第231話:平誕祭 その1
『平誕祭』――それは前世でいうところの年末年始、大晦日や正月に該当するイベントである。
かつて発生した『魔王』を長期間『封印』し、平和が誕生したことを祝う祭り……すなわち『平誕祭』として二週間に渡って行われる祝い事だ。
この世界では学生だろうと前世のように夏休みなんてないし、冬休みも春休みもない。ゴールデンウィークもなければシルバーウイークもなく、週休二日もなければ有給休暇もない。ただ、『平誕祭』の二週間こそがこの世界唯一の長期休暇に該当する。
前世での祝日祭日がひとまとめになって年末年始にある、という感覚が近いだろうか。兎にも角にも、『平誕祭』が商機となる商人、治安維持のための兵士、ある意味年中無休で毎日がお仕事な領主や王族等を除けば仕事も学業も休みとなるのが『平誕祭』だ。
それは学園も例外ではなく、この『平誕祭』の二週間は授業が行われない。実家が王都の者や近隣出身の者は帰省し、それ以外の者は学園でのんびりと過ごしたり、祭りを楽しむべく王都に繰り出したりするのが一般的だ。
生徒の世話をするべく一部の使用人が残っているが、教師も長期休暇を取ると言えば『平誕祭』のすごさがわかるだろう。いや、教師が長期休暇を取れないなんて考えるのは偏見かもしれないけどさ。
『平誕祭』では前半の一週間で今年一年間を無事に過ごせたことを喜び、後半の一週間で新年も一年間無事に過ごせることを祈る。
そこに共通するのは良い一年だった、良い一年にしようという前向きな感情……つまりは正の感情を得るための行事でもあった。
そのため『平誕祭』の時は王都だけでなく、各地の領地でもお祝いの祭りが行われる。さすがに農村などでは難しいが、それでも領主や代官が普段は溜め込んでいる食料の備蓄を放出し、普段よりも豪勢な食事ができるよう取り計らうのが通例だ。
それもこれも『魔王』の発生を少しでも先延ばしにするべく、恒例の行事として定着させたオレア教の努力の賜物である。軽く百年以上続いているんだから立派な恒例行事だろう。
そんな『平誕祭』であるから、俺もしっかりと休む――なんてことは当然なく。
さすがに全日起床から就寝まで剣を振り続けるわけではないが、空いている時間は全て鍛錬に注ぎ込むつもりだった。
傍から見れば、きっと異常に映るだろう。何故そこまで剣を振るのかと疑問に思う者も多いに違いない。俺がトップを務める東部派閥の面々でさえ疑問に思う者、不審に思う者がいるはずだ。
その疑問も不満も当然のものであるが、改めるつもりは欠片もない。少なくとも『魔王』をどうにかするまでは止まらない……いや、止まれないのだ。
「と、いうわけで……これからの二週間、俺は時間が許す限り鍛錬に没頭しようと思う」
場所は最早お馴染みとなった第一訓練場。さすがに『平誕祭』の時まで訓練に来る物好きは普通の生徒の中にはおらず、俺や透輝、ナズナやモリオンだけしか利用者が見当たらなかった。
「はい、ししょー。質問です」
「どうぞ、透輝君」
動きやすい服に着替え、木剣も携えて準備万端といった様子の透輝が挙手をする。そのため俺が促すと、透輝は小さく首を傾げた。
「ダンジョンに潜ってモンスター相手に実戦経験を積むのかと思ってたんだけど……ダンジョンには行かないのか?」
「うーん、良い質問だ。その答えはイエスだよ。近隣に手頃なダンジョンがなくてな。移動時間を考えたら学園に残って鍛錬をした方が良いと判断したわけだ」
あとは強さを底上げするために基本に立ち返ってみようかなとか、ダンジョンに行くと『魔王の影』に遭遇する危険性があるから行けないとか、ダンジョンに行く場合はメリアがついてくるらしいからどうすれば良いかまだ判断がつかない、なんてのが理由だ。
『魔王の影』と遭遇してもメリアがいれば倒せる可能性があるものの、学園から離れたメリアは強力な魔法の使い手に過ぎない。もちろんそれでも十分強いのだが、状況次第では『魔王の影』に負ける可能性もある。
ダンジョンに出かけるとしても、せめてもう少し強くなってからにしたいと思ってしまうのは用心のためか、臆病になってしまったのか。俺としては前者だと思いたいが、『魔王の影』に殺されかけて無意識の内にビビっている可能性もあった。
そんなわけで、比較的安全な学園や王都から遠出せず、まとまった時間を利用して訓練をしようって話である。大規模ダンジョンで修行していた頃と比べるとさすがに密度が落ちるが、学園に入学してから今までと比べると濃密に訓練ができるはずだ。
「あ、あのー、ししょー……俺、今度アイリスから王都を見て回らないか誘われているんだけど……」
「もちろん構わないとも。息抜きも大事だし、『平誕祭』を楽しむことも重要だ。せっかくの機会だし楽しんでくるといい」
俺は笑顔で答える。あくまで俺は訓練に没頭するってだけで、他人にそれを強いるつもりは微塵もないのだ。
せっかくの機会だし、俺は時間をかけて素振りの段階から見直し、スギイシ流の技を検証し直し、無駄な部分を削ぎ落して自分にとって使いやすいようにしていくつもりだ。
スギイシ流はランドウ先生が創始したこともあり、ランドウ先生の体格や実力に最適化されているからだ。それを俺にとって使いやすいように改良するのが次の課題だった。
動きや技の骨子は変わらないが、俺にとって最適なスギイシ流にするのだ――なんて、思っていたのだが。
「ミナト様、訓練中にお邪魔をして申し訳ございません。今、わたしの父が王都に来ておりまして。是非ミナト様にお会いしたい、と手紙が……」
そう言って言葉通り申し訳なさそうな顔をしたのは、カリンである。どうやらキドニア侯爵が王都の別邸に来ているらしく、俺に用があるらしいが……なんだろうな?
(カリンとの婚約者候補って関係に問題が出た……ってわけじゃないよな? 王家に対して『平誕祭』、前世の年末年始のご機嫌伺いみたいなことをしたついでに、将来の義理の息子に会っておこうって感じか?)
なにせ、俺が領地に戻れば会う機会もほとんどないのだ。王都まで二十日以上かかるし、そこからキドニア侯爵家の領地に行こうと思えば更に時間がかかる。王都で会うにしても片道二十日ちょいは気軽に行ける距離じゃないだろう。
(俺だけなら馬に乗ってもっと時間を短縮できるけど、領主になったらさすがにそんなことは無理だしなぁ)
野盗が出たら自力で切り抜けるから、なんて言っても領主になったら周りが許さない。それらの事情を考えると、縁がある相手は会える時に会っておく方が後悔がないだろう。
「義理の父となる方の呼び出しとあらば、いくらでも時間を作るとも。それに、カリンも久しぶりにお父上とお会いしたいだろう?」
「それは……はい……」
とりあえずカリンに返事をすると、少しだけ恥ずかしそうにしているのが見えた。そんなカリンの様子に破顔すると、タオルで汗を拭きながら尋ねる。
「それで? いつ頃行けばいいんだ?」
向こうさんの都合の良い日に足を運ぶとしよう。俺はそう思った……のだが。
「それが、ミナト様の都合がつくならすぐにでも、と手紙に書かれていまして」
「……なんだって?」
それはつまり、相当に緊急性が高い用件ということだ。
(カリンを婚約者候補にする時、嘘を吐いたが……それが今更になってバレたか? いや、それなら向こうから押しかけてもおかしくはないはず……別件か? この時期、何かあったっけ?)
色々と考えが浮かぶが、実際に会ってみなければ答えはわからない。そう判断した俺は透輝達に声をかけ、今日のところは訓練を切り上げて王都に向かうのだった。
これまで王都には何度も足を運んだが、『平誕祭』の時期に訪れるのは初めてだ。
城壁を踏み入れると普段と比べて陽気な、祭りのような喧騒が遠くから聞こえてくる。
その音に釣られるようにして馬を進めてみれば王都のあちらこちらに出店が立ち並び、吟遊詩人が楽器を弾きながら歌声を上げ、王都の民や王都を訪れた外部の者が飲み食いしたり、躍ったりと、楽しそうに騒いでいるのが見えた。
「うーん……『平誕祭』の時期に王都に来たのは初めてだが、大した賑わいだな」
その光景を馬上から眺めつつ、俺は感心したような声を漏らす。
王都に向かうのは良いとして、中途半端な時間だったため馬車が出払っており、馬しか残っていなかったことからカリンと二人乗りでここまできたのだ。俺が手綱を握り、カリンを俺の前に乗せる形で走らせてきた。
「そ、そうですね……わたしも初めてですが、ここまでとは……」
手綱を握る関係上、後ろから抱き締めるような形になっているからか、カリンは少し居心地が悪そうである。後ろから見ると耳が真っ赤になっているのが見えた。
そうして馬を常歩で進ませることしばし。カッポカッポという足音を聞きながら第一層まで進み、キドニア侯爵家が所有する別邸に到着した。すると門の両脇に立つ門衛から鋭い視線を向けられたため、俺は馬を止めながら口を開く。
「馬上から失礼する。キドニア侯爵閣下より呼び出しを受けて参上した、ミナト=ラレーテ=サンデュークだ。取次ぎを願いたい」
「えと……ただいま戻りました」
俺が取次ぎを頼むと、カリンも帰宅の言葉をかける。すると門衛の一人が即座に駆け出し、邸内へと消えて行った。
主家の次女とその婚約者候補が相手であってもきちんと確認に走るあたり、兵士の一人に至るまで練度が高いと見るべきか。
そのまま待たされること数分。馬から降りて待っていると門衛が戻り、先導するようにして敷地内へと案内された。門を潜って玄関に到着し、これまた丁寧に玄関を開けたかと思うとズラリと並んだ使用人やメイドさんが出迎えてくれる。
確認するのは野暮だけど、この数分で集合したのかな? なんて考えていると、家令と思しき老境の男性が前に出てきた。
「おかえりなさいませ、カリン御嬢様。そしてミナト様も、御来訪を心よりお待ちしておりました」
「た、ただいま」
「突然の来訪、失礼いたします」
ある意味定型的な挨拶をしつつ、そのままキドニア侯爵の元へと案内される。どうやら執務中らしいが、通すように言われたらしい。ますます緊急性が高い呼び出しに思えて、ちょっとドキドキだ。
「久しいな、ミナト殿。それにカリンも、おかえり」
執務室に通されると、キドニア侯爵が薄く微笑みながら声をかけてくる。執務用の大きな机に応接用のテーブルとソファー、あとは本や書類を収めるための棚が並んだだけの、シンプルな外見の執務室である。
しかしながらキドニア侯爵の表情には疲れが滲んでおり、こちらを――特に俺を見る目が少し厳しいように思えた。
「二人とも元気そうでなによりだ。ああ、すまないがカリンは少し外してくれ。ミナト殿と話がある」
「……わかりました。それではミナト様、失礼しますね?」
一礼してカリンが部屋から出ていくが……え? もしかして、本当にカリンとの関係について何か言われるの? それとも別件?
とりあえず促されるままにソファーに腰を下ろすと、キドニア侯爵も対面に腰を下ろす。そして先ほどの家令と思しき男性が淹れてくれた紅茶と菓子が供されるが、ポーズとして紅茶に軽く口をつけることしかできなかった。
「それで……侯爵閣下。緊急の呼び出しと思い、参上しましたが……」
「うむ……」
単刀直入に尋ねると、キドニア侯爵も紅茶に軽く口をつけながら頷く。
どこか、聞きにくいことを尋ねるような、できれば聞きたくないけど立場上聞かないわけにはいかない、みたいな空気が漂う。
「君が、『魔王の影』と遭遇して交戦したという情報が入った。更に、オレア教とも近い関係にあると……そこで尋ねたい」
真剣な表情と眼差しで、キドニア侯爵が口を開く。
「オレア教からは数年と経たない内に『魔王』が発生する見込みだと聞かされていたが……真実だと思うか?」
その質問に、そっち関係の話だったか、と俺は納得するのだった。




