第226話:困惑 その2
――ダンジョンに行く時、メリアを同行させる。
そう告げたオリヴィアに対し、俺は盛大に困惑してしまった。
「いや、それは……メリアを学園から離れさせて大丈夫なんですか?」
メリアは普通に戦っても強いが、その能力を最大限発揮するにはなるべく学園の近くにいた方が良い。そのため疑問を込めて尋ねると、オリヴィアは口元だけ小さく笑みを浮かべる。
「その辺りのことも知っているのね? ずいぶんと偏った未来予知だわ。だけど、その歪さが信用に値するとも言える」
「……と、仰いますと?」
アレクみたいに回転が早い頭は持ってないんで、わかりやすく、なるべく簡単に伝えてもらっていいですかね?
「あなたは『魔王の影』ではない……でも、『魔王の影』に協力する人間という可能性は否定できなかった。そう言えば伝わるかしら?」
「そんな破滅願望みたいなものを持った人間は……いや、いないとも限らないのか……」
否定しかけて、思わず納得する。
俺は『魔王』をどうにかして平和な未来を勝ち取りたい、『花コン』のミナトみたいに死にたくない、という願いを抱いて今まで生きてきた。
しかし世界が滅べばいい、人類も滅べばいい、なんて考える人間も世の中にはいるだろう。オリヴィアは俺がそういう人間だという可能性を疑っていた……いや、本当にそうか?
(以前からの会話から察するに、俺のことは半信半疑……希望的観測で疑い三割って感じか? それがなくなった? なんでだ?)
未来のことを知っている、なんてことをのたまう不審者が俺だ。それに加えてリリィの能力でおかしな行動も取っていたし、疑われるのも仕方がない立場である。
(……リリィの能力でおかしな行動を取っていたが、それが問題ないと判明した? そうなると……リリィの存在がバレてる?)
まさか、と思う。しかしレオンさんといいアレクといい、本当に頭が良いタイプの人間の推理力を知る身としては、何かしらの理由があってリリィの存在がバレていると考えるべきだろう。
それを口に出さず、こうして遠回りに指摘してくるオリヴィアに俺は戦慄する。いや、俺の勘違いって可能性もゼロじゃないけどさ。
(というか、メリアが近くにいる状態で話せることでもないか……そうなると本当にバレてる? え? どこからバレたんだ?)
オリヴィアに対して隠しておくつもりだったが、リリィのことがバレているなら相談に乗ってもらうのもアリかもしれない。しかし向こうが黙っているということは、周囲に漏れるとまずいと判断している可能性もあった。
(リリィが生まれる未来では『魔王』の『封印』が二十年から三十年程度……そんな未来はいらないと判断されてリリィを殺されたら、なんて危惧したけど、逆に考えれば二十年から三十年、世界が延命される……最低限、安全が確保できるって判断か?)
そして上手いことそれ以上の結果を引き寄せろ、ということか。
俺がバリスシアに殺されず、透輝が持つ『宝玉』が消費されずに済んだため、更なるハッピーエンドを狙うこともできる……はず、だが。
(なんでそれをほのめかす? 俺とリリィの会話を聞いていた人は他にいないはず……リリィの外見年齢からの推察? いや、見ていた人もいなかったはずだし……)
わからない――が、何かしらの根拠を持って判断しているのだろう。
俺としても『魔王の影』だったり人類の敵だったり、意味もなく疑われるのは困る。そのため疑いが晴れるのは望むところなのだが。
「それで、なんでメリアをダンジョンに同行させるんですか?」
戦力として見ることができるのなら非常に助かるが。そう思っていると、オリヴィアが本を読むメリアへ視線を向ける。
「あなたなら今後も『魔王の影』と遭遇する可能性があるし、その時この子が一緒にいれば倒せるかもしれないでしょう? 『魔王』が発生するよりも先に『魔王の影』を削れるのならこちらとしても助かるわ」
「それは……たしかに、そうですが……」
バリスシアと戦った際、仮にメリアが一緒だったら俺も透輝達を逃がすという選択肢は選ばなかった。あの場でバリスシアを仕留めようと判断しただろう。
「……あなたの傍からメリアを離して大丈夫ですか?」
俺はオリヴィアのことを危惧する。メリアを外に連れ出した結果、オリヴィアが狙われては困るのだ。オレア教を指揮し、人類側の指し手であるオリヴィアは透輝とは違った意味で替えが利かない人材である。
「わたしを狙ってくるならそれも好都合よ――その時は潰すわ」
普段は感情を見せないオリヴィアらしからぬ、闘志が込められた声と瞳だった。
たしかに、オリヴィアならば『魔王の影』が相手でも後れは取らないだろう。そう思えるほどの強さを感じる。
だが、確実に勝てるかと言われると微妙なところだ。もちろん俺なんかと比べると遥かに勝率が高そうだが……。
そうやって心配する俺をどう思ったのか、オリヴィアは苦笑するように口元を歪める。
「それに、この子の願いでもあるの」
そう言ってオリヴィアが視線を向けた先にいたのは、メリアだ。読んでいた本を閉じ、俺をじっと見つめてくる。
「…………」
そして胸の前で両手を構えたかと思うと、拳をぎゅっと握り締める。ファイティングポーズにも見えるが、自分も戦うぞ、というアピールだろうか。
(ありがたいっちゃありがたい……が、この決断はメリア本人の決断か? オリヴィアがそうしろって言った? あるいは……リリィがいるから、か? リリィが生まれるルートに世界が進もうとしている?)
それはわからないし、証明する手段もない。だが、その可能性が少しでもある以上、俺としては素直に頷けないわけで。
(……いや、最低限『封印』の期間が保証された上で、より良い未来を目指せると思えば……それなら良い……よな?)
自分自身に言い聞かせるように心中でそう呟き、ファイティングポーズでアピールしてくるメリアに対して引きつった笑みを向けるのだった。
さて、次回以降ダンジョンに行く際はメリアも同行してくれる、なんて話が出たわけだが、さすがにすぐにダンジョンに行く用事もない。
『平誕祭』で学園が休みの間にダンジョンに行こうかとも思ったが、修行するだけなら学園でも足りる。いっそ時間をかけて基礎を鍛え直すのもありかもしれない。
そんなわけでリリィも去り、オリヴィアへの報告も終わり、普段通りの日常が戻ってきた。日中は授業を受け、放課後は透輝を鍛え、夜は自主訓練に励むという普段通りの日常が。
「な、なあ、この卵、訓練中ぐらい下ろしちゃ駄目か?」
放課後。透輝を連れて第一訓練場で訓練をしていたら、透輝がそんなことを言い出す。その背中にはリュックに入ったドラゴンの卵が背負われており、透輝は剣を振るのに不便そうな顔をしていた。
「丁度良い重りになるだろ? まあ、さすがに打ち合う時は邪魔だろうから下ろしていいけど、基礎の鍛錬をする時は変な癖がつかない程度には背負っていてくれ」
「うへぇ……マジか……」
そう言って肩に食い込むリュックの肩紐の位置を調整する透輝。うん、不便だろうけど頼むよ。これで光竜じゃない、普通のドラゴンが生まれてきたら目も当てられないしな。
ちなみにドラゴンの卵は外殻が非常に頑丈で、落ちても割れないし蹴り飛ばしても割れない。さすがに『二の太刀』で斬れば両断もできるだろうが、逆にいえばそれぐらいやらないと斬れないほどに頑丈だ。
そのため透輝が背負ったまま訓練をしても問題はない。重さも五キロほどあるため、邪魔なことに目を瞑れば重りとして丁度良かった。
「もしくはアイリス殿下に渡してから来るんだな」
「アイリスに? ……アイリスがこのリュックを背負っていたら、見た目がこう……なんかヤバくないか?」
そう言って視線をさまよわせる透輝。ヤバいか? ドレス姿にリュックサックなら変な見た目だが、学園の制服にリュックサックならそこまで変な外見じゃないと思うんだが。
そんな会話をしつつ、日が暮れるまで透輝に剣を振らせる。準備運動兼基本となる素振りをさせたら俺と一対一で打ち合いだ。短時間ながらも可能な限り透輝を鍛えていく。
そうして辺りが完全に暗くなり、剣を振るのに不便な状況となったら切り上げる。俺はこれからが本番だが、透輝に関してはこの程度の訓練でもグングン技量が伸びていくのだ。
俺は時間をかけて訓練しないと腕が磨かれないタイプだが、透輝はそうではない。必要な訓練を施せばあとは自由時間で良い。それだけで伸びてしまう、理不尽なまでの才能の化け物なのだ。
「それじゃあ今日はここまでだな。透輝はゆっくりと休んでくれ。授業の宿題も忘れるなよ?」
そう言って訓練を切り上げる旨を伝える。俺は夕食をとってから訓練を再開するが、透輝はここまでだ、という意図を込めて。
すると、普段なら素直に頷く透輝が今日は頷かない。何やら気まずそうに、視線を伏せている。
「ん? どうした?」
「その、さ……以前からたまに参加してたけど、これからは放課後だけじゃなくて夜も剣の修行をしようかなって思うんだ」
そして、そんなことを言い出した。そのため俺は目を丸くする。
「そりゃ構わんが……どうした? 今のままでも十分強くなってるじゃないか」
本当、かけた時間に対しておかしなぐらい強くなっているからな。透輝には授業の勉強もあるし、『花コン』のメインキャラと交流もしてほしいし、強くなっているのなら必要以上に訓練に時間を割かなくても大丈夫なんだが。
そんな考えのもと確認をすると、透輝は迷うような素振りを見せた後、ぽつぽつと語り始める。
「いや、だってさ……この間、ダンジョンでミナトを置いて逃げたじゃんか。『魔王の影』……だったっけ? そんな強い化け物がいるのなら教えてほしかったし、一緒に戦ってくれ、って言ってほしかったというか……」
透輝は後悔するように、逃げたことを恥ずかしがるように言う。俺が指示したことではあるが、逃げたことを後ろめたく思っているらしい。
「モリオンもミナトと一緒で逃げろって言うし、逃げてみたら山の方が魔法で吹き飛ぶし、ミナトが大丈夫か心配していたらボロボロになって帰ってくるし……俺がもっと強かったら、逃げずに済んだのかな、なんて思ってさ」
そう言いつつ、右手を拳の形に変えて強く握りしめる透輝。どうやら俺を置いて逃げたことに対し、色々と思うところがあったようだが……。
(おい……俺の好感度を上げてどうするんだ? 『花コン』でもミナトルートなんて実装されてなかったんだぞ?)
なんて、そんなことを冗談半分で考える。その気遣いは俺じゃなくて『花コン』のメインキャラに向けてくれ。そしてグランドエンドに到達してくれ。俺にとってはそれが何よりの助けだ。
しかしそんなことを告げるわけにもいかず、俺は困ったように苦笑した。
「俺の場合は必要だから訓練しているんだが、君の場合はそうじゃない。もちろん鍛えれば鍛えた分、伸びるだろうが……適度に切り上げて休むことも重要なんだ。それはわかるな?」
「わかるけどさ……居ても立っても居られないというか……そう。もっと――強くなりたいんだ」
握った拳をじっと見ながら、透輝が言う。強くなりたいという意思は尊重するし、俺としても助かるのだが、そう思ったきっかけが俺だというのがなんとも言えない。
さて、どう答えたものか。なんて思う俺だったが、ふと、こちらに近付いてくる気配に気付いた。それも単独ではなく二人である。
「若様、今夜からはわたしも訓練に参加したく」
「私もです。強くなったつもりでしたが、更なる高みを目指したくなりました」
姿を見せたのは、ナズナとモリオンだった。それも戦意旺盛というか、やる気満々な様子で夜の訓練に参加すると宣言してくる。
(えぇ……こんなイベント、『花コン』でもなかったんだが……これが現実とゲームの違い、か。まあ、そりゃあそうか……)
ナズナは昨晩も俺に会いに来たが、モリオンも俺を置いて撤退したことに対して思うところがあるらしい。
訓練の人数が増えればそれだけできることも増えるが……それはそれとして、思った以上にやる気に溢れる透輝達を見て困惑する俺だった。




