第223話:決意
普段と異なる、夜明けの目覚め。普段以上に浅い眠りから目を覚ました俺は、隣で眠るリリィへと視線を向けた。
俺の服を握り締め、俺が離れてしまわないようにしながら眠るリリィの姿に思わず苦笑する。仕方ないとはいえ、服が伸びてしまいそうだ。まあ、今日ばかりは仕方ないと割り切るか。
そうやってリリィを眺めていると、その気配に気づいたのかリリィが目を開ける。そして俺の顔を見ると、はにかむように笑いながら抱き着いてきた。
「おとう、さん……」
「はいはい、お父さんだよ。思ったよりも甘えん坊だなぁ」
苦笑しながらあやすように言うと、より強く抱き着いてくる。あまり甘やかすのもどうかと思いつつ、二度と会えないはずの父親が相手なのだ、と思えばそれも仕方がないと許容してしまう。
(これが父性ってやつなのかねぇ……短い付き合いなのに、たしかに俺の娘なんだって感じるのは親子の縁がそうさせるのか?)
そんなことを思いつつ、リリィがしっかりと起きるまで色々と思考を巡らせていく。
リリィからは思わぬ情報を――別ルートの俺が辿った顛末を聞くことができた。
そして別ルートの俺と比較した場合、俺自身の強さ、置かれている状況、周囲との関係性など、多くの部分で優越していると言えるだろう。
つまり、今のまま進めば別ルートの俺と比較しても長い年月『魔王』を『封印』できるか、もしかすると『消滅』させることができるかもしれない。
それはこの上ない情報だ。しかし同時に、それを知ってしまったことが原因で失敗する可能性もある。
最低でも『封印』できるのだから、なんて楽観して油断して、そのまま『魔王』に殺される、なんてこともありそうだ。油断するつもりはないが、俺は自分自身が優秀だなんて思っていないし、何かあれば足元をすくわれかねないと思っている。そのため気が抜けないだろう。
「んにゅ……ぱぱ……」
リリィの背中を優しく叩いていると、何やら幼児っぽい言葉が漏れた。もしかすると昔はパパ呼びしてたのだろうか? それがある程度成長してお父さん、お母さん呼びになったのかな?
(ふふふ……しかし、俺とメリアの子ねぇ……その点に関しては実感が湧かんなぁ)
リリィが俺の娘だという実感はあっても、メリアと結ばれてどうこうっていうのはいまいち実感が湧かない。いや、まあ、周囲に認識されなくなって、お互いに相手しか認識してくれる者がいないとなれば、どうあっても仲は深まりそうだが。
(仲が深まるというか、依存するというか……『花コン』でもメリアの特殊エンドは共依存っぽい感じだったしな)
状況が状況だし、それも仕方がないことだろう。『魔王』をどうにかできればそんな状況も訪れないはずだが――。
(その場合、リリィはどうなるんだ? 俺とメリアがくっ付かないなら消滅したり……いや、それなら現時点で生まれてないんだから消えているはずか。それとも、くっ付く可能性が僅かでもあるなら存在できる……とか?)
その辺も『相埋模個』を使ってどうにかしているのかもしれない。しかしまあ、メリアの最近の様子を見る限り、将来俺と結ばれる可能性があるのもわからなくは――。
「……あれ? いや、まさか……」
ふと、脳裏に一つの説が浮かんだ。
リリィがこの場所に存在するということは、俺がメリアと結ばれる可能性があるわけで。
それは逆に考えると、リリィが存在するからこそ、俺がメリアと結ばれる方向に世界が進んでいる――?
(いや……さすがにそれはない……よな? なんか最近、メリアの行動がおかしいけど……『花コン』でもあんな性格だった気がするし……)
卵が先か鶏が先か、みたいな話になってしまう……なるか? その場合、今後はメリアとどんな顔をして接すればいいんだ?
(メリアもだけど、カリンに対してどんな顔をすれば……い、いや、現状だと俺は何も疚しいことはしていないんだし、普段通りに接すればいいよな……いいよな?)
『花コン』でのミナトとカリンの関係と異なり、婚約者候補としてそれなりに親しくしているカリンに対して後ろめたく思ってしまうのは……俺の中で疚しく思う気持ちがあるってことなのだろうか。いや、ない……ない、はず。
(……本当、どんな顔をして接しようか)
そんな、答えが出ない疑問をリリィが目覚めるまでずっと考える俺だった。
そして一時間ほど経った後。
リリィが目を覚まし、名残惜しそうに布団から抜け出したかと思うと、パジャマから動きやすい服装へと着替え始めるが……うん、せめて俺がいないところで着替えようね?
「あー……その、なんだ。メリアとは……会わないのか?」
なんとなく――本当になんとなくだが、リリィのこれからの行動を察してそう尋ねる。
当然の話ではあるが、別ルートの俺でも現時点では学園にリリィはいないのだ。それが俺と一緒に行動していると、おかしな齟齬が生まれる危険性がある。
一個の戦力としては相応に期待できるが、『魔王の影』と名乗っていた以上、再び髪を染めてリンネとして共に行動はできないし、他の髪色に染めて傍にいるというのもまずいだろう。
オリヴィアにでも頼めば今の銀髪のまま、リリィとして学籍を用意してもらって一緒にいることもできるだろうが……顔を合わせれば俺の娘だとバレるだろう。アレク辺りは間違いなく気付く。そして、俺の娘が存在する未来が待っていると気付かれる。
オリヴィアに限って油断するということはないだろうが、この場合、危険なのはリリィだ。リリィが存在することが『魔王』が存在しない未来を保証するのだとすれば、『魔王の影』がリリィを狙いかねない。というか、俺なら狙う。
だからこそ俺もリリィに関してはオリヴィアが相手でも極力伏せるつもりだ。『飛竜の塒』に関する依頼でバリスシアと遭遇したことを思えば、オリヴィアに近いところに『魔王の影』であるアスターが潜んでいる可能性がある。
そうなるとリリィは学園にはいられない。こうして俺に会うことも、簡単にはできなくなる。リリィを見た感じ、寂しくなるとまた学園に侵入してきそうだが。
俺がそんなことを考えていると、リリィは苦笑を浮かべる。
「実はね……以前、お母さんをこっそり見に行ったことがあったんだ。その時に会ったのはお父さんだったけどね?」
「え?」
そう言いつつ、リリィがリュックサックに手を入れ、大事な物を扱うように丁寧な手付きで何かを取り出す。
それは俺としても見覚えがある、女子生徒用の着古した冬用の制服で。
「……あー……そういう、ことか……あの時あの場所にいたのはリリィ、君だったのか」
かつて、初めて王立図書館を訪れた際、メリアと思しき少女に出会った時のことを思い出す。何故冬服を着ているのかと思ったが、メリアではなくリリィだったらしい。
(そうか……道理でお面を取った時に見覚えがあると思った……やっぱり寂しがり屋だな)
それも仕方がないだろう。なにせ外見通り、リリィは幼いのだ。それでも過去の世界に渡り、俺を死なせまいと手を打ってくれた。
「えへへ……お父さんなら気付くかもって、すごくドキドキしたんだよ?」
「さすがにそりゃ無理だよ……」
悪戯がバレたように笑うリリィだが、無理難題が過ぎる。メリアに会えるかもと思って王立図書館に行って、メリアそっくりの子がいたのなら他人だなんで疑わないだろう。
「あの後、お母さんを探したんだけど結局見つからなくて……オリヴィアさんに気付かれそうだったから逃げたんだ」
俺がメリアを見かけた、と言った時のオリヴィアのことを思い出す。あの時、メリアが図書館にいなかったのならオリヴィアもさぞ驚いたことだろう。何故メリアがいるのだ、と混乱したはずだ。
「本当はね、お母さんにも会いたい……すごく、すごくっ、会いたい……けど……お父さんと違って会うとまずいだろうから……」
リリィは悲しそうに顔を伏せる。たしかに、自分で言うのもなんだが俺なら会っても問題はないだろう。なにせこの世界が『花コン』が現実化したものだと捉え、未来のことなども大まかながらに知っているのだ。
俺ならリリィと出会ったことさえ利用して『魔王』を『消滅』なり『封印』なりする方向に持っていくが、メリアがリリィと出会えばどうなるか。自分の娘が突然現れたら、何を思うか。
(……いや、メリアなら案外受け入れそうな気もするな)
そう、なんて言葉少なく頷いて、それだけで受け入れそうな気もする。あれ? やっぱり会わせても大丈夫じゃないかな? 駄目かな?
「お父さんでさえ最初はあんなに混乱したんだから、無理じゃないかなー」
俺の心の中を読んだようにリリィが言う。昨晩話した時は色々と危うい感じがしたが、今は落ち着いた様子だった。一晩甘えて精神が落ち着いたのかもしれない。
「これでお別れじゃないし、また来るから……すぐには無理だろうけど……」
「そっか……離れている間、何をするんだ?」
「んー……人目につきにくいダンジョンを壊してくる。少しでも負の感情を減らさないと……ポーションもほとんど使っちゃったしね」
予想通りというべきか、ダンジョンを巡ってモンスター退治をしてくるつもりらしい。初めて戦った時と比べ、二回目に戦った時はずいぶんと腕を上げていると思ったが……ダンジョンでモンスター相手に修行をしてきたのだろう。
(でもポーションの補充のためにダンジョンに潜るっていうのも、ランドウ先生の教えが根付いてる感じがするな……)
そんなことを思いつつ、苦笑を一つ零す。するとリリィが何かを言いたそうな顔をしながら両腕を広げたため、俺もそれに応えるように両腕を広げた。
「っ!」
すると心底嬉しそうに笑いながらリリィが抱き着いてくる。そのため俺はリリィを抱き留めると、その背中を二度、三度と優しく叩いた。
そうして抱擁すること十秒あまり。リリィがどこか名残惜しそうに離れたかと思うと、リュックサックを背負い、俺に小さく手を振る。
「それじゃあ、いってきます!」
「ああ……いってらっしゃい」
俺が応えると、リリィが一瞬、切なそうに微笑む。そして数秒と経たない内にその姿が揺らぎ、部屋の中から気配が消え去った。どうやら『相埋模個』を使って姿を消したらしい。
俺はリリィがいなくなった部屋を一度だけ見回すと、小さく拳を握り締める。
(今回はリリィが助けてくれたから、死なずに済んだ……次は負けねえ……いや、負けてられねえ……)
『魔王の影』に負けた俺だが、『魔王』ですら『封印』できる未来が見えたのだ。それならば、次は『魔王の影』が相手だろうと勝てるよう、己を磨くだけである。
(メリアと『契約』しなくても勝てるように……どう足掻いても無理な時は頼るしかないけど、それは最終手段だ。もっと強くなる……なってみせる)
そう自分に言い聞かせ、俺は拳を強く握り締めるのだった。




