第233話:平誕祭 その3
カリンと『平誕祭』の王都を見て回り、良い時間になったからと別邸にカリンを送り届けた俺は、馬を受け取ってからとある場所を目指す。
王都に来たついでに色街に足を運び、以前お願いしていたリンネの捜索に関する依頼を取り下げようと思ったのだ。婚約者候補と会った後に色街に行くって聞くと、とんでもなく性質の悪い人間に思えるけども。
そうして足を向けた色街は以前訪れた時と比べて大変賑わっている。もうじき日が暮れる時間帯というのも大きいだろうが、『平誕祭』だからというのも理由の一つだろう。
とりあえず色街の入口で馬を預け、周囲を観察しながら歩いていく。この人混みで馬に乗っていたら撥ねると判断してのことだ。
(飲む打つ買うはどの時代も強いってことかねぇ……それが年末年始、『平誕祭』ともなるとより顕著と……ん?)
人にぶつからないようすり抜けるようにして歩いていると、不意に見知った顔を複数見つけてしまった。
相手はおのぼりさんのように周囲をキョロキョロと挙動不審に見回しており、落ち着かない様子で歩いている。そしてそんな彼らを見て周囲の大人達は微笑ましいものを見たような、懐かしむような顔をしていた。
(何をやってるんだ? って、ここにいるってことは目的は一つか)
そこにいたのは、東部の派閥に属するバリー達である。男子生徒が四人集まって色街に足を運んで、となると目的も透けて見えるわけで。
(さすがに学園の制服を着てここに来る勇気はなかったか……いやはや、若いねぇ)
仲間内で集まって、色街に行ってみようぜ! みたいなノリでここまで来たのだろう。それを咎めるつもりも理由もないが、派閥の長としてはどっぷりとハマられると困るわけで。
「おーい、バリー」
「え? ……えっ!? み、ミナト様!? なんでここに……」
とりあえずバリーに声をかけると、ぎょっとした顔でこっちを見た。他の男子生徒達も悪事が教師に見つかった悪ガキのような顔になってあたふたしている。
「なんでもなにも、用事があったからさ。それで? 行く店はもう決まっているのか?」
「えっ、や、いやぁ、み、店に行くだなんて、お、俺達はこの規模の色街は珍しいなぁって話をしていてですね……」
しどろもどろになって答えるバリーだが、そこまで恥ずかしがることじゃないだろう。そう思って苦笑を浮かべ、軽く肩を叩く。
「別に隠すことでもないだろう? 店なら顔が利くところがあるからそこを使うといい。ああ、だからといって問題は起こすなよ?」
行くぞ、と言って歩き出す。すると躊躇してから俺の後に足音が続いた。どうやらなんだかんだ言っても興味があるらしい。
「えっと……もしかして、ミナト様はよく来るんですか?」
「そういうわけじゃないが、色々と用事があってな。その一環さ」
こういう場所は堂々としていればかえって目立たないってもんだ。俺が先導して歩くと、普段の大名行列みたいなノリで後ろに並んでくる。
この世界には前世みたいな形での風営法はないし、こういった色街の店は夜から明け方ぐらいにかけて開かれるものだが、『平誕祭』だからか既に呼び込みが始まっている店も多い。いわゆる書き入れ時というやつなのだろう。
そうして周囲を観察しながら足を運んだのは、以前ジョージさんの紹介で訪れたことがある店だ。色街の顔役がいる店で、既に顔をつないでいるから俺としても利用しやすい。
「いらっしゃいませ……っと、これはこれは、若旦那じゃありませんか。お久しぶりですね。以前のご依頼の件ですか?」
店に足を踏み入れいると、カウンター席に座っていた顔役の男性がすぐに俺に気付いた。そして名前を出さずに呼びかけてくる。
「それもあるが、うちの派閥の人間と偶然行き会ってね。使うならこの店を使え、なんて言って連れてきたわけさ」
「それはそれは……ありがたい話ですわ。しっかりとサービスしないといけませんね」
それなりに強面の顔を破顔させ、顔役の男性が言う。カモがねぎを背負ってやってきた、とでも思っているのか。ぼったくるわけではないが、しっかりともてなすことで次回以降も利用してもらおうって腹なんだろう。
以前この店を訪れた時は日中だったこともあり、客は一切入っていなかった。しかし今では若い男性が多く詰めかけており、一階の受付兼食事処で飲み食いして騒いだり、二階に案内されたりと娼館らしい姿を見せている。
「ああ、バリー。食事は済んでいるのか? ここは食事や酒も出すぞ。やりたいだけなら二階だ。金は持ってるんだろうな?」
「も、持ってます……が……ちょ、ちょっと、緊張が……」
バリーだけでなく、他の男子生徒も挙動不審である。地元で遊んできた生徒は案外少ないのかもしれない。もしくは女性と接することに慣れてはいても、こういう場所は別種の緊張感があるってことか。
「そうか……ならまずは軽く食事でもして落ち着くといい。案内の女性はつけられるか?」
「もちろんでさ。若旦那の紹介とあれば、きちんと弁えた者をつけますよ」
「それで頼む。それで俺の方の用件だが、以前頼んだ依頼の取り下げだ。ただ、噂話でも良いから情報を流すのは継続で頼みたい」
そう言いつつ、俺は小袋に包んだ金貨を渡す。中身は二十枚ほど、日本円で言えば二百万円程度だ。
「以前のご依頼は結局何の情報も得られなかったんで、料金はもらい過ぎなぐらいなんですが……」
「人件費はかかるだろう? それでも多いというのなら、今日のあいつらの分、そっちから払っておいてくれ」
リンネを情報を求める件に付いては最早必要がない。だが、ダンジョンが多く発生して兵士の出動が増えているとか、どこにどんなダンジョンが発生したかとか、そういった情報はあって困るものでもなかった。
(ないとは思うけど、オウカ姫関連のダンジョンに関する情報が出てくるかもしれないしな……)
『花コン』の主人公の性別が女性じゃないと発生しないはずだが、ここは現実の世界だ。何かイレギュラーなことが起きて『花コン』だと発生しないようなことが起こる可能性はゼロじゃない。
(ま、当面はダンジョンに行く予定もないけどな。でもそういう情報が出てきたら行くしかないけどさ)
リリィの話を聞いた限りで判断すると、未来のランドウ先生はオウカ姫関連のイベントを経験していない普通のランドウ先生のはずだ。
ランドウ先生が普通かどうか、という点は横に置くとして、あの人をより強くできるのならその可能性は一パーセントでも良いから欲しい。
俺がそんなことを考えていると、顔役の男性はにっこりと笑った。
「派閥の長として、ですな。それではこちらも誠心誠意勤めさせていただきやす」
そして沼に沈めます、と言外に語る顔役の男性。ハマるもハマらないも本人次第だが、俺としてはほどほどに手加減してやってくれ、と苦笑するしかない。
「料金分のサービスに留めておいてやってくれよ? いや、余った分を使うとなると過剰か?」
まあ、それはそれで一つの勉強になるだろう。顔役の男性も半分は冗談で、問題になるほどどっぷりとハマらせるつもりはないはずだ。
(今の時間ならお爺様のところに少しでも顔を出せるな……寄ってから学園に戻るか)
とりあえず用件も済んだ。あとは王都に来たついでに、サンデュークの別邸に顔を出すぐらいだろう。
そう思って娼館を後にする――前に、バリーが慌てた様子で俺を捕まえた。
「ちょちょちょ、ミナト様!? なんで平然と帰ろうとしているんですか!?」
「いや……用事が済んだし」
「置いていかないでくださいよ!? これからどうすればいいんですか!?」
「どうするも何も、横についてくれたお姉さん達と仲良く飲み食いすればいいんだよ。その後はその場のノリだ、ノリ」
ここはそういう店だしな。抱くも抱かないも自由だ。
「ああ、金については気にするな。今回は俺が出しておく。でも、あまり羽目を外し過ぎないでくれよ? さすがに金がかかりすぎると自腹を切る羽目になるぞ?」
「あ、ありがとうございます! 御馳走になります! ……って、違いますよ! 助かりますけど、そうじゃないです!」
何とも必死に俺を止めようとするバリー。他の男子生徒達も横に薄着の女性が座った状態で困惑した顔をしていた。
「それじゃあなんだよ? みんな婚約者候補もいなかっただろ? それなら今の内に遊んでおくのもアリじゃないか?」
まだ婚約者候補はいなかったはずだ。いればさすがに俺も止めるが、派閥の長である俺が知らないってことはいないはずだ。
そこまで考えた俺は、バリー達が気にしているだろうことに思い至った。
「ああ……安心しろ。もちろん、今日のことは口外しないとも。この剣に誓おう」
初めてエロ本を買いに行ったところを目撃された中学生でもあるまいが、一蓮托生で連れ立って色街に来た面子以外でこの秘め事を知る者がいるというのが恥ずかしいのだろう。
そう判断し、腰に差した『瞬伐悠剣』に誓う。するとバリー達は明らかにほっとしたような顔になった。
(というか、そういう秘密なら俺も色街の顔役と顔をつないでいるんだし、お互い様ってことでいいじゃないか)
もっとも、俺の場合は仮にカリンに告げ口されたとしても派閥の長として行動していると胸を張って言える。実際、色々と手を打っているだけで色街に女性に手を出しているわけではないのだ。
もちろんこういった場に来ているというだけで嫌悪する女性もいるだろうが、こればかりは仕事の一環と思ってもらう他ない。情報収集と自分の派閥の面子が問題を起こさないか、事前に話を通しているだけなのだから。
「そ、そうですか? ミナト様が剣に誓われたのならこれ以上のことはないですね、ええ」
おう、そうだよ。だから思う存分楽しんでくるといいよ。
バリーや他の男子生徒の反応に苦笑をしつつ、俺は娼館を後にする。そして馬を引き取るべく足を進めて、ふと、先ほどまで胸の中にあった重たい気持ちがほんの僅かに軽くなっていることに気付く。
(派閥関係なく、同年代との馬鹿騒ぎも良いもんだなぁ)
実際には俺がからかっただけだが、それだけでも気分が少しは晴れた気がする。
それをありがたく思いながら、俺は色街を後にするのだった。
なお、これを機に派閥の男子生徒達とより仲が深まったような気がするが……それもまた、悪いことではないと俺は心中だけで笑うのだった。




