第230話:新たな力を求めて
コーラル学園長と模擬戦を行ってから三日後の深夜。
普段通り自主訓練を終えた俺は寮で軽く身だしなみを整えると、その足を図書館へと向けた。
今回はオリヴィアからの呼び出しがあったわけではない。俺の方から手紙を出し、一つ協力をお願いしたことがあったのだ。
コーラル学園長と模擬戦をしたからオリヴィアとも模擬戦をする、なんて物騒な提案はさすがにしていない。というか、オリヴィアが相手だと実力差が大きすぎてコーラル学園長以上に勝負にならないだろう。
そのため何をお願いしたかというと、オレア教が保有している『召喚器』――俺が持つ『瞬伐悠剣』と同じく、持ち主がいない『召喚器』を見せてほしいと頼んだのだ。
オレア教は『召喚器』を使って『想書』を作り出したように、様々な『召喚器』を集めている。
さすがにオリヴィアが使う『永営無朽』のような破格の能力を持つ『召喚器』は少ないだろうが、使いこなせれば高い効果を持つ『召喚器』があるはずだ。そう考え、外付けでも良いから強さにつながる何かが欲しいと思って手紙を出したのである。
まあ、仮に良い『召喚器』があったとしても相性が悪ければ能力を引き出せないし、俺が使える『召喚器』となると剣型、あるいは装飾品のように身に着けるタイプじゃないと逆に弱くなりそうだが。
(片手で使える盾とか……ナズナが拗ねそうだな……)
手甲や脚甲みたいな感じで剣を振るのに邪魔にならない形の『召喚器』があればいいんだが、なんて思いながら図書館の入口を潜る。そして普段通り一番奥へと足を運び――と?
(え? 扉が開いてる?)
図書館の一番奥。『花コン』での知識が正しいならば、正の感情を蓄えた『想書』が大量に保管されているであろう部屋に続く扉が開いていた。
そして開いた扉のすぐ傍にはメリアが立っており、俺を見ると表情を輝かせて……いや、表情は一切変わってないんだけど、気持ち明るい雰囲気を発しながらトコトコと歩み寄ってくる。
今日はパジャマではなく学園の制服を着込み、その上から俺が貸した外套を身に纏っていた。そろそろ返してくれないかな。
「やあ、メリア。もしかして君が案内をしてくれるのかい?」
俺がそう問いかけると、メリアは小さく頷く。どうやら『召喚器』のところまで案内してくれるようだ。
そのため礼を言ってからメリアに続き、扉を潜る。そして目の前に現れた階段を下っていくと、その先に見えた光景に思わず大きく息をのんだ。
そこには木製の書架がずらりと並び、大量の『想書』が保管されていたのだ。知識としては知っていたものの、実物は想像の何倍も多く、書架も数えきれないほど大量に並んでいる。
暗いのもあるが、書架が多すぎて向こう側が見えない。光が届く範囲は全て書架で埋まっており、何万、何十万、あるいは何百万か、それ以上か。大量の『想書』が収蔵されている。
(これだけの『想書』が貯め込んだ正の感情を発射するんだから、そりゃメリアも体が耐え切れないわけだ……)
ルートによっては『魔王』を『消滅』させられるほどの威力を引き出せるのがメリアの『召喚器』、『献魂逸擲』だが、魂と引き換えになるのも納得というものだった。
「……こっち」
俺が密かに戦慄していると、メリアは小さく首を傾げてから俺の腕を引く。『想書』の書架が置かれた大広間から横に逸れ、これまた大きな扉があったがメリアが小さな体で一生懸命扉を開けてくれる。
(こっちが頼んだことだし、今更だけど、ここってオレア教の中でも機密性が高い場所だよな? 俺が足を踏み入れていいんだろうか……)
駄目なら入れないわけだが、ついついそんなことを考えてしまう。俺が『魔王の影』ではないと、疑いが晴れていると信用されてのことだろうか。
「そういえば教主殿は? 見当たらないが忙しいのか?」
メリアが案内をしてくれているが、気になったため尋ねる。オレア教という大組織の教主だし、こちらのお願いは聞いたから勝手に見ておけ、ということだろうか。
「……ん」
「そうか、忙しいのか……メリアもわざわざすまないな。こんなことならもっと早い時間にくれば良かったか」
「……んーん」
「ははっ、ありがとう。ご厚意に甘えさせてもらうよ」
ランプを持ったメリアに先導されることしばし。先ほどの大広間と比べれば狭いが、それでも体育館並に広い部屋に通された。天井は体育館ほど高くないが、床には絨毯が敷き詰められ、物を置くための棚がズラリと並んでいる。
メリアが入口の傍にあるスイッチに触れると、壁に設置されていたランプに一斉に明かりが灯った。おそらくは錬金術で作られた道具なのだろう。そうして照らし出された光景を見て、俺は思わず呟いてしまう。
「おお……これはすごいな……」
『想書』が大量に保管されていた大広間も圧巻だったが、『召喚器』の保管庫とでもいうべきこの部屋も十分にすさまじい。
部屋のあちらこちらに置かれた棚や台。そこには武器、防具、装飾品、本、その他様々な形をした『召喚器』が置かれているのだ。
『召喚器』だけでなく机や椅子、筆記用具や紙も置かれており、『召喚器』を保管するだけでなく研究するために使われている部屋でもあるのだろう。掃除も行き届いているようで、地下にある割に埃臭くもかび臭くもない。
(……ランドウ先生が探している『召喚器』があったりはしないよな?)
これだけ数があると、ランドウ先生が探しているオウカ姫の『召喚器』がひょっこり紛れていそうだ。リリィという想定外の存在もいるし、確認だけはしておくべきだろう。
「全部『召喚器』なんだよな……想像の十倍はすごかったわ。しかし……」
保管庫といってもせいぜい数十も『召喚器』があれば御の字か、なんて思っていたが実際には数百はくだらないだろう。ある意味宝の山である。
そんな風に大量にあるため、どんな『召喚器』があるのか、端から端まで確認していく。気になったものは手に取って確認するが、どうにもピンとくるものがない。
(武器だけでも直剣、短剣、刀、曲刀、槍、薙刀、弓……色々あるんだけどなぁ。うーん……)
普段使っている『瞬伐悠剣』に近い形状、長さのものもあったが、手に取ってみてもいまいちしっくりとこない。それどころか、気のせいか腰に差している『瞬伐悠剣』から不機嫌そうな気配を感じてしまった。拗ねているのだろうか?
「俺の相棒は君だけだって……しかし困ったな」
あくまで勘でしかないが、俺が能力を引き出せそうな武器の『召喚器』が見当たらない。それならば防具や装飾品はどうかといえば、こちらも同様だ。
(能力を引き出せた『瞬伐悠剣』が珍しいだけか? それとも一つ引き出せたから他の『召喚器』は無理? でもルートによるけどランドウ先生は複数の『召喚器』を使うしな……ランドウ先生だからか)
そう考えると、俺が持つ本の『召喚器』も『瞬伐悠剣』の能力を引き出せたから使えない可能性があるが……アレはただ単純に、名前も能力も教えてくれてないだけなんじゃないか、と感じ取る。
そうやって悩みながら『召喚器』を見ていくが、どうにもコレだというものが見つからない。ランドウ先生が探している短刀型の『召喚器』も見つからないが、こちらは見つかる方がまずいからセーフだ。試しに本型の『召喚器』も見て回るがこちらも駄目だった。
「……ん? なんだアレ……」
いくつも立ち並ぶ棚や台の中に、一際豪華な造りの台があった。場所は部屋の中央で、特別扱いされているのか周囲には棚や台がなく、ぽっかりとスペースが空いている。
(これは……ロボット? いや、鎧? なんとかスーツって名前で映画とか漫画とかで見たような……)
そこに置かれていたのは、鎧と思しき『召喚器』である。この世界で騎士などが身に纏う一般的な鎧と異なり、ずいぶんとゴテゴテとした全身鎧だ。俺の感覚からすると鎧というより中身がないロボットのようにも見える。
やたら角ばっているというか、直線と曲線を組み合わせたというか。それなりに体格が良い男性しか着用できなさそうだ。
ピンとくるものがあったわけではないが、その外見の特徴さから目を引く。そんな鎧である。
「メリア、この鎧について何か知ってるか?」
興味本位で尋ねてみると、メリアはどこか困ったような顔をする。
その小さな口を開き、何も言うことなく閉じ、もう一度口を開き、閉じ。最後には何故か俺の腰をペシペシと叩き始める。
「ちょっ、な、なに? どうしたんだ?」
「……むぅ」
ペシペシ、と連打してくるメリア。とりあえず叩いてくる右手を捕まえると、じっと俺を見上げて見つめてくる。
「……めっ」
何故か怒られてしまった。そのため思考を巡らせ、メリアの考えを推測する。
「もしかしてオレア教でも大切に扱っている『召喚器』なのか? 研究中とか?」
一番近くの机に視線を向けると、そこには書きかけの紙が何枚も置かれている。何に使うのか、どんな効果があるのかはわからないが、きっと有用な『召喚器』なのだろう。
(でも、ここにあるってことは持ち主は亡くなってるんだよな……そう考えると墓標みたいなもんか)
この鎧の『召喚器』だけではなく、周囲にある全ての『召喚器』は持ち主がいない……つまりは命を落とした者が使っていたことになる。
そう考えると薄気味悪く思う者もいるかもしれないが、俺としてはそんな感情はない。ただ、目を閉じて少しの間黙祷を捧げる。
(力を貸してくれる『召喚器』があれば……)
そう願う――が、それで返事がかえってくるわけもなし。むしろ返事があったらホラーだが。
もちろん、能力が使えずとも『召喚器』というだけで頑丈な武器、防具としては使える。『瞬伐悠剣』も最初は優れた頑丈さと切れ味がある武器というだけで、能力自体は後々使えるようになった。
つまり、勘でも良いからコレだと思える『召喚器』があればもらい受け、使い続けることで何かしらの能力を発揮してくれる……かも、しれない。
(でも能力を使えるようになるかもわからないし、仮に使えたとしても俺の戦い方に合う能力だって保証もない、か……)
時間をかけて能力が使えるようになった結果、魔法の威力を上げる『召喚器』だったら無用の長物となる。その辺は運というか、くじ引きみたいだ。
(そんな不確定な能力に賭けるより、もっと確実な方法があるっちゃあるんだが……)
そんなことを思いつつ、俺は横目でメリアを見る。するとメリアも俺を見上げており、視線がぶつかってしまった。
「……なに?」
「いや……せっかく案内をしてくれたのに、俺に合いそうな『召喚器』がなくて残念だな、と……」
そう言って誤魔化すが、俺が考えたのはメリアとの『契約』だ。
リリィが教えてくれた情報の中には俺がメリアと『契約』を結び、その力を借りることができる、というものがあった。それで力を使い過ぎた結果、存在が削れて周囲から認識されなくなってしまった、とも。
メリアと『契約』することで『魔王』をどうにかできるというのなら、喜んで『契約』をする。俺一人、いや、メリアと合わせて二人の命、存在で世界が救えるのなら、そこは躊躇するところじゃない。
だが、その結果はリリィが生まれる未来――『魔王』を二十年から三十年『封印』した程度の最低限度のハッピーエンドでしかないわけで。
人類が滅ぶよりマシだが、あくまで終焉を先延ばしにしただけである。それならばリリィの行動によって変わった分、より良い未来を目指すしかない。別ルートの俺と比べても色々と優越している分、目指すしかない――のだが。
「メリア」
「……なに?」
俺が名前を呼ぶと、メリアは真っすぐな瞳を返してくる、それを少しだけ後ろめたく思いながら、俺は僅かに膝を折って目線の高さをメリアと合わせた。
「もしもの時は――」
そこまで言って、無意識の内に口を閉ざす。
――もしもの時は俺と『契約』をして、たとえ存在が消滅することになっても『魔王』を倒そう。
そんな、ある意味で残酷な願いを吐き出すことなく飲み込む。
そう、一度でも口にしてしまえば。本当にそんな未来になってしまうのではないか、なんて思ってしまって。
「……いや、悪い、なんでもない」
まだ、時間はある。別のルートに辿り着くための余裕も、きっとある。
不思議そうに首を傾げるメリアを前に、俺は、誤魔化すように微笑んで立ち上がるのだった。




