第258話:賭け その2
オリヴィアに先導されて到着したのは、以前メリアに案内されて足を運んだオレア教の『召喚器』の保管庫だった。
オリヴィアは迷いのない足取りで部屋の中央まで進んだかと思うと、不意に足を止める。そして俺が以前見た、鎧と思しき『召喚器』をじっと見上げた。
「…………」
そして、無言のままで鎧の『召喚器』に指を這わせる。大切なものに触れるように、何か大事なものを思い出すように、ゆっくりと。
そんなオリヴィアの姿を黙って見ていると、オリヴィアが小さく息を吐いた。
「あなたには以前、わたしが前回『魔王』が発生した時からずっと生きてるって話したわよね?」
「ええ、お聞きしました。不老になる『召喚器』を見付けてずっと生きてきた、と」
確認するように聞かれたため、俺は素直に返事をした。するとオリヴィアは俺に視線を向けず、ただ、じっと鎧の『召喚器』を見詰める。
「以前、少し触れたことがあったけど、『魔王』が発生した当時、活躍した……いえ、今となっては不可欠というべき三人がいたの。それがオオイシ、レン、アサヒの三人よ」
「先ほど言った、生まれ変わったっていう……」
「そう。そしてその三人の名前の頭文字からとってオレア教を作ったの。わたしにとって、大切な三人だった……はず、だから」
そう言いつつ、オリヴィアはどこか悲しげに微笑みながら鎧の『召喚器』を指でなぞる。相変わらずゴテゴテとした、ロボットみたいな『召喚器』だ。
「三人は同じ村で生まれたそうでね。わたしが初めて出会った時、オオイシが二十歳ぐらい、レンとアサヒは十四歳だったわ。外見は石像の通り……だったはずよ」
以前、声も思い出せないと言っていたからか、オリヴィアは時折曖昧な言い方をする。そしてその度に悲しそうな顔をするが、それさえも感情が薄く見えるのは三百年を超える年月を生きてきた弊害なのだろうか。
「当時、オレア教は存在しなかったから『魔王』が発生したらこの国の軍に志願してね。でも、オオイシ達の村はすぐに滅んでしまったわ」
淡々と、教科書に書かれた歴史の出来事を語るようにオリヴィアは言う。
「それ以来、数ヶ月に及ぶ防衛戦を展開していたけど、相手は無尽蔵の戦力。人類は時間が経つにつれてどんどん弱っていったわ。だから、まだ余力がある内に決戦を仕掛けることになったの」
「決戦……」
「ええ。ただ、決戦といっても変則的な……レンとアサヒが持つ『召喚器』が特殊でね。それを利用した一発逆転の作戦を立てたの」
俺が相槌を打つように呟いても、オリヴィアはこちらに視線を向けない。鎧の『召喚器』を見上げ、ただ、じっとしている。
「このオオイシの『召喚器』……『機装纏鎧』はすさまじくてね。さっき見せた銃器を巨大化させたようなものを大量に召喚して、遠距離からモンスターを薙ぎ倒していたわ」
これよ、と言って、ようやくオリヴィアが振り返る。そして懐から一枚の紙を取り出し、俺に渡してきた。
「これは……」
その内容を見て、俺は思わず瞠目する。兵器に関して詳しいわけではないが、そこにあったのはガトリング砲や大砲といったこの世界――少なくとも三百年以上前には存在しなかったであろう、銃砲火器の設計図だった。
「わたしとオオイシが血路を開き、レンとアサヒを『魔王』の近くまで送り届けたの。そしてアサヒの『羽化転生』を使った」
「『羽化転生』……効果は?」
転生って言葉自体は聞いたことがあるって言ってたのも、その『召喚器』が理由なのだろう。そんなことを考えながら尋ねると、オリヴィアは再び鎧の『召喚器』を見つめて、言う。
「悪いものを良いものへ変換する……本当は毒や麻痺といった悪影響を良い効果へ変換する『召喚器』……だったんだけど、ね。あの子は、負の感情を正の感情に変換した」
「それは……そんなことが可能だったんですか?」
「結果から言えば可能だった。ただ、『魔王』が発生するほどに溜まって、なおかつ数ヶ月人類が防衛戦でモンスター相手に殺し合い、怪我を負ったことで更に溜まった負の感情よ? 人ひとりに耐えきれる規模じゃなかったわ」
鎧の『召喚器』に、『機装纏鎧』にコツン、と額をぶつけながら、オリヴィアが語る。
「それでもアサヒは、ギリギリのところで役目を全うした。変換した正の感情を叩きつけて『魔王』はほぼ『消滅』、長期間の『封印』に成功したというわけ。ただ、残った正の感情の規模が大きすぎてね。どうにかしないと周囲を巻き込んで吹き飛ばしかねないほどだった」
「変換した正の感情がそんなことに? それは……少し違和感がありますが」
「体に良いものだとしても、たくさん摂取すれば毒になるでしょう? それと同じよ」
そう言われても、対処しなければ人類側に痛手を与えるほどの正の感情というのは想像がつかない。そのため首をかしげていると、オリヴィアから苦笑の気配が伝わってくる。
「その正の感情を使ってどれぐらいのことができたか知りたい? 多分、驚くわよ」
「あなたがそこまで言うってことは、相当なんでしょうね。何をしたんです?」
敢えて俺も軽く尋ねる。すると、オリヴィアは一泊置いてから答えた。
「――言語の統一」
「……は?」
驚くというより、呆気に取られて声を漏らす俺。え? 聞き間違いか? 言語の統一?
「正確にいえば、レンが一番詳しい言語への変換、というべきかしら。当時は国によって使用する言語が違ったのだけど、同じ言葉で喋れるようにすれば意思疎通が図れて、負の感情も溜まりにくくなるんじゃないか、なんて考えでね」
「一番詳しい言語へ……変換……?」
俺は呆然と呟く。
異世界に転生して、その転生先で新しく言葉を覚えるとして、だ。覚える際のベースになる言語は何になるか。
(ああ……そう、か……だからこの世界では日本語が使われているのか……)
『花コン』の世界だから、と思考停止していたが、どうやら過去に言語が統一されていたらしい。それもレンという人物が使っていたと思しき、日常的な会話で使われる日本語がだ。
(ところどころ英単語が通じるのも、それが原因か……使える言葉から判断した感じ、学生かな? いや、それは重要じゃないか……ん?)
アサヒはわからないが、オオイシという男性が警察官で、レンはおそらく学生。三人がまとめて転生してきたという点に疑問こそあるが、何か、昔の記憶がかすかに刺激された気がした。
(……駄目だ、思い出せん。なんだろう、テレビか何かで見たのかな……もしくは読んだことがある漫画の設定か何か、か?)
仮に前世で見た記憶か何かなら、確かめようがない。そのため俺は数秒だけ悩んだものの、思考を打ち切る。
「レンの『召喚器』、『動文動記』で破裂しそうな正の感情の力を消費したの。これらの活躍によって『魔王』は『封印』できたし、負の感情を変換して発生した正の感情も消え去ったわ。めでたしめでたしってやつね」
そう話を締めくくるオリヴィアだが、その声色に僅かながら込められた感情を読み取る。
それはきっと、悲しみの感情だ。
「……その三人は」
「死んだわ。オオイシはレンとアサヒを『魔王』のもとに連れて行った時点で致命傷、アサヒはレンに正の感情を渡した後に力尽きて、レンも限界を超えた能力の行使でね……わたしだけが生き残ったわ」
リリィのように、単独での過去への移動という個人で完結する奇跡みたいな行為でさえ、ギリギリのように感じるのだ。それが世界に影響を及ぼすほどの能力となると、反動もすさまじいものがあったのだろう。
「あとはあなたも知っての通り、オレア教を作って、負の感情が少しでも溜まらないように世界を回してきましたとさ……なんてね」
御伽噺のように締めて、オリヴィアが形だけの笑みを浮かべる。作り物の、空虚な笑みだった。
「…………」
そんなオリヴィアに対し、俺は返す言葉を持たなかった。何かを言おうとしたものの、上手く言葉にできない。
(『魔王』や発生したモンスター相手に何ヶ月と戦って、決戦を仕掛けて、仲間が命を賭して事態を切り拓いて……一人、生き残って。『永営無朽』で不老になって、三百年以上、オレア教で足掻いてきて……)
それらの事実を前にして、何が言えるというのか。何か言うべきで、何か声をかけるべきだと思考が訴えるものの、適切な言葉が見つからない。
お疲れさまでしたなんて労いか、大変でしたねなんて共感か、ありがとうございますなんて感謝か。三百年を超える苦労を前にすると、それらの言葉が陳腐に思えてしまった。
「……何故、この話を俺に?」
だから、俺が尋ねたのは話をした理由だ。
この話は辺境伯家の嫡男である俺でさえ初耳だった。おそらくは国の上層部、もしかすると国王陛下ぐらいしか知らないかもしれない。あるいは嫡男ではなく、貴族の当主を継ぐ際に口伝として伝えられるのか。
そんな情報を、何故、俺に伝えたのか。
もちろん、今となってはこの情報自体に大きな価値があるわけではない。かつてこういうことがあったと、一つの歴史、一つの情報でしかないわけだ。
言語の統一など、周辺国家に知られたら面倒事が起きそうな情報だが……過去の歴史を勉強した際に問題となっていなかった以上、おそらくは最初からそうだったということになっているのだろう。
俺としては非常に興味深いし、初めて発生した『魔王』がどんな風に『封印』されたのかを知ることができた。
そのため聞けて良かったと思う……が、何故俺に話したか、という点は解決しないわけで。
そんな俺の疑問に対し、オリヴィアはすぐには答えなかった。『機装纏鎧』の装甲を指で弾き、コツン、コツンと音を立てながら沈黙を保つ。
「長く……永く、生きてきたからかしら。時折、無性に全てがどうでもよくなる時があるの」
そして不意に、そんなことを呟いた。
それはきっと、オリヴィアが滅多に吐くことがない、吐くことができない弱音で。オリヴィアという人間が抱えてきたものの重さを感じさせる呟きだった。
「だから、あなたを今日呼んで、こんな話をした……」
「何故、俺に?」
話した意図はわかった。だが、相手が何故俺なのか。
疑問を込めて尋ねた俺に、オリヴィアは首元にかけてあったネックレスを――『永営無朽』を取り出し、強く握り締め。
「わたしの跡を継いで、オレア教の教主になるつもりはない?」
そんなことを、口にしたのだった。




