第232話:平誕祭 その2
「オレア教からは数年と経たない内に『魔王』が発生する見込みだと聞かされていたが……真実だと思うか?」
そんな、険しい表情をしながら投げかけてきたキドニア侯爵からの質問に、俺はしっかりとした頷きを返す。
「断言はできませんが、その可能性は非常に高いと思っています。先日オレア教の教主殿とお会いする機会がありましたが、そう遠くない内、二年から三年程度で『魔王』が発生するだろう、と……」
その時にそんな話はしていないが、以前から話していたことではあるためそう告げる。するとキドニア侯爵は頭痛を堪えるように額に手を当てた。
「君なら……辺境伯家の嫡男である君ならわかるだろうが、我々領主は領地の維持、発展を進めつつ、同時に『魔王』に関しても備えてきた。常備兵を設け、有事の際には彼らを指揮官として領民すら民兵として動かせるように、とな」
そう言ってため息を吐くキドニア侯爵。
「今この時に『魔王』が発生したとしても、即応できるよう準備を進めてきた。それは他の領主も一緒だろう。だが、備え続けるにも限度がある」
前世でも身近なところで災害が起きた場合、次の被災に備えて非常用の持ち出し袋に物資を準備したり、枕元に靴を置いて眠ったりと、警戒して備えをする。
だが、そんな警戒もずっと続けられるわけではない。時間が経てば警戒が薄れ、徐々に備えが疎かになっていくだろう。
それは『魔王』の発生に関しても同様で、王族や領主、嫡男や騎士団長といった数少ない指導層は常に警戒し、騎士や兵士といった現場で動く人間を育てたり、町や村の防備を整えたりと、準備をしてきた。
しかしながらその準備も時間が経つにつれて疎かになってしまう。この世界ではオレア教が警戒を促し、領主達が協力することで『魔王』に備えてきたが――。
(そこに、実際に『魔王の影』と交戦して生き残って、なおかつオレア教とも近い俺がいたから情報を……って、俺がオレア教に近いってどこから情報が? オリヴィアさんと会う時は移動する時も気配を消していたはずだが……)
あるいは、オレア教側からそういった情報が流されているのか。その場合、こうやって俺を呼び出して情報を得るのには丁度良いだろうが。
(……それが目的か? 一つの情報源より、複数の情報源から情報を集めて精査するのが当たり前だ。俺が『魔王の影』と交戦したのは事実だし、王城にも報告している。俺からも『魔王』の発生やその脅威を伝えることで、領主達の気を引き締める……とか?)
オリヴィアが考えそうなことだ、と内心で納得する。何も伝えないのは話を聞けば俺が察するという信頼か、この程度は気付いてくれないと困るというテストか。
(こっちからも何度か頼み事をしているし、このぐらいなら構わないけどさ)
『魔王』が発生するのは既定路線だ。各地の領主が警戒して備えてくれるのなら、それに越したことはない。
俺はそう思った――のだが。
「今回もな、君が『魔王の影』と交戦したという話を聞き、王城にも情報を求めてみた結果なのだよ。事実なら北部貴族の面々にも警戒を促し、よりいっそう気を引き締めなければならん。そういう意味では『平誕祭』は良いタイミングだ」
新しい年も始まるし、心機一転、気を引き締め直そう。そんな感じで警戒を促すには丁度良いってわけだ。
俺の発言がその後押しになった。王国北部という広い範囲、数えきれないほどの人々に影響を与えるってわけだ。
(ッ…………)
ぶるりと、背中に怖気が走った。自らの行動、発言が大勢に影響を与えるという緊張感、恐怖感が足元から這い上がってくる。
剣を握って強敵と戦うのとは別種のプレッシャー。備えるということは、実際に『魔王』が発生してモンスターが襲ってくる未来を見越し、認めるということでもあった。
俺はリリィという生き証人とも会っている。『魔王』が発生する時期はズレるだろうが、発生自体は必ず起こるはずだ。
全部が全部、俺の言葉でキドニア侯爵の行動が決まったわけではないだろう。だが、ほんの僅かでも影響を与えたのだとすれば。人類側の指し手であるオリヴィアのように、大勢に影響を与えたのだとすれば。
(重い……重すぎる……)
『魔王』や『魔王の影』をどうにかしたいという意思はある。しかし、それとは別として重いものは重い。
「話にしか聞いたことがないが、『魔王の影』はどうだった? 『飛竜の塒』が破壊されたとは聞いたのだが……」
「強かったです。一対一で勝てる者はパエオニア広しといえどごく僅かでしょうね。私では命辛々逃げることしかできませんでした」
「謙虚だな。最上級魔法をやり過ごし、『魔王の影』にも痛手を与えたと聞くぞ?」
「痛手は痛手でも、本当に腕に剣を食い込ませるのが限界でしたよ。絶好の好機でその程度でした。『魔王の影』は……強かったです」
噛み締めるようにしてそう伝える。
客観的に見て、俺の年齢で一対一で『魔王の影』と戦い、生き残っただけでも十分な偉業なのだろう。それはわかるのだが、負けた身としては素直に頷けないわけで。
「君から見て、それほどの相手か」
「ええ。モンスターを大量に、種類関係なく出現させられる点も厄介でした。下級から上級まで選り取り見取りでしたよ。なんとか切り抜けて『魔王の影』に接近しましたが、アレを倒すには至らず……情けなく思います」
「そうなると距離を取り、魔法使いによる集中攻撃……では届かんか」
「上級魔法、あるいは最上級魔法で薙ぎ払われて終わりでしょうね。最適解とは言えないかもしれませんが、少数の精鋭による首狩り戦術ぐらいしか私には思いつきません」
『魔王』にも通じる戦い方だが、やはり少数の精鋭で固めて殴りかかるのが最適解に思える。そこに露払いの戦力を追加できれば最良だろう。
(『魔王の影』はまだどうにかできるとして、『魔王』についてはリリィから聞いた通り、王国騎士団を投入して『魔王』までの道を作ってランドウ先生や透輝、俺……は本当に必要かわからないけど、メリアをぶつける。それしかない、か)
問題があるとすれば、それを実際に行うまでにかなりの被害が出るという点か。
東西南北の大規模ダンジョンで『魔王』が発生し、俺達がいる学園近くまで『魔王』やモンスターが来るということは、そこに至るまでの通り道は壊滅しているということだ。
かといって事前に大規模ダンジョンを潰そうにも、実際に潜ったことがある身としては難易度が高すぎて難しいと言わざるを得ない。
それこそランドウ先生とメリア、今よりも鍛えて強くなった透輝を連れて、長期間ダンジョンに潜って破壊するしかないだろう。
破壊する一ヶ所目はそれで良い。きっと高確率で破壊できる。だが、それ以外の大規模ダンジョンを破壊しようとすれば『魔王の影』が妨害しにきそうだ。
『魔王の影』を倒すチャンスでもあるが、逆にこちらの戦力が削られればどうなるか。ランドウ先生やメリアが死ねば、後々の『魔王』との戦いが瓦解しかねない。
透輝が死んだ場合は『宝玉』を消耗して復活できるが、それはそれでリリィが生まれるルートに突入してしまう。
そうなると大規模ダンジョンの破壊は目指さず、『魔王』が発生した方面の領地、領民は見捨てることになる。何十万、何百万という犠牲を、見過ごすこととなる。
(『魔王の影』と戦う危険性を飲み込めるのなら、透輝の光竜が生まれて複数人を乗せて飛べるようになったら大規模ダンジョンに突入。一ヵ所残して『魔王』が発生する場所を限定したら、その方面に住む者達は避難させる……とか?)
ただし、『花コン』だとルートによっては大規模ダンジョンを破壊しても『魔王』の発生を防げないこともある。東の大規模ダンジョンを破壊しても、ナズナルートだと必ず東の大規模ダンジョンの跡地から『魔王』が発生するようにだ。
それでも『魔王の影』を全員倒し、大規模ダンジョンも一ヶ所残して破壊し、残した大規模ダンジョンがある方角からは人間を避難させて備える。言葉にすれば簡単だが、そこまでやれれば『魔王』の発生に対する備えとしては最上だろう。
(実現できるかと言われれば、無理なんだけどな)
実現の可能性はゼロではないが、限りなく低い。そのため俺としてもキドニア侯爵が言うように、領主等に知らせて各自で警戒を強めることぐらいしかできそうにない。
それでも、それだけしかできないとしても、だ。
俺の発言や行動がこの世界に大きな影響を与える可能性がある。そう考えるだけで、全身がズシリと重くなるような錯覚を覚えた。
胃の中がグルグルとするような、プレッシャーで胃壁に穴が開きそうな、吐きそうな。そんな、不快な感覚を必死に押し殺しながら表面上は平静を装う。
「突出した強さを持つ個人……強者がいなければ対抗できない部分もある、か。わかってはいたが、厄介だな……」
そう言って眉を寄せるキドニア侯爵に対し、俺は曖昧に微笑んで頷くことしかできなかった。
キドニア侯爵は俺から裏付けを取りたかったらしく、それが済めば少しは気が抜けたように穏やかな空気となった。
キドニア侯爵はカリンを呼び戻し、学園での生活がどうだとか、俺との仲がどうだとか、気晴らしをしたいのか様々な質問を投げかけてはカリンの様子を見て微笑んでいる。
俺も当事者のため巻き込まれる形になるが、『魔王』の発生云々に関して話をするよりも気が楽なのはたしかだ。
ズキズキと痛む胃に紅茶と菓子を流し込み、これって胃に悪くないだろうか、なんて密かに悩みつつ、カリンと一緒にキドニア侯爵にからかわれる。
そうして三十分ほど談笑するが、キドニア侯爵も時間的な余裕が尽きたのだろう。ため息を吐くようにして書類仕事に戻ろうとしたため、俺もカリンを連れてお暇することにした。
「もう……お父様ったら。ミナト様? お父様と二人きりでどんな話をされたのですか?」
キドニア侯爵の執務室を後にして、預けている馬を受け取りに行く途中でカリンがそんなことを尋ねてくる。自分の父親と婚約者候補が一対一で話をするとなると、さすがに気になるのだろう。
「さっきのカリンと似たようなものさ。学園でのことを色々と聞かれたよ」
そう言って苦笑を浮かべる。一応、嘘は言っていない。『飛竜の塒』のことは学園に在学している間のことだから、嘘ではないのだ。
「侯爵閣下にとって、可愛い娘の婚約者候補となると気になることも多いらしくてね。俺のことも情報を集めていらっしゃるようだ」
「それはまた……娘として謝罪をした方が良いのでしょうか……」
困ったように微笑むカリンだが、俺の様子から本当に謝罪が必要な事態には発展していないと判断したのだろう。俺としても謝罪されても困る。
「俺は学園に戻るけど、カリンはどうする? このままここで過ごすのかい?」
とりあえずタイミングを見て話を逸らす。執務室から退室はしたが、カリンにとっては実家のような場所である。『平誕祭』の間、この別邸で過ごすのも選択肢としてはアリだろう。
そう思った俺だったが、カリンは僅かに視線をさまよわせてから俺の目をじっと見つめてくる。
「日が暮れるまでまだまだ時間がありますし、ミナト様さえ良ければ一緒に王都を見て回りませんか?」
「……ああ。俺も興味があるし、一緒に見て回るか」
カリンからの思わぬ申し出に、俺はすぐさま承諾する。ここは断るところではないと判断したのだ。
するとカリンの表情が一気に明るくなり、嬉しそうに微笑む。
「良かった……ミナト様と『平誕祭』の王都を一緒に回ってみたかったんですよね」
「なんだ、それなら事前に言ってくれれば良かったのに。いや、俺の方から誘うべきだったか」
『平誕祭』の間は訓練漬けのつもりだったが、一日ぐらいなら時間も空けられる。訓練は夜になってからもできるのだから。
「最近のミナト様、お忙しそうでしたから」
「……そりゃすまん。君をないがしろにするつもりはなかったんだが……」
少しばかり拗ねたように言ってくるカリンに対し、俺は頭を掻きながら謝罪する。訓練ばかりに気が向いていたのは事実だし、この点に関しては謝罪するしかなかった。
だが、そんな俺の言葉にカリンは苦笑を浮かべる。
「いえ、わたしには伝えられない何かのために努力を重ねているミナト様のことですから。その、そうやって目標に向かって真っすぐに突き進むところも、えっと、素敵……です、よ?」
言葉の途中で笑みの種類を変え、照れたように表情を崩すカリン。その言葉と表情を受けた俺は、何と答えるべきか僅かに迷った。おそらくは『魔王』や『魔王の影』関連のことを言外に告げているのだろう。
そして、その僅かな迷いの間にカリンが言葉を続ける。
相変わらず照れたような表情で、たしかな希望を込めて。
「それに、これからずっと……何年経っても、ミナト様と一緒に『平誕祭』を迎えられるんですから。少しぐらい構ってもらえなくても平気です」
多分、それはカリンにとって当たり前と思える言葉だったのだろう。
これから先、ずっと未来が続いていて。自分の隣には俺がいるのだと疑っていないような、そんな言葉だった。
「……ああ、そう、か。そう……だな」
俺は表情が崩れないよう、必死で堪える。声が僅かに震えたが、それ以上は震えないよう懸命に抑え込む。
リリィが語った通りの未来が訪れるのなら、カリンの隣に俺はいない。そして、俺が目指す未来がどうなるかも、わからない。
次女という立場上、カリンは『魔王』や『魔王の影』に関して知らないのだ。だからこそ明るく、未来のことを語れる。それは本来、とても素敵なことなのだ。
明日が、明後日が、未来が平和に訪れると信じられる。それがどれほど素晴らしいことか。
「そいつは――素敵な未来だ」
だから、俺は沸き上がった様々な感情を噛み砕いて飲み下して、普段通りに笑う。笑って誤魔化す。
――本当に誤魔化せたかは、わからなかったが。




