第251話:変わったこと
新入生が入学し、二週間ほど過ぎるとさすがに当初の大騒ぎも収まりつつあった。
決闘も頻度が減ったし、俺を相手に決闘を挑む一年生も出なくなってきている。そのため授業中に決闘の立ち合いで呼び出されることも減り、俺としては平和な学園生活が戻りつつあるように感じられた。
それでも新入生関係で何かあったとすれば、本の『召喚器』に新たに一ページ、コハクのページが加わったことぐらいか。
俺が決闘を挑まれて一年生を殴り倒すところを見つめるコハクの姿が描かれていたが、これってどういうことだろう……さすがに本気は出していないし、一年生を決闘で倒したことに対して呆れているってわけじゃないとは思うんだが。
これによって八十ページ目が埋まったことになるが、相も変わらず身体能力が微妙に強化された程度で他に目立った変化はない。俺が気付いていないだけで何か変化しているのかもしれないが、気を付けて確認してみてもはっきりとわからなかった。
一応、コハクやモモカには学園での生活がどうとか、クラスメートとの関係がどうとか尋ねてみたが、当たり障りのない返答しか得られなかった。まあ、モモカは『楽しいですわ!』で終わったんだけども。
俺に対する何かがあったんだろうとアタリをつけてその辺りも尋ねてみたが、コハクからは『兄上は有名なのですね』と微笑みながら言われ、モモカからは『お兄様は大人気ですわ!』と元気に返事があった程度である。
そんなわけで、何かあったんだろうとは思いつつも詳細がわからずじまいだったわけだが、それを知る術もなく。少しもやもやとしたものを感じながらも俺は普段の生活に戻りつつあった。
日中は授業を受け、放課後は定期的に決闘委員会の面々を鍛え、それがない時は透輝を重点的に鍛え、夜になったら自主訓練をしつつその日に顔を見せた者と一緒に訓練をして、夜が更けたら眠る。
そんな一年生の時と変わらない生活を送る俺だったが、変わった部分があるとすれば四つ。
一つ目は、ランドウ先生という俺にとっての指導者が学園にいることだ。
これまでは俺が指導をする側だったが、ランドウ先生が相手なら俺は教わる側へと回れる。今までは自分なりに訓練を行ってきたが、適宜訓練内容を調整してくれるし、なんなら一対一で模擬戦もできるのだ。
これによって成長が停滞していた感覚があった俺の技量が、更に伸びるようになったと思う。もちろん技量的にゆっくりとした伸び方だが、以前と比べれば成長を実感できるようになりつつあった。
そのため自主訓練が本格的な訓練として機能するようになった、と言える。
二つ目は、透輝の教育に関してだ。
これは一つ目に絡むが、ランドウ先生がいることでスギイシ流を本格的に教えられるようになった。
一年生の間に俺が剣術の基礎を叩き込み、俺の剣術を見て真似た透輝だが、ランドウ先生の手腕によって俺では気付けなかった癖が矯正され、スギイシ流の剣士としての第一歩を踏み出したのである。
まあ、既に見様見真似で『二の太刀』を使えるようになっていたし、俺よりも遥かに速い速度でスギイシ流の技を覚えていくだろう。
問題があるとすれば、ランドウ先生も面倒を見るが透輝にスギイシ流を教えるのが俺の担当になったことか……俺自身の勉強を兼ねているんだろうけど、師匠なら弟子の面倒をしっかり見ろ、と言われてしまった。
ただし、ランドウ先生としても孫弟子はそれなりに可愛いのか、あるいは透輝の才能に興味をひかれているのか、こちらから頼まなくても育てる気満々っぽい。
やる気がある分、透輝は大変だと思うが……頑張ってくれ、としか言い様がなかった。
これなら俺から剣を教わったっていうリリィも顔を出せば、ランドウ先生から教えを受けられるかもしれない。いや、既に未来の世界で受けたことがあるんだったか。
そして、三つ目の変化だが。
『キュルル! キュルゥ!』
そんな鳴き声と共に、甘えるように透輝に飛びつく光竜――キュラス。
卵から孵って一ヶ月程度だが、既に生まれた時の倍近い体格に成長している。
普段は透輝かアイリスのどちらかと一緒にいるのだが、夜の自主訓練に時折透輝が連れてくることがあるのだ。
そのため自主訓練の面子にキュラスという光竜が増えたことになる――が。
『キュルルル……ハブッ!』
「お?」
なんか俺、嫌われているんだよな。今も撫でようとしたら噛まれた。一応甘噛みというか、本気で噛んでいるわけではない。それでも威嚇するような鳴き声と共に噛まれることがよくあった。
「ああっ! す、すいませんミナト様! キュラス? どうしてミナト様が相手だと噛み付くの?」
そうやってキュラスに噛まれる光景を見て慌てたような声を上げるのは、アイリスである。透輝の救急箱……もとい、回復役として時間がある時に足を運んでくれるのだ。
『キュウッ! キャーウッ!』
その声が聞こえたのか、キュラスは甘えるような声を上げてアイリスへと擦り付く。
うーん、この対応の差よ。本気で噛み付いてくるのなら矯正するけど、そこまで痛くないからなぁ。俺が両親以外に甘えても良い相手か見ているのかな? もしくは訓練で透輝をボコボコにするから嫌っているのか……そっちかな?
なお、ランドウ先生に対しては噛み付かない。噛み付いたら殺されるとでも思っているのだろう。ランドウ先生を前にすると、俺の後ろに隠れて盾にしようとするほどだ。
そんなわけで、夜の自主訓練にランドウ先生が加わり、時折アイリスやキュラスも顔を出すようになった。
――そして、最後の四つ目の変化だが。
「あの、ミナト様? 『召喚器』の扱いについてもっと詳しく知りたいのですが……」
「うーん……俺に聞くのは間違ってるんだよなぁ。いやまあ、『瞬伐悠剣』なら使えるからその点だと間違ってはいないんだけどさ」
袖を引き、控えめに尋ねてきたカリンに俺は苦笑しながら答える。
そう――何故かカリンが自主訓練に参加するようになったのだ。これは俺が勧めたわけでも、誘ったわけでもない。先日のランドウ先生大暴れ事件以降、自主的にカリンが姿を見せるようになったのだ。
『花コン』でも類似するようなイベントはなかったため、余計に混乱してしまう。しかしながらこれまでカリンを誘う理由を見つけられなかったため、ありがたいと言えばありがたい。
去年、野外実習で透輝がカリンを押し倒してしまったことから、透輝が時折顔を出す自主訓練には誘いにくかったのだが……。
(カリンの『召喚器』は多数相手に効果を発揮する……『魔王』や『魔王の影』が相手だと厳しいけど、奴らが呼び出したモンスターを薙ぎ払うのには打ってつけだからな)
カリンの『召喚器』である『尖片万火』は火力特化のため、多数の雑魚を相手にするのに向いている。その分、強敵が相手だと火力が足りずに足手まといになることもあったのだが、それはあくまで『花コン』での話だ。
(『召喚器』を上手く扱えるようになって、雑魚を蹴散らすための範囲攻撃と強敵相手の威力を重視した攻撃が可能になれば……ただ、『花コン』で『女帝』なんて呼ばれたカリンならまだしも、このカリンだとどうかな……)
性格的に、戦闘に向いているとは思えない。それでも『花コン』のメインキャラクターらしく、鍛えればかなり強くなるとは思うんだが。
(……これまで、カリンを鍛える気が起きなかったんだよな。育てば強くなるってわかっていても、どうにも気が乗らないというか……)
カリンに戦わせるぐらいなら、自分が強くなって戦う方が良い。そんなことを薄っすらとでも考えてしまったのは、何故なのか。
「なあ、カリン。君が参加してくれるのは嬉しいけど、なんで急に鍛えようって思ったんだ?」
カリンの方から望むのなら自主訓練に参加してもらっても構わないが、その点が気になったため尋ねる。するとカリンは動きを止め、僅かに逡巡するような仕草を見せてから口を開く。
「その……この前、スギイシ先生と戦う授業があったじゃないですか?」
「ああ、あったな。ボコボコにされたけど」
ランドウ先生が学園最強の名を手に入れた授業を思い出し、俺は頷きを返す。するとカリンはどこか気まずそうな顔をした。
「あの時、ミナト様は率先して前に立ち、スギイシ先生と戦いました。でも、わたしは他の生徒と一緒に後ろに下がっているばかりで、何もしていません」
「いや、それは……」
今のカリンがランドウ先生に挑むなど、自殺行為もいいところだろう。というか挑もうとしたら止める。かといってろくに訓練もしていない状態で『召喚器』を使われた場合、前に立って戦う俺達を誤射する危険性もあったわけで。
だから仕方ないとなだめようとするが、カリンは存外に力のこもった瞳で俺を見てくる。
「以前も話した通り、ミナト様と一緒に戦えるほど強くなれるとは思えません。ですが、あなたの背中を守れるぐらいには強くなりたい……なんて、思ってしまって……」
そこまで言って、カリンは頬を赤らめながら視線を伏せる。
「それに、その、将来のことを考えると、ミナト様が不在の時に何かあった場合、領主の妻であるわたしが率先して動くこともある、と思いまして……」
「……あー、うん、そうだな」
何と答えれば良いかわからず、曖昧な返事をする俺。カリンの懸念はもっともだが、そこまで先のことを考える余裕が俺にはなかったのだ。
『魔王』をどうにかしなければ、そんな未来を思い描くことすらできない。そんな言い訳を盾にして、考えることを拒んでいたのかもしれない。あるいは単純に、カリンを危険な目に遭わせたくないだけだったのか。
(ランドウ先生が学園に来るまで、割と切羽詰まってたからな……)
自分のこれまでの精神状態を思い返し、思わず苦笑してしまう。
『魔王の影』バリスシアに敗れ、知らず知らずのうちについていた心の傷が膿み、眠ることさえできない状態になっていた。今でも寝付きは悪く、安らぎのポーションがなければ安眠できない夜もあるが、それでも以前よりはマシと言える。
そして、そんな精神状態だったからこそ、色々と考えが足りなかったと思えることもあった。
「俺もできる限りの協力はするけど、無理はしないように。いいね?」
これからの展望と、カリンが抱いているであろう気持ち。その両方からそう言うに留めると、カリンは嬉しそうに微笑む。
「――はいっ!」
元気よく返事をするカリンに俺も笑って返し、こうして、新年度を迎えると共に自主訓練も様子が一変したのだった。




