第268話:変化 その2
カリンに『魔王』や『魔王の影』に関する情報を伝え、メリアと『契約』したことも伝え。
色々と気になる反応をしていたカリンに何度も尋ねる勇気はなく――それでも三人ってどういうこと? なんて尋ねたものの、答えてくれることもなく。
俺の将来の正妻として行動をするカリンにそれ以上言えることがなかった俺は、距離を取っていた透輝を呼び戻してひたすら訓練に没頭した。逃げたわけではない。いや、やっぱり逃げたっていうのかな、これ……。
(別ルートの話を聞いていたから不安だったけど、条件が違えばここまで変わるものなのか)
リリィから聞いた話では、『王国北部ダンジョン異常成長事件』で火竜が大暴れした結果、カリンは俺に依存するようになったらしいが……それがなければ周囲に対して攻撃的になることもなく、俺が困惑するほどあっさりとメリアのことも受け入れてくれた。
(……いや、そう見せているだけでカリンにも葛藤があるはず……受け入れてくれたからこれで終わり、なんて考えじゃあ愛想尽かされるぞ……)
どうしよう、いつか突き放す未来が訪れる可能性は考えていたけど、愛想尽かされて突き放される未来もあり得るのかもしれない。
(ま、まあ、とにかく、三人がどうこうっていうのは横に置いておくとして、カリンに必要なことは伝えられたし良しとするか)
本当は良くないんだが。俺がカリン込みで三人か、カリン抜きで更に三人もコナをかけていると思われているわけだが。
(カリン、スグリ、メリアの三人なのか、そこにもう一人……これまでのカリンの反応から考えると、ナズナ……か? でもなんというか、ナズナに対してはカリンも当たりが厳しめというか……陪臣とはいえ貴族の娘だからか?)
俺の立場上、正妻となり得るのは同じ貴族の令嬢になる。別ルートでは存在が消滅するというイレギュラーがあったからこそメリアと結ばれたわけだが、そういった例外がなければ普通は貴族の令嬢と結婚するのだ。
だからこそ、カリンもナズナに対する当たりが厳しいのかもしれない。ただ、ナズナの方がカリンに対する当たりがきついし、それに対抗しているだけという可能性もあった。
それ以外の面子となると、アイリスやカトレアも親しいといえば親しいが、どちらかというと生徒会の役員として……つまりは仕事上の親しさに近い。
他の女子生徒で親しい相手といえばエリカぐらいだが……こちらは『召喚器』の扱いに慣れるための練習台が俺で、関係で言えば透輝みたいに教え子みたいな感じだ。それに貴族じゃない。
つまり、カリンが別の面から見ていない限り、カリンが挙げた三人は本人抜きならスグリ、メリア、ナズナになる……と、思う。
(『花コン』のメインヒロインにサブヒロイン、更に隠しキャラ……こ、ここから透輝にグランドエンドに行ってもらうのって可能……可能か? 本当にできる? 俺のせいで無理になってない?)
グランドエンドを目指すには異性として好きになる必要はないが、それなり以上に好感度が必要となる。同性で考えると親友ぐらいの関係性が必要になるのだ。
前々から目指しつつも目を逸らしていたが、同性異性問わず親友と呼べる関係の相手が十人いる人間って前世でもどれぐらいいた? 少なくとも俺は該当しないし、周囲でもそこまでの関係性を築く人間はいなかったんだが。
もちろん、友人知人が十人なら何の問題もない。友達百人できるかな、なんて学生の目標ではないが、十人の友人なら達成できる人間もそれなりにいただろう。
社会に出ると疎遠になるから難しくなるが、学生の頃なら友人と呼べる関係性の相手が十人というのは難しくない。
だが、これが親友となればどうだろうか? 友人の中でも一際親しく、深い付き合いがある相手……そんなもの、良くて一人、いても二人か三人ぐらいじゃないだろうか?
(そう考えると、最初からグランドエンドは無理だったか? 周回プレイで好感度が上がりやすいのならまだしも、そういった周回特典抜きだと無理だろコレ……)
だからカリンや他の面々と俺が親しくしていても問題はない――なんて結論付けそうになって、俺は腹部に手を当てる。
(うぅ……『魔王』を『消滅』させて平和な未来を掴んだら俺も幸せになれる……そう思っていたのに……)
ジクジクと痛みを発する胃に顔をしかめる。
『魔王』をどうにかしなければ人類に未来がないというのに、どうにかできたとしても俺個人の未来が安寧としたものだと思えないのは何故なのか。いや、そうやって悩める未来が訪れること自体、幸せと言えるのだろうが。
『魔王』をどうにかした上で極力死なないことを目的としていたが、追加で幸せな未来を掴めるよう頑張るべきか……しかし、そこまで器用かと言われると俺は不器用な方だし。
俺はそんなことを考えつつ、寮の自室へと戻る――が、ここに来るまで、なんか背後に足音がついてきていた。トコトコと、最近聞き慣れた足音である。
「ミナト。きた」
そう言って声をかけてきたのは、メリアだ。訓練が終わって各々解散したら、そのまま俺の後をついてきたのだ。
「……来た、と言われてもだな」
どういうことなの……来たってどういうことなの? え? 本当にどういうこと? なんで訓練場からここまでついてきたの? あまりにも自然に、平然とついてくるから俺も反応ができなかったよ。
こうして学園内を歩き回るメリアだが、正確にいえばその所属は学園ではない。あくまでオレア教の人間であり、オリヴィアが学園側に話を通したからこそ、制服姿で学園内を歩き回れるのだ。多分メリアが望んだのと、情操教育を兼ねていたんだとは思うが。
住んでいる場所に関しては図書館内に部屋があるらしく、帰るならそっちになるはず……なんだが。
「と、とりあえず入ってくれ」
玄関先にメリアがいるところを誰かに見られたら一気に噂が広まってしまうだろう。カリンに話を通しているから致命的な事態にはならないだろうが、根も葉もない噂が広まるのは勘弁してほしい。
そう判断して俺は部屋に招き入れる。本当はこの場で追い返すのが正解なんだろうが、『契約』を交わした影響なのか、そこまで冷たくあしらうのが戸惑われるのだ。
(来たのがリリィなら歓迎するんだが、メリアが相手だと歓迎するにも限度があるぞ……さっきカリンとあんな話をしたばっかりだしさ。まあ、メリアとしては気にしないし、関係ないってスタンスなんだろうけど)
俺が部屋に招き入れるとメリアは興味深そうに、それでいてどこか楽しそうに部屋の中を見回す。まるで初めて遊園地に連れてきてもらった子どもみたいな反応だ。
そんなメリアの様子に苦笑してしまうが、それはそれとして言うべきことがある。
「メリア? 部屋に上げてから言うのもなんだが、こんな夜更けに……いや、夜更けじゃなかろうと、女性が異性の部屋に気軽に上がるもんじゃないんだ。これは一般常識の類なんだが、その点、理解しているかい?」
「してる」
「してるの!? え? それなのに俺の部屋に来たのか?」
メリアのことだからその辺の教育を受けていないのだろう、なんて思いながら説明をしたら、真顔で打ち返されてしまった。理解した上で異性の部屋に来るって、それこそどういう意味かわかっているんだろうか。
(これは……本当はわかっていないパターンじゃないか? あるいは、わかっているけどその上で信頼しているっていうアピール……?)
むむむ、と唸りながら眉を寄せる。そんな信頼を向けられたら応えるのが筋だろうが、世の中、そこまで理性的に振る舞える男ばかりかといえばそうじゃないわけで。
だが、悲しいかな。同年代の異性が深夜に俺の部屋を訪れたという、男としては喜ぶべき状況なのに、だ。俺が感じるのは精神的な疲労と胃の痛みだけである。ちょっと待ってね、ポーション薄めて飲むから。
「ふぅ……」
スグリ印の低品質の回復ポーションを水で薄めて飲み、痛みが引いたのを確認する。安らぎのポーションもそうだが、本来はこういうオクスリ漬けって良くないんだが……これも『魔王』をどうにかするまでの必要経費だ。
「よし、落ち着いた。それで? わざわざ俺の部屋についてきて何の用なんだ? もしかしてオリヴィアさんからの伝言か?」
「……?」
俺の問いかけに対し、不思議そうな顔をするメリア。あ、これは何もないパターンだな。
「……何も用事はないけど、とりあえずついてきた……みたいな感じか?」
「ん」
俺が意図を読み取ったことが嬉しかったのか、メリアは薄く微笑みながら頷く。時折きちんと喋ることもあるが、たまにこうして俺に読み取らせようとするのは横着か、あるいは甘えか。
(でも、こうして露骨に甘えるような仕草を見せるのは『契約』を交わしたからこその変化、か? あるいは元々甘えたがりな性格だったのか……)
『花コン』でも主人公に対して甘えるような仕草を見せるが、それは好感度が高くなってからだ。
ただし、その人の性格にもよるだろうが、好感度が高い相手に対して甘えるような行動を取るのはおかしなことじゃないだろう。甘えるまではいかずとも、気を許した行動を取るのは十分にあり得る話だ。
そう考えると、眼前のメリアもただ甘えたくてついてきた、なんて可能性がある。
(といっても明日も授業があるからほどほどに……って、メリアは授業に参加しないのか。夜更かしして困るのは俺の方だけど、多少眠らなくても平気だしな)
顕著に酷かった時期と比べればマシだが、今でも不眠の症状が出ることがある。そのため眠れない時はとことん眠れず、安らぎのポーションの世話になるのだが、二、三日程度なら徹夜しても問題はない。
いやまあ、本当は体に悪いんだろうけど、メリアの相手をして多少夜更かしするぐらいなら大丈夫だろう。
「それで? ついてきて満足したか?」
「してない」
「してないんだ……」
一応尋ねてみると、即座に否定されてしまった。仕方ないからメリアが満足するまでお喋りに興じようか、なんて思った瞬間である。
「…………」
無言のメリアからキュー、と腹の虫が鳴く音がした。小さいがたしかに響いたその音に、俺は思わずメリアの顔を見る。
するとメリアの顔が僅かに、しかしたしかに赤らんでいくのが見て取れた。
「……クッキーで良ければあるが、食べるかい?」
「食べる」
小腹が空いた時用のクッキーがあるためとりあえず勧めてみると頷かれ、俺は苦笑しながら準備に取り掛かる。せっかくだ、真夜中のお茶会と洒落込むとしよう。
(『契約』を交わした相手だし、仲を深めるのは悪いことじゃない……よな?)
そう自分に言い聞かせ、俺はクッキーと紅茶の準備に取り掛かる。
そしてこの日以降、時折メリアが紅茶とお菓子を求めて俺の部屋を訪ねてくるようになるのだが――さすがにこの時の俺は知りようがなかった。




