第291話:『朽ちた玄帝のダンジョン』 その2
――『朽ちた玄帝のダンジョン』に挑み、一日日。
事前の予測からボスモンスターに最も近いと思われる場所まで移動し、そこからダンジョンに足を踏み入れ。あくまで参考程度にだが用意してもらった地図をモリオンに持たせてダンジョンを進み、今後再び突入する場合に備えてマッピングしながら進んでいく。
隊列は俺と透輝が前に立ち、マッピングしているモリオンを真ん中に置き、その護衛にメリア、そして後方からの奇襲に備えて殿にリリィとナズナを置いている。
透輝を前、リリィを後ろに置いたのは『一の払い』の熟練度の差が理由だ。前から飛んできた魔法は俺が斬り、後方から飛んできた魔法はリリィが斬る。複数で手が回らない場合は透輝が斬り、後方ではナズナがバリアで防ぐという陣形である。
そうやって安全を確保しているからか、マッピングしながらもモリオンの歩みは速い。大雑把な地図を適宜修正しつつ、目印となるものを書き加えて完成度を高めている。
リリィの『相埋模個』に関しては移動の際は切ってある。ヴァンパイアが出現しない限り撃破は容易なため、できる限り消耗を抑えたいのだ。
モンスターの索敵に関しては基本的に俺が担当する。なるべく戦わずに済むよう進路を取り、進路を塞がれて戦わざるを得ない時でも一対一ですぐに片付けられるならパーティから離れ、即座に仕留めて戻る。
相手が強敵でもない限り、派手な戦闘はなしだ。気配を殺し、暗殺者のように背後を取って一撃で仕留めていく。気配を捉え損ねた偶発的な戦闘でもない限り、俺以外にはなるべく疲労を溜めさせないようにしたいからだ。
そうして大規模ダンジョンを進み、一定時間が過ぎたら必ず休憩を取る。水分だけでなく塩分や糖分を摂取し、可能な限りコンディションを整えながらの進軍だ。
『花コン』と違って幸いなのは、こちらの努力次第ではモンスターとの遭遇を避けられることだろう。
歩いた歩数でエンカウントするとか、確率でエンカウントするとか、そういったことはない。移動する際の音、会話、呼吸音などを聞きつけてモンスターが寄ってくるため、それらに気を付けながら移動すれば接触を減らすことができる。
もちろん、それらに気を付けながら移動し続けるのは肉体的にも精神的にも疲労が溜まる。それを少しでも軽減するために一定時間が経ったら休憩を取っているのだ。
そんな感じで時折モンスターを排除しつつ、時折避けつつ。太陽の位置と地図を頼りにダンジョン内を進んでいき、夕方が迫れば野営に向いた場所を探す。ついでに周囲を索敵してモンスターを排除し、夜間に襲われないよう準備を整えていく。いくら『相埋模個』があるとはいえ、近付いてくるモンスター自体がいなければその分、楽になるのだから。
(ここまでは順調、と……夜がどうなるかね……)
さすがに死霊系モンスターが跋扈する中、視界が悪い夜中に移動するのは自殺行為だ。そんな判断から野営を行うが、リリィがいるため気が楽な部分もある。
遠距離から魔法を撃たれた際の対策としてモリオンが分厚い土の壁を作り、その中で休む形になるが、小規模ダンジョンで作った時のように背が高い土壁ではない。立ち上がれば周囲を見渡せるように高さが一メートルほどで厚さを優先し、見張りと脱出を容易にした形である。
球体状にして周囲を全て囲んでしまえばモンスターに気付かれない――なんてことを考えて試したこともあるが、普通にバレて襲撃されたため、大規模ダンジョンではこの形で落ち着いた。
あとはリリィに見張りをしてもらい、モンスターが近付いてきたら『相埋模個』の力で別の場所へと行ってもらう。そしてリリィが見張り中に眠ってしまわないよう、あとは何かあった時に備えてもう一人見張りを立たせ、残りのメンバーは陣地内で休むこととなる。
当然ながらリリィも休憩が必要なため、リリィが休む時は通常の見張り態勢だ。二人が起きて残りの四人が休み、モンスターが襲ってくれば迎撃する。見張りの二人で対処が困難なら寝ている者達を起こして全員で対応だ。
ついでにいえば俺、透輝、リリィは魔法が斬れる関係上別々で見張りに立つ。ただ、透輝は『一の払い』の扱いがまだまだ未熟なため、ペアを組むのはメリアだ。メリアなら透輝が斬れない魔法でも余裕を持って対処できるからである。
モリオンも魔法を撃てば相殺は可能だろうが、ただでさえ水を出したり陣地を作成したりと他のメンバーよりも負担がかかっているため、少しでも楽をさせてやりたかった。
そんなわけで一日目は俺とモリオン、透輝とメリア、リリィとナズナという組み合わせで見張りを立て、夜を過ごす。
もしも疲労が溜まってくればリリィに負担がかかる形になるが、リリィに長時間見張りを頼み、日中に背負って移動する予定である。
今のところは順調に進んでいるため、そうならないことを祈るばかりだった。
――『朽ちた玄帝のダンジョン』に挑み、二日日。
日が昇り始めたら朝食を取り、それぞれ体に不調がないかを確認してから出発する。
夜間はモンスターの襲撃こそあったが問題なく片付けることができ、しかも相手がリッチだったため倒しても臭いでバレることもなく、移動する必要さえなかった。
そのため陣地はそのままにして出発である。ダンジョンの構造物を変化させて作ったため破壊されることはないだろうし、再度ダンジョンに挑む必要があった時に目印になるという判断だ。
陣地を出る際、体臭対策に濡れタオルで体を拭き上げることも忘れない。男女で別れて見張りを立て、陣地内で体を拭いたらタオルを土中に埋めることで隠蔽。その上で臭い消しの薬草を体に擦り付けたら出発だ。
(ナズナは綺麗好きだしなぁ……少しとはいえ荷物も軽くなるし、気分も良くなる。風呂には入れないけど汗拭きは必須だわ)
体を拭かないと不衛生というのもあるし、体臭でモンスターに位置がバレる可能性も高まる。臭い消しの薬草も許容量を超える臭いが相手だと消し切れないのだ。
風呂に入れれば一番だが、さすがにダンジョンの中で風呂を用意して入る者はいないだろう。モリオンの魔法を駆使すれば可能かもしれないが、さすがにそんなことはしない。
(水を無尽蔵に出せて、なおかつ出した水を際限なく温めることができるような能力を持つ人間……この世界だとそういう『召喚器』があればワンチャン……いや、ねえわ。ダンジョンの中で風呂に入って無防備になるのはさすがに暢気すぎるわ)
魔力を使うし、モンスターにも気付かれるだろう。そもそも湯船を作るところから頓挫しそうだ。そんな馬鹿なことを考えつつも、周囲への警戒は怠らない。モンスターを索敵しつつ、何か異常がないかを探りながらダンジョンの中を進んでいく。
「モリオン、移動速度はどうだ?」
「問題ありません。予定通りの進路、速度で進んでいます」
太陽の位置を確認して真っすぐ、北上する形で一直線に進む。こういう時、無意識の内に左右どちらかに曲がって大きな円を描くように進んでしまうため、その辺りを意識して適宜進路を調整しながら真っすぐ進んでいく。
それでも間違いがあっては困るため、定期的に周囲の者達に確認は必須だ。
(索敵しつつ、進路を確認しつつだと精神的に疲れるな……ま、先頭を進む身としては仕方ないんだが)
道がなく、目印も周囲に生えた木々しかないため歩くだけでも神経を使う。一応の目印として時折木に傷をつけていくが、どこまで役に立つやら。
『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時はどんどん地形が変化していたが、大規模ダンジョンは良くも悪くも落ち着いているらしい。振り返ったら新しい木が生えている、なんてことはなく、普通の森のように印をつけながら進むことができた。
ただ、この普通の森のようというのが厄介で、気を付けないと木の根で足を取られる。そのため歩きやすい進路を瞬時に探してそちらへ進むのも俺の役目だ。多少遠回りになっても良いから歩きやすさを優先する。
「っ……前方にヴァンパイアだ。こっちに気付いていないな……リリィ」
「任せてください」
俺の言葉にリリィが答え、鏡の『召喚器』を発現する。そして鏡面にヴァンパイアを映したかと思うと、ヴァンパイアはそのままフラフラと離れていった。そのため俺は無音でその背中を追い、背後から『三の突き』で心臓を一突きして即死させる。
(上級のモンスターでさえコレだもんな……さすがにボスモンスターには通じないだろうけど、それでも破格すぎる……)
仮にボスモンスターに通じたらそのままタコ殴りにして終わりだろう。小規模や中規模のダンジョンならまだしも、大規模ダンジョンのボスモンスターにはさすがに通じない思っているが……試すだけならタダだ。
俺もスグリの『禁忌弱薬』を借りてきているし、ボスモンスターと戦うまでに使っていなかったら効くかどうか試してみるつもりである。もしも大規模ダンジョンのボスモンスターに効くのなら、『魔王』や『魔王の影』が相手でも効く可能性があるからだ。
『花コン』だと一律で効かなかったが、現実となったこの世界でもそうだという保証はない。僅かなりとも効果を発揮し、『魔王』や『魔王の影』を弱らせてくれる可能性があった。
(ま、あくまで可能性だけどな。効いたらラッキーぐらいの精神でいよう)
ボスモンスターは巨体だから簡単だろうが、『魔王』や『魔王の影』が相手だとまずは接近し、当てるところから始める必要がある。ゲームみたいに使用すれば勝手に必ず命中するなんてことはあり得ないのだ。
そんなことを頭の片隅で考えつつ、ヴァンパイアはリリィの『相埋模個』でやり過ごしてから暗殺し、それ以外の中級モンスターは俺や透輝が排除しながら進んでいく。
二日目のため気が早いが、今のところはかなり順調だ。予定よりも早いペースで進んでいるだろう。この分ならボスモンスターのいる場所まで四日目ぐらいに到着するかもしれない。もちろん、進路を間違っていなければだが。
そうやって順調だと思えるペースでダンジョンの中を進み、夜が来たら再び野営となる。一日目の夜と同じように陣地を築き、俺とナズナ、透輝とメリア、リリィとモリオンという組み合わせで見張りを行うようにする――が。
(…………ん?)
それは、時刻で言えば早朝と呼ぶには早い時間帯のことだった。俺とナズナの見張りが終わり、透輝とメリアによる見張りもあと僅かといった時間に俺は目を覚ます。
元々眠りが浅かったというのもあるが、寝ている最中にとある異常に気付いたからだ。
(チッ……運がないな)
俺はヒクヒクと鼻を鳴らし、湿った土の匂いを感じ取る。意識を覚醒させて周囲の空気を感じ取ってみれば、気圧が下がっているのが肌で感じ取れた。
(雨か……)
そこまで激しくはなさそうだが、できれば遭遇したくなかった雨天が訪れたのだ。




