第22話:初陣 その3
結論から言えば、敵への襲撃は上手くいった。
情報を持ち帰らせた敵の斥候を尾行し、森の中に作られていた隠れ家を発見。到着するなり見張りを排除して強襲すれば思った以上に反撃が弱く、隠れ家から飛び出してきた野盗が次から次へと地面に倒れていく。
こちらの兵士に斬られて悲痛な叫び声をあげる者。
短槍で貫かれてのたうち回る者。
射かけた弓矢によって負傷したことで戦意を失い、涙ながらに降伏を訴える者。
「っ……」
それらをじっと見つめつつ、俺は後方で指揮を執る。初犯のコソ泥ならまだしも、既に商人や旅人を襲って被害を出している野盗が相手では全員を捕虜にすることはできない。『召喚器』や魔法があるため、降伏してきたとしても監視に多くの手間と人員がかかるのだ。
抵抗するよりは助かる可能性があると思ったのかもしれないが、ここまで被害を出している以上は殺すしかない。それを悟ったのか俺を捕まえて交渉でもするつもりなのか、野盗の一部が向かってくるが兵士を突破することはできない。
仮にできたとしても俺の傍にはウィリアムが控え、ランドウ先生までいる。護衛の兵士もいるため野盗が突破して接近してくるのは不可能だろう。
「おっと、魔法を使えるやつがいるな」
そして今、隠れ家から『火球』が飛んできたが無意味だった。いつの間にか抜刀したランドウ先生が切り裂き、俺に届く前に消滅させたのだ。
今、明らかに間合いの外の『火球』を斬ったけど……まあ、ランドウ先生だしな。
「指揮官を狙った魔法での攻撃……こちらを混乱させてから離脱するつもりだったのでしょう」
ウィリアムが驚いた様子もなくそう言ってくるが、仮にランドウ先生が防がずともウィリアムが防ぐつもりだったのだろう。その手には彼の『召喚器』である槍が握られている。
「それが無理ならどう動く?」
「そうですなぁ……できるとすれば、ですが」
俺が問いかけると、ウィリアムは野盗の隠れ家へと視線を向けた。すると次の瞬間、隠れ家の内側から爆発するようにして炎が噴き出す。それによって周囲の木々へと延焼し、水気を含んだ葉っぱが燃えることで煙が発生していく。
「隠れ家の後方には既に兵士を配置していますし、ああやって威力のある魔法で薙ぎ払い、無理矢理にでも逃げ道を作るしかありますまい。火属性の中級魔法、『火砕砲』を使えるとは思いませんでしたがね」
そう言いつつも、ウィリアムに慌てた様子はなかった。握っていた槍の『召喚器』を軽く振ったかと思うと、石突を地面に突き立てる。すると何もないはずの地面から水が噴き出し、延焼していた周囲の木々を瞬く間に鎮火した。
「水属性の中級魔法、『水流陣』か……狙いの精度も良い。レオンが重用するわけだ」
「スギイシ殿ほどの剣豪に褒められるとは光栄ですな。先ほどの魔法を斬った技、水属性の魔法にも通用するのか見てみたくもありますが」
ランドウ先生にそう返しながらもどこか好戦的な笑みを見せるウィリアム。一人の武人としてランドウ先生の技が気になるのだろう。
「じゃれつくのはあとにしろ、ウィリアム。野盗を片付けてからだ」
「はっ。これはお恥ずかしいところをお見せしたようで」
俺が指摘するとウィリアムは肩を竦める。その余裕ぶりを見ているとこっちも落ち着くよ。
そうして俺が吹き飛んだ隠れ家の方をじっと見ていると、やがて二人の人間が姿を見せる。一人はローブを羽織った魔法使いらしい風体の男で、もう一人は剣を携えた軽装の男だ。
「チィッ、どこの軍が出張ってきやがった!?」
剣を携えた男が焦ったように叫ぶが、魔法を相殺されて最早逃げ場がないと悟ったのだろう。野盗の半数が既に死んでおり、残りは戦意喪失間近といった有様だ。
「テメェら! 死ぬ気で突破しろ! さもねえとこの場で皆殺しにされるぞ!」
それを感じ取ったのか、剣を携えた男が吠えるようにしてそんな指示を出す。それを見たウィリアムが僅かに目を細め、俺に向かって囁く。
「あの男が野盗の頭目ですな。おそらくは冒険者崩れかと」
ウィリアムの見立てではどこかで冒険者をやっていた人間らしい。そんな男と一緒にいる魔法使いらしき男も中級魔法を使った以上、それなりに魔法の扱いに長けた冒険者仲間か。それだけの腕があれば兵士としても雇えそうだが、さすがに犯罪者を勧誘するわけにはいかない。
「あのガキが指揮官だ! アレを狙え!」
おっと、俺がウィリアムと話す姿を見て指揮官だと見抜く目もある、と。まあ、兵士や騎士の後ろで指揮を執っているんだからわかるか。
「若様に賊を近付けるな!」
さてどうしたもんか、と思っていたら、さすがにウィリアムが指示を出していた。すると兵士達が即座に俺と野盗の間に割って入り、壁となる。ただし兵士全員ではなく、野盗が逃げられないよう左右と後方に各騎士とその配下の兵士が均等に分散しているのが見えた。
騎士一人につき兵士が五人。つまり全ての方向に最低でも六人は控えていることになり、野盗の頭目は素早く周囲を確認したかと思うと剣を鞘から抜いた。剣にはところどころに傷がついており、『召喚器』ではなく普通の剣だということがうかがえる。
野盗の数は頭目と魔法使いを除き、残り十人。戦意喪失していた者も頭目の指示を受けて立ち上がっており、それぞれが武器を構えている。俺の前には二名の騎士と八名の兵士、それにウィリアムとランドウ先生と数の上ではほぼ互角だ。
「乱戦に持ち込んで指揮官のガキを捕まえろ! アレはどう見ても貴族だ! 上手くやれば身代金が取れるぞ!」
頭目の男がそう叫ぶものの、心からそう思っているようには見えない。怖気づいている野盗達を鼓舞するためか、あるいは魔法使いが入れ知恵でもしていたのか。
それでも数の差、質の差を覆すには至らない。乱戦に持ち込まれればたしかに面倒だが、逆にいえば乱戦に持ち込めなければ相手の負けだ。
そして、野盗と当家の兵士では雑兵と精兵ぐらいには差がある。そんな兵士を指揮する騎士は更に強く、ウィリアムとランドウ先生は言わずもがな。
戦いは一分とかからなかった。野盗は、乱戦に持ち込むこともできなかった。
「…………」
先ほどよりも近く、下手すれば血しぶきが飛んできかねない距離で行われる殺し合い。頭目の乱戦という言葉が原因なのか無秩序に散らばるようにして駆けてくる野盗は、局所的に一対二という形になった兵士達が難なく対処した。
一斉に向かってくるのならまだしも、バラバラに向かってきたのならそうもなるだろう。自分の後ろを走る者のために壁や盾になれる者が野盗の中にいれば話も違っただろうが、そこまでの練度はさすがになかった。
「……終わりだな」
配下に突撃させ、自分は魔法使いと共に囲みが薄い場所から脱出しようとしていた頭目を見て呟く。俺を人質に取ると言いながらも、実行は無理だと判断していたのだろう。だが、こちらの兵士がすぐさま退路を塞いだため動くに動けず、結果として戦力だけを失う形となっていた。
こちらの兵に死者はいない。さすがに完全に無傷というわけにもいかないが、低品質のポーションを使えばすぐに回復する程度の傷を負った者しかいなかった。
あとは頭目と魔法使いの対処が終われば初陣も終わりだ――俺は、そう思っていた。
「ミナト、これから試験を始める」
「……え?」
横から聞こえたランドウ先生の声に、俺は思わず間の抜けた声を漏らす。試験? 今、試験って言ったのか? この状況で?
「お前の指揮官としての初陣は終わりだろう。だから、最後に一人の剣士として試験だ」
そう言って、ランドウ先生は顎をしゃくって頭目の男をさす。
「あいつと一対一で戦い、斬れ。手頃な相手だ」
「手頃って……先生、本気ですか?」
俺はそんなことを尋ねるが、本気なんだろうな、と思う。冗談でこんなことを言い出す人じゃないからだ。
「もちろん本気だ。まだ息があるやつを連れてきて首を刎ねさせることも考えたが、そんなものは剣士にとって実戦とは言わんからな。ただの処刑をさせるつもりはねえ」
ランドウ先生はそんなことを言いながら俺の目をじっと見てくる。どうやらランドウ先生にとっての本命はこっちだったようだ。
――まあ、なんとなくそんな気もしていたけどさ。
そうでなければわざわざ斬るための練習をさせないだろう。そう考えた俺は納得し、意識して深呼吸をする。ついでにため息を一つ吐き出してしまうが、それぐらいは勘弁してほしい。
「おい、そっちのお前。こいつに勝てれば逃してやる。それならやる気も出るだろ?」
ランドウ先生は先生で、野盗の頭目に向かってそんなことを言い出した。あの、先生? そいつは今回の討伐の最終目標なんですが?
「……正気か? 俺は兵士に囲まれてんだぞ。そのガキを殺せばそのまま殺されるだろうが」
「初めからそういう形で話がついてるんでな。こいつに勝てれば俺が逃がしてやる」
ランドウ先生の爆弾発言に内心だけで驚愕しつつ、俺はウィリアムへと視線を向ける。ウィリアムは苦虫を大量にまとめて噛み潰したような、納得しがたい感情が顔に出ていた。
不満そうとはいえ、ウィリアムが知っていたということはレオンさんも承知した上での話だろう。いくら俺に初陣の経験を積ませるためとはいえ、そこまでやるか?
俺は誰に何を言えば良いのか悩んだものの、今は悩んでいる暇などない。目の前の敵を殺さなければ自分が殺されるだけだ。
「ハ、ハハッ……同情するぜ、坊主。お前の師匠イカれてるよ」
「……ランドウ先生にはそれが許されるだけの力があるんだよ」
反応に困ることを言うな。思わず頷きかけたじゃないか。
「ランドウ? っ!? まさかランドウ=スギイシ!? キッカの剣鬼か!?」
おっと、ランドウ先生の知り合いか? いや、ランドウ先生が有名なだけか。さすがのランドウ先生でも知り合いと教え子を殺し合わせるなんてことはしないはずだ。『花コン』だと愛弟子と知人を戦わせるから断言できないけどな。
「まあ、いいさ。本当に逃がしてもらえるとは思えねえが……来いよ、坊主。最期の相手がお貴族様なんて恵まれてらぁ」
そう言って、男はゆっくりと上段に構えた。それを見た俺は剣を抜き、中段に構える。決闘と呼ぶには特殊過ぎる状況だが、貴族としては一応、こういう時の作法は守らないといけない。
「我が名はミナト=ラレーテ=サンデューク……そちらも名乗られよ」
「あいにくとお貴族様に名乗れるようなご立派な名前なんてねえよ。ただ、あのサンデューク辺境伯家の人間と剣を合わせられるとはな……光栄だと思っておくぜ」
名乗ってくれたらどこの人間か調べられると思ったが、残念ながら名乗ってくれないようだ。今回の一件に関して、損害賠償は無理でも文句を言うぐらいはできると思ったんだが。
(……現実逃避はこれぐらいにしておくか。名前がわかっても勝たないと意味がないしな)
俺は剣を握る両手に力を込めながら、相手をじっと見る。
こうして、俺の本当の意味での初陣が始まったのだった。