第227話:困惑 その3
夜間、俺が行う自主訓練は時折参加者がいる程度で基本的に俺一人で剣を振っている。
剣の腕が落ちないように、少しでも腕を磨けるようにと始めたことだが、今となっては日付を跨ぐことも珍しくない。
そこから寮の自室に帰って宿題などを片付けてから寝るが、学園の中で毎日夜遅くまで剣を振っているのは俺ぐらいのようだ。
――そこに、新たな参加者が加わった。
「よーし! それじゃあ何やる? 模擬戦か?」
「若様、二対二で戦いますか?」
「あるいはミナト様一人対、我々三人でもいいかもしれませんね」
放課後に訓練をしたから、既に体は十分に解れていると言わんばかりに笑顔を浮かべる透輝。
盾の『召喚器』を発現し、やる気満々といった様子のナズナ。
そしてモリオン? さすがに三人がかりはやめてくれるかな?
(本当にやる気満々ってか、もうパンッパンじゃねえか……はちきれそう……俺としても訓練相手がいるのは助かるけどさ……)
一人で剣を振るのも訓練になるが、やはり相手がいると助かる面もある。これまでも時折訓練に付き合ってくれる者がいたが、ここまでやる気に溢れた協力者は初めてかもしれない。
しかしここまでやる気満々だと、それはそれでなんで? って思うわけで。
「若様、わたし、思いました」
俺が疑問符を浮かべていることに気付いたのか、ナズナが真剣な表情で言う。
「若様を守るには、まず、若様より強くなればいいのだと」
「……なる……ほど?」
「そうすれば若様が殿に残ってわたしに撤退を指示することもなく、安心して撤退してもらえるのだと」
「……そう、だな?」
まあ、理屈の上ではそうなる……か? 俺としては『花コン』のメインキャラだから、という前提もあるんだが、それをナズナが知るわけもないし。
そうなるとナズナが言う通り、強くなれば良いというシンプルな結論も間違いではないように思える。
「透輝……は、まだ強くなる云々は置いとくとして、モリオンも同じ考えか?」
「ナズナ殿と同意見の部分もありますが、私の場合は味方がいる状態での魔法の扱いを磨きたいと思いまして。威力を求めて上級魔法を使えるようになりましたが、恥ずかしながら、適切な状況で適切な威力の魔法を使うという点ではまだまだ未熟だと思っていますので」
「ふむ……前衛に誰か立たせて、それを後ろから援護するような魔法の使い方を磨くってわけか」
魔法使いとしては砲台役として広範囲を高威力で薙ぎ払えるのも重要だが、援護射撃として下級魔法を上手く使えるというのも重要だろう。
それは援護魔法で味方を強化するのとは違った、状況に応じて敵を攻撃、あるいは動きを阻害するという、縁の下の力持ちみたいな戦い方だ。
(MPは有限だし、必要最小限の威力の魔法で最大限の効果を上げるにはそういった小技も必要か……)
俺としては魔法で広範囲を薙ぎ払えるのが羨ましいぐらいなんだが、モリオンとしてはそれだけで済ませるつもりはないらしい。いやはや、向上心に溢れていて良いことだ。
「というわけでミナト様、大変恐縮ではありますが、前衛にテンカワとナズナ殿を立たせ、私は後ろから援護する……つまり三対一での訓練を提案させていただきたいのですが」
「俺がモンスター役か? まあ、相手が三人っていうのも訓練になるからいいけどさ」
連携が未熟なら足を引っ張り合うだけだろうが、手数が増えるというのは単純に脅威だ。そのため俺としても訓練になるだろう。
そんなことを考えつつナズナへ視線を向けてみるが、どことなく不満そうな様子。おそらくは一対一で俺よりも強くなりたい、俺を守れるようになりたいと思っているのだろうが……防御主体のナズナが俺より強くなるっていうのは、中々に強さの定義が難しいな。
「ナズナ、そんなに不満そうな顔をするな。透輝を俺だと思って守る練習をすればいい。俺が剣を教えているから似たような動きをするだろうし、練習にはうってつけだろ?」
「それは……そう、ですね。たしかに」
そう言って納得したように頷くナズナ。強くなるにしても一朝一夕でどうにかなるもんじゃないし、色々と試してみるべきだろう。一朝一夕で強くなる奴がいるとすれば主人公ぐらいだぞ。
「こういうのも良い刺激になるだろうし、とりあえずやってみるか」
せっかく透輝達もやる気満々なんだし、実際に戦ってみるとしよう。なあに、三対一とはいえ模擬戦だからな。実りがある訓練になるよう、務めよう。
――なんて、思っていたんだが。
「おおおおおぉぉっ!」
気合いの声と共に、透輝が踏み込んで鋭い斬撃を繰り出してくる。
俺が相手なら手加減はいらない、むしろ当たらないだろうから殺す気でいく、とでも言わんばかりに全力だ。寸止めをするつもりもなさそうで、ある意味俺を信頼してのことだろう。
(うん……これも一つの信頼だろうけど、加減抜きならそれなりに見られる剣を振るうようになったな)
一応は訓練ということで、俺も透輝も得物は木剣だ。本当は『鋭業廻器』を使わせ、俺も『瞬伐悠剣』を使おうかと思ったが、そこまでいくと本当に殺し合いになりかねない。『鋭業廻器』は俺がうっかり防御し損ねたら即死しかねない切れ味があるからな。
自主訓練で透輝に殺されてしまい、蘇生させるために『宝玉』を使わせた、なんてことになればリリィに顔向けができないだろう。まあ、『宝玉』にそういう力があると知らないだろうから、単純に俺が死ぬだけで済むかもしれないが。
(主人公だし、使うべきタイミングが来たら自然と使いそうだしなぁ……おっと)
透輝の木剣を弾いて胴に一撃叩き込もうとしたら、それを見抜いたようにナズナが盾で防御してくる。さすがは幼馴染み。俺の動きも考えもよくわかるってわけだ。
そうやってナズナが何度か防いでいる内に、透輝も防御に意識を割かなくて良いと考えたのだろう。それまででも鋭かった踏み込みが更に鋭くなり、攻撃だけを意識して剣を振るってくる。
(っと……これは中々……悪くない)
こちらの攻撃は防がれ、透輝の攻撃は徐々に鋭くなっていく。連携として見るとまだまだ未熟だが、そこはナズナが上手いこと透輝をサポートし、俺の攻撃を防いでいた。
「っ!」
そして、透輝とナズナの動きの合間を縫うようにして、二人の後方から風の刃が飛んでくる。俺達の動きを見たモリオンがサポートとして『風刃』で援護射撃をしてきたのだ。
木剣だが、魔力を込めて『風刃』を斬り払う。するとその隙を狙って透輝が木剣を振るってきたためすぐさま切り返して弾き――今度はナズナが盾を使ってシールドバッシュを仕掛けてきたため後方に跳ぶ。
「ははっ、容赦がないな!」
それを読まれていたのか、横へと移動して射線を確保したモリオンが俺の着地場所を狙って『火球』を撃ってきた。そのため『一の払い』で斬撃を飛ばして相殺するが、その間に透輝とナズナが距離を詰めてくる。
思い付きというか、会話の流れで始めてみた三対一での模擬戦。相手側の連携に拙い部分はあるが、それを差し引いても思った以上にやりにくい部分がある。
透輝が攻撃、ナズナが防御、モリオンが援護射撃と、役割を分担した結果思った以上の脅威となっていた。
(悪役に『花コン』の主人公とメインキャラ二人が組んで戦いを挑んでいる図でもあるんだよな……ゲームでも似たような戦いはあったけどさ)
ミナトが悪堕ちして敵に回り、主人公達と戦うという展開は『花コン』でもあった。今回の場合は模擬戦でしかないが、悪役よりも才能溢れるメインキャラが三人がかりで挑んできている現状が、なんともおかしく感じられる。
(模擬戦とはいえ、『花コン』のメインキャラ三人が相手でも戦えている……か)
これが模擬戦でなく実戦ならば、こうはならないだろう。早々に透輝を仕留め、ナズナとモリオン相手の二対一に持ち込む。しかし実戦なら、本気のモリオンが相手ならそこまで容易に事態を運べるかどうか。
それでも、三対一で戦えている現状が本来の未来とは大きく乖離しているようで、嬉しくもあった。
(リリィの話だと、別ルートの俺はここまで強くなかったはず……『魔王の影』が相手だと死ぬってことに変わりはないが、『魔王の影』に勝てる確率は俺の方が上だろう。その差が未来をわける……かも、しれない)
強くなることでより良い未来を掴める――その可能性が高まる。
なんとも単純だが、それぐらい単純な方が俺としてもモチベーションを保てるし、助かるってもんだ。
「……ふっ!」
しかし、現状ではまだまだ連携不足としか言い様がない。思い付きで始めたにしては様になっているが、隙を突いて透輝の体勢を崩し、ナズナのカバーが間に合わないようにしてから寸止めのつもりで攻撃を繰り出す。
「させませんっ!」
だが、それを遮るようにナズナが『召喚器』の力を解放した。盾を差し込んでいては間に合わないと判断したのか、半透明のバリアを発現して俺の一撃を防ぐ。
「ふむ……それがあったな」
素直に退いて仕切り直す。連携自体は崩せるが、ナズナの盾を木剣で抜くのは中々に難しいだろう。俺が退いたことで飛んできた『火球』を斬りつつ、感心したように呟く。
(『瞬伐悠剣』ならまだしも、さすがに木剣じゃあバリアは抜けない、か……いや、試してみるか)
手応え的に無理だと思ったが、やってみたら案外いけるかもしれない。そう思った俺は動きの速度を上げ、透輝の体勢が崩れるよう誘導しながら連撃を繰り出していく。
「えっ!? ちょ、はやっ!? こ、怖いって! 速すぎるって!」
ナズナが張ったバリアに連続で打撃を加えていくと、ガガガ、と甲高い音が鳴る。手が痺れるほどの硬い手応えはないものの、頑丈でいて柔らかさもあるという不思議な感触だった。
そして透輝はといえば、ナズナが張ったバリアが邪魔で攻撃ができずに一方的に殴られる状況になっている。バリア越しに俺が繰り出す斬撃を見ることしかできないのだ。
「よし――正面からよく見ておけ透輝」
これは透輝が見て学ぶチャンスなのでは? なんて思った俺は少しウキウキしながら木剣を構え直す。さすがにすぐさま模倣するのは無理だろうが、将来への投資だ。
「ちょちょっ!? ししょー!?」
スギイシ流奥義――『閃刃』。
真剣で繰り出せばナズナのバリアも抜けるだろうが、今は木剣である。手応え的に斬れるかどうかは半々。仮に斬れても寸止めするつもりで奥義を繰り出す。
「む?」
メキリ、と木剣から異質な手応えが返ってきた。繰り出した一閃はバリアを半ばまで食い破ったが、切り裂くよりも先に根元から粉々に砕け散る。
「おわあああぁぁっ!?」
そして砕けた木片が散弾のように飛び、透輝の目前で音を立てながらバリアに突き刺さった。それを見た透輝は驚くような声を上げて尻もちを突いてしまう。
「こ、殺す気かっ! 見ておけも何も、目が潰れちまうよ!」
「……すまない」
思わずテンションが上がってしまった。ナズナのバリアがあったから透輝も無事だったが、なかったら大惨事だっただろう。いやまあ、バリアがあるってわかっているからこんなことをしたんだけどね?
そうやって三対一で訓練をしていると、何やら気配が近付いてくるのを感じ取る。そのため手を止めて視線を向けると、そこには苦笑しながら歩み寄ってくるコーラル学園長の姿があった。
「まったく……巡回の使用人から報告があったが、訓練にしてはちとやり過ぎじゃろ。のう、ミナト君?」
「やり過ぎ……ですかね?」
どうやら巡回の使用人が目撃し、すぐさまコーラル学園長へ報告に走ったらしい。三対一だから傍目から見ればリンチに見えたのかな?
たしかに魔法や『召喚器』ありで、なおかつ三対一だったが、剣は真剣ではなく木剣だ。以前カトレアと『召喚器』を使って斬り合いをしていた時より、まだ大人しい方だと思うんだが。
「感覚が物騒になってるのう……しかし、報告は受けたが影と遭遇したんじゃったか。ふぅむ……ま、それなら仕方ないといえば仕方ないが……」
コーラル学園長は外見の若さに見合わぬ、老練した動きで顎に手を当てる。そして俺をじっと見つめたかと思うと、いたずら小僧のように破顔した。
「よし、せっかくの機会じゃ。ワシが軽く揉んでやろうかのう」
そしてそんな、思わぬ提案をしてきたのだった。




