第237話:素材集めの依頼 その1
冷え込んだり、温かくなったりを繰り返して季節が進んでいく一月の末。
これが二月の末頃になると定期試験というか、進級試験が行われる。三年生は卒業試験となるが、『花コン』だと主人公は一定以上の能力値があって、学年ごとに設定された目標をクリアしていれば進級や卒業ができる。
一年目の場合は能力値もそうだが、学科試験で赤点を取らず、なおかつ小規模ダンジョンを一つ以上クリアしていると進級ができる。
二年目の場合は能力値と赤点回避、それと中規模ダンジョンを一つ以上クリアしていると進級だ。
三年目、卒業するための条件はこれまた能力値と赤点回避、あとは中規模ダンジョンを複数クリアと、普通に遊んでいたら卒業できる。
これらの条件を満たせなかった場合はそれぞれ学年ごとにバッドエンドの一つ、『落第エンド』となる。エンディング数を増やすために作られたんだろうな、なんてプレイヤー達に噂されたエンディングの一つだ。
そして当然のことではあるが、この現実たる世界でこれらの条件は当てはまらない。というかダンジョンの攻略を条件に入れていたら進級や卒業ができる人間が限られてしまうし、さすがに学園の生徒全員が攻略できる数のダンジョンは存在しないのだ。チームを組んでも数的に厳しいだろう。
そういうわけで、進級や卒業はテストで赤点さえ取らなければ良い。そのため留年する生徒は滅多にいない。いるとすれば自分の意思で留年を選ぶような場合だけだ。まあ、『花コン』のメインキャラにも一人留年する生徒がいるのだけども。
それらの事情から、進級にダンジョンの攻略は関係ない――はずなのだが。
「今度の試験で使う素材の採集を我々に?」
授業が終わった放課後。いつものルーティンとして生徒会室に顔を出した俺は、生徒会長であるアイリスから告げられた話に思わず眉を寄せた。
「は、はい……学園御用達の商人からの報告で、試験に使用する錬金術用の素材の集まりが悪いそうで。期限ギリギリまで集めるものの、不足する可能性があると……」
俺の視線を受け止めたアイリスは何故か一瞬怯えるように肩を震わせ、視線を逸らして言う。
「それはおかしな話ですね。学園と取引をするような商人なら伝手も多くあるはず。素材が足りないかもしれないなんて曖昧なことは言わないはずですが……」
商人は信用が第一だ。できるならできる、無理なら無理と言うはずである。多少無理でもどうにかして無理を通せるなら大丈夫だと言うのだろうが、不足する可能性がある、なんて曖昧なことを言うのは引っかかる。
それで本当に不足した場合、客である学園側に迷惑がかかるからだ。そんなことを仕出かせば次回から取引を行う相手が交代することになるだろう。それなら最初から無理だと言う方がまだマシなはずである。
「その、以前ダンジョンの調査を行った際、たくさんの素材を集めたでしょう? もう一度同じことができないか、と期待されているようでして……」
たしかに文化祭の前にダンジョンの調査を依頼され、その報酬として好きなだけ素材を集めてきた。スグリという優れた錬金術師が同行していたこともあり、かけた日数と比べて多くの素材が手に入ったものだが。
「ふむ……その依頼書、拝見しても?」
俺が手を差し出すと、アイリスが少しばかり挙動不審になりながら書類を渡してくる。なんだろう? さっきから目を合わせてもらえないんだが。
それでもとりあえず書類を受け取って目を通していく。依頼主は学園長であるコーラルで、素材を集めるダンジョンに関してはオレア教の方から情報が――っと?
(オレア教はオレア教でも、オリヴィアさんから直接情報が回されている? これはアレか? 以前言っていた、メリアを同行させるってやつか?)
しかも、情報のルート的に学園を管理する上層部である王城を通していない。国王陛下には許可を取っているようだが、オリヴィアとコーラル学園長、そしてこの書類を通して直接生徒会に情報を渡す形になっている。
(つまり……陛下はともかく王城を通すとまずい依頼か? 何がまずいっていうと……オリヴィアは王城に情報を回したくないのか。そうなると王城、それも上の方に疑いを持っている?)
『魔王の影』であるバリスシアが俺の情報を握っていたように、どこからか敵方に情報が漏れていると警戒してのことだろう。バリスシアの件から情報の漏洩者に関して絞り込んだ結果、こんな形での依頼になったのか。
(それでも情報が漏洩する可能性はゼロじゃない。生徒会のメンバー……『花コン』のメインキャラは大丈夫として、それ以外の生徒会員とか……疑い出せば学園の使用人なんかもこの情報は盗み出せる)
それでもオリヴィアからの無言の協力要請みたいなものだろう。これで何かが起きるようなら情報が漏れているし、何も起きないなら情報を漏洩させていると見込んだ王城側にクロとなる存在がいる可能性が高くなる。もちろん、漏洩していて何も仕掛けてこないという可能性もあるが。
(ダンジョンか……正直なところ、もう少し修行したかったが……メリアが同行するならどうにかなるか? 透輝も腕を上げているし、同行するメンバー次第では『魔王の影』が相手だろうと勝ち目がある……)
無茶を言う形になるが、今回ばかりはアレクにも同行を頼もう。彼の補佐とメリアの魔法があれば『魔王の影』が襲ってきてもどうにかできる。少なくとも前回みたいに死ぬようなことにはならないはずだ。
(……もしかしたらリリィが顔を出すかもしれないしな)
自分の未来の娘を名乗る少女のことを思い浮かべ、リリィと会えるかもしれないのなら出向く理由にもなるか、と自分を納得させる。
そして、それはそれとして、先ほどから気になっていたことをアイリスに尋ねることにした。
「依頼を受けるのは構いませんが……その前に殿下、先ほどから顔を合わせてもらえませんが、私が何か失礼でも?」
「えっ? えー……えっと、その、怒らないで聞いてほしいのですが」
「我が師、我が剣に誓って怒りませんとも」
どこか言いにくそうに視線を彷徨わせるアイリスに対し、薄く微笑みながらランドウ先生と剣に誓う。するとアイリスは声を潜め、小声で呟いた。
「……以前より目付きが鋭くなってて、少し怖いんです」
本当に申し訳なさそうにしながら、アイリスが言う。その言葉を聞いた俺は思わず自分の顔を手で撫でながら、どう答えれば良いか迷ってしまった。
「それは……申し訳ございません?」
顔が怖くてごめんね? なんて、人生で初めて謝ったわ。たしかにミナトは悪人顔というか、鋭い感じでキツめの目付きだったが……アイリスがこう言うってことは相当だ。立場上、他人を悪く言えば大問題につながるのがアイリスなのだから。
(ふむ……それだけ怖い顔をしていたってことか)
毎日鏡で確認していたが、自分では気付かなかった。俺がそんなことを考えていると、黙って俺とアイリスの話を聞いていたカトレアが手鏡を見せてくる。
「わたしは今の方が好きだけどね。はい、ミナト君。よーく見て。割と怖いわよ」
「……カトレア先輩の審美眼は別として、怖いですかね?」
「雰囲気がね。切羽詰まっているというか、鬼気迫っているというか……初陣も経験していない子だと怯えるかも」
そう言われて、俺の周囲には初陣を経験した者ばかりしかいなかったなぁ、なんてことを思う。侯爵令嬢のカリンでさえ『王国北部ダンジョン異常成長事件』に王都でのリンネとの戦いと、並の兵士よりも激戦を経験しているのだ。
当然ではあるが、アイリスは初陣未経験である。そのため俺の顔を怖いと感じたようだ。
「……最近、少し寝不足でしてね。怖がらせたのなら申し訳ない」
「それじゃあダンジョンに潜るのは良い気分転換になるんじゃない? わたしも一緒に行きたいんだけどなぁ」
カトレアは残念そうに言うが、実績と実力と役職から考えるとアイリスの補佐が務まるのはカトレア以外にいないのだ。俺も務まるだろうけど、一応、平の生徒会員だし。
「そう、ですね……それじゃあ、気分転換も兼ねて依頼をこなしてきますよ」
そう言って意識して笑った俺だったが、アイリスからは不評らしくそっと目を逸らされたのだった。
さて、今回の依頼は錬金術の素材を集める関係上、腕の良い錬金術師が必要となる。
そう――スグリが必要となるのだ。
生徒会に所属していて、なおかつ腕が良い錬金術師。それはスグリを置いて他にいない。というか学園を見渡してもスグリ以上の錬金術師がいない。教師を含めても、だ。
以前も協力をお願いしたし、その際は見事に手腕を発揮してくれた。今回もダンジョンに連れ出せば大量の素材を集めてくれるだろう。
だが、個人的なことで非常に恐縮ではあるのだが。
(声をかけるの、正直に言って気まずい……)
以前、カリンに膝枕をしてもらっているところを目撃されてから、一方的に負い目を感じてしまっている。
俺が気付いたことにスグリは気付いていないだろうから普段通りを心がけて接するが、声をかけた時にスグリが見せる嬉しそうな顔、そのすぐ後に何かを思い出したようにしゅんと悲しそうな顔になるところを見て、何も思わないほど俺は情が薄いわけではない。
客観的に見て考えた場合、俺がスグリに対してどうこうする必要はない。むしろそれをやれば今度はカリンへの不義理となるだろう。
公的に婚約者候補という立場にあるのはカリンで、スグリは良く言って友人、それ以外でたとえるなら贔屓にしている錬金術師でしかないのだ。
生徒会用の錬金工房の前に立ち、一度大きく深呼吸をしてから扉をノック。そして中から返事があったことを確認してから扉を開ける。
「やあ、スグリ。忙しいところにすまない」
「ぁ……ミナト、様」
スグリの表情が嬉しそうに一瞬明るくなり、すぐに暗いものへと変わる。それを見た俺は小さく首を傾げた。
「おや……元気がないが、どうかしたのかい?」
どの口でそれを聞くのか、なんて思いながら俺は尋ねる。胃の辺りがギシリと軋んだような気がした。
するとスグリは慌てた様子で首を横に振り、俺の方へと近付いてくる。
「い、いえっ、なんでも……ありません……そ、それで、ミナト様? 何か、ありました……か?」
「君の様子を見に来たというのもあるが、生徒会への依頼があってね。以前のように調査をするわけではないが、ダンジョンに行って錬金術の素材を集めてほしい、という話が回ってきた」
そう言いつつ、俺はスグリに依頼書を差し出す。
「これが必要になる素材の一覧なんだが……」
距離が近付くと、スグリはどことなく嬉しそうな顔をする。そして俺から依頼書を受け取って内容を確認すると、ピタリと、不意に動きを止めた。
「ん? どうかしたか?」
「い、いえ……さ、参加するのは構いませんが、その、報酬として、この中の素材からいくつか欲しいものがある、んです、けど……」
「ああ、それはもちろん構わないとも。正当な権利だ」
なんなら一番重要な役割を担うのがスグリと言っても過言ではない。そのため欲しい素材があると言われたら素直に頷く他ないのだ。
スグリは依頼書をじっと見つめている。集める素材の中に何か興味をひくものでもあったのだろうか?
「え、えへへ……そ、それなら喜んで、お受けします……あ、新しく作ってみたいアイテムの素材が、欲しかったので……」
「おや、そうなのか。それならちょうど良かったみたいだね」
どうやら錬金術師としての興味が勝ったらしい。どんどん成長していくなぁ、なんて尊敬と羨ましさが同時に感じられたが、それを表に出すことはなかった。
「そ、そのアイテムは、多分、ミナト様も気に入ると……いえ、そうだといいなぁ、なんて……」
「ん? 俺が使うようなアイテムなのか?」
それでいて俺が気に入る? なんだろう……さすがに万能回復薬はまだ錬金レベルが足りないだろうし、今回集められる素材では作れないはずだし。
「は、はい……だから、作れたら使ってみて……くださいます、か?」
「ああ、もちろんだとも。楽しみにしておくよ」
上目遣いに話すスグリに対し、俺は作った笑顔で頷きを返すのだった。




