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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第8章

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第209話:飛竜の塒 その4

 手近なところにあったベンチに透輝を誘い、腰を下ろして俺は夜空を見上げる。


 季節が季節だけに寒いが、普段から夜中まで剣を振り回しているからこの程度は慣れたものだ。透輝も体を動かしていたから風邪はひかないだろう。


「さあて……どこから話したもんかな。こういう話はしたことがなかったから切り出しに困るってもんだ」


 そう言って苦笑して、透輝を見る。透輝はといえば、困惑したような顔をしていた。


「透輝には俺の師匠について詳しく話したことがなかったよな? ランドウ=スギイシって名前でこの大陸じゃあ名が知れた剣士なんだが」

「……ミナトから少し聞いたけど、それだけだな。すごい人……なんだよな?」

「ああ、すごい人だ。剣士としてこの上なく尊敬しているよ」


 昔はミナトが師匠って呼ぶと死亡フラグになりそうだから、なんて理由で呼ばなかったが、今ばかりはきちんと師匠だと断言する。ランドウ先生って呼ぶ方が馴染み深くなっちゃったけどさ。


「俺が剣術を学び始めたのは十年以上前……最初は体作りのためだったけど、それを含めたら三歳から四歳ぐらいからだったか。その頃は実家で雇っている騎士や兵士に手解きを受けてな。ナズナと一緒に素振りをしたり、打ち合ったり……そんな感じで学んだのが始まりってわけだ」


 昔を懐かしむように目を細め、口元に笑みを浮かべる。今と比べたらあまりにも幼く、拙く、体が出来上がってすらいない頃の話だ。笑みに苦笑が混ざる。


「そんなわけでガキの頃から剣を振っていたわけだが、七歳の時にランドウ先生と初めて会ってな。いきなり背後を取られて殺されるかと思った」

「え? どういうこと?」

「いや、本当に前置きもなくいきなり背後を取られたんだよ。魔法の訓練中だったかな? なんか変な感じがするなーって思ったら、未熟な時期の俺でもわかるような殺気を感じて、傍にいたナズナを庇って対峙したのがランドウ先生でな。刺客だったら死んでたわ」


 あの頃のランドウ先生は今よりも余裕がなくてギラギラとしていたし、本当に怖かったな。


「で、その後ランドウ先生に師事するって話になったんだけど、最初に試験を課されたんだ。その内容が先生がいいって言うまで木剣を振り続けるって内容だったんだけど、これがまあ先生酷くてさ、五百回剣を振るまで止めないんだ」

「七歳の時に、休憩なしで?」

「おう。手の平にささくれた木が刺さるし、肉刺まめは潰れるし、腕は痛いし……今なら五百回程度準備運動にしかならないけど、あの頃は限界ギリギリって感じだったな」


 実際、ランドウ先生も限界を見極めて五百回で切り上げさせたんだろうしな。いやぁ、懐かしいわ。


「それで試験は合格に?」

「いや、剣を振るところを見て凡才だなって言われて、その後になんで剣を振るのかって聞かれてさ。なんて答えたと思う?」

「なんてって……ミナトのことだから、強くなりたいからとか、守りたい人を守れるようになりたいから……とか?」

「お、すごいな。正解だ。守りたいと思える人を守れるように……みたいなことを言った記憶がある」


 記憶? と首を傾げる透輝だが、あの時は本当にいっぱいいっぱいだったんだ。疲労と痛みで頭が回らないし、そんな中でランドウ先生を納得させられそうな理由がそれぐらいしか思い浮かばなかったんだ。


「七歳の頃だろ? なんというか……その頃からミナトはミナトだったんだな」

「ええ? 俺ってそんな風に答えるように見えるのか? マジかよ」


 軽く冗談を交えつつ、言葉を交わしていく。すると透輝の緊張が徐々に解れていくのが目に見えてわかった。


「で、だ……その後、どうなったと思う?」

「その辺りは何度か聞いてるけど……師匠に腕を折られたんだよな?」

「そうなんだよ。お前まだ小賢しいことを考えてるだろ、みたいなことを言われたと思ったら、左腕をべきっと折られてな。いやぁ、アレには驚いたし参ったね」


 今なら腕を折られようが耐えられるが、当時は痛みと衝撃で頭が真っ白になったもんだ。


「実戦じゃあ腕が折れた程度でうずくまってる暇も余裕もないからな……先生はそれを教えるためにも俺の腕を折ったのさ」

「そんなことまで考えて腕を折ったのか……ミナトの師匠ってすげえな」

「うん……まあ、多分、本当はガキに教えるのが面倒で腕を折ったんだと思うけどな」

「面倒で七歳児の腕を!?」


 驚愕したように透輝が叫ぶけど、あの時のランドウ先生だと多分そうだよ。指導と試験を兼ねて腕を折って、貴族の()()()()()ならそれで終わりだろうって考えだと思う。


 だけどまあ、そのお坊ちゃんの中身が俺だったわけで。なんとかギリギリのところで踏み止まって合格をもらえたからこそ、今の俺がある。


(でも今になって思い返しても七歳児の腕を折るのは……ま、まあ、剣士としては必要なことだったしな)


 その()()()()()をしなかったからこそ、透輝の剣士としての土台がグニャグニャに歪んでしまった。そう思えるぐらい、アレは剣士として必要なことだったと思う。


「でもな、その時の経験があったからこそ耐えられたことが何度もあったんだ。モンスターに腕を噛まれたり、ボスモンスターに肋骨全部圧し折られたりしても、立ち上がることができた」

「……ちなみに、それは何歳の時?」

「十二歳の時だ。『王国北部ダンジョン異常成長事件』って聞いたことあるだろ? その時のことだよ」


 本当は前世で刺殺された経験もあるからこそ、なんだが。その辺りに関しては説明しても混乱されかねないし、説明するつもりはない。


「そう、か……そんなに小さい時から……」


 そして透輝はというと、落ち込むようにして視線を地面へと向けてしまう。それを見た俺は苦笑を浮かべ、その背中を少しばかり強く叩いた。


「ああ、そうだ。ランドウ先生に会ったのは剣を学び始めて四年近く経ってから、実戦で痛みに耐えてどうこうってやったのはそこから更に五年経ってからだ。()()()がわかるか? 剣を学び始めて半年ちょっとの透輝君?」


 透輝と同じように剣を学び始めて半年ちょっとの頃といえば、俺はまだ三歳から四歳の頃だぞ。そんな単純な話ではないとわかってはいるが、高々半年程度でぶつかるような問題じゃないんだよ、本来は。


「……こうやって悩むには、まだまだ早いってことか?」

「そうは言わないさ。剣を学び始めた年齢が違うし、俺と透輝とじゃあ才能の差もある。伸びるのが早いんだし壁にぶつかるのも早いってのはあるだろうけどな」


 逆に遅かったかもしれない。既に実戦をこなしているし、ゾンビとはいえ人型の相手を斬ってもいるんだ。自分が振るっている剣がどれほど痛くて危険なものなのか、木剣で打撲を負わせる程度じゃなくてしっかりと教えておくべきだった。


 俺がそう考えていると、透輝が迷うような素振りを見せながら口を開く。


「その、さ。参考として聞きたいんだけど、あんな痛み、耐えられるようになるのか?」

「そうだな……一回でもいいから激痛を体験すると痛みに強くなる、なんて言うと語弊があるか。自分の中で()()()()ができるから、二回目以降は割と耐えられるんだよ」

「……そうなのか?」

「ああ。あの時の痛みよりマシだから大丈夫だな、とか、あの時より痛いからヤバいかもしれない、みたいに判断基準ができるんだ。で、激痛自体は経験しているから一回目と比べて驚かないし、割と冷静に捉えることができる……かもしれない」


 かもしれないなんだ、なんて呟く透輝に頷きを返す。そこは個人で違うからなぁ。


 最初から痛みに強くて平気で動ける奴もいるだろうし、ずっと痛みに慣れないって奴もいるだろう。そこは実際に体験してみないとわからない。

 まあ、俺みたいに前世で刺殺されたからそれ以下の痛みなら我慢できる、なんてパターンは例外か。痛いものは痛いし、ランドウ先生に腕を折られた時は普通に痛かったしな。


「痛みに怯えるってのは正常だよ。そりゃあ俺だって耐えられることと激痛をいくらでも体験しても大丈夫なんてことはイコールにはならないしな。ポーションがあるとしても可能な限り避けたいって思う……でも、だ」


 言葉を区切り、俺は透輝をじっと見る。


「いざ()()()()()()にどうするか……大事なのはそこだと思う」

「どうするか、か」

「そうだ。透輝だって、アイリス殿下の前だったらやせ我慢するだろ? 今回の旅に殿下が同行していたら必死に痛みを堪えて平気な顔をしたはずだ。違うか?」

「そりゃあ……まあ、そうだろうけどさ。なんか不純というか、剣士らしくないというか……」


 腑に落ちない様子で眉を寄せる透輝。それを見た俺は小さく笑みを浮かべる。


「そうは言うがな? たとえ話だが俺の場合は辺境伯家の嫡男としての立場があるし、痛いからと泣き言をいうのは色々とまずいわけだ。俺がちょっとした傷を負って『いてぇ、いてぇよぉ』なんて言いながら泣きべそかいてたら周囲からどんな風に見られると思う?」


 『花コン』のミナトも泣きべそはかかなかったけど、主人公に負けてそれと似たようなことを口にして声望を一気に落としたからな。


「それは極論な気もするけど……言いたいことはわかるよ。どんな時でもぐっと堪えて平気な顔をする……()()()()()()()()、虚勢でもいいから胸張って、ビビらずに踏み込めればいいんだろ?」

「正解。そういうことさ」


 痛いと思うことも怖いと思うことも、それ自体は悪いことじゃない。だが、それを飲み込んだ上でどうするか。痛みへの恐怖を押し殺した上で訓練通りに動くことができれば、剣士として次のステップへ進めたと考えても良いだろう。


 もっとも、理屈の上では理解できたとしても、それを実際にできるかは別問題なのだが。


「見栄を張るため、格好つけるため、弱いところを晒さないため……理由はなんだっていいさ。一度でいいから乗り越えることができたらそれがきっかけになる。あとは一度できたんだから、なんて自分に言い聞かせれば案外乗り越えられるってもんだよ」


 俺の場合はいきなり腕を折られたり、いきなり一対一で人間相手の実戦をさせられたり、乗り越えるにあたってランドウ先生が背中を押すというか、蹴り出すというか……割と悩む暇も余裕もなく、乗り越えてきた。


 透輝の場合はこうしていきなり壁にぶち当たって困惑して、足踏みする羽目になっている。冗談ではなく本当に事前に腕の一本でも折っておくのが最適解だったのかもしれないが……今だからこそそう思えるだけで、本当は褒められた手段ではないか。


「ま、そんなわけで、だ……凡才の俺でも乗り越えられたんだ。透輝もきっと乗り越えられるさ」


 むしろ乗り越えてくれないと困るんだが、それは口には出さない。プレッシャーになるし、透輝からすればどういうことかと疑問に思うだろう。師匠として乗り越えてほしい、という意味合いに取ってくれればいいが。


「……そんなもんか……いや、ミナトが言うならきっとそうだよな。しかし……」


 そこでふと、透輝が空気を変えるように苦笑する。俺を見ながらの苦笑だが……なんだ? 何かあったか? 変なことを言ったか?


「俺、才能がどうとかいまいちわからないけどさ……ミナトの師匠が凡才って言うのならそうなのかもしれないけど、凡才であることと凡人であることってつながらないよな」

「……そうか?」

「ああ。だって、()()()()は明らかに凡人じゃねえもん。凡才かもしれないけど、努力と経験で凡人の壁なんて乗り越えてるだろ、絶対」


 そう言って笑う透輝に、俺は言葉が見つからず無言で返す。そうか……そういう考え方もあるか。


「……褒めても訓練は手加減しないぞ?」

「違うって! 本音だって! そりゃまあ? たしかに? たまに訓練内容とか量とかが間違ってないかな、なんて思うこともあるけどさ!」


 若干恥ずかしさがあったのか、照れるようにしてベンチから立ち上がる透輝。そしてアイリスから贈られた剣の柄を指で叩いて音を鳴らすと、口の端を吊り上げるようにして笑う。


「格好つける、見栄を張る……それなら俺はミナトの弟子として、明日にでもあの熊を倒してみせるさ」

「……無理はするなよ」


 俺に言えたのはそれだけで。思わず透輝から視線を外すようにして夜空を見上げてしまう。


(そう言って実際にできれば苦労は……いや、透輝だからな。案外あっさりと乗り越えるかもしれないか)


 『花コン』の主人公だから――などとは思わず、俺が剣を教える弟子として、友人として、一皮剥けてくれることを強く願うのだった。






「よっしゃあああぁっ! どうだっ!」


 そして翌日。


 発見したワイルドベアに一対一で戦いを挑み、見事に倒してみせる透輝の姿があって。


 それを見た俺は、呆れを含んだ苦笑を零すのだった。

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― 新着の感想 ―
ミナトさん、かっこええよ…! そして初めてランドウ先生以外に自分が凡才だという言葉を受け入れてもらえたのではないか? これはミナトにとって救いであってほしい。
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