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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第2章

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第28話:軍役

 『花コン』に登場する王家――パエオニア王国のトップであるピオニー王家とその家臣である各地の領主の間には、様々な契約が結ばれている。 


 その内の一つが軍役であり、毎年決まった期間、決められた戦力を王家に提供して軍務を行うことを契約として定められている。


 一応、天災があった時や領主が急死して領内がごたついている時は免除されたり軍役の期間や規模を縮小してもらえたりするし、サンデューク辺境伯家みたいに他国と隣接していて本格的な戦争に発展した場合は国を守るため、という名目で軍役の期間として代替できる。

 しかし近年はオレア教の活動によって戦争が起きても小競り合いで終わっているため、サンデューク辺境伯家では毎年王都、ひいては王家へ戦力を提供して軍役を行う必要があった。


「私が軍役に、ですか?」


 執務室に呼ばれて一体何事かと思ったら、毎年レオンさんや親族が行っていた軍役を今年は俺に任せるつもりらしい。

 軍役は王家と領主の間で交わされた契約のため、領主か領主の一族の誰かが代表として行く必要があるが……さすがにこれは予想外だった。


「お前は既に初陣を終えているし、兵の指揮に関しても問題がないとウィリアムから報告を受けている。通例よりもかなり早いが、これも一種の箔付けだな」


 そんな感じで軽く言うレオンさんだったけど、初陣を引き合いに出されると困る。軍役となると初陣の何倍もの兵士を率いる必要があるのだ。


「王都には父上と母上……お前の祖父と祖母もいるし、顔を見せてきなさい。軍役の代表者として王城で国王陛下に拝謁する機会もあるから、お前の名前を売るのにうってつけだ」


 レオンさんの目的もその有用性も理解できる。王立学園に通う前に初陣だけでなく軍役まで行ったとなると、相当大きな発言力を持つことになるだろう。


 王立学園では建前上は生徒は平等なんて謳っているけど、もちろんそんなことはあり得ない。パエオニア王国各地の貴族の子女が集うのが王立学園なのだ。


 王立学園は貴族の子女が通う貴族科。騎士や兵士を志す者が通う騎士科。魔法や錬金術、鍛冶や商業、農業といった専門技術を学ぶ技術科が存在するが、実家が大貴族だったり魔法や錬金術で有名な一族だったりすると周囲の扱いも変わる。

 前世でも学校は社会の縮図だって意見があったけど、王立学園の場合はその傾向が非常に強い。生徒個人の能力も重要だが実家や親の力、他家との力関係、出身地方や実家の役職で形成される派閥など、非常に()()()ことが多々あるのだ。


 もちろん気の合う友人や生涯の親友と出会ったり、惚れた腫れたで結婚に至る異性と出会ったり、実力を見込まれて家臣にどうかと貴族に勧誘されたりと、学生らしいことが起こる場でもある……いや、親友と恋人はともかく、家臣として勧誘される学生は前世では聞いたことないわ。


 そんなわけで色々と起こるのが学園という場所だが、入学するまでの実績も大きなアドバンテージになる。


 俺は既に初陣を終えたが、これだけでもかなり高い評価を得られるだろう。そこに辺境伯家の代表として軍役をこなした、なんて実績が加われば評価は更に高まる。

 俺の実績を疑う者、有名だからと足を引っ張ろうとする者も出るだろうが、そんなデメリットを差し引いてでもレオンさんは俺に軍役を経験させておきたいようだ。


「……さすがに補佐をつけていただけるのですよね?」


 だが、軍役に就いても失敗すれば逆効果である。初陣で死んでいたらそれまでの話だったし、不様を晒したら悪評の方が勝る。だからこそ補佐を求めると、レオンさんは苦笑を浮かべた。


「それは当然だとも。ウィリアムが同行するから何かあれば頼るといい」

「なるほど、それは心強いです」


 騎士団長ウィリアムが一緒ということは、俺は名目上の責任者に徹しても問題ないってことか。神輿として担がれるのが俺の仕事で、実務はウィリアムにぶん投げてもいいってわけだ。

 というか、そういう形でも問題がないってことにしておかないと、サンデューク辺境伯家みたいに武力がある家じゃないと軍役がきついだろう。有能な部下を上手く使うのも貴族の手腕で、代表として同行するぐらいじゃないと領主や嫡男、一族の人間がどんどん死ぬ家が出かねない。


 それでも無事に軍役を終えれば過程はどうでも良い――とまでは言わないけど、『軍役をこなした』という点は真実になる。もちろん、軍役中の行動次第では周囲の評価も大きく変動するのだろうが、何事もなく無事に終えるだけで一仕事なのだ。


「ミナト、お前だから正直に話すが、家督を継がせる前に領主として机上で教えるべきことが残っていないんだ。今回の軍役も本来は学園を卒業してからやらせるつもりだったが、初陣を無事に乗り越え……いや、ランドウのせいで()()()()()()()()大きな実績を得たからな」

「それは……はい」


 本当だよ。まさか一対一で野盗の頭目と殺し合う羽目になるとは思いませんでしたよ父上。


「だからこそ、前倒しで軍役に就かせる。これは初陣と同様、お前の今後にとって大きな武器となるだろう。あとは王都で見聞を広げてきなさい。王都なら様々な人や物、情報が集まるし、お前が行けばパーティの誘いも来るだろう」

「パーティですか……田舎者だと侮られないよう、気張らないといけませんね」


 本人がいない場所では田舎者だって馬鹿にされるかもしれないけどね。でもまあ、王都には行ってみたかったし断る理由もない。『花コン』に登場する主要人物のうち、複数が王都にいるはずだから確認しておきたいしね。


 俺がそんなことを考えていると、何故かレオンさんが真顔になっていた。


「露骨に侮る者はいないだろうが、万が一そんな者がいれば決闘を挑んで構わないからな」

「過激ですな、父上」

「過激なものか。お前が将来通う学園でも決闘は日常茶飯事だったぞ? あっちではまあ、殺すところまで発展することはあまりなかったが」

「たまになら発展するし、学園以外の場所だと殺し合うこともあるわけですか。その辺りも習いましたが、初陣を経験した身としては命は大事にしてほしいですね」


 この世界はオレア教が頑張っているから今のところは割と平和だけど、貴族としては侮られれば放置はできないということだろう。貴族は面子商売だしね。ナメられたら殺すを地で行く職業だしね……ランドウ先生が迂闊に剣を抜くなって言ったのもその辺りが絡むのだ。


「それも初陣を乗り越えたからこそ言えることだな。実戦を経験していない者だと()()()()()ことが多くてな……加減を知らんのだ。お前は実戦を経験しているから立ち合いや仲裁を依頼されることも多いだろうさ」

「うっかり()()が起きないように、ですか。責任重大ですね」

「ははは、まあ、学園で実際に殺し合いにまで発展することは少ないから安心しろ。俺の時は年に数回あったぐらいだ」


 それは普通に多いのでは? 教師が止めろよ……あ、面子がかかると教師がいても止まらないのか。その教師が高位の貴族なら止まるかもしれないけど、それなら同じ学生で高位貴族の子女に止める役割が回ってくるのも頷ける。実戦経験者ならそれが顕著、と。


 元々断るつもりはなかったけど、そんな事情まであれば今回の軍役は断れない。王都とサンデューク辺境伯家の領地を往復するのが面倒だけど、それも一つの経験だろう。

 俺がそう納得していると、レオンさんが一通の手紙を取り出す。きちんと封がされているが封筒自体は装飾が簡素な、身内向けの様式だった。


「出発前にこの手紙を託すが、お前の方から父上に渡しておいてくれ。他にも手紙や書類がいくつかあるが、絶対になくさないようにな」

「重要な案件ですか?」


 それって俺が聞いても大丈夫な話ですかね? 前振りから考えると、明らかに俺がかかわってそうなんですが。


「ああ。実に重要な案件だ。なにせお前の婚約者候補を探してもらうための手紙だからな」

「へえ、俺の……え? なんですって?」


 言葉は聞こえたけど脳が理解を拒んだ。そのため聞き返すと、レオンさんは苦笑を浮かべる。


「お前の婚約者候補についてだ。相手に求める家格や条件を記してあるから、それをもとに父上に探してもらうんだよ。こっちで決めてもいいんだが、王都の方が色々と情報が集まるからな。それに母上がおまえの婚約者候補選びに乗り気らしくて……頑張ってくれ」


 待ってくださいレオンさん、なんで最後は同情するような顔をしたんですか? いや、それは良い。良くないけど横に置こう。


 『花コン』において、ミナトには一人の婚約者候補がいる。


 その名もカリン=プセウド=キドニア。キドニア侯爵家の次女にして『花コン』におけるミナトの死因第一位となる少女だ。


 『花コン』のプレイヤーの多くに『女帝』と呼ばれた女傑にして、『最もミナトを殺した女』、『ミナトキラー』、『最もサンデューク辺境伯家を滅ぼした女』とも呼ばれたミナトの天敵みたいな存在である。


 カリンは実家の都合でミナトの婚約者候補になったが、ミナトと実際に会ってからはその立場を疎んでおり、自分のルート以外でも率先してミナトの排除にかかる。闇堕ちするミナトが悪いと言われればそうなのだろうが、権謀術数の限りを尽くしてミナトを追い落とすのだ。

 『花コン』の主人公とミナトが戦うよう仕向けたり、ナズナにそれとなく離反を促したり、コハクやモモカにミナトを排除するよう誘導したり、他のキャラを唆したり、闇堕ちしたミナトを自らの手で裁いたりと、ランドウ先生を超えるミナト殺しの達人だ。


 『花コン』の主人公としてプレイする分には可愛らしい一面も見せてくれるけど、ミナトからすれば恐怖でしかない。しかも『花コン』ではサンデューク辺境伯家の方から婚約者候補として家同士のつながりを求めており、ミナトとカリンの力関係はカリンの方が上だった。

 カリンの実家であるキドニア侯爵家の領地では錬金術に使用できる質の良い魔力石が産出されており、それを求めたサンデューク辺境伯家の方から頭を下げた形になるのだ。


 そんな関係だが、婚約者候補という間柄でも解消するには相応の理由が必要になる。カリンも貴族に生まれた者として家同士の決めごとを反故にするつもりは()()()なかったが、ミナトの傲慢かつ高圧的な性格を目の当たりにし、結婚しても夫婦生活が上手くいかないと判断した。

 そこで学園で落ちぶれていくミナトを更に追い詰め、関係の解消もやむなしというところまで失態を重ねさせる。関係を解消しても周囲が納得し、むしろ同情するレベルまで。


 それが俺――ミナトの婚約者候補であるカリン=プセウド=キドニアという存在なのだ。 


 余談だが、婚約者ではなく婚約者()()となっているのには深い理由がある。事前に婚約者を決めていたとしても、学園に通って三年もの時間を過ごす内に様々な異性と出会い、婚約者以外に惚れてしまう事例が発生し得るからだ。いや、理由としては逆に浅いか?


 幼い頃から教育を受けてきた貴族の子女とはいえ、感情を完全に制御できる者などいない。多感な時期の少年少女が抱く恋愛感情は制御できない感情の最たるもので、家同士で決めた婚約者がいようとも他の異性に目移りする者が出てしまう。

 家の利益だけを求めるならば、事前に決められた婚約者と結婚する方が良い。両家の規模や特産品や商業規模、兵力や立地といった情報からすり合わせて決めるからだ。


 そこに結婚する当人達の意思は関係なく、貴族としての利益を最優先した結果での婚約となる――が、以前は拗れることが多かったらしい。


 王立学園が存在するのも、青春時代に共に学園に通うことで互いの仲と理解を深め、結婚してからも上手くいくようにするため、なんて側面があるほどだ。


 それでも上手くいかないことがあるのが人間らしいというか、人間だからというべきか。


 どうしても性格が合わない、生理的に受け付けない。


 そんな相手と無理矢理結婚すると色々とまずいことになる。それを危惧したオレア教の介入によって婚約者候補という関係が誕生したのだ。


 実際、他に好きな人ができたから、なんて理由で婚約関係を解消するとなると大問題である。相手が貴族なら顔面とプライドと家紋に汚泥を塗られたようなもので、婚約関係だったはずが不俱戴天の仇へと変貌しかねない。

 若さに任せて勢いで婚約破棄をした結果、両家が戦争状態に突入することもあり得るのだ。その家の上役が上手くなだめられれば良いが、上役が仲介していたりするとそちらにも泥をはねたことになるわけで……大勢の人間の生き死にがかかることになる。


 『花コン』でもそれらに関連する話があった。


 主人公を召喚した直後、召喚した姫君が王立学園の施設の案内をするというシーンがある。これはプレイヤーに向けた王立学園の紹介も兼ねていたのだろうが、その中に学園の中央に存在する『真実の鐘』という鐘楼に関する話があった。


 以前俺が『召喚器』を初めて発現した際、オレア教に連行されて噓発見器として利用されたものを巨大化させた代物である。オレア教で使った物と異なり、()()()()()()機能を利用して特定の時間が来ると勝手に鐘が鳴るのだが、噓発見器としての機能も残っているのだ。

 『花コン』で語られたのはそんな『真実の鐘』にまつわる話である。


 それはかつて婚約者がいる男女が二組いて、お互いに仲が良く、それでいてお互いに婚約者じゃない方の異性を好きになってしまった、なんて話だ。


 立場を考えれば婚約者と結婚するべきである。しかし日々募っていく想いに蓋をすることができず、ある時、片方の男性が好きになった女性を呼び出し、『真実の鐘』の前で告白をしたのだ。

 その時は四人全員の意見と思いが合致していたこともあって軟着陸できたみたいだし、『真実の鐘』を高らかに鳴り響かせるほど、心からの想いを込めて告白をしたことで『真実の鐘』を恋愛ゲーム定番の()()()()()()()()()()()にしたのがその人達だ。


 主人公は感心していたし、『花コン』をプレイしていた当時の俺も『あー、そういう感じのアレね』と納得していた――が、こういうゴタゴタで軟着陸できるのはレアケースである。


 そういったわけで、ミナトである俺にとって婚約者候補というのは鬼門中の鬼門だ。嫡男という立場上結婚しないわけにはいかないし、婚約者候補を定めずに王立学園へ通うとなるとそれはそれでまずい。


 きっと、色々な意味でモテモテになるだろう。生肉を裸身に貼り付けて肉食獣の前に寝転がるような、素敵な未来が待っているに違いない。婚約者候補がいる男性からも警戒されそうだ。

 それらを考えると、レオンさんが婚約者候補を決めようと動くことも当然である。問題は『花コン』と同じようにカリンがその候補に選ばれるのか、という点だが。


(サンデューク辺境伯家は錬金術の分野で劣っているし、良質な素材が入手しやすくなるっていう利益がある。婚約者候補を探してもらう時にそれを伝えておけば大丈夫かな?)


 あとはカリンと婚約者候補という関係になった後の俺の頑張り次第だ。『花コン』だとミナトが婚約者候補だからこそ発生したイベントもあったし、なんとかするしかない。


 なんとかできなかったら? それはもう、死亡フラグが待っているだけだろう。未来の俺が上手くやるよう願うばかりである。


 こうして、俺の軍役兼王都行きが決定したのだった。

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― 新着の感想 ―
原作のために自分を1番殺す相手を娶ろうとするとは ここまで来ると凄いわ
今作も面白いいい! よく考えると、真実の鐘って結構残酷ですよね。愛の証明が物理的可能だと、文字通り愛の証明に使われかねないので好きな人が出来ても中々告白しづらいし、相手が好きなのに鐘を鳴らせなかった…
なぜわざわざ死因NO1を婚約者にしようとしてるんだ…? がんばり次第で回避できそうだが逆に自分からそっちに行くのか
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