第242話:期待
スグリに膝枕をされて一晩が明けた。
結局、本の『召喚器』に記載された光るスグリのページに関して検証するべく夜中に剣を振ったが、これといった収穫はない。
これまでと同じくページが増えた分、身体能力が僅かに強化されたかな? と思えた程度だ。
それでいて昨晩は普段以上に早く切り上げ、シャワーを浴びてからベッドに潜り込んだ。するとこれまでの不眠ぶりが嘘のように寝付くことができ、気が付けば朝になっていた。
今までは眠気があっても寝付けず、疲れがあっても寝付けず。明け方に少し眠れれば御の字といった有様だったんだが……すごい効果だ。さすがは錬金術。
でもこの安らぎのポーション、体にヤバい成分が入ってたりしない? 効果がありすぎてビックリなんだけど。たしかに前世の飲み薬も体に合う合わないがあったが、ここまで効果が覿面なお薬は初めてだ。
スグリが加工してくれたため、眠り草を乾燥させて茶葉みたいな形にしてある。そのためお湯を注いでお茶みたいにして飲めば効果があるらしい。やっぱり錬金術師として天才だわ。
ただ、こういうお薬は飲み続けると体が慣れてしまうことがあるし、毎日飲むのはやめておこう。これまで通り寝付けなかったとしても、体や精神が限界を迎えた時に飲むぐらいにしておいた方が良さそうだ。
(素材を買う金はあるけど、作れるのは俺の知り合いではスグリだけだし……)
眠気覚ましのポーションを作れる錬金術師はいるだろうが、アレンジして安らぎのポーションとして作れる錬金術師はどれほどいるか。少なくとも学園にはいないだろうし、王都だろうと何人いるかわからない。そもそもスグリ以外作れない可能性もある。
(安らぎのポーションが欲しければ……なんてことをスグリが言い出したりは……いや、失礼すぎるな。あの子がそんなことをするとは……うん、しないよな?)
貴族としての思考が、良い取引材料に使えるじゃないか、と囁いてくる。相手の弱点を突くのは卑怯ではなく当然のことだ。弱点を放置している方が悪いのだから。
そんなわけで、ここ最近と比べて眠気を感じながら授業を受け、なんとか寝落ちせずに放課後まで過ごす。
そして透輝に少し用事があるから自主訓練をしておくよう告げ、生徒会室に顔を出して何も用事がないことを確認すると、昨日ぶりに生徒会用の錬金工房へ足を向けた。
寮に帰っても安らぎのポーションの効果があったことをスグリに教えるためと、ちょっとした確認のためだ。
まあ、確認と言っても大したことじゃない。昨晩本の『召喚器』に増えたページに関して、スグリや俺自身に変化がないかを確認するだけだ。
スグリといえば錬金術、錬金術といえばスグリ。そう言えるぐらい『花コン』においてスグリの錬金術に関する才能は圧倒的だし、それは現実となったこの世界でも同様だ。
つまり、昨晩増えた光るスグリのページがもたらすのは、錬金術に関する効果ではないか、という推測である。
俺というか、ミナトには錬金術の才能はない。それはもう、下手なんてレベルではなく才能がない。凡人が年数をかけて頑張れば到達できるラインにも到達できない。
もしかするとそれが改善されているかもしれない――なんていう希望的観測に満ち溢れた推測だ。
正直に言うと、昨日の今日でスグリに会うのは気まずい。滅茶苦茶に気まずい。俺が寝ている間にキスをしたのか? なんて尋ねるつもりはないが、この気まずさはどうしようもない。
それでも安らぎのポーションを錬金してもらった手前、その効果を報告しないというのもおかしな話だ。一晩寝てみて効果のあるなしを報告する……そんな当たり前のことをしない方が俺の取るべき行動として違和感があるだろう。
「やあ、スグリ。昨日は世話になったね」
そんなわけで錬金工房を訪ね、授業が終わってから真っすぐ工房へ来たと思しきスグリへと声をかけた。
「ミナト様っ。こ、こんにちは」
そしてスグリは、パッと花咲くような笑みを浮かべながら嬉しそうに挨拶してくる。
「…………」
その、これまでと違う明るい反応に俺は思わず沈黙した。
何か良いことでもあったのか? とか、今日はご機嫌だな? とか。尋ねるべきことを思わず尋ね損ねるぐらいには機嫌が良いようだ。
「あっ……その……」
俺が反応に迷ったのはほんの数秒。その間に何を思ったのか、スグリは急に視線を逸らして顔を真っ赤にする。
「……どうか、したかい?」
さすがにその反応は指摘するべきだろう。そう思って尋ねてみると、スグリはパタパタと両手を振る。
「い、いえっ、その、き、昨日、膝枕をしたことを、その、思い出しちゃって……今になって、恥ずかしくなっちゃって……」
「そうか……」
他にもっと相応しい反応があるだろう。そうは思ったが、どうにもリアクションが薄くなってしまった。
「あー……っと、昨日飲ませてくれた安らぎのポーションだが、寮に帰って剣の素振りをした後でもぐっすりと眠れたよ。改めて感謝させてほしい。ありがとう」
そう言って俺は懐に手を入れ、小さな布包みを取り出す。足りるかわからないが安らぎのポーションの代金だ。
「値段を聞き忘れてしまったからとりあえず金貨を十枚ほど持ってきたが……」
「さ、さすがにそれは多すぎ、です……ざ、材料費はタダですし……」
「そうか。それならまた作ってほしいから、その分の前金として受け取ってくれ」
前金を渡しておけば安らぎのポーションを人質に取られることもないだろう。スグリに対して失礼だとは思いつつも、貴族としての思考がつい、安全策を打ってしまう。
「……ミナト様のためだったら、お金はいらない……ですよ?」
だが、スグリは上目遣いで見上げながらそんなことを言ってくる。やりたいから、作りたいから作るのだと、そう言ってくる。
「いや、それは駄目だろう。俺は君の錬金術の技術に対し、適正な対価を払う義務がある。そして君も錬金術師としてそれを受け取る義務があるんだ」
俺はやんわりと、なだめるように言う。そんなことを許してしまえばスグリのためにならない。
「そ、そうですね……ごめんなさい……」
俺が言いたいことが伝わったのか、スグリも素直に引き下がってくれた。ただ、そんなスグリを見ながら俺は平静を装いつつも内心で冷や汗を掻く。
(これは……俺のためだったらって、露骨な……意識してのことか? それとも無意識?)
良い傾向か悪い傾向かでいえば、悪い傾向だろう。仮に俺がスグリの好意を利用してどうこうしようって話なら、良い傾向になるんだろうが。
(さすがにそんな真似はできんぞ……)
厚意か好意があったとしても、優れた技術には適正な報酬があって然るべきだ。少しオマケするとか、代金の端数を省くとか、それぐらいならお得意様だから、なんて理由で済ませてもいいかもしれないが、無料でっていうのは駄目だろう。
「スグリ、君の師匠である祖母君の前で今の言葉をもう一度言えるか? 言えるのなら俺も意見を取り下げるが……」
「あ……む、無理、です……怒られちゃいます……すごく……」
「だろう? だからその金はきちんと受け取ってくれ。いいね?」
重ねてそう促せば、スグリも納得できたのか布包みを受け取ってくれる。
まあ、それも当然といえば当然だろう。俺もランドウ先生の前で自分の腕を安売りするような発言をしたらどうなるか、簡単に予想出来る。それはきっと、いっそ殺してくれと言いたくなるような素敵な未来が待っているだろう。
「っ……」
ぶるりと体を震わせ、頭に浮かんだランドウ先生の凄味がある笑顔を掻き消す。そして話題を変えるよう、あるいは頭に浮かんだランドウ先生の笑顔から逃げるよう、錬金用の釜へと視線を向けた。
「そうだ。既存のアイテムをアレンジして錬金する君に倣うというわけではないが、久しぶりに錬金術に挑戦してみたくなってね。少し釜を借りてもいいだろうか?」
生徒会用の錬金工房のため俺にも使用する権利があるが、今はスグリが工房主のように管理しているためきちんと許可を求める。
昨晩の本の『召喚器』に記載された新しい光るページ……もしかしたらそれは、スグリのように錬金術に関する能力が付与されるのではないか、なんて推測をしたからだ。
まさかこれまでと同様に、身体能力を少し強化するだけではあるまい。淡くだがこれ見よがしに光っているのだ。これまでと違って特別感がある。
そうなると、スグリの代名詞である錬金術に関して何かしらの強化があるのではないか、と推測したわけだ。
「ちなみにスグリ、昨日から今日にかけて何か変わったことはないか?」
もしかしたら俺じゃなくてスグリの方に効果が出ているかもしれない。そう思って問いかけると、スグリはピタリと動きを止め、首筋から頭に向かって徐々に肌色を赤く染めていく。
「か、変わったこと? な、ないです、よ? ほ、本当にない……です、よ?」
明らかに何かあります、と言わんばかりの反応だが……これは俺の質問の仕方が悪かったな。昨晩俺に膝枕をした時のことを思い出しているのだろう。実行したかはわからないが、キス云々に関して思い出したのか。
「いや、身体能力が強化されているとか、錬金の腕が上がったとか……意識して試してみないとわからないか」
「えっ? か、体はいつも通りですし、錬金術も多分、いつも通り……です、けど?」
そう言って不思議そうな顔をするスグリ。照れてこそいるが嘘をついているようには見えず、俺は頷きを返す。
「そうか……それならいいんだ。とりあえず回復ポーション……は無理だろうから、魔力の溶液を作ってみるよ」
調子に乗って低品質の回復ポーションを作ろうとするが、さすがにそれは一足飛びだろうと錬金術の初歩の初歩、魔力石と水を使った溶液の作成を行うことにする。
これができなければ錬金術の才能はなく、十年近くやってきて未だに俺が成功しない、立ちはだかる壁だ。
仮にスグリの錬金術の才能の十分の一、いや、百分の一でもいいから俺の『召喚器』を通して使用できるのなら、魔力の溶液ぐらいは作れるはずだ。
錬金術に関しては既に諦めていたが、なんだかんだで座学で十年近く学んできた。作れるのなら作りたい。成功してみたい。たとえそれが、透輝のように才能がある人間なら習ったその日にできるようなことでも。
「え、あ、はい……が、がんばってください?」
俺の行動を疑問に思ったのか、スグリが不思議そうな顔をしながら応援してくれる。だが、俺にとっては大事なことなんだ。俺の『召喚器』の謎を解き明かす、大きなヒントになるかもしれないんだ。
そう思い、俺は錬金術に取り掛かるのだった。
三十分後のことである。
俺は錬金工房の扉を閉めると、誰もいない廊下を進んでいく。
学術棟の四階は生徒会室や生徒会用の錬金工房、あとは行事の際に使用する大ホールがあるぐらいで、普段から人通りは少ない。そのため周囲に人気は全くなかった。
「…………」
俺は無言で本の『召喚器』を発現する。そしてペラペラとめくって例の、七十七ページ目にある光るスグリのページを開いて中身を確認し、そっと静かに本を閉じた。
「――何もないのかよっ!」
そしてバシーン、と廊下に叩きつける。
人気のない廊下に一際大きな音が響いたが、生徒会室や錬金工房には聞こえないよう距離を取ったし、周囲の気配も探った。誰かに聞かれることはないだろう。
俺はしゃがみ込んでいそいそと本の『召喚器』を拾い上げると、謝罪するように本の表面を手で払う。そして手の中から消すと、肩を落とした。
もしかしたら、と思って挑んだ錬金術だったが、相変わらず駄目だったのだ。
スグリの光るページは何も力を貸してくれなかった。魔力の溶液を作ろうとしたが、相変わらず俺の目には透明な水にしか見えず、スグリがアドバイスをしてくれても成功しなかったのだ。
(あー……うん、さて……剣の訓練に行くかぁ)
相変わらず謎すぎる自分の『召喚器』に八つ当たりをした俺は、内心でそう呟いて歩き出す。
期待が空振りに終わって、少しだけ悲しかった。




