属性が特効となる相手なのだ。
もちろん大規模ダンジョンのボスモンスターである以上、弱点を突いたからといって簡単に倒せるわけではないだろう。
それでも破壊した際のメリット、出現するモンスターの厄介さ、その厄介さに反したボスモンスターの倒しやすさ等から、最初に破壊する大規模ダンジョンに選んだのだ。
選んだのだが――。
(まさかあそこまでデカいとは……動いていないから判断ができないが、移動速度はどんな感じだ? あの巨体でとんでもなく速い、なんてことはないと思いたいが……)
五十メートル近い巨体で高速移動が可能だとすれば、こちらは逃げようがない。そもそも動きが鈍重だとしても、巨体の一歩と人間の一歩では歩幅が違い過ぎるのだ。交戦するとしたら、逃げるのは最初から無理だと考えておくべきか。
俺は遠目に玄武の様子を観察すると、地面に降り立って他のメンバーを集める。
「ボスモンスターを発見した……が、もうすぐ日が暮れる。まずはここで夜を明かし、明日の全員の体調と天候を見てから戦うかを決める。状況によっては撤退だ」
「え? ここまで来たのに戦わないのかよ?」
俺の結論を聞いた透輝が不思議そうな顔をする。モリオンやリリィは俺の言葉に納得した様子だが、ナズナは透輝の言葉に同調するような表情をしていた。メリアはいつも通りの無表情である。
「遠くからの目測だから正確じゃないかもしれないが、相手は五十メートル近い巨体だ。仮に倒せなかった場合、逃げようにも逃げ切れないかもしれない。それなら一度撤退して日を改めるのも手だろう」
「次って……ボスモンスターが移動したらどうするんだ? これってチャンスじゃないのか?」
透輝がそんな疑問の声を上げ――俺も今更ながらにその可能性に気付く。
『花コン』だと固定ダンジョンのボスモンスターが移動することはなく、再戦しようと思えばそれも容易だった。しかし現実たるこの世界で同じようになるとは限らないのだ。
(……たしかに透輝の言う通りだ。そうなると、撤退したら二度と捕捉できない可能性もあるのか……それに、ここまできて撤退するぐらいなら戦っておきたいって気持ちもわかる)
最悪、キュラスによる脱出という手段もある。最低でも大規模ダンジョンのボスモンスターがどの程度の実力かを確認することはできるだろう。
「そう、だな……まずはここで一晩明かすっていうのは変わらないが、明日、みんなの体調と天候を見て、問題がないようだったら」
そこまで言って、俺はここにいる者達の顔を見回す。
「ボスモンスターに挑む……そして勝つぞ」
そう宣言すれば、頼もしい返事がかえってきたのだった。




