第272話:『契約』の力 その4
『死者歩く平原』での訓練は、三日かけて行った。
こういってはなんだが『死者歩く平原』という名前の通りに出現しやすいゾンビが、動きが鈍く、それでいて単調な動きしかしないため生きた巻き藁として最適だったのだ。ゾンビだから既に死んでいるけど。
そんなゾンビと時折出てくるレイス、そしてレイス以上に出現確率が低い中級のモンスター達相手に俺や透輝、カリンは何度も実戦的な練習を繰り返す。
なお、ゾンビの相手をするのは俺と透輝の二人である。カリンについてはレイスやその他のモンスター相手に『召喚器』を振るわせ、相手の体力に見合った威力を叩き込む練習をさせた。
カリンにゾンビの相手をさせなかったのは、外見が人間だからである。いくらモンスターとはいえ、人型の生き物……ゾンビだから生き物と呼ぶのは微妙なところだが、とにかく人型の生き物を相手に力を振るわせるのは俺が止めた。
かつて、『王国北部ダンジョン異常成長事件』の際にカリンの付き人だったエミリーという少女がゾンビ化し、それを俺が斬ったことからカリンにゾンビの相手をさせるのが戸惑われたのだ。
そのためレイスやたまに出てくるリッチの相手をさせた。リッチに関しては魔法を相殺させたり、相殺が無理なら俺や透輝が斬ったりと、安全を確保した上で焼き払ってもらっている。
ただし、それも二日目までだ。カリンの様子を観察し、ゾンビに対して拒絶反応がないことを確認してから『召喚器』を使わせ、焼いてもらった。
今後ゾンビと戦う機会があって、近付いても攻撃できないなんてことが起きればカリンの命が危ないからだ。そのためエミリーのことを思い出す危険性を考慮しつつも、ゾンビを倒してもらった。
そうしてカリンに『尖片万火』を何十回と使わせた感想としては、本当に火力特化だという印象しか出てこない。方向性としてはエリカの『天震嵐幡』に近いが、『天震嵐幡』と比べれば操作がしやすく、その分威力が控えめな感じだ。
ただ、それは『天震嵐幡』が異常なだけであって、カリンの『尖片万火』も十分以上に威力がある。それでいてできることが単調なため、いざという時に選択に迷って『召喚器』が使えない、なんてことは起きにくいだろう。
その上で敢えて問題点を挙げるとすれば、火属性以外の攻撃ができない点か。できるのは威力や形状の調節ぐらいで、炎が通じない相手だと手も足も出ない。その点『天震嵐幡』は木属性で、風と雷の両方を扱える分、対応力があるんだが……。
(対応力が乏しいけど、それを差し引いてもシンプルで使いやすい『召喚器』だな。少なくとも俺の『召喚器』みたいに効果も名前もわからない、なんてことはない)
カリンの立場から考えると、単独で戦う機会というのは考えるのが無駄なぐらいあり得ない。そのため今の方向性で伸ばせば良いだろう。
今の時点でも全力で使えば上級魔法並の威力を出すことができ、威力を抑えれば名前の通り万火……とまではいかないが十を超える火球を生み出すこともできる。集中攻撃も範囲攻撃もできる便利な『召喚器』だ。
(『魔王』や『魔王の影』には通じなくても、雑魚モンスターをまとめて蹴散らすにはうってつけの『召喚器』だ……エリカと一緒に戦わせれば相乗効果ですごいことになりそうだな)
エリカが振るう『天震嵐幡』の風にカリンの『尖片万火』で炎を乗せれば一気に広範囲を薙ぎ払えそうだ。『花コン』ではそういった合体技みたいなものはなかったが、ここは現実の世界である。できるならやってみるのも手だろう。
(広範囲を薙ぎ払ってもらって、そこに強者を投入……さすがに足りないか? 最上級魔法並の威力で連射できれば……)
今はまだ発展途上ということもあるが、夢が広がる話だ。夢といっても物騒だが。
そんなわけで、カリンの『召喚器』に関しては実戦での扱いが学べたし、今後の訓練次第となる。
透輝のスギイシ流の技に関しても、ゾンビを斬り放題して『三の突き』や『閃刃』のコツを少しでも良いから掴ませることができた。
俺に関しては光属性の魔力がどれほどの威力を発揮するか、実際に体験することができた。まさに特効というべきその性能は、これからの訓練に更なる熱を灯すに足るものだった。
そうして日数をかけて色々と試し、残るは一つ。
『想書』に込められた正の感情を使った、メリアからの援護の確認だ。これは魔力と違って使えばそれで終わりのため、すぐには試さず後回しにしていたのである。
そして、せっかく俺を強化してくれるというのなら強者相手に試してみたい。『死者歩く平原』は中級のモンスターが出るためデュラハンでもいないかな、と思って探していたが、三日かけても見付けることができず、そろそろ妥協しようかと思っていたところだ。
「それならボスモンスター相手に試してみればいいんじゃね?」
すると、透輝がそんなことを言い出す。中規模ダンジョンのボスモンスターなら大規模ダンジョンの雑魚よりも強く、上級モンスターの中でも手練れ並みに強いため、丁度いいんじゃないか、という話だ。
(……透輝に一対一で戦わせるつもりだったんだがな)
そんな透輝の提案に、少しだけ魅力を感じてしまう。本当は師匠として弟子の成長のために戦わせるつもりだったが、それもいいな、と思ってしまった。
そのためとりあえずボスモンスターを探し、相手次第で決めよう、と判断する。
遮蔽物が少ない『死者歩く平原』を歩き回り、ボスモンスターを探し回ることしばし。必ずそうと決まっているわけではないが、ボスというからにはダンジョンの中心にいるんじゃないか、という考えからダンジョンの中心を目指す。
これまで出会ってきたボスモンスターはその威圧感の違いから、遠目にでも見付けることができればすぐにわかるだろうと思ったのだが――。
「おいおい……まさか、まさかだ」
遠目に見えたボスモンスターの姿。それを確認した俺はそう呟き、思わず口の端を吊り上げていた。
「ミナト? 一体何が……ッ!?」
怪訝そうに俺の顔を見た透輝が、慌てたように俺から距離を取る。どうした? 何かあったか?
「いや、こえーよその顔……え? なに? あのボスモンスター、ミナトに何かしたのか?」
どうやら俺の顔が怖かったらしい。え? どういうこと? そんなに怖い顔をしてる? なんてことを思いながら自分の顔に手で触れてみると、しっかりと笑っているのが感じ取れた。イイ笑顔ってやつだな、きっと。
「アイリス殿下から聞いてないか? 『王国北部ダンジョン異常成長事件』で俺が戦ったボスモンスター……それがデュラハンだって」
そう――俺の視線の先にいたボスモンスターは、かつて戦ったデュラハンだった。
今と比べればまだまだ未熟だった頃、肋骨を全部圧し折られて死にかけながらもなんとか倒した、ボスモンスター化したデュラハンだ。
『死者歩く平原』に来てから探していたが、まさかボスモンスターになっていたとは……これもきっと、巡り合わせというものだろう。
「え? あっ、あー……そういえばそうだっけ? 話には聞いた……うん、聞いた」
多分、この世界に召喚されてすぐの頃にアイリスから聞いた程度だったんだろう。透輝は記憶が曖昧ですって顔をしている。
そんな透輝の顔を見た俺は、視線を遠くへ移して件のデュラハンをじっと見た。
「本当はな、少しばかりメリアの力を試した後、お前にボスモンスターと戦わせるつもりだったんだ。中規模ダンジョンのボスモンスターだから、少しばかり厳しいかもしれないって思ったけどな」
「ししょー、本当に少しですかね? ボスになった中級のモンスターって上級並かそれより強いんだろ?」
「でも、厳しいからこそ戦わせるべきだと思っていた。相手の方が強くて、下手したら死ぬかもしれないが、だからこそ成長できると思ってな」
「すげえ、俺の師匠が話を聞いてくれねえ」
透輝が驚愕したように言うが、ちゃんと聞いてるって。聞いた上で無視しただけだって。
「師としては弟子が成長する機会だし、死地に追い込むのも吝かではない……ないんだが、今回ばかりは譲れねえ。アレは俺の獲物だ」
これまで戦ってきた相手の中で、負けたバリスシアを除けば最も苦戦した相手と言えるかもしれないのがボスモンスター化したデュラハンなのだ。
あの頃と比べたら俺も成長しているし、今ならあの頃と比べても楽に勝てるとは思う。だが、俺の中では下手すると火竜よりも強力な敵として記憶されているのだ。
――だから斬る。
己の成長を確かめるために。そしてメリアの力を試すための、丁度良い相手でもある。
「メリア」
「んっ」
俺が名前を呼ぶと、メリアがすぐに応えてくれた。
メリアは己の『召喚器』である『献魂逸擲』を発現する。俺の『召喚器』と同じく本型の『献魂逸擲』はシンプルな外見をしており、余計な装飾など不要、と言わんばかりに茶色の背表紙だけで普通の本みたいだ。
だが、アレこそがオレア教が誇る対『魔王』用の決戦兵器。溜め込んだ正の感情を利用して『魔王』を殺し得る、最上級の『召喚器』だ。
ただ、使ったらすぐにその場で死ぬってわけじゃない。これまでにオレア教が溜め込んだ正の感情の全てを乗せ、全力で使えば死ぬってだけだ。
ちょっとした実験で俺を強化したら死にました、では話にならないだろう。ただし、『契約』は本来の力の使い方とは異なるからか、発現した『献魂逸擲』に手を当てるメリアはこれまでにないほど意識を集中した様子である。
「ミナト」
「なんだ?」
メリアからの問いかけに答えると、メリアは首を回して今回持ち込んだ『想書』が入ったリュックへ視線を向けた。
「長くは無理。がんばって」
「具体的には?」
「……十秒?」
メリアなりに頑張って説明してくれたが、どうやら『想書』十冊で十秒程度。つまり一冊当たり一秒程度の強化しかできないようだ。
人がひとり、人生をかけて書き上げる『想書』を使ってその程度の時間しか強化できないと見るべきか、それだけ強力なのか。
(実際に試してみないとわからないか……どんな感じなのかね?)
身体能力に関しては本の『召喚器』が強化してくれているが、そこから更に上乗せされるというのか。あるいは他の能力が発現でもするのか。
兎にも角にも、試してみなければわからない。そう判断した俺はデュラハンがこちらに気付いたのに合わせ、メリアに目配せをする。
「――『契約』を執行する」
「っ!?」
メリアが何事かと口にした――その瞬間だった。
(こいつは……っ!)
俺の全身から光が吹き上がる。それは可視化されるほどに凝縮された正の感情にして光の魔力だ。
その莫大な魔力に押されるようにして地面を蹴りつけてみれば、体が羽のように軽く、爆発的な加速で一気にデュラハンとの距離を詰めてしまう。
『ッ!』
ボスモンスターと化したデュラハンは、そんな俺の動きにも反応する。首がない巨馬に乗った状態で大剣を振り上げ、迎撃せんと振り下ろしてくる。『王国北部ダンジョン異常成長事件』の際に散々苦しめられた、人馬一体の極致のような動きだった。
(――見える)
だが、振り下ろされた大剣の軌道が俺の視界に映る。体はこれ以上ないほど加速しているというのに、俺を両断しようと降ってくる大剣がやけにスローモーションに見えた。
顔面のすぐ横、スレスレのところを大剣が通過していく。それと同時に身を捻って大剣を回避しつつ、『瞬伐悠剣』をしっかりと握り締めて一閃。大剣と交差するようにしてデュラハンの首無し馬を真横に両断する。
速度や動体視力だけでなく、腕力も強化されているのだろう。いや、これは最早全体的な強化というべきか。何もかもが強化され、全能的な感覚すら芽生えそうだ。
首無し馬を両断されたデュラハンの体が宙に浮く。衝突事故でも起こしたように投げ出され、重力に従って落下してくる。それすらも余裕をもって追いつける。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
落下してきたデュラハンに向かって、刃を奔らせた。
その一閃は何の抵抗も許さず、防御すらも許さず。落下途中のデュラハンの金属鎧の体を袈裟に両断し、一撃を以て絶命させる。
(ハ――ハハハッ!)
かつて苦戦し、命懸けで、死ぬギリギリのところで辛うじて倒せた難敵を、たった一撃で倒すことができたという興奮。
それは癖になりそうなほど暴力的な、麻薬染みた快感だ。
これまでにないほど速く、これまでにないほど力強く。まるでランドウ先生のような強さだ。きっとこれは、ランドウ先生が普段見ている風景に近い。そうに違いない。そう断言できるほどの強化だ。
『花コン』において『魔王の影』を超え、『魔王』すら単独で殺し得るランドウ先生に肩を並べることができるほどの力だ。
俺はそう思い――正の感情が尽きたのか、体を覆っていた光が消え失せる。
仮にランドウ先生に肩を並べることができたとしても、それは所詮時間限定かつ、メリアの協力があってのことだと俺に言い聞かせるように。
「…………」
俺は今しがたの十秒と比べれば重く、鈍く感じられる体を動かし、左手を持ち上げて手の平を開閉する。そして最後には拳の形に変えると、強く握り締めた。
(例え借り物で紛い物だろうと、強くなれる手段があった……これまでのゆっくりとした成長とは違う、一発逆転が可能になる力が……)
『花コン』の悪役の身に生まれ落ちてから今まで。望んでも得られなかったものをようやく得られたような気分だった。
あくまで外付けで、俺個人が努力して会得した力ではなく、メリアとの『契約』があってこその話だが。
――俺はたしかに、『魔王』や『魔王の影』に届き得る力を手に入れたのだった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
これにて10章は終了となります。
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それでは、こんな拙作ではありますが11章以降もお付き合いいただければ幸いに思います。




