第224話:平和だからこそ
リリィを見送ったその日。
決意を新たに訓練に励む――前に、学生には授業が待っていた。
二学期もあと少しで終わり、年末年始の『平誕祭』が行われる二週間は学園も休みとなる。その間に思う存分剣を振るぞ、いっそまたどこかのダンジョンに行くか? でもまた『魔王の影』と遭遇したらまずいし、なんて考えが頭の中で飛び交った。
「…………」
そんなことを考えつつ、授業を黙って聞く。しかし時間の流れがゆっくりというか、退屈というか。今はただ、剣を振りたいという思いが大きく膨らんでいた。
(いかんな……バリスシアに殺されかけたからか、焦りが……平常心……平常心だ……)
ただひたすらに剣を振ったから強くなれるというのなら、苦労はしない。適切に休息を取る必要があるし、過剰に剣を振ってもむしろ変な癖がついてしまうだろう。
「で、あるからして。ここは……」
教師の言葉を聞きながら、ちらりを視線を滑らせて教室内を見回す。
貴族科といってもここにいるのは年頃の少年少女ばかりだ。真剣に授業を聞く者、隣の友人と言葉を交わす者、俺と同じく授業に集中できずに上の空になっている者など、様々である。
――この光景を指して、平和というのではないだろうか?
ふと、そんなことを思う。学生が授業を受けられる今の状況こそが平和というもので、『魔王』が発生してモンスターが襲ってくれば授業なんて行えない。人類総出で戦うような状況になるだろう。
(『魔王』をどうにかできる未来は、たしかにある……いや、あったんだ……色々と条件が違うけど、二十年から三十年は『封印』できるっていうのなら、それ以上だって目指せる……)
それをリリィが教えてくれた。透輝にランドウ先生、メリアの力があれば『魔王』が相手でも戦えると、『封印』はできると、俺の予想が正しかったと証明してくれた。
(別ルートの俺は大規模ダンジョンで修行をしていないし、潜った死線の数は俺の方が上のはず……つまり、条件はこちらの方が良い。それなら『魔王』も更に良い条件で対処できる……はず、なんだが……)
仮定の部分が多いが、引っかかる部分もある。リリィの話から考えた限りでは、別ルートの俺よりも様々な部分で今の方が優越していると断言できる――のだが。
(リリィが助けに来なかったら、俺がバリスシアに殺されていたっていう点は変わらなかった……そうなると結局透輝が『宝玉』を使って俺を蘇生していただろうな。つまり、リリィがいたからこそ別のルートに入れたってわけで……)
たとえ別ルートの俺よりも今の俺の方が強いとしても、バリスシアに殺されるという結果は変えられなかった。つまり、俺自身の強さや行動は大局には影響しないと見るべきか。
(でも、リリィの話だと俺がバリスシアに遭遇するのはもっと後だったはず……影響がゼロってわけでもないのか)
別ルートと比べると俺がバリスシアと戦う時期が早く、間に合って良かった、とリリィは言っていた。そうなると発生時期自体はズラせても結果は変えられなかった、俺に変えられるだけの力がなかった、という見方もできる。
別ルートだと『魔王』の発生が予想よりも一ヶ月以上早かったようだが、それは『王国北部ダンジョン異常成長事件』の際にボスモンスターが違った結果だろう。
死者数の違いで負の感情の発生量も変化し、その結果一ヶ月以上『魔王』の発生が前倒しになった、と見るべきだ。しかしデュラハンでも大概だったが、火竜がボスモンスターになるなんて別ルートの俺は運が悪すぎるのでは? 『花コン』でも滅多になかったぞ、そんなこと。
(リリィが裏で手伝ってくれていたからこそ、トーグ村の防衛では死者数がゼロに抑えられた。『野盗百人斬り』の件は……うん、旅人や商人の脅威になる野盗の対処ができた、と思えば責められないけどさ)
思い返してみれば、他にも色々と手を貸してくれていたんだな、なんてことがわかる。そのおかげで俺も強くなった――が、それでもバリスシアには勝てなかったわけで。
「…………」
握り拳がギシ、と軋んだ音を立てる。
リリィが助けてくれたから結果オーライ、なんてことは口が裂けても言えないし、言うつもりもない。『魔王』を対処して世界に平和が訪れることを願う者として、自らの無力さが歯痒くて仕方なかった。
(ふぅ……強くなった……つもりだったんだが、なぁ)
リリィがあれこれと頑張ってくれていたというのに、別ルートの俺と変わらずバリスシアに殺されてしまう程度の強さしか得られていない自分が、どうにも悔しかった。
「それで、何かあったの? 授業中に殺気が漏れてたわよ?」
その日の昼休みのことである。
珍しくアレクに一対一で昼食に誘われ、食堂に足を運んで人気が少ない席に腰を下ろすとすぐにそんなことを聞かれた。
「……それはすまないな。未熟を晒すようで恥ずかしいよ」
どうやら授業中の悶々とした感情が零れ出ていたらしい。感覚が鋭いアレクだからこそ、というべきか、あるいは他の実戦経験者も感じ取っていたのかもしれない。
「先日、王城からの依頼で『飛竜の塒』に行っていたわね。その時の件かしら?」
「さすがだな、アレク。耳が早い」
どうやら『飛竜の塒』が破壊され、『魔王の影』と交戦したことを知っているらしい。俺は思わず苦笑すると、椅子の背もたれに体を預けた。
「そう、だな……少し、愚痴を言っても?」
「いくらでも」
俺の言葉に対し、アレクは優しく微笑みながら答えてくれる。俺としても他の者が相手なら誤魔化すだけだったが、アレクが相手ならある程度伝えてしまった方が良い。どうせ俺が隠そうとしても表情や仕草から勘付くだろうから。
まあ、もちろんリリィのことに関しては話せないんだが。
「簡単に言うと『飛竜の塒』で『魔王の影』と交戦してな。そこで死にかけた」
「……一応、本物は伝説上の存在というか、とてつもない存在だと聞いているわ。むしろよく生きて帰れたわね?」
「ははっ、味方が逃げる時間を稼いだ後、ボロボロになりながら逃げるだけで精一杯だったよ。それも、相手が本気だったら死んでいただろうさ」
実際は本気じゃなくても死んでいたんだが、ほとんど事実のため本心として答える。これならアレクだろうと見抜けないだろう。
「強くなったつもりでいた……が、本物の強者が相手だと勝てなかった。教室で平和に授業を受けていると、その時のことを思い出してしまってね」
「……もしもアタシがついて行っていたら、勝てた?」
「可能性はあったと思うよ。ただ、それはゼロが一パーセントになるようなものかな……もちろん大きいんだがね? それぐらい差があった」
アレクの問いかけに苦笑して答える。バリスシアと戦っている最中もアレクの補助があれば、とは思ったが、その場合でも勝ち目がほとんどなかっただろう。
「一応な、距離を詰めて殺せる間合いまで踏み込めたんだよ。だが、腕一本で止められた。半ばまでは斬れたけどそこまでだった……勝てなかった」
そう言って、死ぬことよりも勝てなかったことが悔しいんだ、なんてことに気付く。
渾身の、全身全霊をかけた一撃で殺せなかった。自らの才能が天才に劣ることは重々承知していたが、それでも、勝ちたかったのだ。
「……うん、愚痴だ。ただの愚痴だよ、これは……死にかけたことよりも、勝てなかったことが悔しくてね」
そこまで話したところで、俺はアレクの様子をうかがう。俺の愚痴を言葉少なく聞いてくれているが、その瞳の奥に疑念が浮かんでいるのが見て取れた。
自分で言うのもなんだが、俺は学園に通う者の中では強い。そんな俺が勝てなかった、死にかけたと言っているのに、実際には死なずに生きて帰ってきたことに対して疑問を覚えているのだろう。
それを感じ取った俺は素早く周囲を見回す。周囲にこちらへ意識を向けている者はいない。それでも小声で、アレク以外に聞こえないよう注意しながら伝える。
「本当はな、死にかけたところでリンネに助けられたんだ」
「……あら」
リリィに関して詳細は伝えないが、これだけでもアレクならある程度察してくれるはずだ。
「『魔王の影』同士の内紛……じゃ、ないわね。元から『魔王の影』ではなく、嘘だったってところかしら?」
やばい、あっさりと見抜かれた。でも死にかけた俺が生還できるとすれば、何かしらの助けが必要だと思っていたのだろう。さすがに俺の娘が未来から来た、なんて考えは浮かんでいないようだが……もう少し情報を渡すだけで気付かれそうだ。
「そうなると……っと、これ以上は考えない方が良さそうね。情報は持ち過ぎるのも危険だから……ね?」
そう言ってウインクしてくる道化師。うーん、情報を全て伝えて解決策がないか相談してしまいたい。でも俺自身、消化しきれていないところがあるしな。
俺がそう思っていると、アレクから意味深な視線を向けられる。
「ところで、ミナト君ったら少し雰囲気が変わったわね? 大人びたというか……そう、まるで娘でも生まれたみたい」
「……そ、そうかい? まあ、今回も盛大に死線を潜り抜ける羽目になったからね……その影響かな?」
やっぱり勘付いてるじゃん……え? 怖い……どこから勘付いたの?
子どもが生まれた、ではなく、娘が生まれた、なんて言っているところが怖い。あれ? もしかして初めてリンネと遭遇した時点で、リンネが名前を騙る俺の娘だって推測していたのか? さすがにいくつも想定していたものの中の一つだろうけど。
(父さんもだけど、本物の貴族の思考回路がどうなっているのか気になるな……同年代だとさすがにアレクが例外なんだろうけどさ……)
そりゃまあ、相手の声色や仕草から何を考えているか、何を隠しているかを見抜くのは貴族として基本というか、必修技能の一つだ。
しかし相手が貴族ならそれを隠すための訓練もしているし、わざと嘘の情報を見抜かせる、なんてこともする。
アレクの場合は優れた観察眼や思考力を持っているし、俺なんかと比べると段違い、あるいは桁違いに情報を取得し、分析していそうだが……。
「安心してちょうだい。自分で言うのもなんだけど、初対面のあの場にいたアタシだからこそ気付けたのであって、普通は気付けないと思うから」
「……そうであることを願うよ」
アレクみたいな観察眼の持ち主がその辺に大量にいたら大変だ。こちらの情報や思っていることを全て見抜かれて丸裸にされてしまう。
(剣術とは違うんだけど、アレクと自分を比較すると自信をなくすなぁ……)
勝率が一パーセントと言ったが、アレクがいたらバリスシアが相手でももう少し戦いになっていたかもしれない。
そんなことを思いつつ、アレクと昼食をとる俺だった。
そして、その日の夜のこと。
普段通り自主訓練として剣を振るっていた俺だったが、普段よりも少し早めに寮に帰ってきた。オリヴィアからの呼び出しがあると思ったからだ。
ただ、手紙が届いているかを確認する前にこれまた普段通り、日課として本の『召喚器』を発現すると以前と比べて三ページ増えていた。
バリスシアと遭遇した際、逃げるように命令した時の絶望したような顔のナズナが七十二ページ目に。
同じく逃げるよう命令した時の、決意を固めたような顔のモリオンが七十三ページ目に。
そして昨日、俺の部屋を訪れて話をした時のナズナが七十四ページ目に描かれていた。俺に対して、願うように宣言していたあの時の光景だ。
(『想書』に書いた結果、か……そうなると、『想書』に俺のことを書くよう頼めばページが埋まるか? いや、さすがに書くだけじゃ無理か。自分で言うのもなんだけど、ナズナ辺りは俺のことを何度も『想書』に書いているだろうしな)
伊達に三歳の頃から一緒にいたわけではないのだ。単純に『想書』に書くだけなら、ナズナだけで何百ページと俺の『召喚器』に描かれそうである。
(何か影響を与えた上で、『想書』に書く……これが俺の『召喚器』が更新される条件か? でも、そうなると俺の『召喚器』と『花コン』のメインキャラの『想書』がなんで紐付いているんだ、なんて話になるが……)
自分の『召喚器』ながら、相変わらずよくわからない。あるいはその謎な部分に『召喚器』の名前や能力を知るためのヒントがあるのかもしれないが……リリィが知る未来の俺、別ルートの俺でさえわかっていなかったのだ。
これまで数えきれないほど考えてきたが、未だにわからないからこそ困っているわけで。
(ま、少し考えただけでわかるなら、今まででわかってるか……)
俺は苦笑しながら備え付けのタンスを開けてオリヴィアからの手紙が入っているのを見ると、内容を確認してから図書館へと向かうのだった。




