第269話:『契約』の力 その1
メリアと『契約』を交わし、一ヶ月と少しの時が流れた。
六月も下旬となって季節はだいぶ夏らしくなり、日中は少し動くだけでも汗ばむ陽気となりつつある。
そんな夏が近づいたある日、俺は手紙でオリヴィアに呼び出されて真夜中に図書館へと足を運んでいた。
「メリアとの『契約』の力を実戦で使ってみろ、ですか……」
そうしてオリヴィアに提案されたのは、メリアとの『契約』の力――光属性の力を実戦で使ってこいというものだ。
場所は死霊系モンスターが中心となって出現する中規模ダンジョンで、破壊ついでに試し斬りをしてこい、とのことだ。
『契約』による力に関してはここ一ヶ月少々の訓練である程度は扱いに慣れつつあるが、それでも実戦では試していない。そのため丁度良い機会と思うべきだろう。
(透輝も『一の払い』が形になってるし、連れて行くか……ミスったら死にかねないって緊張感の中でも使えるかどうかを試す、丁度良い機会だしな)
俺とは違い、透輝のスギイシ流の修行はおおよそ順調である。
最初は微妙だった『一の払い』も実戦で使える水準を軽く超え、離れている相手も斬れるし連射もできるしで才能の差を感じさせる成長ぶりを見せていた。
それと見様見真似、我流で身に着けていた『二の太刀』もきちんと修正し、俺の真似ではなく透輝に合わせた形で覚え直している。
現在は『三の突き』を習得中だが、予想外にもここで透輝が躓いた。形にはなっているものの、突き技の感覚がいまいちよくわかっていないらしい。
そのため、実戦に放り込んで『一の払い』や『二の太刀』を仕上げつつ、『三の突き』に関してもコツを掴めないか試そうと思っていたタイミングだったのだ。
(死霊系モンスターが相手なら剣に魔力を乗せつつ、『二の太刀』や『三の突き』を使う練習にもなるしな。『一の払い』との合わせ技を学べば、『閃刃』に至る第一歩になるってわけだ)
どんどん成長していく透輝に頼もしさや育てる楽しさを覚えつつ、その才能に軽く嫉妬しつつ。割合としては八対二程度だが、常人離れした速度で成長してくれるのは助かる話だった。
そんなわけで、今回ダンジョンに行くのは俺とメリアと透輝が確定。他の面子はどうしようかな、と悩むところなのだが。
「え? わたしがダンジョンに……ですか?」
オリヴィアから依頼を受けた翌日、俺が声をかけたのはカリンである。『召喚器』の扱いに関して練習を続けていたため、ここらで一つ、実戦で試してみないかというお誘いだ。
普通の練習も良いが、やはり実戦に勝る練習はない。遠距離からモンスターを焼くだけになりそうだが、普段の練習通りに『召喚器』が使えるかを確認するのは大事だろう。
『魔王の影』と遭遇した場合を想定するとカリンが足手纏いになるかもしれないが、メリアも一緒だし、俺がバリスシアと戦った時と比べると更に強くなった透輝もいる。
それに、カリンという火力特化が同行するならそれを守る壁も必要となるだろう。というわけで、ナズナにも同行を頼むことにした。
二人の仲が微妙だから、それを少しでも改善するために……なんて思惑もある。仲が悪い原因である俺が言うのもなんだが、本当に少しで良いから改善してほしいのだ。
「ししょー……修行の成果を試しにダンジョンに行くのは全然構わないんだけど、なんでこのメンバーなんすか……せめてモリオンを連れて行かない? だめっすか?」
そうやってメンバーが決まったわけだが、いざダンジョンに出発する段階になって透輝が絶望したような顔で尋ねてくる。
ごめん、巻き込む形になるけど許してほしい。君は俺にとって清涼剤みたいな存在なんだ。
ちなみにだが、光竜であるキュラスはまだ使えない。順調に成長して既に二メートルを超える巨体に成長しているが、ドラゴン種として見ると二メートルというのは小柄も小柄。まだまだ子どもだ。
しかし三ヶ月程度でここまで成長したのだから、あと三ヶ月も経つと複数人乗せて飛ぶこともできるようになるかもしれない。現時点でも透輝やアイリスを背中に乗せて飛び回ることができるのだ。
そのためキュラスは学園でアイリスと一緒にお留守番である。
(キュラスの成長速度は『花コン』より遅いけど、予想通りではあるな。成長したら遠くにあるダンジョンでも日帰りで挑めるかもしれん……)
捕らぬ狸の皮算用だが、そんなことを考えてしまう。
そんなキュラスだが、成長するにつれて俺の手を噛むことはなくなったが、俺と会うと透輝やアイリスの背中に隠れるようになってしまった。
まるでヤバい奴にでも遭遇したかのような反応だが……ランドウ先生に対するものと似たような反応をされると、喜べばいいのか嘆けばいいのかわからない。
「モリオンはなぁ……俺やナズナがいない間、派閥の管理を頼んでいるから頻繁には連れ出せないんだよ」
思考を打ち切って透輝に答える。今ならコハクがいるため派閥を任せてもいいのだが、コハクとモリオンでは派閥に対する影響力が異なる。
俺の弟であるコハクの方が影響力がありそうだが、モリオンはその実力と性格で派閥を統率しており、影響力という点ではコハクを上回るのだ。
頭に俺という神輿を置き、その下でナンバーツーとしてモリオンが辣腕を振るう。担ぎやすい軽い神輿が頭だからか、モリオンもずいぶんと楽に派閥を掌握できているようだ。すごいね。
(あとはアレクを連れて行ければ楽だけど、道化師って立場上、あまり肩入れが過ぎるとまずいからな)
以前は無理を言って連れ出したが、今回はそこまでする必要もない。メリアという戦力が同行しているため、本来は足手纏いになりかねないカリンを連れて行く余裕さえあるのだ。
まあ、それでもさすがに一人しか連れて行く余裕はないが。もっと余裕があるならスグリも連れて行って素材を集めてもらうんだが。
(……その場合、カリンが言っていた三人が揃ってしまうかもしれないし、さすがに連れてはいけないかな、うん)
ただでさえカリンとナズナを一緒に連れて行くんだし、これ以上は俺の胃と精神がもたないだろう。ポーションでふさぐけど、胃に穴が開いてもおかしくない。
(おかしいなぁ……こういうのってハーレム? って言うんだろ? 複数の女性に意識されてどうこうっていう……プレッシャーで吐きそうなんだが……)
それでも将来の『魔王』対策としてカリンという範囲攻撃持ちを育てておきたいし、安全を確保するためにナズナの手も借りたい。そのためなら俺が勝手に喰らっている精神的なダメージも無視だ、無視。
「えーっと……ミナト、大丈夫か? なんか顔色が悪いけど……俺が持ってるポーションで良ければ飲むか?」
会話の途中で俺の様子がおかしいと思ったのか、透輝が心配そうな顔をして尋ねてくる。それを聞いた俺は思わず破顔すると、意識して胸を張った。
「俺が悪役で良かったな、透輝……個別ルートがあったら多分、俺の好感度がトップでぶっちぎり。そのまま個別グッドエンドだったぞ……」
「何を言ってんの!? え? 本当に大丈夫か?」
余計に心配そうになって尋ねてくる透輝だが、仮に俺のルートがあったら余裕で確定してたぞお前……『絆石』がいまだに光らない以上、俺のルートはないんだろうけどさ。
「なあに、軽い冗談だ。それじゃあそろそろ出発するとしようか」
俺はそう宣言し、荷物を積んだ馬車へと乗り込むのだった。
今回俺達が向かうダンジョンは最近になって小規模から成長したらしく、中規模になったばかりのダンジョンである。
元々街道や人里から離れた場所にあり、人通りが少ないことから旅人等が巻き込まれることもなく、それでいて死霊系モンスターばかりという規模の割に危険性が高いことから放置されていた。
調査はあまりされていないようで、出現するのが死霊系モンスターのみ、『基点』が見当たらないことからボスモンスターを倒すタイプのダンジョンだと推察されている程度だ。
ダンジョンの名前は『死者歩く平原』で、名前の通り死霊系モンスターの中でもゾンビが多く出現するらしい。ただしそれは小規模ダンジョンの頃の名前だから、中規模に成長した今となっては他のモンスターの方が多く出現する可能性があった。
名前に平原とある通り、ダンジョンの中は割と視線が通りやすく、起伏も乏しいらしい。それなのにボスモンスターが確認されていないのは、遠目にダンジョン内を観察した程度の調査しかされていないということか。
(オレア教も大変みたいだしな……ダンジョンが増えているから王国側も手一杯だし、人が巻き込まれにくい、近くに町や村がないダンジョンだとこんなもんか……)
探索が容易ならすぐに破壊しても良さそうなものだが、手が回らないのか、それとも死霊系モンスターが使う闇属性魔法を警戒してのことか。低確率とはいえ即死する危険性があるのなら貴重な戦力を他所に回し、放置するというのも理解できる話である。
(そこに魔法が斬れて、なおかつ動かしやすい戦力がいたら依頼を回すわな。こっちとしても実戦経験が積めるから丁度良いけどさ)
気持ち、普段よりも速い移動速度の馬車の中で揺られながらそんなことを考える。
『死者歩く平原』は王都の南、約七十五キロメートルの場所にあり、急げば今日中に到着できることから少しばかり馬車を飛ばしているのだ。
御者を務めるナズナの不満や怒りが、馬を御する腕に表れているわけではない――と、思いたい。
そんなナズナが怖いのか、普段は御者台にいる透輝も客車の中に避難している。そのため俺と透輝が並んで座り、カリンとメリアが並んで座っている……のだが。
「…………」
「んー……」
ダンジョンでの実戦を想像しているのか、緊張した様子のカリン。
そんなカリンに何か思うところがあるのか、カリンの膝を枕にして横になるメリア。
(これ、仲が良い……で済ませていいのか? カリンは何も言わないけど、緊張しているだけ? 俺が何か言うべき?)
立場上、間を取り持つのは俺の役目だろう。そのまま放置していると余計にこじれそうだ、なんて思いもある。
あるのだが――。
(メリアの行動が読めねえ……平然とカリンの膝を枕にしてるし……)
カリンに何か思うところがあったとしても、メリアはそんなものは知らんと言わんばかりに好き勝手に行動している。
そんなメリアだが、今回のダンジョン行きに関して持ち込んだ物があった。
それは図書館に収蔵された『想書』で、正の感情を蓄えた物を十冊ほどリュックに詰めて持ってきている。
俺との『契約』に関し、光属性の力だけでなく、『想書』を使った強化も試してみようというオリヴィアの考えからだ。十冊程度なら誤差で済むため、どんな感覚なのか確かめてほしいとのことである。
(まあ、ぶっつけ本番よりは僅かな本を対価に実践しておくのがベストだよな)
いざ『魔王』や『魔王の影』を相手に力を使おうとして、感覚が違い過ぎてまともに使えませんでした、では笑い話にもならない。というか下手すると俺が死ぬし、人類滅亡に直結する可能性もある。
いつの間にか、ごく自然と対『魔王』対策の戦力として組み込まれている点には色々と思うところがあるが……その辺りはリリィから聞いた別ルートの俺の話もあるし、今更だ。
問題があるとすれば、俺が対『魔王』対策の戦力に相応しい実力があるかどうか、だが。
(今回の実験でその辺りもある程度目途が立つ、か……)
『魔王』相手に戦えるのか、あるいは『魔王の影』を対処する程度に留めておくのか。
今もカリンの膝を枕にして横になりつつ、俺をじっと見つめてくるメリアを見ながらそんなことを思う。
『花コン』の悪役としてはあり得ない選択肢だが、この世界で生きる俺としては、『魔王』を倒す手段は一つでも多く欲しいのだ。
それが、これからわかる。その事実に多少なり興奮を覚える。
そうして戦意を滾らせる俺を乗せ、ガタゴトと音を立てながら馬車が街道を進んでいくのだった。




